「第2の水泳人生の始まり」池江璃花子、苦難乗り越え固めた“決意” 闘病、葛藤、復帰…10年の軌跡
本日7月27日(日)、競泳種目がスタートした「世界水泳シンガポール2025」。女子100mバタフライには、競泳日本代表のキャプテン・池江璃花子(25歳)が出場する。
2015年から池江を追い続けてきたテレビ朝日は、特別番組『池江璃花子の3813日~私が泳ぎ続ける理由~』を放送。ロス五輪を目指し、再び歩みを進めている彼女の姿に迫った。
テレ朝POSTでは、番組の内容を前後編で紹介する(前後編の前編)
◆「全部自分ですよ」海外でたったひとりの挑戦
2025年2月、オーストラリア・メルボルン。日本とは季節が真逆の南半球に、池江の姿があった。
2023年の10月から、池江はオーストラリアで暮らしている。練習拠点はゴールドコースト。
この日は大会に出場するため、1300キロのフライトを経てメルボルンへやって来た。予約していたレンタカーを自ら走らせ、会場近くのホテルへ向かう。
「全部自分ですよ。ホテルもレンタカーも」と頼もしそうに語った。
レストランでは流ちょうな英語でオーダーするなど、現地での生活にもすっかり溶け込んでいる様子だ。
「(英語は)喋らないと生きていけないんです」
「日本人の友だちはつくろうとしてないです。だからといってオージー(オーストラリア人)の友だちがいるかと言ったら首傾げたいですけど」
オーストラリアでの生活も約1年半経った。ここでは時間が経つのが早く感じるという。
「もう1週間経ったの? みたいな日が毎週あって、オフの日も遊びに行ったりはあまりしないので、ビーチ行ってちょっと海に入って、そんな生活をしています」
この日出場した「ビクトリアオープン」は、オリンピック選手も参加するハイレベルな大会。試合3時間前、会場に姿を現した池江は、意気込みをこう語った。
「どちらかというとタイムを求めるというより、レースの感覚を確かめるつもりでメルボルンに来ている。もちろんそれなりに安定したタイムで泳ぎたいけれど、一番は緊張感や試合に向かう気持ちをしっかり確認しながら出たいと思います」
結果は上々だった。計3種目で表彰台に上り、50m・100mバタフライの2種目では優勝に輝いた。
「楽しめたかな。特に100mバタフライは、泳ぎ終わって楽しかったなと思ったし、泳ぐ前も楽しみだと思ってレースに挑むことができた。あとはバタフライ独特の波に乗る感覚や心地良い泳ぎをする感覚を磨いて、トレーニングできたらと思います」
◆原点──13歳で日本中を驚かせた才能
2015年、当時中学2年生だった池江は、出場した「KOSUKE KITAJIMA CUP」でオリンピックメダリストを破って優勝。水泳界を驚かせた。
強さの秘密を探るため、彼女に初めて密着取材したのは2015年2月18日。
この時身長はすでに167cmと恵まれた体格。一般的に身長と同じといわれるリーチは180cmもあった。
中学3年生になったばかりの頃には、松岡修造が自宅を取材している。
松岡:「これは何ですか?」
池江:「これは雲梯(うんてい)です」
松岡:「へっ!? 家ですよね? ここは」
池江:「そうです。家の雲梯です。ぶら下がりながらテレビ観たり、ずっとやっていました」
松岡:「これは水泳には関係あるんですか?」
池江:「これがなければ腕の力はついていなかったと思います。私、プル(手の掻き)が得意なんですけど、これやっていたからプルも得意になったのかなと思います」
母・美由紀さんは、ぶら下がり運動が子どもの成長に大きな効果があると考え、雲梯を設置したそう。
また、強さの秘密は雲梯だけでなく、レース前の心構えにも。
池江:「(大会)前日の夜やレース前の落ち着いてる時に、飛び込み台の前に立つ自分をイメージします。そこから台に上って、笛が鳴って、泳いで、呼吸の動作、ターンしてゴールタッチ、タイムを見るまで」
イメージトレーニングのルーツも、幼い頃の無邪気な遊びにあった。3歳の時のホームビデオには、母親の掛け声に合わせて「水泳ごっこ」を楽しむ姿が残されている。
この「水泳ごっこ」が成長していくにつれ、頭の中に移行していった。
幼い頃からイメージトレーニングを植え付けた母・美由紀さんはこう話す。
「私の仕事が幼児教室なので、レッスンの中で必ず子どもたちにイメージトレーニングをしてもらっています。小さい子はああいう遊びの中でも十分泳いでいる感覚を得られるので。小さい頃、レースの前は布団の中に入ってイメージトレーニングもしましたし、少し大きくなってからは、レース前の夜に『イメージして寝てね』と声がけしていました。璃花子の大きな武器になってくれてよかったなと思います」
2015年10月には、ワールドカップ東京大会の女子100mバタフライで日本新記録を樹立。
その勢いはとどまることを知らず、高校1年生でリオ五輪に初出場すると、予選、準決勝と立て続けに日本記録を更新し、決勝では5位に入った。
泳ぐたびに記録を塗り替え、2018年7月までに個人種目で延べ38回も日本記録を更新。さらに、パンパシ水泳で金メダルを獲得し、世界ランク1位に上り詰める。18歳にして国民的注目を集め、“東京オリンピックの金メダル候補”と呼ばれるまでになった。
しかし半年後、池江を突然の病魔が襲う。
◆競泳界の期待の星を襲った突然の病
2019年1月、オーストラリア・ゴールドコースト。池江は3週間にわたる合宿のため、この地に来ていた。
いつもとは明らかに違う苦しそうな様子。
「身体が重いのがずっと続いている感じです。もう1か月以上、調子悪いのが続いている。本当に頑張れないぐらいのキツさの疲れっていうか…」
調子は一向に上がらず、ほかの選手に遅れをとることも目立ち始める。その原因が何なのか、すぐにはわからなかった。
この合宿に帯同していたトレーナーの佐々木秀男さんは、当時をこう振り返る。
「水に入ってウォーミングアップしている時に、もう肩で呼吸するような感じで、少ししか身体を動かしていなくてもつらそうで。具合悪い、調子が悪い、いつもと様子がおかしいなという間隔がどんどん狭くなって、ある時、町に出て信号待ちしている時にうずくまってしゃがみこんで『立っていられない』みたいな感じになったんです。『これはちょっと何だろう? マズいな』と思いました」
緊急帰国後、「急性リンパ性白血病」と診断され、自らのSNSで公表。競泳界のヒロインを襲った突然の病に誰もが驚いた。
「病院で、先生に『白血病です』って言われたんですよ。名前は聞いたことあったけど、どういう病気かは知らなくって、そのあとに『抗がん剤治療をやります。髪の毛がすべて抜けます』って言われて、それが一番ショックでした」
抗がん剤治療は、想像の何倍もつらかった。
「携帯なんて絶対触れない、テレビも見れない、音も聴きたくない、ご飯も食べないっていう状況が2週間続きました」
「人によって苦しさの度合いって違うと思うんですけど、こんな経験2度としないだろうっていう経験はしたと思います」
池江の身体に繋がれた大量の点滴。その数は、最も多かった時で13本にも及んだ。母・美由紀さんは、入院していた時のことをこう振り返る。
「途中でお医者さんもこの症状が持ち直すかどうなのかわからないから手探りで治療する時もありました。もう元には戻れないんだろうなって思いましたね」
◆「生きてることが奇跡」第2の水泳人生へ
入院から7か月後の2019年9月。「造血幹細胞移植」という正常な血液をつくるための治療を受け、12月にようやく医師から退院の許可が下りた。
池江は、当時の正直な思いを次のように語る。
「水泳をすることが当たり前だったし、普通に生きてここにいることが当たり前だったけど、病気になって水泳ができなくなって、ここにいることが奇跡だし、生きてることが奇跡というふうに気持ちが変わりました」
入院生活で、体重は18キロも落ちてしまったという。免疫力が低く、感染症の恐れもあるため、プールに入ることを許されたのは、退院から3か月後のことだった。
復帰に向けてメニューを組んだ佐々木トレーナーが印象的だったと話したのは、当時のトレーニング記録に書き込んだメモ。そこには、「1月31日腕立て伏せが3回できた」と書かれていた。
「『3回だけ?』って思うじゃないですか。この時『3回もできた』と思ってるんです。だから書いてるんですね。退院した時は1回もできなかったので。できたことができなくなって、自信をどうやって取り戻すのか。不屈の精神はすごく強く持って挑んでいたんじゃないですか。本人負けず嫌いですし、それは強く感じましたね」(佐々木トレーナー)
不屈の精神でトレーニングを重ね、驚異的なスピードで身体を戻していった池江。退院から8か月後には早くもレースに復帰し、ゴール後には万感の涙を見せた。
「タイムとか順位とかは関係なく、自分が泳いでいること、またこの場所で泳げたこと自体に、自分のことだけど感動した。大きく言えば第2の自分の水泳人生の始まりかなと思います」
迎えた2021年の東京オリンピック。
退院直後は出場など全く考えていなかったと話す池江だったが、開催が1年延期になったことでリレーのメンバーとして代表入りすることができた。結果は8位だったものの、レース後には晴れやかな表情を見せた。
そして、2024年9月25日。造血幹細胞移植から5年、池江は白血病の完全寛解を報告。病を乗り越え、新たな目標に向かって歩き出した。
◇
後篇では、得意種目・50mバタフライ強化のために取り組んだ海外遠征、池江の思いを紹介する。
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※大会情報:『世界水泳 シンガポール2025』
2025年7月11日(金)~8月3日(日)
競泳は7月27日(日)~8月3日(日)
テレビ朝日系列地上波、ABEMA、CSテレ朝チャンネルにて放送(放送予定詳細はこちら)