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“勝つために笑う”――ロコ・ソラーレが笑顔でいる本当の理由。銀メダルの裏にあった「確固たる戦略」

北京オリンピック。彼女たちはよく笑った。よく泣いた。そして、またまた笑った。

もう終わったと思ったら、そこから準決勝へ。メダルをかけた大一番では筋書きのないドラマを見せてくれた。

カーリング女子日本代表ロコ・ソラーレ。

試合結果に筋書きはなかったが、彼女たちが銀メダルを獲得した裏には“確固たる戦略”があった。

意識的に育んできた絆の力とは? チームが守り続けた鉄の掟とは?

テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、ロコ・ソラーレが北京五輪で銀メダルを獲得できた「本当の理由」に迫った。

◆ロコ・ソラーレが笑顔でいる本当の理由

北海道・常呂町に拠点を置くロコ・ソラーレ。

メンバーは、司令塔であるスキップの藤澤五月、その補佐をつとめるサードの吉田知那美、パワフルなショットが武器の鈴木夕湖、正確無比なストーンコントロールを誇る吉田夕梨花。そしてリザーブに石崎琴美が控える。

平昌での銅メダルにも満足することなく、その後も上を目指し続けた彼女たち。海外転戦を通じて世界から学び、戦いの経験を重ねて再び日本代表の座をつかんだ。

しかし、満を持して臨んだ2度目のオリンピックは、皮切りから苦戦を強いられることになる。1次リーグ第2戦のデンマーク戦では、普段からは考えられないミスを連発し、何度も窮地に立った。

現地で解説を担当した平昌オリンピック男子代表の山口剛史は、「氷の癖というんですかね。選手としては相当やりにくいアイスのなか、苦戦しながら耐えて耐えてというプレーをしてたんじゃないか」と指摘する。

ロコ・ソラーレ最大の武器はコミュニケーション。

室温や客の体温などで目まぐるしく変わる氷の状況に対処するため、各自がその時々で感じたアイスの変化を伝え合い、情報共有し、それをもとにシミュレーションしてきた数百通りの戦術を用いて対処していく。

ところが、北京オリンピックでは狂いが生じた。

カーリング会場となった施設は、もともと2008年の夏季オリンピックで水泳会場として使われた場所。天井が高く、客席は気温15度にも達する。さらには異例の加湿器まで置かれ、氷の変化が予測しにくい。

競技は朝昼晩と3つの時間帯で行われたが、時間帯ごとのコンディションも振れ幅が極端に大きく、持ち前の情報力が活かし切れなかった。

「ロコ・ソラーレはいつも『マージン』という言葉を使うんです。マージンというのは“ミスしていい範囲”とでもいいましょうか。例えば『この局面だったらベストはこのポイントに止めたいけど、Bプランだったら手前がいいよ』という。(今大会は)マージンを確認しているのにも関わらず、ストーンが真逆の方に行ったり、全然強い方に行ったりというのが何回もあったんです」(山口)

この苦境を乗り越えるためのツールが“笑顔”だった。意識的な笑顔が、負のスパイラルを防いでいた。

そもそもカーリングは、簡単に笑える競技ではない。なぜなら基本的に失敗が多いスポーツだからだ。正確さを示すショット成功率は、北京オリンピック代表10チームでも77~83%。2割近くは失敗なのだ。

しかも相手のせいにはできず、すべてが言い訳無用。だからこそ、罪悪感とストレスがとてつもない競技だと論文を書いた人までいた。

東京の市民カーラー・野角豪さんは、「ロコ・ソラーレの笑顔に見るカーリングが持つ特殊性について」という論文を発表。彼自身、カーリングで人間関係まで壊れた経験を持つ。

カーリングというのはうまくいかない方が圧倒的に多いので、どんどん気分的に落ち込んでいくんですね。そこで必要なのが、次に引きずらないようにするにはどうすればいいかということ。そのひとつの答えが、ロコ・ソラーレの笑顔だと思います」(野角さん)

ストレスが呼ぶ負の連鎖は、チーム崩壊へとつながる。だからこそ笑顔で。ロコ・ソラーレは、処方箋として笑顔を貫いているのだ。

準決勝のスイス戦、失敗続きだった藤澤が2点を決めた場面でも、彼女たちの笑顔が光った。気力は尽きかけていても、なおも笑顔で進む。その戦い方を、メンバーは次のように語る。

「私たちらしく、そして私たちがいちばん氷で楽しんでいた時に大きな結果が付いてきていたので、自然体でそのままやっています」(吉田知那美)

「私たちはこうやって仲良く続けていくなかで、何がいちばんチーム全員が心地よくて、ベストな状態ができるのかを常に話し合いながら過ごしてきました」(藤澤)

◆平昌からの4年のキーワードは「準備」

2010年、本橋麻里が故郷の常呂町で旗揚げしたロコ・ソラーレ。オリンピックだけにこだわらない継続的な強化と地元に愛されるチームを目指して船出した。

本橋はこれまでの道のりを振り返り、「結果だけではなく(カーリングの)中身にいかに集中させるか。日本人の根底にある考え方を変える作業に数年かかりました」としみじみ語る。

吉田知那美と藤澤五月が加入後、チームは日本トップの座に就き、世界と渡り合う実力をつけた。そこからはまるで強さを探す冒険の旅。あらゆるものに経験値を求めて旅は続いた。

そのなかで勝ち負けよりも大事にしていたのは、「自分たちのカーリングがどこまで強くなれるのか」ということ。「まだまだ私たちは強くなれる」と信じ、その歩みを止めなかった。

カーリング取材歴13年の竹田聡一郎氏は、ロコ・ソラーレの「戦う姿勢」には切れ目がないと話す。

「この4年のキーワードを『準備』にしていたからね。すごいよ。飯の時間とかミーティングの時間とか、あんなに細かくやるっていう…」(竹田氏)

そのモデルは、平昌オリンピックで優勝したスウェーデンの“決勝後の行動”だった。

メダルセレモニーの間にスウェーデンと韓国が同じ廊下みたいなところにいて、優勝したスウェーデンは金メダルを取った直後でいちばん喜んでいい時なのに、韓国との決勝戦について『あっちがもっとあったんじゃないか』とか言っていたんです。それを(ロコ・ソラーレのメンバーが)見て『この人たちが上にいる理由はここにあるんだな』と痛感したと聞いて、これはいい話だなと思いました」(竹田氏)

翌2019年の日本選手権、ロコ・ソラーレは中部電力に破れ準優勝に終わったが、その表彰式ではあのときのスウェーデンチームのように試合について討論する彼女たちの姿があった。

「正直私たちがしている努力や挑戦というのは、自分たちで言わなければたぶん一生誰も気づかないようなことなのかもしれません。でも、それをしっかり氷上でパフォーマンスとして結果として見せることは可能だと思っています」(吉田知那美)

「みんなが『まだまだ強くなりたい、強くなれる』と思っていることがいちばん私たちのいいところなのかと思います。今の自分たちに限界を感じずに、まだまだ強くなれるっていう気持ちがあるからこそ練習もできますし、成長できるのかな」(藤澤)

◆「私たちらしく」――ロコ・ソラーレの鉄の掟

北京オリンピックで戦っていたのは4人だけではない。深夜0時近く、会場にいたのは5人目のメンバー・石崎琴美だ。

過去2度にわたりオリンピック代表をつとめた石崎は、4年前の平昌オリンピックでは解説者として試合を見守り、選手たちを励ました。そして2020年、選手たちの猛烈ラブコールを浴び、現役復帰。大会中は翌日の試合で使う16個のストーンの癖を見極め、ほかの4人に伝えていた。

「メダルというよりも、いかに4人に気持ちよくアイスに立ってもらうかが私の目標でした」

自らの役割をそう語る石崎。

苦戦続きの北京オリンピックでも彼女たちの軸はぶれなかった。「私たちらしく」――それがチームの鉄の掟。

1次リーグのデンマークとの一戦。この一投を決めれば逆転勝利という場面で見事ラストショットを決められたのも、笑顔と絆が生んだ好循環。きっと神様は、笑顔が好きなのだ。

決勝トーナメント進出は絶望と思っていたなか、準決勝進出の情報がもたらされると、5人は抱き合って喜び合った。

◆賭けに出たロコ・ソラーレの大勝利劇

そして迎えた準決勝。ロコ・ソラーレが北京オリンピックで準備したシナリオがもっとも輝いたのが、このスイス戦だった。

前日の予選は惨敗し、どこまで戦えるか注目されるなか、ロコ・ソラーレはひとつの作戦を立てる。

「普通に考えれば勝つ可能性はすごく低かったですけれど、JDコーチがしっかりとデータで理論的に勝つ方法を私たちに提示してくれたので、私たちにもチャンスがあるんだと」(吉田知那美)

データに見るスイスの攻略法とは?

世界トップチームの傾向を分析する北海道大学の山本雅人教授によると、カギは相手スイスの戦い方にあった。

スイスのデータを見ると、相手が有利な後攻のとき1点に抑えることが多い反面、自らの後攻で2点以上をとるケースは少ないことがわかる。つまり守備的。大量失点を防ぎ、大量得点も狙わない戦術。そこでロコ・ソラーレは、あえて相手にリスクを背負わせる作戦に出る。

スイス後攻の第2エンド、一人目の吉田夕梨花がその狼煙をあげた。

彼女がダブルセンターガードを置いたことにより、スイスはティーライン(ハウスの中心を横切るライン)の手前を狙うしかない状況に。それ以外の場所だと不利になり、複数点を取る確率は低くなる。

氷が不安定ななか、ピンポイントを狙うプレッシャーは計り知れない。それにより、ここまで安全策で勝ち上がってきたスイスに綻びが生じる。回り込んで中央に入るカムアラウンドに失敗。

その後、ロコ・ソラーレは正確なショットでハウスの中心につける。スイスが後手に回ったおかげで、結果この回を1点に抑えることができた。この攻防で試合の流れは日本へ。相手を勝負の沼に誘い込む攻撃的カーリングだった。

さらに第5エンドにもロコ・ソラーレが攻撃性を見せた。先攻ロコ・ソラーレ、藤澤の一投目。

スイスがナンバー2につけていた局面で、藤澤はそれを弾くのかと思いきや、あえてハウスの手前にあったふたつのストーンをダブルテイクアウトでステイ。ハイリスクハイリターンの4点狙いのショットだ。

スイスはその後、ティーラインの手前に回り込むショットを狙うが、日本のストーンが邪魔し難しい状況に陥る。

またもプレッシャーショットを強いられたスイスは、最後の1投でミス。その結果、日本がスーパーショットで一挙4点を挙げ、見事スイスを突き放した。

賭けに出たロコ・ソラーレの大勝利劇。続く決勝では敗れたものの、前回を超えた銀メダルという快挙を成し遂げた。

しかし、ロコ・ソラーレの強さを探す冒険はまだ途上。彼女たちはきっと、もっと強くなる。

優勝後のインタビューで、藤澤は目指す未来についてこんな言葉を残した。

「今回は金メダルをかけて戦うことができて、それは日本のカーリング(界)にとってはじめてのこと。きっとこれでオリンピックの金メダルが夢ではなくて、日本のカーリング界全体の目標になったんじゃないかと思うので、この悔しさをカーリング界全体のレベルアップに繋げなきゃいけないし、繋げたいと思います」

銀メダルが照らす未来に、5人はまた漕ぎ出して行く――。

番組情報:『GET SPORTS
毎週日曜日夜25時25分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)