映画評論家が『女王陛下のお気に入り』で、「この人に陽が当たったのは収穫」という女優
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2月9日(土)の放送では映画評論家・添野知生と松崎健夫が、2月24日(現地時間)に発表されるアカデミー賞にノミネートされて話題の映画『女王陛下のお気に入り』と『ビール・ストリートの恋人たち』の2作品を紹介。アカデミー賞の行方が一層気になる内容となった。
◆『女王陛下のお気に入り』は現代に通じる普遍的な話
アカデミー賞は1929年にアメリカで設立、今年で91回を数える歴史ある映画賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、作曲賞など多数の部門に分かれている。毎年作品賞の行方が話題で、今回は、日本でもブームになった『ボヘミアン・ラプソディ』など8作品がノミネート。『女王陛下のお気に入り』と『ROMA ローマ』が、共に作品賞を含めた最多10ノミネートで注目を集めている。
添野は『女王陛下のお気に入り』について、「ベネチア国際映画祭でも評価され、アメリカで一般的な人気を得ることはないと思っていたが、これはあるかもしれない」と期待を寄せる。
『女王陛下のお気に入り』は、18世紀の英国王室を舞台にした、アン王女と2人の女性による愛と権力を巡る物語で、添野は3人の女優の存在感を賞賛した。「終始一貫して、アン王女を演じたオリヴィア・コールマンが素晴らしい。日本ではあまり馴染みがない女優だが、イギリスではテレビドラマに数多く出演し、シリアスもコメディもいける演技派。この人に陽が当たったのは収穫だった」と話す。
また、ワイドレンズによる極端に歪曲した絵作り、デジタルではないフィルムによる撮影、自然光を活かしたライティングなど独特の撮影手法も評価。「こんな面倒臭いやり方を、よくやったなと思う。しかし、それによって18世紀の雰囲気が出せている。アナログな手法によって映し出される人間の温かみと、そこに描かれる人間の人間味が対比されている」と、ヨルゴス・ランティモス監督の手腕を解説。
「アン女王を籠絡した幼なじみのサラは、政治を我が物にするが、愛に対して誠実さを貫く。もう一人の侍女アビゲイルは、本当のことをまったく言わずアン王女を騙すが、その代わり女王に何も要求しない。それもアビゲイルの誠実な愛の形。言ってしまえば、愛とは何かをめぐる現代にも通じる普遍的なお話です」と、魅力を語った
◆利己主義へのアンチに通じる『ビール・ストリートの恋人たち』
一方、松崎は、アカデミー助演女優賞と脚色賞、作曲賞の3部門にノミネートされている『ビール・ストリートの恋人たち』を紹介した。
同作は、アメリカ黒人文学を代表するジェームズ・ボールドウィンの小説『ビール・ストリートに口あらば』が原作。1970年代のNYのハーレムを舞台に、妊娠した黒人女性がえん罪で刑務所に入れられてしまった恋人の無実を晴らすために奔走する物語。
松崎は、近年のアカデミー賞の傾向として「過去のできごとを描きながら、今ある何かを描こうとしているものが多い。『女王陛下のお気に入り』にも、この作品にもそうした部分が見える」と話す。
『ビール・ストリート』について「この映画は、まだ黒人差別の激しかった時代を舞台にしています。ところが、白人警官によって不法に逮捕されてしまう恋人の家族は、誰が悪いかを言うばかりで、周囲に対する理解や寛容さがまったくない。結局は黒人同士で諍いを起こしてしまうんです。これは、個人を重視しすぎていることに対するアンチテーゼ。利己的に、地位、名誉、お金のために生きている人がいて、それがいいのか? 言ってしまえば、(アメリカの映画界で)トランプ政権に疑問を持っている人が多いことの表れじゃないだろうか」と、独自の視点で『ビール・ストリートの恋人たち』を評価した。
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アカデミー賞には、これまで坂本龍一や『千と千尋の神隠し』などのジブリ映画、『おくりびと』など、日本人と日本作品の受賞が話題になる。
昨年の第90回では『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』で、辻一弘がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したことが話題になった。
今年の第91回でも、外国語映画賞に『万引き家族』、長編アニメ賞に『未来のミライ』の受賞に期待が寄せられている。日本作品はもちろん、『女王陛下のお気に入り』と『ビール・ストリートの恋人たち』が受賞できるか、いつもとは少し違った視点でアカデミー賞を見守りたい。(文=榑林史章)
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