かたせ梨乃、真冬に撮影した伝説の“吉原炎上”シーン。何度も着物で川に飛び込み「死んでしまうかと思った」
『極道の妻たち』(五社英雄監督)の体当たり演技で話題を集め、日本人離れしたグラマーなプロポーションと端正なルックスで映画、テレビに引っ張りだこになったかたせ梨乃さん。
第11回日本アカデミー賞(1988年)で優秀助演女優賞を受賞。“極妻”シリーズに欠かせない存在となり、シリーズ9作品に出演。さらに五社監督の『吉原炎上』と『肉体の門』、『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(山田洋次監督)など話題作出演が続き、『名探偵キャサリン』(TBS系)、『湯けむりドクター華岡万里子の温泉事件簿』(テレビ東京系)など主演ドラマシリーズも多く作られることに。
◆寅さんに浮気しちゃって…
映画『極道の妻たち』シリーズは、家田荘子さんが1年で28人もの“極妻”(極道の妻)に取材したというルポルタージュを原作に、ヤクザを夫にもつ女性たちの熱き戦いを描いたもの。異色のやくざ映画シリーズとして話題を集め、計16作製作され、かたせさんは9作品に出演している。
-『極妻』シリーズには欠かせない女優さんに-
「でも、途中でちょっと浮気して、寅さんに行っちゃったんですけどね(笑)」
かたせさんは、1994年に公開された映画『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(山田洋次監督)にマドンナ役で出演。パートをしながら貯めたお金で、年に一回、趣味のカメラを持って撮影旅行に出かけるのを楽しみにしている主婦・宮典子を演じた。
「すごい大問題だったの。『極妻』と『寅さん』は、どちらも当時はお正月公開でぶつかっていたのに、『寅さんに出演したいから降ろしてくれって何を考えているんだ?』って怒られちゃって(笑)。
でも、以前五社監督から『梨乃ちゃんね、いろんな監督と仕事をして、東映だけじゃなくてほかの映画会社やいろんなところと仕事をして、いろんな人と知り合ってお芝居をすることが財産になるから、いっぱい冒険していらっしゃい』とアドバイスをいただいたことに背中を押されて、大冒険をしました」
-『極妻』シリーズでは、かたせさんは最多の9作品に出演されて-
「そうですね。1本目で岩下志麻さん、そのあと2本目が十朱幸代さん、3本目が三田佳子さん。そして4本目でまた志麻さん。当時を代表する銀幕のスター3人とお芝居ができたということは、私の財産になりましたね」
-五社監督とは、『吉原炎上』、『肉体の門』でもご一緒されています-
「ちょうど1年に1作品、五社監督とお仕事させていただきました。最初の『極妻』のときには、立ち居振る舞いを五社監督にご指導いただいて、それをなぞるように演じる、という感じでした。私の女優デビューは『極妻』だったと思っているぐらいすべてを教えていただきました」
◆雪降る中、何度も冷たい川の中に
1987年、吉原遊廓の花魁(おいらん)の生き様を描く映画『吉原炎上』に出演。かたせさんは、冬の章のヒロインで、口は悪いが気立てはいい女郎・菊川役。宮大工と所帯をもつが、夫を寝取られ吉原遊廓では最下層の店が並ぶ長屋女郎にまで身を落とすことに。
「オムニバスで、名取裕子さんが全体の通しのヒロインで、花魁に上り詰めていくんだけど、その間に春夏秋冬、いろんな女優さんがヒロインで出てくるんですよね」
-かたせさんは冬のヒロイン菊川で、結構悲惨な目に遭う女性でした。所帯をもって幸せになると思ったら、夫を若い女に取られて長屋女郎に。そして別れた夫がケガをして働けなくなったと金の無心に…-
「そうなんです。でも、台本以上の演出で立体的にしてくださったのが五社監督なんですよね。
夫を取った女がやって来て、結局私は、畳の下に隠しておいたへそくりをかき集めて渡すことにするんだけど、畳をめくって立てて、へそくりのお金を出していたときに畳が倒れてバチンと手を挟まれたあの痛み、あれは台本にはないんですよ。あれは五社監督の演出なんです。
自分がバカだなあっていうのと、それでも男にお金を渡しちゃう、何とも言えない痛みと悲しみとやるせなさ…たった数分の本当に短いシーンで、彼女の人生の堕ちていく姿を描けるのが五社監督のすごいところですよね。本当にすごいんです。
やっぱり監督がこういう風にしなさいって言ったお芝居って、意味がちゃんとあるんです。畳に手を挟まれるのは、痛いじゃないですか。その痛みでいろんな人生を知るんですよね。
あの頃、私はまだ30歳くらいで、男にひどい目に遭わされてもお金を貢ぐなんて、そういう生活をしたことないからわからなかったけれど(笑)。私はすごく好きなシーンです」
-いろいろな意味で深いですよね-
「そう、(脚)本がやっぱり深いんですよ。(名取)裕子ちゃんが井戸で子どもを堕ろすシーンにしても、いろんなことが深いんです。私なんていきなりお客におしっこ漏らしちゃって怒られるんだけど。『どうしてこの子はおしっこ漏らしちゃうんだろう?』って(笑)。とんでもない登場の仕方でしたよね」
-ビックリしました。この作品では、吉原が炎上するシーンが今でも頭に残っています-
「あのシーンを撮影した日は雪が降っていたんですよね。あまりにも寒くて、川に飛び込んだら死んでしまうかと思ったくらい(笑)。すごく寒かった。
映画って一回川に飛び込んで終わりじゃないじゃない? 濡れた着物を脱いで、ライティングや準備に2時間とか3時間かかって、それからまた濡れた着物を着て川に入って…。
そのうち川の中が熱いのか冷たいのか、わからなくなっちゃって。凍傷ですよね。京都太秦が一番寒い2月ですからね。その上にみぞれが降って、雪が降って…ものすごく寒かった、あの日は」
-かたせさんは『吉原炎上』のときに五社監督にお芝居を褒められたそうですね-
「そうなんです。最後のほうで名取さんに若さん(根津甚八)に会わせてくれって言われて、『ふざけんじゃないよ』って言うところのお芝居を褒めていただきました。
『吉原炎上』では『極妻』のときとは違って、『自分で考えなさい』と言われることが多かったので、自分で必死にお芝居のことを考えてやっていたんですけど、褒めていただいて本当にうれしかったですね」
-何か印象に残っていることはありますか?-
「『吉原炎上』では、私たち全員眉毛を剃り落とさなきゃいけないという命令だったんですよ。それで眉毛が何もないところに、朝白塗りをして眉を描いて、そのあと汚すんです。働いていて、ずっときれいな白塗りのわけがないじゃないですか。だからそれに汚しをかけていく。
何しろ基本は眉毛を剃れって言われて剃っていたんだけど、私はそのとき銀河テレビ小説(NHK)も大阪で撮っていたの。そうしたら、眉毛を剃っているから下から撮ったらツルンじゃないですか。それで眉毛を作ってもらって貼った覚えがある(笑)。
映画とテレビの撮影が重なるということはまずないんだけど、あのときはたまたまね。『吉原炎上』では、眉毛を全部剃るというのと、下着を履いてはいけないと言われていました。
『下着を履いちゃいけません。下着を履くと不自然な歩き方になります。自分を守る歩き方をしないです。下着に守られた歩き方をしています。ダメです、それは』って。だからみんな眉毛を剃って下着は付けていませんでした」
◆『肉体の門』のジルバのシーンで目が回って…
1988年、かたせさんは、終戦直後の東京で娼婦としてたくましく生きる女たちの姿を描いた映画『肉体の門』に主演。娼婦たちのグループのリーダーで“関東小政”として知られる娼婦・せんを演じた。
『吉原炎上』で共演した名取裕子さんがせんと敵対するグループ“らくちょう一家”のリーダー、きたがわ澄子(通称・らくちょうのお澄)役で出演。後にお互いを認め合うことに。
「私は裕子ちゃんと二人でジルバを踊るシーンが好きなんですよね。あのときは踊りを習いに二人で原宿にお稽古に行ったんですよ。
ジルバは回すほうが大変なんですよ。だから裕子ちゃんのほうが大変だった。ただ、監督が『カット』って言うまでは芝居をやめちゃだめじゃないですか。
そうしたら、予定のところで『カット』がかからなくて、ずっとカメラを回しているんですよ。裕子ちゃんも『カット』がかからないから、ずっと私のことを回していて、そのまま私は目が回っちゃってひっくり返っちゃった。そうしたら遠くのほうで、『カーット』って聞こえて(笑)。だからひっくり返るまで待っていたんじゃないですか。
五社監督は、『カット』の言い方で良かったか悪かったかわかるの。『カーット』って言ったときはOK、『カット』って言ったときはやり直し。『はい、もう一回』ってなるの」
-あのジルバのシーンはそれまで敵対していた二人がお互いを認め合うという重要なところで、とても美しいシーンでした-
「そうですよね。あのシーンすごく好きだったなあ」
-あの作品以降も数多くの作品に出演されていますが、出演作を選ぶときの判断基準は?-
「あれ以降も続けて東映さんで、『寒椿』(降旗康男監督)とか、『東雲楼 女の乱』(関本郁夫監督)とかいろいろ出させていただいたのは、自分の力だけではできないことだから、作品にはすごく恵まれたと思います。
一時は本当に京都に行っていることが多かったですね。当時は今と違って、もっと長い時間をかけて撮影していましたから」
-テレビドラマも『名探偵キャサリン』、『湯けむりドクター華岡万里子の温泉事件簿』など主演ドラマシリーズも多かったですね-
「そうですね。『湯けむりドクター』もずっと合宿みたいに長野で撮影していて、楽しかったですね。テレビは一本撮ってみて視聴率とか評判でシリーズ化が決まるので、最初はシリーズ化になるかどうかはわからなかったんですけど」
-映画に、テレビも主演作を含めいろいろあって、かなりハードなスケジュールだったのでは?-
「あの頃はずっと仕事ばかりしていました。現場にいることが幸せでしたから、毎日が楽しくて仕方なかったです」
かたせさんは、数多くの映画、テレビに出演し、2021年には映画『孤狼の血 LEVEL2』(白石和彌監督)に“極妻”役で出演。
2023年1月20日(金)に公開されたばかりの映画『BAD CITY』(園村健介監督)では、韓国マフィアのトップ・マダムを演じている。次回後編ではその撮影エピソード&裏話なども紹介。(津島令子)
ヘアメイク:山岸直樹(Rouxda’)
©2022「BAD CITY」製作委員会
※映画『BAD CITY』
2023年1月20日(金)より新宿ピカデリーほかにて公開
配給:渋谷プロダクション
監督:園村健介
出演:小沢仁志 坂ノ上茜 勝矢 三元雅芸 山口祥行 本宮泰風 波岡一喜 TAK∴ 壇蜜 加藤雅也 かたせ梨乃 リリー・フランキー
OZAWA名義で製作総指揮・脚本も担当した小沢仁志還暦記念作品。小沢は100人以上にのぼる敵を相手に、CGなし、スタントなしのガチンコアクションに挑戦。「犯罪都市」開港市に縄張りをもつ桜田組の組長が、韓国マフィア・金数義(山口祥行)に殺害された。金と裏でつながっている巨大財閥の五条会長(リリー・フランキー)を告発するため、検察庁検事長の平山健司(加藤雅也)は特捜班を結成。そのメンバーに、ある事件を起こした容疑で拘置所に勾留されている元強行犯警部・虎田誠(小沢仁志)を期限つきで復活させることに…。