貫地谷しほり、若年性認知症の夫をもつ妻を演じて「こんな優しい世界があるのか」 モデルになった本人は試写で「まんまだ」と号泣
2007年、連続テレビ小説『ちりとてちん』(NHK)で初主演を務め、注目を集めた貫地谷しほりさん。
2013年には『くちづけ』(堤幸彦監督)で映画初主演し、第56回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。2019年には、映画『夕陽のあと』(越川道夫監督)に主演。さらに同年、『なつぞら』(NHK)で12年ぶりに連続テレビ小説に出演。
ナレーター、声優としても知られ、2023年、『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』(NHK)で「第17回声優アワード」外国映画・ドラマ賞を受賞。6月30日(金)に主演映画『オレンジ・ランプ』(三原光尋監督)の公開が控えている。
◆美しい自然の中で苦悩しながら演じた“生みの母”
2019年に公開された主演映画『夕陽のあと』は、鹿児島県長島町を舞台に、7年前の乳児置き去り事件で手放した息子を取り戻したい茜(貫地谷)と、赤ん坊のときから7年間その息子を育て特別養子縁組を目指す五月(山田真歩)、母になりたい2人の女性の姿を描いたもの。
-切ないお話でしたね-
「そうですね。あの作品は大切にしたいなと思って、撮影時はマネジャーとメイクさんと3人で、一緒に同じ建物で過ごして、ご飯を作って暮らしていました。すごく思い入れがあった作品です。
茜は周りに相談できる人がいなくて、ひとりで抱え込んでしまい、あのような選択をせざるを得なかった女性なので、茜という役に向き合って自分を追い込んでいくのは本当に苦しかった。毎日ずっとつらかったです」
-生みの親、育ての親…それぞれの思いが伝わってきて胸が締めつけられました-
「茜のセリフで『一度失敗を犯した人間にはもうチャンスは与えられないの?』というのがあって、日本は失敗した人がもう一度やりなおすには、とても難しい国だと思うんです。そういうのはすごく感じました」
-息子の豊和(とわ)くんと暮らすために一生懸命頑張って準備もしてきたのに、息子には、物心ついたときからお母さんだと思っている人がいる-
「そうですね。子どものことを一番に考える選択肢しかないですよね」
-息子役の松原豊和くんとはどうでした?-
「松原くんは島の子で、初めてのお芝居だったんです。初めて撮影するというシーンのときに、セリフを言うのが恥ずかしくてしゃべれなくなっちゃって、その日は撮影がなくなりました(笑)。
泣いちゃって、お父さんが慰めたりしていて、よくぞそれを乗り越えてやってくれたなと思って。その成長ぶりを見て、『子どもってすごいな』って思いました」
-自然体でのびのびとしていて良かったですね-
「本当にいい子でした、可愛かったです」
-完成した作品をご覧になっていかがでした?-
「もっと精進せねばいけないなとも思ったり…色々思うことはありますけど。でも、本当に街がすごくきれいでした」
-そうですね。景色がきれいなだけに危うさみたいな感じが際立っている感じがしました。育ての親を演じた山田(真歩)さんとは普通に接していたのですか-
「山田さんは撮影のない日に島を散歩しまくって、本当に島の人みたいになって役作りされていました。私は東京から来たという設定だったので、よそ者という感じでしたけど」
-とくに印象に残っていることは?-
「夜の星空がきれいだったのが印象的でした。海もすごくきれいで水平線が見えてキラキラ輝いていて、自然に包まれた豊かな場所だなあって思いました」
◆12年ぶりに連続テレビ小説『なつぞら』に出演
2019年、貫地谷さんは、『ちりとてちん』から12年ぶりに連続テレビ小説『なつぞら』に出演。女性アニメーターの草分け的存在の大沢麻子役を演じた。
「たくさんの朝ドラヒロインが登場するというのと、脚本が大森寿美男さんだったんです。『なつぞら』の直前に私は大森さんが脚本を書かれた大河ドラマ『風林火山』(NHK)に出ていて、私は4話で死んでしまうミツという役だったんですけど、その後もずっと亡霊で出させていただいて(笑)。
たまたまNHKに行ったときに、スタッフさんに『ミツやん。最終回絶対見てね』って言われたので、見てみたら最後私のセリフで終わったんです。
それぐらいその私の役を大事に大森さんが書いてくださって、本当にすばらしい役をやらせていただいたという思いがあったので、大森さんが書かれるなら、ぜひ出たいと思って出ました」
-歴代のヒロインの方たちが出演されていたので楽しかったです-
「そうですね。比嘉(愛未)ちゃんとか山口智子さん、松嶋菜々子さんも出ていて。『なつぞら』は朝ドラ100作記念作品で、すごく気合いが入っていたみたいです」
同年、貫地谷さんは、『連続ドラマW 正体』(WOWOW)に出演。これは殺人事件の容疑者として逮捕され死刑を宣告された主人公・鏑木慶一(亀梨和也)が、移送中に脱獄し、潜伏先で出会った人々を窮地から救っていく姿を描いたもの。
貫地谷さんは、鏑木が名前を変えて潜伏するWEB編集プロダクションのライター兼ディレクター・安藤沙耶香役で出演。身寄りのない鏑木を気遣い一緒に暮らしはじめるが、しだいに鏑木に恋心を抱いていくことに。
「亀梨(和也)くんとは、その前に舞台で姉弟役だったので、やりづらいかなと思ったんですけど、現場に入ったら違和感なくできました」
-舞台も結構やられていますが、ご自身の中で舞台と映像はどのように?-
「映像は瞬発力だったり、そのときどう感じたかというのがすごく反映されるものだと思うんですけど、舞台は1カ月とかお稽古して理解を深めていくので、もっともっと深く潜っていけるような感じがします。『役作りってこうやってやるんだ』って思ったり、毎回すごく勉強になります」
-役を引きずるほうですか?-
「全然引きずらないです(笑)。ずっと引きずるという人もいるみたいですけど、すごいですよね。そんな集中力ないです(笑)」
-ナレーション、吹き替えなど声のお仕事も多いですね。声のお仕事を始められたときはいかがでした?-
「最初はすごく緊張してドキドキしたんですけど。自分がこのナレーションを読むことによって、風景に彩りができるんだというのを見たときに、すごくおもしろいと思いました。
『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)とかも、普通の人はなかなか知らない方々を取り上げるので、いろんな人の人生をドラマティックにできたりして、すごくおもしろい仕事だと思います。これからも大事にしたいと思っている仕事の一つです」
2023年3月、貫地谷さんは、『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』(NHK)で「第17回声優アワード」外国映画・ドラマ賞を受賞した。
このドラマで貫地谷さんは、子どもの頃に自閉症と診断された論理的で繊細な頭脳派の文書係アストリッドの吹き替えを担当。直感的で大胆な行動派の警視ラファエルと絶妙のコンビネーションで難事件を解決していくフランス発のミステリー。
-アストリッドは難しいキャラだったのでは?-
「適材適所というか、いいところにはめていただければ、はまっていけるという感じで。アストリッドは、私が声優さんたちに混じってやらせていただいているんですが、やっぱり声優さんたちとは何かが違うんです。
その違和感が、アストリッドに活きるんじゃないかという風に、監督も考えていてくださったみたいなので、本当にいい役に出会わせてもらったという感じです」
-イメージがぴったりだと思いました-
「ありがとうございます。賞もいただけてとてもうれしいです。放送してからの反響が本当に大きかったみたいで、シーズン2と3の放送も決まったのですごくうれしかったです」
※映画『オレンジ・ランプ』
2023年6月30日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー
配給:ギャガ
監督:三原光尋
主演:貫地谷しほり 和田正人
出演:伊嵜充則 山田雅人 赤間麻里子 赤井英和 / 中尾ミエ
◆最新主演映画で実在の若年性認知症の夫をもつ妻役に
2023年6月30日(金)には貫地谷しほりさんと和田正人さんがW主演を務めた映画『オレンジ・ランプ』(三原光尋監督)が公開される。
この映画は、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんの実話にもとづき、夫婦の9年間を描いたもの。
39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された只野晃一(和田正人)は、妻・真央(貫地谷しほり)と2人の娘を抱え、不安に押し潰されそうになる。しかし、ある出会いをきっかけに真央と晃一の意識に変化が。やがて2人を取り巻く世界もまた、変化していく。
もし「大切な人が、認知症になったら?」実際に今でも変わらず活躍している丹野智文さんの実話に基づく物語が私たちに前向きに生きるヒントを与えてくれる作品だ。
「今、母が祖母の介護をしていて、すごく大変なのを目の当たりにもしていたので、どういうお話なのかなって読んでみたら、『こんなファンタジーなことがあるのか。こんなに優しい世界があるのか』って思いました。それも実話だというので、やってみたいなと思って参加した感じです。
聞いてみたら、会社でのお仕事を続けられているというのも全部実話だということで、本当にこんなに優しい世界があるということにびっくりしました」
-認知症に対する考えが変わりますね-
「そうですね、私の世代だと、『私の頭の中の消しゴム』(イ・ジェハン監督)という韓国の映画がとても流行(はや)ったときだったので、すごく悲しい話というイメージがあったんですけど、こうやって認知症をうまく受け入れて、今も社会生活ができているというのがすごいと思います」
-最初は、貫地谷さん演じる奥さんが何でもかんでもやってあげようとします-
「そうなりますよね、心配だし、危ないからって。でも、実はその本人が望んでいることは違ったんだということがわかって変わっていく。
だから、奥さまがそういう選択ができたというのは、本当に勇気のあることだと思うし、私だったら、一人で外出させられないかもしれない。隠れて見に行っちゃう気がします」
-勤め先の社長さんをはじめ、社員の皆さんも和田正人さん演じる晃一に働き続けてもらうために認知症の人にどう接したらいいかの講習を受けてサポートすることに。これだけみんなが優しい社会だったら、日本ももっと良くなるのになって思いました-
「そうですよね。それで、私はファンタジーだと思っていたんですけど、試写が終わったら、映画のモデルになった丹野さんが号泣されていて、『まんまだ』って言ってらしたんです。『そうなんだ。実際にこういうことがあるんだ』って思いました」
-撮影で印象に残っていることは?-
「最後にみんなが集まってくるところは、何かすごくあったかいなあって思いながら撮影していました。あと、和田(正人)さんがつらそうで、心が痛みました」
-普段明るい方ですものね。子どもたちもすごくいい感じでしたね-
「あんなに大きい子どもがいるという設定は初めてだったので『大丈夫かな?』と思いながらやっていました。子どもたちは2日間ぐらいしかいなかったんですけど、すごく頑張ってくれていました」
-帰り道がわからなくなった晃一が出会った人たちも優しいですよね-
「そうなんですよ。最初は『ナンパですか?』って言っていた女の子も事情がわかるとバス停を教えてあげて。だから、出会う人たちもみんな優しいし、社会はこうあってほしいなって本当に思います。
厚生労働省の方もいらっしゃっていて、取材があったんですけど、『“共生”というものを掲げていて』っておっしゃっていて。本当にみんながこうやって理解を深めて、一緒に生きていけたらいいなって思います。
一人で抱え込みがちだと思うので、抱え込まないで行政に頼ったりということも必要だなって。いろんな人がこの問題に取り組んで、いろんな仕組みを作ってくださっているんですよね。そのことを知らない方もたくさんいると思うので、この映画で知ってもらって、より良くなったらいいなと思います」
◆夫婦で晩酌「夫が強いので飲みすぎちゃって(笑)」
私生活では、2019年に一般男性と結婚。夫婦で晩酌するのが楽しみだという。
「結婚はすごく大きかったと思います。ずっと仕事ファーストで来たので、仕事だけじゃないというか、生活あっての仕事だと思えるようになりました」
-おふたりでよく酒蔵巡りや晩酌もされているそうですね-
「はい。週末もたくさん飲みました(笑)。夫が強いので、気づいたらいっぱい飲んじゃうみたいな感じです」
-仕事を終えて帰宅してひとりじゃないというのは、やっぱり違いますか?-
「違いますね。やっぱり絶対的な味方がいるというのはすごく心強いし、コロナのときにも思いました。2カ月間、家にいなきゃいけないってなったとき、ひとりだったらこれはつらかっただろうなと思いました」
-2カ月間、まったく撮影がなかったというのは、初めてだったのでは?-
「本当に。あのときはあまり外出できなかったですし、定期的にスーパーに行くということも初めてだったので、『生活しているなあ』って思いました(笑)。やっぱり健康が一番なんだなっていうのを日々感じています」
-ご主人は芸能界の方ではないそうですが、お仕事に理解が?-
「そうですね。結構不規則というか、撮影が始まると会えないときも多いですけど、受け入れてくれています。本当にありがたいです。私を嫁にもらっていただけて(笑)」
-今後はどのように?-
「自分の心が震える作品にチャレンジしたいなと思います。あとは、やっぱりちゃんと地に足付けて生活していこうと。主婦として精進したいなと思っています」
キラキラ光る瞳と幸せそうな笑顔が印象的。主演映画『オレンジ・ランプ』の公開に加え、5月には『アストリッドとラファエル2 文書係の事件録』(NHK)、秋には映画『シェアの法則』(久万真路監督)など仕事も目白押し。公私ともに充実した日々が続く。(津島令子)
ヘアメイク:ICHIKI KITA
スタイリスト:mick(Koa Hole inc.)