根岸季衣、名だたる監督に呼ばれたのは「本当に財産です」 黒澤明監督の現場ではリチャード・ギアとも共演「一番日本人ぽかった」
根岸季衣(ねぎし・としえ)さんは、1983年に『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)に出演。このドラマは、落ちこぼれの大学生3人組、仲手川良雄(中井貴一)、岩田健一(時任三郎)、西寺実(柳沢慎吾)が、学歴や恋愛、進路の問題などに悩み傷つきながらも懸命に乗り越えようとする姿を描いた作品。
「初めにお話が来たときはとてもうれしかったですね。山田太一先生の作品に出られることが本当にうれしかった。すごくよく覚えています。幸薄い幸子役で」
――お姑さんにかなりつらく当たられていましたね。
「そうですよね。あれはパート4まで放送されたんですけど、パート5があったんですよ。あるという話は聞いていたんですけど、なくなったっていうのを聞いていて。
私は読んでなかったんですけど、(中井)貴一くんとか、メインのみんなは読んでいたんですよね。高橋ひとみちゃんから、『今度はお姉ちゃん主役よ』という話は聞いていたんですけど、結局撮影しなくなっちゃって。
私は、山田先生が亡くなってから『ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉:山田太一未発表シナリオ集』(国書刊行会)が出版されて初めて読んだんです。そうしたら、なんと貴一くんに結婚の申し込みをされているんですよね。私のキャリアのなかでこれを逃したのは、本当に残念だったなあって思います」
――それは見てみたかったです。
「本当にやりたかったです。でも、山田先生がここまで私を信頼してくれていたんだと思って本当にありがたいなあって。ご存命のうちにちゃんとお礼を申し上げたかったなって思いましたね。撮影はできませんでしたけど、私にとって宝物のような存在です」
――『ふぞろいの林檎たち』は、小林薫さんが家を追い出されかけていた根岸さんに「俺はお前じゃなきゃダメなんだ」というシーンにしびれました。
「パート1ですね。不器用で普段あまりしゃべらない夫だったから印象的でしたよね」
――山田太一さんの脚本は緻密で、セリフも一字一句変えてはいけないと聞いています。
「そうです。やりながら作っていくつか(こうへい)さんとは正反対で、セリフはもちろん、ト書きまで完璧。たとえば『フフフフフ』って書いてあると、1個『フ』が足りなくてもダメ。一字一句変えてはいけない。かなり細かいですけど、変えようという気が起きないくらい完璧ですばらしいんですよね」
◆大林宣彦監督との出会い
1983年、根岸さんは大林宣彦監督の映画『時をかける少女』に出演。高校の実験室で白い煙とともに立ちのぼったラベンダーの香りをかいだ瞬間、意識を失い倒れてしまった芳山和子(原田知世)は、それ以来、時間移動(タイムトラベル)を繰り返すことに…というストーリー。根岸さんは、和子のクラス担任・立花尚子先生役を演じた。
「大林監督の『転校生』も見ていたし、お話が来たときはうれしかったですね。『時をかける少女』の頃はまだ角川映画だったので、結構ゆったりしていたんですよね。お話する時間とか、食事に連れて行ってくださる時間もいっぱいあって。
だから何度も一緒に食事に行って“大林マジック”にやられちゃいましたね。『ああ、出会ったな』と思ってハマりました(笑)」
――大林監督の作品に欠かせない俳優として知られ、27作品に出演されていますね。
「本当に財産ですよね。よく声をかけてくださったなって思います。大林さんがどうして私に声をかけてくれたのか、最初のきっかけはわからないですけど、監督は『この指とまれ』っていうシステムで。1回ちゃんと指にとまった人とはずっと付き合ってみたいって言っていました。
だから、人と人との出会いがやっぱりひとつの運命っていうか、すごくいい出会い方をしちゃったんだなって思います」
――大林監督は、撮影現場ではどのような感じでした?
「すごく優しいときと、びっくりするぐらいワーッというときもありましたね。とくに晩年は鬼気迫るものがあって…すごい情念がダブルで出ているような感じでした。ご病気でおからだはもう弱ってらっしゃるのに、(深夜)12時を回っても撮影していましたからね。何か遺しているんだという、その力がすごかったですね」
――大林監督の印象に残っていることは?
「誰にでもそうですけど、現場に行って『やあ、やあ、やあ』って言ってハグして握手して…みたいな、それがすべてかなという感じですね」
大林監督の『廃市』の根岸さんも印象的だった。この作品は、古い歴史を持つ運河の町の旧家を訪れた青年・江口(山下規介)のひと夏の出来事を描いたもの。江口はニュースで思い出の運河の町が火事で焼けたことを知る。そこは10数年前に江口が大学の卒論を執筆するために訪れた町だった。彼の脳裏にその町を訪れたときの記憶が蘇る…。根岸さんは、江口が滞在した旧家の娘・郁代役。妹の安子(小林聡美)と夫・直之(峰岸徹)の関係を疑い家を出て寺に住み込んでいる。
――根岸さんのはかなげで凄絶な美しさがとても印象的でした。
「ありがとうございます。あれはト書きにいっぱい『美しい』って書いてあって、『本当にいいのかな?』って(笑)。人に話すときに、『小林聡美ちゃんと私が美人姉妹よ』って言うと、何か冗談を言っているみたいな感じなんですけどね(笑)。
でも、本気でそれをやらせてくれたというのは、さっきの山田(太一)先生の話じゃないけど、ちゃんと信頼をしてくれていたんだなって思いました」
――大林監督は根岸さんに2枚目の役をやったら次は3枚目、そして次はまた2枚目という感じでバランスを考えてキャスティングされていたそうですね。
「それは取材の記者の方から言われて気がついたんですよ。『根岸さんって交互ですよね』って。それまで全然気がつかなかったんですけど、作品の並びを見てみるとたしかに交互になっていて、そんなふうに監督は考えてくださっていたのかなって。
大林監督が亡くなった後に聞かされたんですよね。『廃市』のようなステキな役をいただいてうれしかったです」
――ちょっとこの世のものではないような雰囲気も漂っていて印象に残っています。
「監督に『これは滅んでいく人たちの物語ですから、全員痩せてきてください』って言われていたので、それなりに痩せて行ったんです。そうしたら、監督が思っていたより痩せていたみたいですごく感動してくれて。
そのときに峰岸徹さんも減量していたんですけど、たまたま監督の奥さんの大林恭子さんに誘われてうなぎ屋さんに入って、お店から出たときに監督と出くわしちゃって。『バカ!何をやっているんだ。根岸くんを見ろ!』って言われたのが本当につらかったみたいで。その悔しさを何度聞かされたことか(笑)。
峰岸さんもちゃんと減量してからだを作っていたんですけど、たまたまうなぎ屋さんに入っちゃったところを見つかってしまったというのが、本当に切なかったんじゃないですか。峰岸さんと会うと必ずその話になりましたからね(笑)」
◆黒澤明監督から「食べっぷりがいいね」
1991年、黒澤明監督の映画『八月の狂詩曲(ラプソディー)』に出演。この作品の舞台は長崎のとある片田舎。かつて原爆を体験した鉦おばあちゃん(村瀬幸子)の家に夏休みを過ごすため、4人の孫たちがやって来る。田舎での生活に最初は退屈していた4人だったが、長崎に残る原爆ゆかりの場所を実際に目にし、祖母の昔話を聞くうちに戦争に対する考えを深めていく…。
根岸さんは、鉦おばあちゃんの娘・良江役を演じた。鉦おばあちゃんの兄で、ハワイで農園を営む錫二郎の息子クラーク役でリチャード・ギアが出演していることも話題を集めた。クラークは不治の病にかかった錫二郎の「死ぬ前に鉦と会いたい」という願いを叶えるべく、おばあちゃんをハワイに連れて行くために日本へやって来る。
――黒澤明監督の撮影現場はいかがでした?
「すごく楽しかったです。黒澤監督もそれまでの武将ものを撮っているときはピリピリしていたし、人数も多くて大変だったみたいですけど、私が出た『八月の狂詩曲』と『夢』は2作品ともすごくアットホームな感じだったんですよね。
食事も各技術の方とか大体10人ぐらいでいつも行っていて。役者で言うと井川(比佐志)さんと私、『夢』のときには寺尾(聰)さんがいらしたぐらいのすごく小規模な食事会で、大体1回の食事で3時間。食べながら飲みながら、監督がいろんな話をしてくださって。
毎日ちゃんと書いておけば良かったなって思いますよ。おもしろい話ばかりだったんですけど、聞くのが楽しいから書いておくなんて頭が回らなくて。本当にただ楽しくて、飲んで食べていましたね。
黒澤監督に『根岸くんは食べっぷりがいいね』なんて言われて『そうですか』って調子に乗って食べて飲んでいたら、どんどん太っちゃって(笑)。でも、すごくすばらしい時間でした」
――リチャード・ギアさんとの共演はいかがでした?
「彼とも3回ぐらい少人数で食事に行きましたけど、一番日本人ぽかったですよね。淡泊だし、『蕎麦屋に行こう』とか言って。それで、蕎麦屋に行って『納豆ないですか?』って聞いたり、ひじきを頼んだりするからおもしろかったです。
ハーフの役だから、彼なりに役を作ってそうやっていたというのもあるんでしょうけど。ラストのシュートが終わったときに『アイアムアメリカン!』って言って、いきなり本来のリチャード・ギアに戻っていました(笑)。自分を抑えていたんでしょうね。やっぱりカッコ良かったですね」
そうそうたる監督たちとタッグを組んできた根岸さん。大林宣彦監督の遺作の『海辺の映画館-キネマの玉手箱』にも出演。2024年は『変な家』(石川淳一監督)、映画『湖の女たち』(大森立嗣監督)が公開された。
次回は現在出演中のミュージカル『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』、少女の霊と闘うパワフルなおばあちゃんを演じて話題の映画『サユリ』(白石晃士監督)の撮影エピソードなども紹介。(津島令子)
ヘアメイク:熊田美和子
スタイリスト:渋谷美喜
※映画『サユリ』全国公開中
配給:ショウゲート
監督:白石晃士
出演:南出凌嘉、根岸季衣、近藤華、梶原善、占部房子、きたろう、森田想、猪股怜生
ホラー漫画の異才・押切蓮介×ホラー映画の鬼才・白石晃士の最恐タッグが実現。念願だった夢のマイホームへと引っ越した神木家。しかし、次々と不可解な現象が勃発し、家族がひとりずつ死んでいく。神木家を恐怖のどん底に突き落とすのは、この家に棲みつく少女の霊“サユリ”だった。そして中学3年生の則雄(南出凌嘉)は祖母(根岸季衣)とともにサユリへの復讐戦に挑むことに…。