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「侍ジャパンが戦うWBC決勝を実況したい」ついに叶った10年越しの夢<アナコラム・清水俊輔>

侍ジャパンが14年ぶりに世界一奪還、という劇的なかたちで幕を閉じた2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)。

日本時間で3月22日に行われた決勝戦の中継で実況を担当した清水俊輔アナウンサー(テレビ朝日)が、今大会で“10年越しの夢”が叶ったことを振り返りました。(以下、文:清水俊輔)

◆10年越しの夢

「侍ジャパンが戦うWBCの決勝を実況したい」――。私の10年越しの夢でした。

2013年も2017年もWBCでは決勝の実況を任され、全力で務めました。ドミニカ共和国対プエルトリコ(2013)、アメリカ対プエルトリコ(2017)。そこに侍ジャパンは、いませんでした。

言うまでもなく、WBCの決勝戦を実況することは、アナウンサーとして最高の栄誉のひとつです。

侍ジャパンがいない決勝を一人でも多くの人に観てもらうためにどうすればいいか、試行錯誤しながら挑んだ過去2大会のWBC決勝実況の経験は、間違いなく今に活きています。

それと同時に、目の前で、準決勝で、侍ジャパンが敗れる瞬間を見た記憶が消えることもありません。

◆座るのをやめた準決勝

今回も準決勝は、ともにWBC中継に取り組んだTBSでの放送。決勝はテレビ朝日での放送で、実況は私でした。10年前と、そして6年前と同じシチュエーションです。

準決勝のメキシコ戦は、試合が行われた「ローンデポ・パーク」の3塁側2階席で観ていました。

自分が実況するわけではないのに、胸がはち切れそうな緊張感。10年前も6年前も緊張しながら準決勝を観ていましたが、比べ物にならないほどです。「3回目、今度こそ」。祈るような気持ちで見つめていました。

メキシコが先制したあとは、試合が終わるまで座るのはやめようと決め、立ち続けることにしました。

7回、吉田選手の同点3ラン。3塁側から観ると、ライトポールに向かって一直線に飛んでいきました。

ホームランだと分かった瞬間、湧き上がる喜びと同時に、「声だけは潰してはいけない」という冷静な思いもあり、一切声は発さずに、力強く自分の左太ももを何度も何度も叩いたことを覚えています。

そして9回。村上選手の打球がセンターの頭を越えた瞬間に涙がボロボロと止まらなくなり、霞む視界に飛び込んできたのは、2塁から3塁に向かって疾走する逆転のランナー、周東選手の姿でした。

3塁側の席から観ていると、2塁から3塁へ向かう周東選手は、まるで私の方に向かって走ってくるようでした。あんなに速く走る人間を、これまで私は見たことがありません。

そしてその瞬間、私は膝から崩れ落ち、立ち上がることができませんでした。

正直、周東選手のホームインは観ていません。崩れ落ちていました。

直後、2人挟んで同じ列で観ていた古田敦也さんと、『SLAM DUNK』の桜木&流川ばりのタッチを交わした瞬間を、私は一生忘れないと思います。

古田さんとは10年前も6年前も、ともに準決勝を観て、ともに侍ジャパンがいない決勝を中継しました。

私だけではなく、古田さんの悲願でもあり、テレビ朝日スタッフの悲願でもありました。

10年前のサンフランシスコ、6年前のロサンゼルス。過去の準決勝後の光景を思い出し、それが目の前のマイアミの光景と交錯して、ボーっと、へたりこむように席に座っていました。

最高の試合を観た感動、3回目にして夢が叶った安堵感、翌日の大仕事に向けての緊張感。色々な思いを消化しながら、試合後の取材に向かいました。

◆迎えた決勝。実況していて経験した3回目のこと

迎えた決勝。「明鏡止水」。そんな心境で放送席に座りました。

もちろん日本を全力で応援する気持ちはありましたが、結果はどうあれ、ここまで人の胸を打つ戦いを見せてくれたチームの最後の試合。しかも相手はアメリカ。

こんな素晴らしい試合を実況できる、アナウンサーとしての喜び。
こんな素晴らしい試合を現場で観られる、野球ファンとしての喜び。
侍ジャパンが戦うWBC決勝を実況したいという夢が、ついに叶おうとしていることへの感謝。
そもそも、3回も夢への挑戦権を与えてもらったことへの感謝。

高揚しながらも落ち着いている、ワクワクしながらもどこか達観したような、そんな精神状態でした。

「ダルビッシュ投手が投げるかもしれない」、「大谷選手が投げるかもしれない」。もちろんその情報は知っていたし、そうなったらいいな、とは思っていました。

ただ、本当にそれが実現して、あんな歴史的な結末を迎えようとは、あのときは想像していませんでした。

腕を振りぬいた侍投手陣の一球一球、食らいついた侍打線の一振り一振り全てが、鮮明に脳裏に焼き付いています。

放送席は1塁側方向にあったので、村上選手のホームランは、あっという間に目の前を横切ってライトスタンドに届きました。

岡本選手のホームランは、放送席から正面に向かって離れていくように飛んでいき、左中間に飛び込みました。

アメリカ代表のターナー選手とシュワバー選手のホームランの軌道も、忘れることはありません。

そして、大谷選手が登板した9回。ノーアウト1塁。ベッツ選手が打ったセカンドゴロの打球の転がりは、スローモーションのように覚えています。

ダブルプレー、9回2アウトでトラウト選手。そんなウソみたいなことが本当に起ころうとしている…。山田選手、源田選手の流れるようなゲッツーは、時が止まったようでした。

大谷選手とトラウト選手の対決がフルカウントになったとき、「次の1球で、三振で、試合が終わる」。そう確信しました。

実況していると、「次の1球で決まる」と確信できることがあります。私の記憶では、今回が3回目でした。

理由は分からないし根拠もありませんが、あのときは大谷選手が打たれる気がしなかったし、フォアボールになる空気でもない、ファールで7球目にもつれこむこともない。そう確信して、最後の1球を投げる瞬間に向かって言葉をつないでいきました。

◆ただ目の前の状況に圧倒され、胸打たれ…

先日、録画していた決勝戦を見返しました。

平日の午前8時というシチュエーションも再現して、家で一人、集中して。

良くも悪くも、「自分っぽい実況だなぁ」。端的に、そんな感想です。

特に最後のシーンは、声の出し方、発音の仕方、音の高低の流れ、短いフレーズを重ねていくリズム感、すべてが「自分っぽくて」、それ以上でも以下でもない、そう思いました。

ウソみたいな、信じられないシーンを目の当たりにすると、良くも悪くも、「自分がこれまで積み上げてきたものがそのままアウトプットされる」ということを、今回知りました。

小手先で何かしようとしてもどうにもならないし、そもそも、小手先で何かしようという発想にすら至らない。

野球実況は常に頭をフル回転させてやっていますが、あのときは何も考えていなかったような気がします。

ただ目の前の状況に圧倒され、胸打たれ、こみ上げてくるものを抑えながら、言葉を発していました。そんな経験をしたのは、今回が初めてです。

次回は3年後。

またWBCの放送席に座れる保証はどこにもありません。

自分の実力はもちろん、運と縁とタイミングと、色々な要素が重ならなければそこには座れません。

運と縁とタイミングは、自分でコントロールすることはできない。だからこそ、今回は本当に恵まれていたと思います。

私にこんな素晴らしい機会を与えてくれた方々に感謝。そして、素晴らしいプレーを見せてくれた世界中の野球選手に感謝。

またこういう仕事をするために唯一自分でコントロールできるのは、実力を磨くことです。

自分にできることを着実に。足元をしっかり踏みしめながら、日々を過ごしていこうと思います。<文/清水俊輔