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田村亮、ひとり息子が31歳で俳優の道へ。「あまりやらせたくはなかった」理由とは?

©テレビ朝日

1965年、亡き父、阪東妻三郎さんの13回忌企画ドラマ『破れ太鼓』(NHK)にお付き合いで出たことがきっかけで俳優デビューして54年、ドラマ、映画、舞台と幅広い分野で活躍を続けている田村亮さん。

来年はいよいよ東京オリンピックだが、田村さんには“オリンピックの追っかけ”という一面もあり、各国で開催されるオリンピックを観戦することが“家族行事”だったという。

©テレビ朝日

◆オリンピックの観戦は“家族行事”?

-ひとり息子の幸士さん(42)とも、幼い頃から一緒にオリンピック観戦によく行かれたそうですね-

「そう。追っかけですよ(笑)。最初はソウルオリンピック(1988年)。息子はまだ小学生だったんだけど、うちのかみさんが、学校が終わったらすぐ迎えに行って飛行機に乗せて、土曜日と日曜日にオリンピック観戦して日曜日の夕方帰国。月曜日に学校に行かすというのを2回ぐらいやっていて。

それでオリンピックって良いものだなあと思って、バルセロナ、アトランタ、シドニーって行くようになったんですけど、考えてみると、4年に一度だからずいぶんスパンが長いよね」

-実際に目の前でご覧になるオリンピックはいかがですか-

「オリンピックは世界のトップレベルが競い合うから違いますよね。やっぱりそういうのは小さいときから見させてあげたほうが良いなと思って。息子(幸士)はスキーをやるので、ソルトレークで開催された冬季オリンピックにも行っていましたよ」

-東京オリンピックもいよいよ来年ですね-

「新しい国立競技場はちょっと見てみたいよね。時々近くを通るんだけど、だんだんできてきたなあ、近づいてきたなあって。楽しみですよね」

-東京オリンピックのチケットは応募されたのですか-

「たくさん応募しましたよ。全部当たったら70万円超えちゃうから、どうしようかと思ったけど、ちょっと高い。どこでもそうなのかな。あんなに高かったら子どもたちはなかなか行けないですよね。ただ、せっかく東京でやるんだから、一応、臨場感というか、その空気を感じたいですからね。バスケットボールと柔道のチケットが当たりましたよ」

-すごいですね。田村さんは高校時代にバスケットボールをされていて、インターハイにも出たことがあるそうですね-

「2度出ました。だからすごい楽しみ。八村塁選手が見られるんじゃないかなって(笑)。八村選手は本当にすごいよね。柔道も日本が結構強いし。あとはテレビでの観戦と、沿道でマラソンの応援かな(笑)」

©テレビ朝日

◆ひとり息子が31歳で突然、俳優を志した理由とは…

田村さんのひとり息子である幸士さん(42)は、幼い頃からスキーを始め、高校時代からはアルペンスキーに没頭し、全日本学生スキー選手権大会で2度入賞経験も持つスポーツマン。学生時代からの親友である皆川健太郎さんのサポートや制作会社で勤務していたが、2008年、31歳のときに突然、俳優になることに。

-最初は驚かれたでしょうね-

「そうですね。本人の意思だから、親があっちに行け、こっちに行けとは言えないからね。昔、息子がまだ高校生のときに、あるテレビ局の人が『俳優をやらないか』って声をかけたことがあったんだけど、そのときには全然興味がなくて断っていたんですよ。だからてっきり俳優になることはもうないものだと思っていたら突然ですからね」

-何がきっかけだったのでしょう?-

「息子が制作会社にいたときにNHKでフロアディレクターを任されていて、おやじ(阪東妻三郎)のことを扱ったドキュメンタリーっぽい番組をやったんですよ。それをやったときに『おじいちゃんってすごかったんだなあ』ってなって。

それで、『これを二代で終わらせるのはもったいないよ』って本人が言い出したのね。それで僕は『歌舞伎じゃないんだから、お家を継ぐことは何もないんだよ』って言ったんですけど、『でも、もったいないよ』って言ってね(笑)。

そのときにはもう本人は役者をやる気でいたんでしょうね。何を言っても、『でも、でも』だったから。僕はあまりやらせたくはなかったんだけどね」

-保証がない仕事ですからね-

「そう。それなんですよ。今はどこに行っても芝居ができる人がいっぱいいるじゃないですか。滑舌が良い人とかね。だからといって必ずしも食べていけるわけじゃないし、そういう人は数えるほどしかいないでしょう? 運があるかないかがすごく大きいじゃないですか。演技的には全然ダメでもすごく売れたりとかね。こればかりはわからないですから」

-田村さんご兄弟のお子さんの世代で俳優になられたのは幸士さんおひとりだけですか-

「そうです。昔、一度、高廣兄貴の息子が相談に来て『俳優になりたいと思うんだけど、どう思う?』って聞かれたんだけど、『俺はわからないけど、パパが俳優なんだからパパに聞けよ』って言ったら、『聞きにくいんだよなあ』って言って。結局俳優にはならなったんですよね」

-お身内にそうそうたる皆さんがそろっているのでプレッシャーもあるのではないかと思いますが、田村さんご自身はいかがでした?-

「プレッシャーは感じないようにしている。デビュー当時は『先生(阪東妻三郎)から色々お世話になってね』という方がいっぱいいたんですよ。カメラマンとかね。今はそういう方も亡くなっているし、それでおやじの場合は本もいっぱい出ているので、もう別格というか、雲上人的な存在だからね。比べられるような立場ではないと思っています。雲泥の差だからね」

◆『暴れん坊将軍』の名優ふたりがハゲヅラで?

舞台『ペコロスの母に会いに行く』が9月25日(水)から始まる。東京・大田区民プラザを皮切りに国内各地、そして中国・北京でも上演が予定されている。

「認知症介護」という重くなりがちなテーマを明るくユーモラスに表現したこの舞台で、田村さんは認知症の母を支える息子・ユウイチ(ペコロス)を演じている。ペコロスというのはスペイン語で小さなタマネギのこと。ハゲ頭がペコロスに似ているため、ユウイチにはその名がついた。

-ツルツル頭のかつらが結構気に入っていらっしゃるそうですね-

「そう。今回は3回目になるんだけど、初めてかぶってみたときに『結構似合っているじゃん』って(笑)」

-二枚目の方は抵抗感があるのではないかと思っていました-

「みんなそう言うんだけど、芝居だから、チョンマゲのかつらをかぶるのも、ザンギリ頭や丸刈りでも変わらないですよ」

-端正なルックスということもあるのでしょうね-

「いやいや、ただ割りと似合っているなあと思って(笑)。そうしたら、松平健さんも『サザエさん』の舞台で波平さんを演じることになって、同じようなハゲのかつらをかぶるんですって。

だから、同じ時期に『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)の徳川吉宗と大岡越前(大岡忠相)が同じようなハゲのかつらをかぶって舞台をやるというのも面白いなあと思って(笑)。健さんも多分言っていると思うよ。『亮ちゃんが同じようなかつらをかぶっている』って(笑)」

-田村さんがペコロス役を演じるようになって3回目の上演だそうですね-

「僕は、初演のときには出ていないんですよ。最初は映画版に近い内容で結構シリアスだったんですけど、それから演出家もワハハ本舗の喰始さんが演出することになって、喜劇仕立てになっていますから、見ていても疲れないですよ。介護もいいもんだなぁって思うよ。
そう思わさなきゃいけないんだけど」

-田村さんは実際に介護されたご経験もあるそうですね-

「うちの母が脳血栓で左半身が麻痺(まひ)して車椅子の時期がありましたからね。それで家のなかもお袋の行動範囲、寝室から食事するところ、お手洗いお風呂、玄関までの階段、全部手すりをつけてね。東宝(日曜)大工センターに買いに行って付けました」

-田村さんがご自分で?-

「僕が全部やりました。それで庭には物干し台を低くしたやつを付けて、それを手すり代わりにつたって歩けるようにしてね。歩かないと足が動かなくなるからグルグルグルグル歩けるようにしたんですよ。

食事も部屋に運ばずに『食事だよ』って言って、ダイニングで食べるようにして。一生懸命歩いてきてましたよ。息子がまだ小さかった頃からですから、結構長かったですよ。16年間かな…」

-そうすると、ペコロス役と重なるところもあるでしょうね-

「そうだよね。芝居のなかで、僕に『足が動かないので、冷えてきたからちょっともんでくれる?』というところがあるんだけど、稽古のときに医療関係の指導者に『今のもみ方はすごく良いと思いますよ』って。

それだけのことなんだけど、ちょっとした仕草(しぐさ)が、実際に経験があるからお客さんが見てて、『あれはないだろう』っていうようなことにはならなかったみたい」

-そういうリアルなところは見ている人にもわかるでしょうからね-

「そうだよね。それで、あるとき、本番で母親役の(藤田)弓子ちゃんの運動靴の紐がほどけていたのね。だからセリフをしゃべりながら結んであげたんだけど、その日、たまたま彼女のお客さんが見に来ていて、見たあとで『亮さんが運動靴の紐を結んだのは、お芝居でやっているんですか?』って弓子ちゃんに聞いたんだって。

だから『たまたまほどけていたの』って言ったら、『ああいうのはすごくリアルですよね。お年寄りがほどけた紐を踏んだら危ないじゃない?ああいうのは絶対お芝居ではできませんよね』って言っていたらしいの。

それで弓子ちゃんが、『昨日のお客さんが見ていて、亮さんのリアルな演技にビックリしていた』って言ってくれて。年寄りは風邪と転ぶのが一番危ないからね。骨がもろくなっていて折れやすくなっていますから。明日は我が身ですよ」

-舞台の合い間にドラマの撮影もということでかなりお忙しいのでは?-

「今回はペコロスの旅公演のときに、朝一番で京都の撮影所で撮影をして、15時に撮影所出しで新幹線に乗って岡山で18時半からの公演をやって、終わったらほかの人たちは次の公演先に向かうんだけど、僕だけまた京都に行って撮影。

そういうことが3度くらいあるかな。だから、台風とか地震で新幹線が動かなくなったらアウト。ヒヤヒヤですよ。何事もないように祈るばかりですよ」

今月中旬からは『ペコロスの母に会いに行く』の本格的な稽古が始まるそう。今は健康で仕事ができることが一番だと笑顔で話す。暑いなか、取材のあとの目的地まで約30分ウォーキング。さっそうと去って行く姿がカッコ良かった。(津島令子)


※舞台『ペコロスの母に会いに行く』
9月25日(水)~26日(木)東京・大田区民プラザ
佐賀、熊本、山口、広島、岡山、愛知、茨城、中国・北京で公演
演出:喰始  出演:藤田弓子 田村亮 小林綾子 若林豪
チケット問い合わせ 03(5637)7500(MK2内)

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