レジェンド芸人、税務署から言われた「よくこれで生活してますね」 ブーム後の“どん底時代”を激白

4月3日(金)の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では、漫才界の“レジェンド”ザ・ぼんち(ぼんちおさむ、里見まさと)による授業「漫才ブームに踊らされた芸人の急転落しくじり」後半戦が放送された。
後半戦では、漫才ブームの波に飲まれコンビを解散した後、里見まさとに待ち受けていた“どん底時代”を振り返った。
コンビ解散後、まさとは「2年くらい、本当に年間100万円くらいでずっとおりました」と語り、税務署から「よくこれで生活してますね」と言われるほどの転落を味わったと明かす。
一方で、相方のおさむは俳優として成功を収めていたといい、まさとは「複雑やわね」「いよいよ私はどこへ行くんだ」と当時の心境を語った。
そんななか、「1回だけ自分の先祖の墓石を抱いて、『お父ちゃん、俺もうこのままやとあかんわ、助けて』って、涙ボロボロ流して言いました」と告白したまさと。
さらに、「特急列車が走っているときに『こんな荒んだ気持ちのときに、ポンッと飛び込んだりするんやろうな』と考えた」こともあると語り、極限状態にあったことを明かした。
しかし、「ただ、私は飛び込みません。ものすごい執念ですから」「絶対に残ったる」と、芸人として生き残る強い意志を貫いたことが明かされた。
◆16年ぶり再結成の裏にあった葛藤と現実
その後、まさとは「里見まさと・亀山房代」を結成し、1998年には「上方漫才大賞」を受賞するなど漫才師として再び成功を収めるが、2002年にコンビは解散。
このとき50歳を迎え、自身の漫才人生を終えるつもりでいたまさとだったが、吉本興業の当時の常務から「ザ・ぼんち、復活してみませんか?」という提案が舞い込む。
このときの心境について、まさとは「漫才ってエネルギーいる。もう1回やる元気はそのときなかった」と本音を吐露。
それでも「会社からも言われているからトライしてみようか」と挑戦を決意したまさとは、「おさむさんのところへ1人で行きました」「どっちもギクシャクだった」と振り返りつつ、「4回目ぐらいにOKをいただいた」と再結成までの経緯を明かした。
そして、2002年に再結成を果たすも、「16年のブランクで漫才が超ヘタクソ」という厳しい現実に直面。
「1回やめた昔のネタを50歳過ぎた人間がやってもウケない」「劇場にトリで出ていたのが、だんだん(出番が)前になっていった」と語るなど、再び苦しい状況に追い込まれていったという。
◆マネージャーの言葉をきっかけに覚醒!
そんなザ・ぼんちに転機をもたらしたのが、当時30代だった女性マネージャーの「一から漫才を作りましょう」という言葉。
これをきっかけに、若手と同じ土俵でやり直すことを決意したというまさとは、「2年間くらい頑張って、60歳前にネタができてきた」と振り返り、60歳で3都市ライブをやった頃には「今の形の原型にはなっていた」と語った。
さらに若手のライブにも積極的に参加し、「ウケているとこだけを残していった」とネタをブラッシュアップ。おさむは「負けへん絶対。気持ちが違う。腹くくってるでぇ!」と若手のライブに次々と参戦していた当時の思いと覚悟を見せた。
そして、昨年には『THE SECOND 2025』決勝進出を果たしたザ・ぼんち。「楽しかった」「細胞が若返るような感じ」と語るなど、ベテランながら新たなステージで手応えを実感した様子を見せた。
一方、今はほかの目標があり、「そっちを獲りにいきたい。二兎を追う者は一兎をも得ず」と語ったまさとは、「『上方漫才大賞』を再結成しても獲りたい」と、新たな目標を発表。スタジオでは「すごい!」「絶対獲ってほしい」と感嘆の声が上がっていた。
※番組情報:『しくじり先生 俺みたいになるな!!』
【ABEMA】
毎月第1〜3金曜 よる9:30配信開始
第4金曜 地上波放送終了後〜
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毎月第4週金曜 深夜0:45~深夜1:15、テレビ朝日系(※一部地域を除く)