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徳永えり、“一番やりたくなかった”役者の仕事。オーディションでは「やばい!ここお芝居をする事務所だ」

2002年、中学2年生のときからティーン向けファッション雑誌『ピチレモン』(学研プラス)の読者モデルとして活躍し、2004年にドラマ『放課後。』(フジテレビ系)で女優デビューした徳永えりさん。

2006年には『放郷物語 THROWS OUT MY HOMETOWN』(飯塚健監督)で映画初出演にして主演を果たし、『フラガール』(李相日監督)、連続テレビ小説『わろてんか』(NHK)など多くの映画、ドラマに出演。映画『春との旅』(小林政広監督)で毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞を受賞し、若手演技派女優として注目を集める存在に。

1月14日(金)には、大ヒットを記録した『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督の映画『ポプラン』の公開が控えている徳永えりさんにインタビュー。

 

◆オーディションでティーンに人気の雑誌モデルに

大阪で生まれ育った徳永さんは、小さい頃から活発で、いつもショートパンツをはいて走り回っていたという。

「ずっとダンスをやっていたので、からだを動かすことは好きだったんですけど、めっちゃ足が遅いんですよ(笑)。それなのに走り回ってコケてケガしてばかりという感じでした」

-小さい頃から芸能活動に興味はあったのですか?-

「ぜんぜん。目立つことが好きだけど、恥ずかしがり屋だし、役者なんてもってのほかですね。ダンスが好きなので、ミュージカルは観(み)ていて好きだったんです。

でも、スポットライトを浴びている中心にいるような人になりたいという考えはなくて、後ろで踊っていらっしゃるアンサンブルの方たちがカッコいいという派だったので、自分がもしなるならそっちの方がいいと思っていました。バックでダンスとかをやりたいって。主役とか歌うというのは絶対にイヤだと思っていました」

-現在はドラマや映画で主演もされているのに?-

「こんなことになるとは思ってもいませんでした。私の人生設計にはなかった結果になりました(笑)」

-芸能界入りのきっかけは?-

「中学生の頃、ティーン雑誌がものすごく盛り上がっていて、知り合いの方に勧(すす)められて、『第7回ピチモデルオーディション』を受けたら、準グランプリになって『ピチレモン』誌で読者モデルをすることに。

からだも小さかったからモデルになれるとも思っていなかったですし、別の夢があったので、本当に楽しくやらせていただいたんですけど、その流れでなぜか女優業にいってしまったので、自分でも不思議でならないです」

-オーディションに受かってはじめたモデルをされているときはいかがでした?-

「恥ずかしかったです。めちゃくちゃ恥ずかしかったですし、写真も苦手なんですけど、編集部の方たちが私みたいな中学生の若造に『可愛い、可愛い』って言ってくださるので何とかやらせていただいていましたが、すごく緊張していました。ぜんぜん慣れなかったです」

-芸能界でやっていこうという気は?-

「まったくなかったです。『いつ終わるかな? いつ辞めようかな』って(笑)。料理の学校に行って留学とかして、将来お店を持ちたいという夢のほうが膨(ふく)らんでいました」

※徳永えりプロフィル
1988年5月9日生まれ。大阪府出身。中学生時代に『ピチレモン』誌でモデルデビューし、2005年12月まで専属モデルとして活躍。2004年、ドラマ『放課後。』で女優デビュー。2006年、『放郷物語 THROWS OUT MY HOMETOWN』で映画初主演。『梅ちゃん先生』(NHK)、『白い巨塔』(テレビ朝日系)、映画『春との旅』、映画『はさみ』(光石冨士朗監督)、映画『月極オトコトモダチ』(穐山茉由監督)、舞台『ワルシャワの鼻』など、ドラマ、映画、舞台に多数出演。1月14日(金)には、『ポプラン』と『コンフィデンスマンJP 英雄編』(田中亮監督)の2本の映画が公開される。

◆事務所のオーディションは東京ディズニーランドを楽しみに

『ピチレモン』のモデル時代はフリーで、自宅のファックスで仕事の連絡のやり取りをしていたが、しばらくすると会社(事務所)に入るようにと言われたという。

「いろいろ薦めて下さった会社もあったんですけど、何か感覚的に自分で選ぼうと思って、オーディション雑誌を開いて『ここだ!』って言ったのが今の事務所で、そこから今も居させてもらっているので、ありがたいです。

でも、受けたときには役者の事務所だということを知らなかったんです。オーディションのときに気がついて『やばい! ここ、お芝居をする事務所だ』って(笑)。

『これ読んで下さい』って言われて台本を渡されて、『えっ? こんな恥ずかしいことできない』って思いました。大人たちがいっぱいいる前で、いやでしたね。

『早くオーディションが終わらないかな』ってずっと思っていました。『ディズニーランドに行って大阪に帰ろう』って。当時は大阪だったので、『わざわざ東京まで来て、こんなに緊張して、もういいや』と思って」

-東京にはひとりで?-

「まだ中学3年生だったので母親と来ました。『もうディズニーランドに行って帰ろう』って(笑)。それでディズニーランドに行って大阪に帰ったんですけど、そうしたら『受かりました』と言われて、『えっ? 私がお芝居するの? どうしよう』って思いました。

本当に困りました。一番やりたくなかったことかもしれない。小学生とか小さい頃に地域のミュージカルなどに出させてもらっていたので、一応お芝居というのに触れたことはあったんですけど、それでも早く自分のセリフが終わりたいから、すごい早口でしゃべって。

歌も嫌い、お芝居も恥ずかしいという感覚だったのでダンスしか楽しくなかったんです。それなのにお芝居メインでやるということになって、本当にどうしようと思いました」

-現在の徳永さんからは信じられないですね-

「そうですね。本当にこんなに続けているとは思っていなかったです」

-事務所に入ったとき、将来についてのお話は?-

「本当に野心も何もないので、『どういう役者さんになりたい?』『どういう夢がある?』って会社の人に聞かれたんですけど何も答えられなかったんです。

でも、チャレンジ精神はあったので、トライしてみたい気持ちはあったけど、具体的なことや目指している人もいないし…。

とりあえず、最初はオーディションしかとっかかりがないので、オーディションを受けては落ち、受けては落ちという日々でした。覚えていないくらいたくさん受けました。

でも、オーディションでも『君はどういう人になりたいんだ?』とか『目指している人はいますか?』って聞かれても何も答えられないので、それは落ちますよね…、という感じで、『この子は何をしに来たんだ?』ぐらいのレベルだったと思います」

-それが変わったのは?-

「映画に携わってからです。はじめの頃は映画のお仕事が多くて、映画の現場ですべてを教えていただいた感覚だったので、『これだったらできるかもしれない』って思いました」

2006年、『放郷物語 THROWS OUT MY HOMETOWN』で映画初出演にして初主演。徳永さんは東京の大学に進学するため、離れ離れになる親友と親友の彼氏との淡い三角関係に複雑に揺れる主人公の切ない心情を繊細に体現した。

「あの映画はオーディションではなく最初からお話をいただいて、よくわからないままという感じでした。うちの会社は当時、マネジャーを付けずに撮影現場に行かせるという方針だったので、飯塚(健)監督をはじめ、現場の大人の方々にたくさん教えていただきました。

映画というのは本当にみんなの力があって成り立つんだということを教えていただいた最初の現場だったので、本当にありがたいです。私のベースは本当にその現場でできたという感じです」

-少女から大人になる狭間(はざま)の複雑に揺れる心情がよく出ていましたね-

「ありがとうございます。でも、自分では何もわかっていなかったと思います。お芝居のことに関しては。映画を何本も見てきたわけでもないし、まったくもって何もわからない状態だったので、言われるがまま、一生懸命取り組んだという感じでした」

-自分がなんとか目立とうと、結構ガツガツしている人が多いと思いますが-

「私は『どうぞ、どうぞ』という感じでした(笑)。同い年の子たちと一緒に出る青春ものも多かったですけど、やっぱりそういう子たちが強いんです。だから、そういう子たちに『ここだったら映るよ。ここに来ていいよ』って言ったりしていました(笑)。

本当に自分はいいやと思っていたし、逆にみんなすごいなあって。そういう意識がある方たちは向いているんだろうなあって思って。

多分どこか引け目もあったんですよね。自分は志して入ったわけではないけど、やりたい方たちがいっぱいいる世界だというのは理解しているので、申し訳ないという気持ちもあったんだと思います」

 

◆映画『フラガール』から健気(けなげ)でかわいそうなイメージが定着?

徳永さんは『放郷物語 THROWS OUT MY HOMETOWN』の次に映画『フラガール』に出演。

この映画は、昭和40年代初頭に福島県いわき市の町興しとして作られた“常磐ハワイアンセンター”の誕生秘話を描いたもの。徳永さんは、母親に先立たれ、幼い弟妹の面倒を見ながらフラガールのメンバーとして頑張っていたが、フラガールの衣装姿を目にした荒くれ者の父親の逆鱗(げきりん)に触れてしまい、馬乗りになって殴られ、髪の毛を切られザン切りにされてしまう木村早苗役。

「デビュー映画の次に『フラガール』に出会えて、芝居が何かもわかっていない状態で李監督とご一緒できたのはすごく大きかったです。わからないので、とりあえず怒られている、とりあえず『違う』と言われているから一生懸命やる、でも『違う』って言われるという繰り返しで…」

-かなり怒られました?-

「怒られるというよりも、『違う』の一点張りです。何が違うのか言ってくれないので、自分の中でやれということだけですね。でも、たぶん今の方が怖いです(笑)」

-幼い妹弟を抱えて母親代わりを務め、家事全般をこなし、フラガールのメンバーとして頑張っているのに気性が荒い父親に殴られて-

「本当にひどい父親で、壮絶でしたね。ボコボコに殴られて髪の毛を切られてかわいそうでした。よくよく考えてみたら、私はその頃からかわいそうな役が多いんです。どこか不幸だったり、幸が薄い系の役が多いので(笑)」

-たしかに健気で悩める女の子という役が多いですね-

「多いです。『フラガール』のときからそうなので、悲壮感があるのかなあって(笑)。やっぱりあの作品が知っていただくきっかけになったと思います。『かわいそうに』って」

-かわいそうだけど、いい子なんですよね-

「そうなんです。健気で。『フラガール』はオーディションだったんですけど、あの役はなかなか決まらなかったみたいで、なぜか私が呼ばれてオーディションだと言われて。

そんなに大々的というよりも部屋の一室で、『ちょっと読んでみて』と言われて、それから『ちょっと踊ってみて』と言われたくらいだったので、受かるとも思っていなかったですし。よくわかっていなかったです私も。いわゆる『ザ・オーディション』という感じではなかったので」

-徳永さんは踊れますしね-

「でも、結局フラダンスは練習シーンだけで、踊らなかったのですけどね(笑)。父親が炭鉱をクビになって引っ越してしまうので踊るシーンはなかったんですけど、みんなとずっと合宿も一緒だったので、いい経験をさせていただきました」

-あれだけたくさんの出演者がいるなかで印象に残る役でしたね-

「そうですね。本当にありがたかったです。『フラガール』があるかないかでは、私の人生はぜんぜん違うと思います。まったく知らない私を選んでくださったというのも大きいですし、いろんな方に観ていただいた作品だったので、ありがたいなあと思います」

-ご自分がスクリーンでご覧になったときはいかがでした?-

「恥ずかしかったですし、怒られた記憶が残っているので、『これが正解だったのかな?』とか、ただ自分が早々にいなくなるので、そこからは仲間が頑張っていると思って泣きました。

でも、事前に観ていたスタッフさんだったり、いろいろな人の反響が先に来ていて、『すごいよ、あの作品』というのを聞いていたので、自分が観た感覚よりも、皆さんがいいと言って下さった思い出のほうが強いです」

『フラガール』は公開前から話題を集め、ロングラン上映をする劇場が多く、大ヒットを記録。第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、多くの映画賞を受賞。徳永さんも若手演技派として映画、ドラマに次々と出演することに。

次回は毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞を受賞した映画『春との旅』の撮影裏話、30歳を前に将来を考えて挑戦したアルバイトについても紹介。(津島令子)

スタイリスト:道端亜未
ヘアメイク:尾曲いずみ

©映画「ポプラン」製作委員会

※映画『ポプラン』
2022年1月14日(金)より全国公開
配給:エイベックス・ピクチャーズ
監督:上田慎一郎
出演:皆川暢二 アベラヒデノブ 徳永えり しゅはまはるみ 原日出子 渡辺裕之ほか
ある朝突然、漫画配信で成功した経営者・田上(皆川暢二)のイチモツが失くなっていた。仰天した田上は、同じようにイチモツを失った人々が集い、取り戻すための集会「ポプランの会」に行き着き、家出したイチモツを探す奇想天外な旅に出ることに…。

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