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山村美智、36年半連れ添った最愛の夫との別れ。1年半の闘病生活「どうして奇跡が起きなかったんだろう」

フジテレビの「初代ひょうきんアナウンサー」として人気を博し、1984年に宅間秋史さんと社内結婚した山村美智さん。

結婚して間もなく宅間さんは編成のプロデューサーとなり、『ドリフ大爆笑』、『夜のヒットスタジオ』などバラエティや歌番組をはじめ、ドラマ『もう誰も愛さない』、『29歳のクリスマス』も手がけることに。

山村さんは1985年にフジテレビを退社し、本格的に女優としてドラマ・映画・舞台に出演。2002年には自ら書いた脚本で主演・演出した二人芝居『私とわたしとあなたと私』を上演するなど幅広い分野で才能を発揮していく。

◆NY生活で「本当の夫婦になれた」と実感

2003年、宅間さんがニューヨークに赴任。ニューヨーク近郊の大学院を卒業していた宅間さんの海外赴任は既定路線だったが、人気ドラマや映画を多数手がけていたため20年近く経っての赴任となり、山村さんと2匹の愛犬もニューヨークで暮らすことに。

「私は舞台や仕事の後処理があったので、3か月遅れて愛犬のビギンとジェシカと渡航しました。日本では彼が仕事で忙しすぎていつも夜はひとりぼっちだったけど、アメリカという国はひとりより2人が単位。

仕事関係のパーティー、ブロードウェイのミュージカルやオペラ、野球観戦、ゴルフなどいろいろなところに連れ出してくれました。ニューヨークでは夜も2人で一緒に過ごせたので、結婚してからずっと抱えていた寂しさが少しずつ溶けていってやっと本当の夫婦になれたという気がしましたね」

ニューヨークでも宅間さんは『料理の鉄人』、『トリビアの泉』など日本の作品のアメリカへの売却、「平成中村座」歌舞伎のリンカーンセンター上演やイベント開催など精力的に仕事を行なっていたという。

一方、山村さんは日本で撮影が入り帰国することもあったが、それ以外は日本にいるときより時間があったため語学学校をはじめ絵画や写真、乗馬、ブリッジ、ダンスなどいろいろなスクールに挑戦したという。

そして2007年、山村さんは自ら書いた脚本で主演・演出した二人芝居『私とわたしとあなたと私』の英語版『I and Me & You and I』をオフ・ブロードウェイのブリーカーズ劇場で上演。日本人が日本のオリジナル作品を英語で、オフ・ブロードウェイで上演したのは珍しいことだったという。

「オフ・ブロードウェイで日本人が英語で上演したのはほとんどないと言われました。日本からニューヨークに日本語の芝居は来るのですが、その芝居を見るのはほとんどが現地の日本人か関係者。でも、日本のスポーツ紙には『ニューヨーカー大絶賛』って出るんですね。実際にアメリカ人が見ることは少ないのに。

そういう実例を何度も見ていたので『日本語ではやりたくないな』と。本当のニューヨーカー、アメリカ人にも見て欲しいから英語で上演しようなんてとんでもないことを私が思いついて(笑)」

-英語のセリフも山村さんが書いたのですか?-

「その頃のサポーターメンバーたちが中心となって英訳した後、プロダクションにもち込みました。その後、プロダクションがちゃんと脚本家を雇ってリーディング(朗読劇)というのをやるんですね。

向こうの舞台では、リーディングを最初にやるのが通例です。リーディング用の相手役のオーディションをまずやって、選ばれたフィリピン系のアメリカ人と私でリーディングをしました。それから1年半ぐらいして舞台でやることになったときにまた別の脚本家が入って、脚本をなおしてオーディションをやることに。

オーディションにはアメリカ人もいっぱい応募してくれたんですけど、やっぱりアメリカ人と私だとバランスが悪いからというので最終的に加山雄三さんのお嬢さんの池端えみちゃんが相手役になりました。聡明で、英語もとても流暢(りゅうちょう)でネイティブみたいな感じでしたし、きれいで可愛らしいお嬢さんでした」

プロジェクトが始動してから2年半後、さまざまな困難を乗り越えて上演された『I and Me & You and I』は現地の日本人だけでなくアメリカ人からも絶賛される。

「私自身がブロードウェイの大舞台をプロデュースしたことで有名な制作プロダクションに脚本をもち込んで実現することができたんですけど、じつは夫が舞台のプロデューサーに口添えしてくれていたと最近になって知りました。私の知らないところでお願いしてくれていたんだなあって」

◆最愛の夫が食道がんに

2008年の夏、宅間さんはニューヨーク赴任を終えて山村さんと一緒に帰国。2015年にフジテレビから独立し、制作会社やレストラン事業などいくつかの会社を立ち上げる。

山村さんも『セカンドバージン』(NHK)、『贖罪』(WOWOW)、『龍馬伝』(NHK)、映画『ゆめはるか』(五藤利弘監督)などに出演。

2018年にはオペラ歌手の田村麻子さんがオペラ『蝶々夫人』のアリアを歌い上げ、スズキ役の山村さんの一人芝居でストーリーが進行する舞台『蝶々夫人とスズキ』を上演。山村さんが脚本も手がけ、はじめてプロデューサーの宅間さんとタッグを組んだ作品となった。

-『蝶々夫人とスズキ』、おもしろかったです。山村さんのセリフ数がものすごい量でしたね-

「本当に。脚本のセリフ量はたしかに膨大でしたね。自分で書いたのに覚えられないって(笑)。しゃべるのは私だけなので、結局ストーリーの説明部分も全部やらなくちゃいけないから大変でした。

初演はニューヨークで活躍するオペラ歌手の田村麻子ちゃんが『みっちゃん、一緒に何かやろうよ』と言ったことからはじまったんですけど、2回目と3回目のオペラ部分は漫画『ベルサイユのばら』の作者でオペラ歌手もされている池田理代子さんと、村田孝高さんとご一緒させていただきました」

お互いを「みっちゃん」「秋ちゃん」と呼び合う山村さんと宅間さんがはじめてタッグを組んだ舞台も成功をおさめ、このあと映画や舞台でもタッグを組む話をしていたという。しかし2019年7月、宅間さんに食道がんが見つかり…。

「夫はあまり病院に行きたがらない人だったんですけど、喉のあたりに違和感があると言って近所の病院で診てもらって。翌週検査結果を聞きに行った彼から電話がかかってきて『みっちゃん、ごめんね、食道がんだった』って…。

私は『大丈夫だよ、食道がんでは死なないよ』って言いましたけど、調べてみたら生存率の低さに愕然としました。私は風邪もひきやすかったし、喘息を併発したり卵巣嚢腫の手術や肺気胸になったりとからだが弱かったですけど、夫はほとんど病気をしたことがない丈夫な人だったのでまさかという感じでした」

-宅間さんはどのように?-

「彼はどんなときも『ドンマイ』な人なのでショックを受けていることを私には見せませんでしたけど、ショックだったと思います。だから、病院は家のすぐ近くなのに検査結果を電話で知らせてきたんだと思う。

彼は外の会食で飲んだあとでも、帰宅してから寝る前に必ずストレートのスコッチを飲んでいたんですよね。スコッチを飲みながら、愛犬のカレンとセリーナに頬ずりしたり、ボール遊びをしたりして癒される時間が大好きだったんだと思いますけど、主治医に『お酒とタバコは食道がんまっしぐらですよ』と言われたので、『みっちゃん、ごめんね、ごめんね』ってひたすら謝っていました」

詳しい検査を受けステージIIIと診断された宅間さんは、10月に手術を受けてから13回も入退院を繰り返すことに。

「夫は本当にポジティブで明るくて常にユーモアを忘れない人だったので、入院中もお医者さまに『もう映画の企画が5本できましたよ』なんて自慢したりしていました。だから私も、『退院したらまた忙しくなるだろうなあ』って本当に思っていたし、そう信じていました」

しかし、年が明けた2020年1月、胸郭に転移が見つかり、また抗がん剤治療と放射線治療をはじめることに。

「病院での治療に加えて免疫療法や民間療法もいろいろと試しました。鍼治療、氣圧療法、NK免疫細胞療法…本当にいろいろやりました。私はからだに害がなければ何でも試せばいいという考えだったけど彼は違って、納得がいかなければ服用しないし、転移がわかった頃はすべての栄養剤と呼ばれるものは信じないと言ってやめてしまいました」

入退院を繰り返しながらも2020年8月には御殿場に避暑にも行けた宅間さん。しかし、そこで高熱を出してしまい東京に戻って緊急入院することに。

「肺炎が悪化して、これ以上誤嚥性肺炎を起こさないように腸に穴を開けて栄養を入れていただく『腸瘻』をしたのですが、そのあとから急に悪くなってしまって。がんが気管まわりにも広がっていたので気管を切開して人工呼吸器になりICUとHCUにいたのですが、まったく面会ができなくて。

コロナ禍で家族も自由な面会や付き添いができなかったんですけど、個室に移りPCR検査を受けて、『絶対にほかの人と会わないし家と病院との往復だけしかしない』という約束をして付き添いの許可をいただきました」

※『7秒間のハグ』
2021年10月27日(水)発売
出版社:幻冬舎
著者:山村美智

◆発覚からわずか1年半の闘病生活で別れが…

2019年7月に食道がんを告げられてから1年半、12月18日の夜、宅間さんが65歳で他界する。結婚生活は36年半。最後の2か月間は山村さんが病院に缶詰め状態で付き添っていたという。

宅間さんを看取ったあとのことはよく覚えていないと話す山村さん。亡くなってから3か月くらいは泣いてばかりだったが、宅間さんとのことを書き残しておきたいとペンを取りはじめたという。

そして10月27日(水)には、最愛の夫との出会いから別れまでを綴ったエッセー本『7秒間のハグ』が発売に。

「自分で書いたものを今あらためて読むと、『すでにこの時期から亡くなるってわかるじゃない』と思うんです。読んだ人はみんなそう思うと思う。でも、そのときの私は最後の最後まで、亡くなるときまで『死なない』と思っていたんですよね。『奇跡は起きるんだ』と信じていました。

だからそれが今思うと不思議だし、同時に『もっと早く逝かせてあげてもよかったんじゃないか』とか、『苦しかっただろうな』とも思って今はいつもいつも謝っています」

-本を読ませていただくと本当に夫であり親友であり同志であり…ものすごく深い結びつきだったということがよくわかりますね-

「そうですね。子どもがいなかったこともあると思うんですけど、本当に大親友ですね。旅行、食べ歩き、サッカー観戦、中国宮廷ドラマ鑑賞…楽しいことはいつも一緒でした。

子どもがいたら学校の都合で行けなかったかもしれないし、どっちがというのはわからないですけど、私は旅行や何か全部行けなくなったとしても子どもがいたらなあって思います。子どもがいたらこんなにつらくなかったろうなって。悲しみをわかちあえるから。

不妊治療も今は保険適用という話も出ていますけど、当時は今の時代と違って偏見もありましたし、体外受精なんて言えなかった。クリニックも少なかったですしね。いくら友人が一生懸命考えて一緒にいてくれてもやっぱりその友人には家族がいて、私にはそれを一緒にわかちあえる家族がいないというのはつらいです」

-まだ亡くなられて1年も経っていないですしね-

「そうですね。正直なところまだまだだと思います。そこから逃れるというか、夫のことを残さなきゃと思って書きはじめたんですけど、書きだしたときにはこれは失敗したと思いました。あまりにもつらくて本当に途中で書けなくなって、『今日はもう書けない』と思ったこともありました。こんなに書くのがつらいものなのかと思って」

-宅間さんへの壮大なラブレターですね-

「そうです。そうだと思います。闘病記というと闘病の様子をただ記すだけになってしまいがちだけど、そういう経験もない人や年齢が若い人でもひとつの物語として読んでもらえたらと思ったので、本当は書きたくないような話も書きました」

-宅間さんの不倫の話でしょうか。それが理由で「山村美智子」から「山村美智」に名前を変えたとか?-

「いえ、それが理由ではありません。ずっと改名したいと思っていたからちょっとしたきっかけにはなったと思いますが。いろんなことに動じない自分になりたかったからです。また、そういう事件も本当は書きたくないけれどウソやごまかしはやめようと。読んでくださる方がひとつの夫婦の物語としてちゃんと成立していないと書く意味がないだろうと思い切って書きました」

-でも、そういうことがあってもこんなにすてきなご夫婦がいらっしゃるんだと思いました。本当に「つがい」という言葉がピッタリだなと-

「そうですね。だからひとりになったときに独身で生きてきた友人に、『ひとりになったからルンルンになるよ』って言って慰められたんですけど、ひとりで生きてきた人のひとりとはまた違うんですよね。

ひとりで生きてきた人にはひとりで生きてきた生活スタイルもリズムもあって、今さら2人になるというのはつらいと思いますけど、私たちはずっと2人で生きてきたのにパンと割れてしまった、私が半分になってしまった感じなんです。

よく『ワンコが生き甲斐でしょう?』とか言われるけど、ワンコだっていずれ亡くなっちゃうわけだし母も97歳ですからね。その人たちを生き甲斐にすることはできない。ただ生きる糧ではありますけどね。うちの母とワンコが死ぬまでは絶対に生きていないとダメだというのはあります。

正直に言うと、母もワンコもいなかったら夫のところに行きたいと思うこともあるんです。あんなに頑張ったのに、あんなに祈ったのに、できることは全部やったのに、どうして夫には奇跡が起きなかったんだろうって…。

でも、生きる方法があるとしたら仕事しかないかなって。現場に行くと幸せな気持ちになりますし、彼が亡くなったことを忘れられる。家に帰ったら彼がいるような気がするので」

-今、おからだの調子はいかがですか-

「それが不思議なんですけど、ずっと風邪ひかないんです。あれだけ風邪をひいていた人なのにひかないのはやっぱり夫が守ってくれているんだと思います。それと、前はしょっちゅう風邪をひいたり寝込んだりしても夫が犬の世話をしてくれたんですけど、今は私ひとりなので」

宅間さんが入院中に「ハグを7秒間すると絆が深まるから」とどこかで知識を得たらしく、会う度に7秒間ハグするようになったと話す山村さん。2人の愛がたくさん詰まったすてきな本のタイトルにピッタリ。(津島令子)

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