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矢本悠馬、母親に“だまされ”小6で映画デビュー。イライラしていたおかげでオーディション合格「最悪だなと思いました」

2003年、小学校6年生のときに映画『ぼくんち』(阪本順治監督)でスクリーンデビューし、連続テレビ小説『てるてる家族』(NHK)にも出演した矢本悠馬さん。

『水球ヤンキース』(フジテレビ系)、連続テレビ小説『花子とアン』(NHK)、映画『ちはやふる』シリーズ(小泉徳宏監督)、『今日から俺は!!劇場版』(福田雄一監督)など多くの人気ドラマ、映画に出演。幅広い役柄を演じ分け、作品ごとに違う顔を見せる若手実力派俳優として注目の存在。現在、映画『破戒』(前田和男監督)が公開中の矢本悠馬さんにインタビュー。

 

◆子どもの頃、なりたかった憧れのヒーローは…

矢本さんは京都で生まれ、4歳から約1年間は父親の仕事の関係でアメリカ・ロサンゼルスに在住。小さい頃はやんちゃで元気な子どもだったという。

「親に聞くと『やんちゃすぎて手がつけられなかった』と言っていました。家でゲームをしたりするよりは、外で走り回っているというタイプ。結構ガキ大将っぽかったかもしれないです」

-将来何になりたいと思っていました?-

「スパイダーマンになりたかったです(笑)。ヒーローに。ロサンゼルスにいたときに『スパイダーマン』と『X-MEN』がアニメで放送されていて、それでマーベルにハマったので。見ていたのもそういうヒーローものが多くて、『仮面ライダー』、『ウルトラマン』、『ドラゴンボール』、『北斗の拳』、『キン肉マン』とかを見ていました」

-英会話は?-

「ロスにいた頃はしゃべっていたみたいですけど、今はゼロです(笑)。その頃はよく行くおもちゃ屋さんのごついアメリカ人のおじさんと会話しておもちゃを買っていたらしいんですけど、自分ではまったく記憶にないです(笑)」

-帰国されて小学校に入ってなじめました?-

「最初の頃は友だちができなくて、『学校に行きたくない』って言っていたのが親の印象で、それは僕もなんとなく覚えています。

幼なじみの女の子が同じマンションに住んでいたので、その子が1週間僕の手を引っ張って無理矢理小学校に連れて行っていたという感じです。

そのあとはガキ大将っぽい感じになっていったんですけど、最初は周りの友だちが話していることとかがあまりよくわかっていなかったのかもしれないです」

-それがだんだん変わっていって、いろいろおもしろいこともやって人気者に-

「お笑いが好きだったので、小学生の頃から『明日何をボケようかな?』みたいなことを考えていましたね、毎日。中学生くらいのときには漫才師になりたいという夢を誰にも言わず持っていたという感じです」

-俳優になろうという考えは?-

「俳優になろうとは思っていなかったです。ドラマとか映画を小さい頃から見るというカルチャーがなかったので。

どちらかというと、映画もジャッキー・チェンとか、ブルース・リー、シュワちゃんとかアクションものしか見なかったし、テレビを見るといってもお笑い番組。

父親の英才教育なのかわからないですけど、ダウンタウン、ドリフターズ、ミスター・ビーン、ジム・キャリーとか、そういうコメディーのVHSを借りてきたのを見せてもらっていたという感じでした」

※矢本悠馬プロフィル
1990年8月31日生まれ。京都府出身。2003年、映画『ぼくんち』でスクリーンデビュー。俳優専門学校を経て『大人計画』研究生に。宮藤官九郎さんが脚本を手がけた『ごめんね青春!』(TBS系)、『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)などに出演し注目を集める。『ちはやふる』シリーズ、『トリガール!』(英勉監督)、『ノーマーク爆牌党』(富澤昭文監督)、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)、『おんな城主 直虎』(NHK)、『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)、現在放映中の『六本木クラス』(テレビ朝日系)など映画、ドラマ、CM、舞台に多数出演。公開中の映画『破戒』では主人公・瀬川丑松の親友・土屋銀之助を演じている。

 

◆母親に「お化け屋敷」に行くと言われてオーディションへ

矢本さんは小学校6年生のときに映画『ぼくんち』のオーディションを受けることに。生まれて初めてのオーディションだったという。

「あれは、母親に『お化け屋敷に連れていってあげる』と言われて喜んで行ったらオーディションだったんですよ。

それがわかった時点でキレてて。怒ってイライラしながら渡されたセリフを読んだら、それが役にハマったっぽくて受かったみたいです(笑)。

貧乏な家族の話で、お母さんが勝手に家を売っちゃって住むところもなくなってしまうから、ずっとイライラして不機嫌な子どもの役でしたからね」

-ピッタリでしたよね。常にイライラしていて不機嫌で-

「そうですね。それで親も勘違いして、この子は才能があるんじゃないかみたいな感じになって、結構うちの親は親バカなので。親の勘違いがたまたま良い方向に転がったっていう感じじゃないですかね」

-オーディションに合格したと聞いたときは?-

「最悪だなと思いました。学校でも結構友だちをいじっている側だったので、これはいじられるなって小6の段階で感づいたというか。嗅覚があったので、最悪だなという感じでした。

『どうやったらバレないんだろう?』って思いましたよ。でも、うちの親は言いたいから同級生の親御さんとか担任の先生に言っちゃったものだからみんな観ますし…。僕はその映画でおちんちんも出ているので(笑)」

-お風呂のシーンがありましたね-

「そうなんですよ。小学6年生のときには、クラスで『この子可愛いなあ』って思っている子がいたので、最悪だなという感じでした」

-その女の子は映画を観たのですか-

「観ましたね。別に何も言ってこなかったですけど、『観たでー』みたいなことは言われて、『うわーっ、最悪!』って思ったのは覚えています(笑)」

-完成した映画をご覧になっていかがでした?-

「何かマセているなあって思いました。ガキの芝居にしてはマセているなあって」

-阪本監督は矢本さんがオーディションのときにイライラしていたのは役作りだと思ったのでしょうか?-

「そうだと思います。あと、最終オーディションのときに僕ともうひとり、二人が残っていて、観月ありささんと真木蔵人さんと一緒にセリフを読み合わせることになったんですけど、僕がずっとポケットに手を突っ込んでいて、タメ口で観月さんと真木さんとしゃべっていたらしくて、それが結構印象的だったというのは、撮影中に言われました。

僕は覚えていないんですけど『お前は、あんな大先輩にポケットに手を突っ込んだまましゃべっていてやばいなあ』みたいな感じで言われたので(笑)。

でも、それは褒め言葉なんだろうなあって。ちょっと不良っぽいというか、やんちゃが好きなんじゃないですかね、監督が。でも、あれが分岐点なのかもしれないですね、いま俳優をやっているということは」

-そのあと『てるてる家族』に?-

「はい。あれは別にそのあと俳優として仕事を続けるというつもりもなかったし、事務所に入っていたわけでもなかったんですけど、たまたま家に『「てるてる家族」に出てください』って電話がかかってきたんですよ。

それでうちの親が交渉するしかなくて、親は出したいから僕の意見なんて気にせずOK出しちゃって。

それが中1のときで、中学に入ったばかりなのに中学に行けなくて、最初友だちができなかったから『もう辞める!』って言って辞めたという感じです。『もう芸能の仕事は今後一切やらない』って親に言ったら、親は即答で『じゃあ、いいよ』みたいな感じだったので」

 

◆高校卒業後、俳優専門学校、そして「大人計画」へ

俳優の仕事を辞めて学生生活に専念することにした矢本さん。中学、高校生活は楽しい日々だったという。

-そのときは将来やりたいことはあったのですか?-

「漫才師になりたいなとは思っていたんですけど、具体的にとか、マジになりたいとかいうのではなくて、『将来の夢はあるか?』と聞かれたら『漫才師』って答えているだけで、別に絶対叶えなきゃいけないという夢ではなかったですね。そんなに真剣に何かになろうとは思っていなかったんじゃないかな」

-それが変わったのは?-

「別に変わったとかではなかったんですけど、親に『大学へは行きたくない』って言ったら、『何かしらの学校に行ってくれないと不安。演劇の学校は?』という話になって。

そのときも友だちと毎日夜中まで遊んでいたので、その話はちゃんと親としていなくて、めんどくさいから『わかった、わかった』みたいな感じだったんですけど、俳優の専門学校みたいなのを用意してくれていたので、そこに入ったというだけです。別に俳優になりたいとかじゃなくて、本当に適当という感じですね」

-俳優の専門学校は2年間ですか-

「はい、2年です。それで、2年の在学中に『大人計画』のオーディションがあって、みんな受けると言っていたので、そこを受けたら有名になれるのかなあみたいな(笑)。

僕は舞台とかも観たことがなかったし、『大人計画』を知らなかったんですけど、世代的に『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)とか『木更津キャッツアイ』(TBS系)が結構盛り上がっていたので、その脚本家(宮藤官九郎)とか出演している人がいるというので、『じゃあ絶対におもしろいじゃん』みたいな(笑)。何も知らない本当にミーハーっぽい感じでオーディションを受けたら受かったという感じです」

-同じ学校の人は何人ぐらい受かったのですか-

「0です。当時のオーディションでは5人受かりました。絶対に落ちると思っていたので、純粋にうれしかったです。勝ち負けの世界で、負けず嫌いというのもあったので」

-受かって研究生になってどんな感じでした?-

「結構浮かれていたんですけど、最初は1カ月間、『母を逃がす』という舞台の稽古場で見学をやってくれと言われて見学に行くことになって。

『大人計画』自体がお笑いを大事にする、お笑い第一優先の劇団で、僕もお笑いが好きだったから、そこは運よくいいところに入れたなあと思ったんです。

自分もわりとお笑いの感覚には自信があったんですけど、実際にプロで板の上に乗って芝居で笑いをとっている人たちを初めて生で、しかもすごい近い距離で笑いが作られていく場所、環境というのを初めて見て挫折(ざせつ)しました。

『もう辞めよう』みたいな。『どれだけ頑張っても、こんなにおもしろい人には、自分はなれないなあ』って思っちゃったんですよね。未来が見えなかったというか。

『天才とか、奇人とか、変人と言われている、選ばれた人間だけが選ばれるべくして立つステージ、そういう世界なんだなあ、この芸能界という場所は』って思っちゃって挫折しましたね。悔しいというか…悔しいという思いすらなかったのかもしれないです。

『何で僕には、ああいう才能が生まれ持ってなかったんだろう』みたいな感じに陥ってしまったんですけど、1日目で挫折したからよかったという感じです。別に勘違いしなかったし、夢を見なかったので。何か別の角度で戦わなきゃ追いつけないんだろうなって」

-1日目で挫折して、その次の日からは別の角度で戦おうと気を取り直して-

「そうですね(笑)。でも、あの頃はお金がまったくなかったので、稽古場に行くお金ギリギリで、『こんな稽古に行っていたら飯が食えないわ』という怒りもありました。それで稽古場に行っても、見ているだけで、誰も何も教えてくれなかったので、意味があるのかなって。

見ていてもすごすぎて、真似とかできないくらいすごかったので、結構イライラしていたかもしれないです。稽古場に誰よりも早く入ってモップがけの掃除をして、それで、先輩たちが全員帰るまで待って、そのあとモップがけをして電車で帰って。

飯代も稽古場にいる間はコンビニに行くしかないんですよ。家だったら自分で作れるのに、コンビニだとまたお金を出さなきゃいけないし、『何か俳優ってめっちゃマイナスじゃん。マジでやりたくねえ、行きたくねえ、だるい』みたいな、ゆとり世代全開という感じでした」

 

◆自分のことをボロクソに言う先輩より絶対に売れてやると発奮!

矢本さんは、「行きたくない」と思いながらも毎日通い続けたという。

「先輩たちが怖かったので、通い続けました(笑)。あと、せっかく俳優として活躍するために一歩踏み出す前のスタートラインに立てたのに、これを棒に振るのもなあっていう気持ちもあって」

-オーディションで選ばれた5人のうちのひとりですものね-

「そうですね。あと親とか専門学校の同期とかも喜んでくれていたし、簡単に棒に振るのもイヤだしというので。その頃は親に仕送りをしてもらっていたので何とかそれを切り崩して、イヤイヤながらも行っていました」

-宮藤官九郎さん脚本のドラマに出演されていますが、先が見えるようになったのはいつ頃ですか?-

「学校を卒業した4月の段階で宮藤官九郎さんがやっている『ウーマンリブシリーズ』という舞台にメインキャストで出ることは決まっていて、研究生がひとり辞めたので4人になっていたんですけど、その中で僕を社長が選んでくれたというチャンスがあったんです。

それがあったから、その1年はやれたというのもありました。その舞台は全然、自分の中では何もできなかったんですけど、一緒に板の上に立ったときに、さらに先輩たちのすごさにも気づいて、そのくらいから絶望を乗り越えて、悔しいという気持ちが生まれました。

毎日先輩にダメ出しをされるし、それにもだいぶムカついていて、本当に見返してやりたいという気持ちが強かったですね。悔しいし、見返してやりたかった。『実力じゃ勝てないけど、名前と顔だけは、今僕にボロクソ言っている先輩たちより売れてやるぞ』みたいな気持ちが、僕のこの11年の半分くらいは占めていました」

-研究生の中ではかなり抜きん出ていた存在だったのでは?-

「運がよかったのかもしれないです。『大人計画』に入って早い段階で舞台に出させてもらって、次の年にはドラマでメインキャスト、映画でメインキャストに呼ばれるようになっていたので、運はよかったですね」

-すごいですよね。宮藤さんとは唐揚げのエピソードもあったとか-

「はい。宮藤さんが別の作品の演出をやっていて、その打ち上げに研究生も手伝いで行ったときに、たまたま宮藤さんが僕の前の席に座っていたんです。

それで、次に宮藤さんの舞台に出ることになっていたのでその話になって。僕のことを知ってから書きたいというのもあったのかもしれないですけど、『矢本くん、メシ何が好き?』って聞かれたので、『唐揚げ』って即答したら『バカだね』ってうれしそうにしていたので、正解だったのかなって(笑)。

唐揚げはもともと好きだったんですけど、答えたスピードがよかったのかもしれないです。今考えると、揚げものが好きってバカっぽいですもんね。『唐揚げ?バカだねぇ』みたいな(笑)。そのときは純粋に好きなものを答えただけなんですけど」

-その頃生活はどのように? アルバイトですか-

「バイトはほとんどしていなかったです。すぐにクビになっちゃったので(笑)。親が、自分たちが僕を俳優にさせたいという思いがあったので、22歳までは大学にいかせたつもりで家賃と食費は出すと言ってくれて。

『22歳が期限か』って。21歳で『大人計画』に入っているので、1年間でどうにかしないといけないという期限はあったですね。

それでオーディションとかも、僕は書類審査でいっぱい落ちていたんです。ほかの同期は結構毎日オーディションに行っていて、僕はたまにしかなかったんですけど、当時のマネジャーに大口叩(たた)いて『全部受かるんでまかしておいてくれ』みたいなことを言っていたら、5個来て4個受かるみたいな感じになって。

1個1個に懸けている思いが違ったかもしれないですね。ハングリー精神というか、『絶対に落とせない!』という思いがあったので」

そして、矢本さんは『水球ヤンキース』、『花子とアン』、『ちはやふる』シリーズなど、次々に話題作に出演することに。次回はその撮影エピソード&裏話も紹介。(津島令子)

ヘアメイク:永瀬多壱
スタイリスト:深海佳宏

※映画『破戒』
丸の内TOEIほかにて全国公開中
配給:東映ビデオ
監督:前田和男
出演:間宮祥太朗 石井杏奈 矢本悠馬 高橋和也 小林綾子 七瀬公 ウーイェイよしたか(スマイル) 大東駿介 竹中直人/本田博太郎/田中要次 石橋蓮司 眞島秀和

島崎藤村の不朽の名作『破戒』を60年ぶりに映画化。亡き父の強い戒めを守り、地元を離れ、自分の出自を隠して小学校の教員として奉職する丑松(間宮祥太朗)は、出自を隠していることに悩み、また、差別の現状を体験することで心苦しさを抱えていた。やがて衝撃的な事件が勃発。その事件がきっかけとなり、丑松はある決意を胸に、教え子たちが待つ最後の教壇へ立つことに。

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