小泉孝太郎、約10年ぶりに訪れた場所で人生初の挑戦!「お父さんに言われても絶対にやらなかった」
本日9月1日(火)の『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』は、『プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見』との合体2時間スペシャルで放送される。
『火曜の良純孝太郎』ブロックでは、海外からの旅行客もこぞって訪れる東京の一大観光スポット・東京タワーを石原良純と小泉孝太郎のMC2人が大冒険。
「なぜ東京タワーは、この場所に建てられたのか?」という謎を探るべく、東京・芝の地を歩きながら知られざる歴史をひも解いていく。
冒険は、東京タワーのすぐ隣に広がる増上寺からスタート。
実は江戸時代、この一帯は徳川将軍家の菩提寺・増上寺の境内。現在東京タワーが建つ場所も、東京ドーム17個分の広さを誇ったその敷地の一部だったのだ。
2人は、増上寺の執事長も務める小林正道住職の案内で、家康が全国から集めたお経約1万2000冊を収める“経蔵”や、2代将軍・秀忠の霊廟跡、明治の神仏分離で神社となったという“芝東照宮”など、徳川家ゆかりの地をめぐる。
続いて、緑豊かな芝公園の中にある“芝丸山古墳”を訪れた2人。この前方後円墳は4世紀後半頃に造られたもので、2人は太古から続くこの土地の地形や歴史にも目を向ける。
その後、同じく芝公園内にある“もみじ谷”へ。実はかつて東京タワーの一帯は“紅葉山(もみじやま)”と呼ばれる高台で、江戸城から木々が移植された景勝地だった。
さらに、明治17年作成の地図によると、東京タワーの場所にはかつて政財界人や福沢諭吉らが集う高級料亭“紅葉館”という社交場が存在したと判明。
明治から昭和の歴史にも思いを馳せながら、2人はなぜこの場所に東京タワーが建てられたのか、という謎の核心へと近づいていく。
上野公園などほかの候補地もあったなか、この場所が選ばれた決定的な理由とは? 驚くべき歴史と地形の運命的なドラマが明らかになる。
◆“昭和”の東京タワーから“幕末”へ
最大の謎を解いた2人は、いよいよ東京タワーの展望デッキへ。
良純は家族で訪れたことがあると振り返り、孝太郎はドラマの撮影で訪れて以来、約10年ぶりの東京タワーにワクワク。
芝生まれ・芝育ちの小林住職からは、子どもの頃に東京タワーが建ち上がっていく様子を見ていたという貴重な思い出も語られる。
展望デッキから東京湾やレインボーブリッジなどの景観を楽しんだ後は、“東京タワークイズ”に挑戦。
「一般公募で最も多かった名前は?」という問いに、孝太郎が見事な直感を発揮。さらに、「タワーの正式な色の名前は?」など、知られざる雑学で大盛り上がりだ。
しかし、真下をのぞくことができるガラス床“スカイウォークウィンドウ”の前に来ると、高いところが苦手な孝太郎は動揺。
「子どものころもやらなかったし、お父さん(=小泉純一郎氏)に言われても絶対にやらなかった!」と告白するが、今回、良純の手を借りながら人生初のガラス床に挑むことに。
タワーを後にした2人は、かつて薩摩藩の上屋敷があり、明治時代、海軍の拠点となった芝の地の歴史をたどり、西郷隆盛と勝海舟が密談を行ったと伝わる酒蔵へ。
最後は、“空気から生まれた水”で仕込んだという、極上の日本酒を東京タワーの下で味わう。
良純は「これはもう令和の酒です!」とその味わいを大絶賛しながら、「紅葉山は東京タワーができる以前から、人々が遠くに海を眺めて風情を楽しんでいたんだよね…」と江戸の昔に心を重ねてしみじみ。
孝太郎もまた、「東京タワーで海、山、川を感じるとは、予想外でした」と今回の旅の感想を打ち明けていた。
※番組情報:『プラチナファミリー&火曜の良純孝太郎 合体SP』
2026年9月1日(火)よる7:00~9:00、テレビ朝日系24局(※一部地域を除く)
※『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』は、TVerにて無料配信!(期間限定)
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