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五輪消滅のロコ・ソラーレ、敗北の先に見た景色 時代を築いた15年の物語と「終わらない夢」

五輪消滅のロコ・ソラーレ、敗北の先に見た景色 時代を築いた15年の物語と「終わらない夢」

9月に行われたカーリングの五輪代表決定戦。そこに、時代を築いたロコ・ソラーレの姿はなかった。

数々の快挙を成し遂げ、記録と記憶に残るチームの敗北。それは多くの人々に衝撃を与えた。

結成から15年。彼女たちなくして、日本のカーリングの今はない。

なぜ、そこまで強くなれたのか。なぜ、私たちは夢中になったのか。そしてこれから彼女たちは、どこに向かうのか。

テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、ロコ・ソラーレの過去と未来に迫った。

◆常呂町から世界へ。元日本代表・本橋麻里の決意

オホーツク海に面する北海道北見市常呂町。人口約3200人、名産品は良質のホタテ。寒さ厳しく、冬は雪で閉ざされるこの地は、町を挙げてカーリングに熱い。

45年前、この町に住んでいた小栗祐治さんがカーリングを持ち込むと、冬の娯楽に町中がたちまち夢中に。カーリングの先駆けとして発展を遂げ、すべての五輪に代表選手を送り出してきた。

そのひとりが本橋麻里だ。チーム青森の一員として2度五輪に出場した彼女は、こんな想いを抱いていたという。

「北見から世界へ。そういうチームを作りたい」

常呂町にカーリングは広く深く浸透していたものの、代表レベルの競技環境はなく、世界へ向かおうとすると常呂から離れ、別の地域で戦うしかなかった。本橋もまた然りだった。

「聖地と言われる北海道常呂町で、なんで選手が残れないんだろうっていう疑問を持っていました」(本橋)

こうして本橋は2010年、地元・常呂町に戻り、ロコ・ソラーレを結成する。「常呂の子」の「ロコ」とイタリア語の「太陽」を組み合わせてロコ・ソラーレ。

メンバーは、今も活躍する吉田夕梨花と鈴木夕湖。続いて、前のチームを戦力外になった吉田知那美が合流。その後、実力者ながら五輪選考会で敗れた藤澤五月が加入した。

◆「観ている人に楽しんでもらうカーリングがしたい」

5人は2016年の日本選手権で初優勝。その直後の世界選手権でも銀メダルに輝き、2018年、平昌五輪の日本代表に選ばれると、日本カーリング史上初の五輪メダルを獲得した。

彼女たちが話す北海道弁は人気を呼び、「そだねー」は流行語大賞を受賞。試合中の栄養補給も「モグモグタイム」と話題になった。帰国後、地元でも催されたパレードには約1万2千人が詰めかけたという。

ロコ・ソラーレの輝きは、どこから生まれたのか?

チームに4年間在籍し、北京五輪でともに銀メダルを獲得した石崎琴美は、ロコの原点をこう語る。

「楽しいカーリング。観ている人に楽しんでもらうカーリングがしたいという考え方や、試合している時のみんなの輝きに胸を打たれるし、応援したくなる。観ていて一緒に笑っちゃうくらい楽しくなる」

自ら楽しみ、観ている人たちも楽しいカーリング。それが理念。血の滲むような厳しい練習も、「本番を楽しむ」という覚悟があるからこそ乗り越えられる。

この理念は、地元・常呂町にカーリングを持ち込んだ小栗祐治さんから受け継がれてきた。2017年に他界した小栗さんは晩年、畑とカーリング場を行き来する毎日を送りながら、こんな言葉を残していた。

「気力の5割がカーリング。気力の5割が農業。カーリングは楽しいぞー」

その教えを受けたひとりが、吉田知那美。小学生の頃、小栗さんに見いだされた彼女は、小栗さんとの思い出を次のように振り返る。

「『このリンクの赤い線まで滑れるようになったらケーキを買ってやる』とか『お前たちは天才だ』とか、毎日の練習を楽しくする工夫を小栗さんはいつもしてくれました。小栗さんが残してくれたものは、カーリングは楽しむもの、楽しむべきものっていう、今のロコ・ソラーレの原点になっているものなのかな」

※撮影:表政治さん

◆「運命変えてやろう」崖っぷちで生まれた作戦

そんなロコ・ソラーレの理念が印象的に表れた試合がある。

2021年の五輪代表決定戦。対するは、同じ常呂町出身が主力のフォルティウス(当時・北海道銀行)。3勝すれば代表が決まるなか、ロコは開幕から2連敗し、いきなり窮地に立たされた。

チームは緊急ミーティングを開き、起死回生の道を話し合った。そのミーティングを終えた彼女たちは、明らかに変わった。崖っぷちなのに妙にハイテンションだったのだ。

吉田知那美は、チームを鼓舞するようにこんな掛け声をかけた。

「よし!運命変えよう!」

これが彼女たちの答えだった。

「私たちは今大会、運がない。運が味方しないんだったら、もう自分たちで運命変えてやろうって。運を変えるためにどうするかを本気でGoogle検索して、引っ越すとか結婚するとか、美味しいものを食べるとか、できそうなことは休憩中にすべてやって(笑)」(吉田知那美)

そこからチームは持ち直し、2勝2敗にまで持ち込むと、最後の5戦目を見事勝利。自分たちの力で運命を変え、日本代表の座を掴んだ。

2度目のオリンピックである北京五輪では、心から戦いを楽しんだ結果、2大会連続でのメダルを獲得した。

◆「私たちはチームだけで成り立っているわけじゃない」

「カーリングは楽しむもの」という理念を貫いたロコ・ソラーレ。楽しんでほしいから、ファンとの交流会も定期的に開催している。今年は東京でも特別開催を決め、チケットは5分で完売した。

吉田知那美は言う。

「私たちロコ・ソラーレは、『いつも笑顔で楽しそうに戦っている』と言ってもらえるんですけど、人間なので諦めそうになることも何度も何度も何度もあります。でもそういう時に、応援してくれる方の顔が浮かぶと、『こんなところで負けてられない』と思うことができます。最後『もうヤバい、もう負けそうかもしれない』っていう時のひと踏ん張りの力として、今日のことを思い出したいと思います」

8月、彼女たちの地元・北見市常呂町で行われたツアー大会にも、大勢のファンが詰めかけた。カーリングは楽しい、やるほうも観るほうも。そう信じて人の輪を広げ、背中を押されて強くなってきた。

「『ロコ・ソラーレのカーリングを見ると楽しいです』って言ってくださる方たちの声が、私たちのプレーにも本当につながっています。私たちはチームだけで成り立っているわけじゃないって、本当に感じます」(藤澤)

◆運命の代表決定戦――涙の結末

そして9月、北海道稚内市で行われた「カーリング日本代表決定戦」。3度目の五輪を目指す戦いが幕を開けた。

日本選手権を勝ち抜いてきた3チームが出場し、2度の総当たりで上位2チームが決定戦へ駒を進める。

ロコ・ソラーレは初戦、フォルティウスに対し、スーパーショットで振り切って勝利。まさに観るものを楽しませるカーリングで、観客から喝采を浴びた。

初日を連勝でスタートし、残り2試合で1つでも勝てば決定戦進出という優位な状況だったが、ここからまさかの展開となる。

予選2日目に行われた、平均年齢22.7歳の若手チーム・SC軽井沢クラブとの対戦。初戦ではロコが大勝していたものの、SC軽井沢はその試合で氷の感覚を掴み、精度を格段に高めてきた。

第3エンド、最後の一投。ナンバー1は赤のSC軽井沢クラブのストーン。ロコは狙おうにも、あらゆるところに敵のストーンが張り巡らされていた。

そんななか、先攻ロコ・藤澤のショットは、手前のストーンを弾き、間接的に赤を押し出すスーパーショットとなる。

しかし、後攻・SC軽井沢クラブには、失うものがない思い切りがあった。それを上回るような、さらなるスーパーショットを見せ、2点を追加し逆転。まさに最高峰の技術の応酬だった。

結果、5対4でロコ・ソラーレが敗北。

ロコはその後の試合も落とし、決定戦進出をかけたタイブレークでは、全体2位のフォルティウスと対戦した。4年前の代表決定戦でロコに逆転負けを喫し、その悔しさから這い上がってきた相手だ。

この試合でロコは第1エンドからミスが出てしまい大量失点。その後も流れをつかめず、折り返しまでに6点差をつけられるという苦しい展開となる。結果、最終エンドを待たずに負けを認め、決定戦への進出を逃した。

3度目の五輪への道は、ここで絶たれた。

◆ロコ・ソラーレという時代

試合後、抱き合い、悔し涙を見せたメンバーたち。それでも彼女たちは、すぐに前を向いた。

「オリンピックは逃げない、絶対に4年に一度ある。目指したかったらいつまでも目指させてもらえるので、全然悲観することないなって思います。さっちゃん(藤澤)はこの経験でまたカーリング選手として絶対に強くなったと思いますし、私も負けないぐらい人間として成長したいなって思っています」(吉田知那美)

ロコ・ソラーレの歩んだ時代は、世界では弱小だった日本のカーリングが、大きく成長を遂げた時代だった。多くのチームが彼女たちを見習い、コミュニケーションや戦い方を研究。世界ランクトップ10に日本のチームが3つも入るまでになった。

ロコ・ソラーレいわばパイオニアとして道を切り開き、そして追われ続けてきた存在。結果、強くなってきた相手に競り負けた。それもまた、時代の足跡だろう。

代表決定戦は、フォルティウスとSC軽井沢クラブの対戦となった。食い下がる若手チームをはねのけ、フォルティウスが勝利。12月の最終予選に日本代表として臨むこととなった。

試合後、フォルティウスのスキップ・吉村紗也香はライバルに対してこう語った。

「自分たちも4年前はここで悔しい思いをしました。でも、その経験があったからこそ、強くなれたと思いますし、私たちはロコ・ソラーレさんに成長させてもらっていると感じます」

ロコ・ソラーレが築いた時代。楽しみ、楽しませ、道を切り開いてきた彼女たちの物語は、決してまだ終わりではない。

今年6月、彼女たちが語った未来予想図がある。

「ロコ・ソラーレであと15、6年したら、シニアに参戦できるって話になったんです。びっくりしちゃって」

吉田知那美のその言葉に、メンバーたちが一斉に笑い出した。それでも吉田は笑顔でこう続けた。

「20代で結成した時から、『このメンバーでロコ・ソラーレシニアとして世界(選手権)で戦って、金メダル取りたい』っていう話をしていたんですけど、すぐじゃん!って。そこらへんの準備も近々始めなきゃな(笑)」

ロコ・ソラーレの原点は、楽しいカーリング。それは五輪サイクルに縛られるものではない。常呂の町に小栗さんがいて、本橋麻里がいて、そして彼女たちがいる。楽しさは受け継がれ、その道のりはこれからも続いていく。

番組情報:『GET SPORTS
毎週日曜 深夜1:55より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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