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ビートたけし&ナインティナイン、スポーツについて語る。たけし、卓球協会への感謝

2017年に、1990年以来“27年ぶり”となるレギュラー放送が復活した伝説の番組『ビートたけしのスポーツ大将』

昨年11月から放送されている同番組では、ビートたけしとナインティナインという豪華MCのもと、毎回大人顔負けの天才スポーツキッズとトップアスリートたちのよる白熱の対決が繰り広げられています。

©テレビ朝日

今年2018年は、冬季五輪とサッカーのワールドカップが開催される4年に一度のスポーツイヤー。また、2020年の東京五輪まで残り2年ということで、日本中でスポーツ熱が高まることでしょう。

そんな記念すべき2018年ということで、“スポーツ少年”として育ち、現在でもスポーツへの愛情が深いビートたけしさん、ナインティナインの岡村隆史さん・矢部浩之さんの3人にスペシャルインタビューを行いました。

子供の頃に憧れたスポーツヒーローから貴重な裏話まで、幅広く語られています。

 

◆子供の頃に憧れたスポーツヒーロー

――子供の頃に熱中して遊んだり観たりしていたスポーツは何ですか?

たけし:「子供のときは、野球と相撲。あとは…なにもねえなぁ。サッカーなんてテレビでやってなかったし、遊んだのは野球と相撲だけだよ」

矢部:「野球人口が多かったですもんね。昔は」

たけし:「運動神経がいいのは、みんな野球やってた。背が高いやつではバスケットボールやるのもいたけど、そのときはマイナーだったからね。背高いっていうと相撲に呼ばれたの。でもまあ、圧倒的に野球だよね。観てたのも、野球か相撲だよ。あとは、たまにボクシングの世界タイトルマッチ。ファイティング原田さんに憧れたな」

――ナインティナインのおふたりは、サッカーですか?

矢部:「野球とサッカーですね。僕は子供の頃は両方やってました。で、そのうちサッカーになりましたね。『ダイヤモンド・サッカー』(※1)をよく観てました。当時はあれだけしか海外サッカーの映像はなかったので。ありがたかったです」

岡村:「僕も『ダイヤモンド・サッカー』観てました。でも、前半しか見れないっていう…後半は翌週でした(笑)」

矢部:「そうでしたね(笑)」

――子供の頃の“スポーツヒーロー”は誰でしたか?

矢部:「やっぱりマラドーナですかね。あと、日本サッカーはまだ“全日本”の時代(※2)でしたけど、木村和司さんとかラモス(瑠偉)さんはスターでしたね」

岡村:「あとは、高校サッカーに出てる選手にも憧れました。あのときは(サッカーでは)高校サッカーがいちばん人気で、国立競技場も埋まってましたから」

矢部:「絶対ムリでしたけど、僕らは茨木西高校という学校のサッカー部で“高校サッカー”を目指すとこにいましたからね。予選では、一応熱くなってました」

――岡村さんと矢部さんは当時、サッカー選手として生きていきたいと思ったことはなかったんですか?

矢部:「Jリーグもなかった時代なんで、そこはもう勝手に(ムリだって)線引いてましたね」

岡村:「スポーツ選手は、まったく考えたことなかったです。芝生でサッカーできるだけでもスゴいっていうくらいの時代でしたから。ただ、いまこうやっていろんな番組で世界のいろんな選手と絡ませてもらって、きっと茨木西高校の中では一番“世界”を経験してます(笑)」

矢部:「こんな絡み方あるのか!って思いますよね。ど真ん中じゃない絡み方」

岡村:「ジーコと番組で絡んだときなんて、みんなから『うらやましいな!』って言われましたね」

――たけしさんの“スポーツヒーロー”は誰でしたか?

たけし:「相撲では、(初代)若乃花、栃錦。ボクシングはファイティング原田さん。野球では長嶋(茂雄)さん」

※1:1960年代後半から1980年代後半にかけて日本のサッカーファンに愛されたテレビ東京のサッカー情報番組『三菱ダイヤモンド・サッカー』

※2:1980年代頃まで、サッカーも含め多くのスポーツの日本代表は“全日本”と呼ばれていた。

 

◆スポーツもエンターテイメントも「対抗するのはなかなか大変」

子供の頃のヒーローに長嶋茂雄さんを挙げたたけしさん。長嶋さんと話した際に聞いたという裏話、そしてそこから、日本のスポーツやエンターテイメントが置かれている環境の変化についても語ってくれました。

たけし:「長嶋さんと話したときに言ってたんだけど、ジョー・ディマジオ(※3)がマリリン・モンローと日本に来たとき、『おまえならヤンキースでやれる、ヤンキース来ないか』って言われたんだって。でも正力松太郎さん(※4)が長嶋さんを呼んで、『お前がメジャーなんか行ったら日本の野球がダメになるから、頼むから(日本に)いてくれ』って。長嶋さん、『だから行かなかったんですよ~』って言ってた」

矢部:「それはすごい裏話ですねぇ」

たけし:「こんなこと言ったらあれだけど、昔メジャーリーグを知ってたら、日本のプロ野球ってあんまり見なかったかもしれねえな。今は衛星中継でいくらでもメジャーが見られて、日本の名選手でも“あれぐらいしかできないのか”っていうのがいると、レベルを知っちゃうっていうかね。サッカーでもやっぱり、“また途中出場かよ”なんてことがあって、本当の実力ってものがわかってきちゃう」

矢部:「世界の映像がすぐ見られますもんね。昔は取り寄せないとなかなか見られなかったですけど」

たけし:「(見られるスポーツの)種類も多くなった。今は世界的に有名な選手の試合もプレーも全部見られるから、まあ昔とは全然違う。

これが良いことなんだか悪いことなんだかわかんないけども、スポーツの世界でもそうだし、エンターテイメントや映画なんかでもそうなんだよ。じゃんじゃんじゃんじゃん日本のエンターテイメントがダメになっていくのは、本場がもう、強いんだ。

対抗するのはなかなか大変で、それは時間がかかるけど、わかったほうがいずれ方法が見つかるんだよ。今はね、過渡期だから。これからスポーツで、そういう本場を見た良い選手が出てくると思う。そういう時代だよね。

いま、100mのリレーで日本が世界レベルになったってのもスゴい。アジア人だと、(2004年アテネ五輪の)110mハードルで中国人選手が金メダルを取ったときがあったけど、陸上とか短距離とかで日本人が活躍できるような感じになりつつあるってのは、スゴいことだよね」

※3:1951年に引退したニューヨーク・ヤンキースのスーパースター。現役引退後にマリリン・モンローと結婚。新婚旅行で日本を訪れた。

※4:「プロ野球の父」と言われる人物。1930年代からメジャーリーグの選手を日本に招聘して日米野球を興行するなど、野球界に尽力した。

 

◆卓球ブームはなぜ起きたか?

最後にある質問をしてみたところ、話が広がり、たけしさんが昨今の卓球ブームの背景にあるものを解説してくれました。

――もし今自分が子供だったとしたら、挑戦してみたいスポーツは何ですか?

矢部:「僕は、今の環境でサッカーをもう1回やりたいです。これだけ世界のいろんな情報が入ってくるなかで」

岡村:「僕はゴルフです。サッカーや野球より長いことできるから。シニアとかになっても…」

たけし:「ならゲートボールのがいいんじゃない?」

一同:「(笑)」

矢部:「たしかに、ゴルフは子供のときできなかった…というか、やるという発想もなかったですよね。ジジイがやるもんだと(笑)」

たけし:「いまは子供がやるもんだからねえ。中学生でオレらより飛ばす。中学生で300ヤード飛ばすやつがいるからね。年取ると、そうやってあらゆる世界から追い出されて…。唯一のスポーツは、生きてることだよ(笑)。普通に飯食うことがスポーツになってきた」

一同:「(笑)」

岡村:「あと、卓球もすごくイメージ変わりましたよね。昔はちょっと地味なスポーツというか、そんなイメージがありましたけど」

たけし:「卓球はね、卓球協会が相当がんばって力を入れたよね。昔、最初の『ビートたけしのスポーツ大将』(1985年~1987年)では、(他のスポーツは)なかなか選手を番組に出してくれなかったんだけど、卓球だけはいつでもテレビに出てくれたんだ」

矢部:「水谷(隼)選手も言ってましたもんね。『自分たちが(テレビに)出て卓球を広めていきたい』って。卓球がメジャーになってほしいから」

たけし:「うん、本当に卓球だけは昔から良くしてくれて。何を考えたか、前は“卓球ディナーショー”までやってたんだ。なんで飯食いながら卓球見なきゃいけねぇんだって(笑)。でも、それくらい頑張って今の時代をつくったんだよ」

このように、スポーツをテーマに語ってくれたビートたけしさんとナインティナインの2人。

2月4日(日)放送の『ビートたけしのスポーツ大将』は、超豪華な現役トップアスリートが大集結する3時間スペシャルとなっており、野球・サッカー・卓球・ビーチバレー・バスケットボールなどさまざまな対決が繰り広げられます。

©テレビ朝日

たけし&ナインティナインの3人が天才キッズとバスケットボールの“3on3”に挑戦する場面も! 見逃せません!

※番組情報:『ビートたけしのスポーツ大将』超豪華!現役トップアスリート大集結!3時間SP
2018年2月4日(日)よる6:57~9:54、テレビ朝日系24局

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