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『Ghost of Tsushima』でも活躍!安藤麻吹、“声の仕事”のきっかけは俳優座の舞台

1991年、劇団「俳優座」の舞台『さりとはつらいね』で女優デビュー以降、多くの舞台に出演し、ジェニファー・ガーナー主演の米人気ドラマ『エイリアス』シリーズの主人公や、アニメ『精霊の守り人』(NHK)の女用心棒バルサなど、さまざまな人気キャラクターの声優としても活躍している安藤麻吹さん。

2020年7月に発売され、国内外で大ヒットを記録しているゲーム『Ghost of Tsushima』では、一族を滅ぼした者を探し出して復讐する武家の女性・政子の声を担当して注目を集めた、安藤麻吹さんにインタビュー。

◆中学3年生のときに「劇団ひまわり」へ

幼い頃は野山で菫(すみれ)を積んだり、田んぼの畦道(あぜみち)を走り回ったり、屋外で遊ぶ自然児だったという。

-お芝居との出会いはいつ頃ですか?-

「出会ったと言うよりは、角川映画の三姉妹・薬師丸ひろ子さん、原田知世さん、渡辺典子さんに憧れて。ちょうど年代的に同じくらいだったと思うんですけど、角川映画のアイドルになりたかったんです(笑)。

でも、お芝居とかも見たこともなかったですし、憧れていただけです。幼稚園や小学校の学芸会でお芝居をした記憶もないので、それで芽生えたとかそういうことではないと思うんです。ただ、角川映画のアイドルに憧れたという感じです」

-今は「アイドル」が職業として確立されていますが、当時はまだそうでもなかったですね-

「そうですね。でも、歌って踊るアイドルじゃなくて、映画アイドルというのでしょうか? そんなふうになりたいと思っていました」

-そのことはご両親には?-

「話してないです。密かに思っていました。『セーラー服と機関銃』を見て、『薬師丸ひろ子ちゃんの髪型にしてください』と言って美容院に行ったんですけど、私は天然パーマなので全然違う髪型になっちゃって、『これじゃない』ってすごくガッカリしたのをよく覚えています」

-それが中学生の頃ですか?-

「そうです。それで中学3年生のときに、『劇団ひまわり』に入って、演技の勉強をしはじめたという感じでした」

-レッスンはどうでした?-

「楽しかったです。制服姿のまま約1時間半かけて通ってましたが、日舞やダンスなどいろいろなことをやらせてもらったので、レッスンはとても楽しかったです」

-どのぐらいの期間通っていたのですか?-

「俳優座に入る前なので4年ぐらいです」

-そのときにはもう将来は女優さんにと決めていたのですか-

「はい。エキストラが多かったんですが、仕事もたまにやりながら高校生活を送っていましたので」

-それで俳優座の試験を受けることに?-

「はい。なぜ俳優座かというと、ひまわりで教えて下さっていた先生が俳優座出身の俳優さんだったのと、俳優座が一般公募をはじめたというのもあって。それまでは桐朋学園からしか受験できなかったんですけど、一般から受け付けるようになって3年目だったので応募してみようと。それに俳優座は授業料がタダだったので」

-劇団の養成所は授業料が高いと言われていますが-

「そうですよね。当時の俳優座養成所は無料だったんです。でも、新入生だけの合宿が清里のペンションでありまして、それに同行して下さった大先輩の女優さんに『タダほど怖いものはないのよ』って言われたのを今でも覚えています(笑)」

-実際はどうでした?-

「いろんなことを教えてもらったのでよかったと思っています。私だけに限って言えば、これだけのお金を払って学んでいるんだという気持ちが無かったので、今思えば自分を甘やかした部分もありました。それは自分に返ってきますよね。結果的にタダほど怖いものはないと」

※安藤麻吹プロフィル
1969年3月30日生まれ。神奈川県出身。1991年、「劇団俳優座」に入団。同年、『さりとはつらいね』で舞台デビュー。『この空のあるかぎり』、『メフィスト』、『かもめ』など多くの舞台に出演。1999年、『ER緊急救命室』(NHKで放送)で声優デビュー。米人気ドラマシリーズ『エイリアス』のジェニファー・ガーナー、『ザ・リング』シリーズのナオミ・ワッツ、『スパイダーマン:ホームカミング』のマリサ・トメイをはじめ、もち役も多数。2007年、オムニバス映画『真・女立喰師列伝』の『Dandelion 学食のマブ』(神山健治監督)に主演。大ヒットゲーム『Ghost of Tsushima』で声を担当した政子が海外でも話題に。

◆初舞台は三木のり平さんの演出で

俳優座の養成所の期間は3年間、その後審査を通ると準劇団員となって3年間、そしてまた審査を経て劇団員になるという。

-スムーズにいっても劇団員になるまで6年かかるわけですか-

「そうです。そこで落ちてしまう人はほとんどいないのですが、やっぱり6年間というのは長いじゃないですか。それで、自ら辞めていく人が結構いました」

-養成所に入った同期の方はどのぐらいの人数いらしたんですか-

「最初は男女合わせて15、6人くらいでしたけど、劇団員になったのは4人でした」

-劇団員になってからは舞台をメインにやられていたわけですか?-

「はい。舞台ばかりやっていました。初舞台が『さりとはつらいね』という吉永仁郎さんが書いた廓のお話で、三木のり平さんが演出でした。

若手は同期の男の子1人と、同じ役でダブルキャストだった同期の女の子1人と私の3人だけでした。和もの芝居でしたので衣裳がわんさかあったりはじめてのことばかりで、とにかく走り回っていました。

やることがいっぱいありすぎて、『私はきょう何をやったかな? あっ、芝居やったんだ』というふうなありさまでした。先輩の帯を結んだり、首の後ろの白粉を塗る作業を任せていただいたりということのほうが記憶に残っていて、自分が芝居をやった記憶が薄いんですよね。本当にいっぱいいっぱいでしたので(笑)」

-せっかくの初舞台なのに、お芝居だけに集中というわけにはいかなかったのですね-

「はい。ダブルキャストでしたし出演しないときは裏方の仕事を集中してやっていましたので、その印象のほうが強く記憶に残ってしまっているからかもしれません」

-裏方のこと以外で印象に残っていることは?-

「演出が三木のり平さんだったのですが、役の動きを自ら全部やってお手本を見せてくださるんですよね。私がうまくできないからというのもあったんでしょうけど、全部女の人の役もやってくださって、とてもシャイで優しい方でした。お家にも遊びに行かせていただきましたし。

そのときに私は帽子をかぶっていたんですけど、それを見てのり平さんが、『なんだ? 君、鍋かぶって』とおっしゃったんですよ! 『やっぱりのり平さんはすごいなあ。これを見て、鍋って言うんだ』って、言葉のチョイスに感動しました」

-怒られたことはありました?-

「怒られたというか、『君は、若いくせに芝居が小手先なんだよ』みたいな感じで、結構辛辣(しんらつ)にダメ出しをされました。それで、先輩たちも見かねてアドバイスや苦言をたくさんくださいました」

-劇団は上下関係がかなり厳しそうですものね-

「当時はやはり厳しかったので、怖かったです。でも、最初に大先輩ばかりの座組のなかで貴重な経験をたくさんさせていただけたので、有り難い環境だったなと思っています」

-もともとは角川映画のヒロインに憧れてということでしたが、俳優座では舞台が中心、ご自身のなかではどのように思っていました?-

「お芝居の勉強がしたいと思って俳優座に入ったので、『映画をやりたかったのになあ』みたいなのはなかったです」

◆30歳で声の仕事に挑戦することに

俳優座で舞台を中心に活動していた安藤さんは、30歳のときに声の仕事をすることに。

「俳優座には小山力也さんという俳優さんがいらしたので、声の仕事の土台はあったんですけど、私は『ER緊急救命室』というドラマが声の仕事のデビューでした。

俳優座公演に出ているときに『ER緊急救命室』のディレクターさんがたまたま見にいらしていて、見終わったあとに楽屋までいらしてくださって『声の仕事に興味はありますか?』と聞かれて。

『もちろん興味あります』と答えたら、『今度新しいレギュラーが増えるからオーディションがあるので、受けてみませんか?』と言われてオーディションを受けたのがきっかけでした。だから運だけは本当によかったというか(笑)」

-声の幅が広くていろいろな役をやられていますが、はじめて声の仕事をされたときはいかがでした?-

「それも俳優座の初舞台のときと同じように、何が何だかわからないうちに終わったという感じでした。出演者の大変多い番組でしたので、現場の雰囲気にのまれそうになりながらあっという間に終わってしまった感じでした」

-ビデオテープと台本を渡されて練習ですか?-

「はい。それで台本と照らし合わせて練習するんです。セリフは翻訳者さんがきちんと尺合わせをして合うように書いてくれているはずなんですけど、はじめたばかりだったので、どうしても早口になっちゃうんですよね。気持ちが焦ってしまって…。

もう少しゆっくりしゃべらないとダメだなとかいうのを、自分で録音しながらしゃべってビデオテープに合わせて聞いて練習していました。1週間に1回の収録だったんですけど、1週間ずっと練習ばかりやっていました。必死でした」

-スタジオのなかにマイクが3、4本あって、声優さんたちが自分のセリフになるとマイクの前に出て話し、終わると下がるという収録風景を見たことがありますが-

「そうです。『ER緊急救命室』のときは人数も多いですが、それ以上に台詞のやりとりが猛烈に早くて入れ替わり立ち替わりだったので、セリフを言ったらマイクの前から速攻どく、それでまたセリフのときには速攻マイクの前にという感じでした」

-ほかの方とぶつかってしまいそうですよね-

「ぶつかってもいました。皆さん優しくて、『こっちが空いてるよ』と入れてくれたりということもありましたし、今思えば実にエキサイティングな現場でした。今は、コロナ禍なので、多人数でのスタジオ収録はできなくなってしまいました」

『ER緊急救命室』でマイケル・ミシェルの吹き替えを担当した安藤さんは、次々といろいろなドラマ、映画で多くの声を担当することに。次回は声優としての活動、主人公のヒロインの声を担当したドラマ『エイリアス』シリーズや海外ドラマの舞台裏も紹介。(津島令子)