『しあわせな結婚』第8話、ヒロインは何故“夫のすごい愛”に泣き笑いして見えたのか。容赦ない終盤の表情との対比
<ドラマ『しあわせな結婚』第8話レビュー 文:木俣冬>
【映像】ドラマタイトルを揺るがす驚愕ラスト!クライマックス目前で“妻”松たか子が決断
ついに真相が判明した。
「見ざる(猿)、言わざる(猿)、聞かざる(猿)」は当たらずといえども遠からずであった。
鈴木家の鉄則はある意味、三猿の法則だった。鈴木家が15年間、見ないように、言わないように、聞かないようにしてきたこと――。
4人のうちの誰が三猿だったのかは後述するとして、いつものように第8話を順に見ていこう。
第8話は「見ざる(猿)」の目が強調される。
マンションの1階、レオ(板垣李光人)の部屋から火が出た。気を失っているレオの顔に玉置玲央演じる布勢の死に顔を重ねて見たネルラ(松たか子)に新たな記憶が蘇った。
大きく見開かれるネルラの目。そして、閉じたまぶたが開くと、レオの大きな目。第8話はけれん味あふれるカットで攻める星野和成の演出だ。
レオは無事であり、ネルラは記憶が蘇ったため頭が混乱して「わたし、おかしいかも」と言動がおぼつかない。
その頃、警察では、黒川(杉野遥亮)たちが考(岡部たかし)は犯人ではないのではないかと考えはじめていた。彼の描いた凶器・燭台の絵が、実際に使用されたらしい燭台と一致しないからだ。
黒川は早く再捜査の成果をあげないとならないから、いまさら考が犯人ではないことになると手間である。成果をあげる必要性は、警察における自身の地位を守るためだ。
黒川は警視総監を狙っている刑事部長・笹尾(亀田佳明)と警備部長・佐久間(野間口徹)の板挟みになっている。
マンションでは消火活動が終わって、幸太郎(阿部サダヲ)と寛(段田安則)がなぜレオが火事を出したかについて話し合っている。ふたりともパジャマのまま。やっぱりこんなに主要人物たちのパジャマ着用時間が長いドラマも珍しい。
それぞれの部屋に戻ると、ネルラが病院から戻っていた。「もう夜が明けちゃいそうだけど、寝ようか」。窓の外は白々としてきている。夜に火事が起こり、バタバタして朝方になっていた。
ネルラは、やっぱり自分が殺したのではないかと幸太郎に、また記憶が断片的に蘇ったことを報告する。
今から警察に行って話してくると言い出すネルラを幸太郎は止める。
「どう考えたって、わたしなのよ」と深刻なネルラと困惑する幸太郎の並んだ黒い背中の間に“しあわせな結婚”のタイトルが乗る。過去一しあわせそうじゃないタイトルバックだった。
ベッドのなかで幸太郎は、もしネルラが犯人だったら法律家として、夫としてどうしたらいいのか悩む。
そしてある日、幸太郎の事務所に黒川がやって来た。考犯人説が釈然としないと言いに来たのだが、幸太郎はネルラ犯人説にまた戻るのは夫として困るのでなんとかやり過ごそうとする。
今回の黒川のポイントは「何なんでしょうね、世の中を覆うキャンセルカルチャーの激しさは」という世間話ふうのセリフ。このひとはいつも淡々と感情が出ないから、こういうことも憤りも嘆きも感じられない、あまりにも世間話感で、それがおもしろい。
別の会話のあと「あなたのそういう言い方、本当にいつも鼻につくなぁ」と幸太郎が苛立つ。淡々としすぎると、木で鼻をくくったような言い方になり、鼻につくのだと思う。でもこの変なキャラ・黒川のスピンオフが見たい。
幸太郎が「俺が本気で事件に突っ込んでいったら、妻が犯人だということになってしまうかもしれない」と悩んでいると、同僚・臼井(小松和重)は「だから早く離婚しろって言ったのに」「今度こそ全部失っちゃうぞ」「お前は弁護士で、もう検事じゃない。そんな検事魂とっとと捨てろ」などと親身になってくれる。
臼井は10年浪人してやっと弁護士になれたのに職を失うことが不安だろう。でも「あの家族から離れろ。原田こうたろう法律事務所も終わりだな。俺も就職先見つけなきゃ」と言いながら去り際に「何かあったら手伝うから」と言う。臼井はこのドラマの良心だ。
公園のベンチで幸太郎が黄昏れていると、向こうからネルラが歩いてくる。
かすかな夕暮れの光が美しい。が、たぶんきっと暑いと思う。でも阿部サダヲはスーツをきちっと着ている。
「警察の調べを待たずに自分で真相を突き止めようと思う」と決意を語る幸太郎。
「あなたは法律家だから、きっとそう言うと思ってた。でも真相がわかったら、わたし達はおしまいね」「だって、犯人はわたしだもの」とネルラは自分が犯人だと言い張る。そのときの表情がきりっとしている。
「万が一君が犯人であったとしても、それは受け止めるよ」「どんな君でも愛すよ」「俺の人生も君の人生もムチャクチャにはしないよ」と幸太郎は言い、「すごいだろ、俺」と自画自賛。いや、ほんとうにすごい。
「すご~い、ムチャクチャすご~い」とネルラは嬉し泣き。
でもあまり泣いていないように見える。ちょっと芝居がかって見える。
幸太郎はネルラを抱きしめる。
「ネルラの方が俺より大きいな」
「わたしもずっとそう思ってた」
人間はあまりの逆境に陥るとこんなふうに脈絡のないことしか言えないものなのかもしれない。
このとき、松たか子のどこかいつもの彼女とは違うややライトな芝居の意味がわかるのは、もう少しあとだ。
幸太郎は、法医学者の児玉祐作(佐々木蔵之介)を訪ねる。
幸太郎「ここは今も昔もなんかぞっとしますね」
児玉「先月お清めしたよって、大丈夫やって」
ふたりは旧知の仲らしい。
佐々木蔵之介も、段田安則や玉置玲夫、金田哲と同じくNHK大河ドラマ『光る君へ』(24年)の出演者のひとり。脚本・大石静の朝ドラ『オードリー』が出世作で、大石作品には欠かせない。
佐々木蔵之介と阿部サダヲの共演は、山内圭哉と阿部の共演に続いて新鮮な気がする。実際、2人が芝居で絡むのは『医龍-Team Medical Dragon-』シリーズ(2006~2014)以来、約11年ぶりだそう。関西小劇場出身の名優が次々、関東小劇場出身の名優に挑むみたいな感じがする。
法医学的見地からのセカンドオピニオンを求めると、いろいろと判明する。児玉がいろいろな仮説を出していくうちに、出た、複数犯人説。
第8話はこれまでにない事件もののムード。幸太郎は燭台生産の国内トップのシェアを占める会社を訪ね、そこで、凶器に使用されたらしき燭台と同じものに出会う。それは3本のろうそくが立てられるが、外側の2本を折りたたむことができる。
この燭台をどうやって布勢にたたきつけたか、傷跡から独特な持ち方がわかる。こういう持ち方をせざるを得ない人物といえば――。当時、まだ子供だったレオだ。
そして、もうひとつ傷をつけたのは――。謎はすべて解けた? 幸太郎探偵はレオの元に向かう。
ここからは板垣李光人劇場。
幸太郎が話すたびにレオの表情がかすかに動き、感情が動いているのが見てとれる。とりわけ印象的なのが喉の動き。黙って立ちつくし幸太郎の話を聞いているとき、時々喉が動く。つばを飲み込む緊張感が伝わってくる。
この喉の動きは、映画『国宝』の吉沢亮にも見られる表現で、顎から首にかけて華奢な体形の男性俳優に可能な動きと思われる。ときにそれがひじょうに効果的になる。
喉以外でも、板垣の表情はずっと見ていられる。表情だけでご飯が何杯も食べられる。
対して阿部サダヲは静かに言葉をはっきりと語り続ける。以前の阿部は圧倒的な速度と熱量の高さが最大の武器だったが、落ち着いたひんやりした空気も醸せる。なんでもできる演技巧者。近いうちに彼が主役のミステリーシリーズが誕生することを期待する。
レオはクローゼットから布に覆われた燭台らしきものを出してきて、幸太郎に近づく。警戒して後ずさりする幸太郎。良いところでCM。
CM明け、レオは凶器を幸太郎に手渡し、当時の自分の思いを語る。
ここからは鈴木家の悲劇。少年レオが大切な姉・ネルラを守ろうとして布勢の頭を殴ってしまい、彼をかばおうと考がダメ押しの一撃を加えた。それを覆った指の隙間からのぞく大きな瞳。
子供が罪を犯すのはとても胸が痛む。だからこそ、彼を守ろうとした考の気持ちがわかる。正当防衛とかそういう理屈ではなく、少年の純粋さを汚したくない。人を殺したという過去を彼に与えたくない。未来の可能性を閉ざしたくない。考にはそれしか考えられなかったのだと思う。あまりにも不器用な解決法しか思いつかない、非力な人間たちが悲しい。
ただ、レオ本人はずっとそれを覚えていて苦しんでいたわけで、それはそれでお気の毒である。
15年前の真相を警察に話しに行って戻ってきたレオは黒いTシャツの上に白いシャツを羽織っている。罪(黒)を認めたけれど、逆に晴れ晴れした(白)という意味合いだろうか。
事件は解決したかに見えたが、ネルラは逆上する。
「そうやって15年、みんなで頑張ってきたのよ」「殺人の罪が、犯人を隠した罪に変わったって意味ないのよ」「はたから見れば間違ってるかもしれないけど、レオを守り通すことがうちの家族の真実だったの」等々、ネルラは記憶を失っていたにもかかわらず、まるで実はずっと記憶をなくしたフリをしていたかのように、事件の全貌が明るみに出たことに憤る。
鈴木家は、家の宝・レオのために「見ざる、言わざる、聞かざる」に徹してきたのだった。
第8話の中盤、夕暮れの中で「すご~い」と言っていたネルラがどこか表層的な喜び方をしていたように見えたのはおそらく、ネルラが幸太郎に隠し事をしている芝居を松たか子がしていたのではないだろうか。
自分が犯人だと思うと言っても、自分を愛し守り抜く気持ちを変えない幸太郎に、内心、ほんとうにすごいと思うと同時に、このまま真実を掘り起こしてこないでくれ〜と困ったりしていたのではないか。だから泣き笑いしているように見える。
その証拠に、幸太郎を激しくなじるこの場面では容赦がない。本気がビシビシと質量を伴って伝わってきた。
レオが犯人という真実が明るみになるくらいなら自分が犯人のほうが良かったと言うネルラに、「君が犯人では、俺がイヤなんだよ。家族も大事だけど、俺達夫婦はこれを乗り越えなきゃしあわせにはなれない」と幸太郎は頑として譲らない。
「すべてが壊れた」。ネルラは離婚を切り出す。
「わたし達は出会ってはならなかったのよ」
そもそもネルラが積極的だったのに。
ここへきて「しあわせ」とは何か――。タイトルにもなっている「しあわせ」の定義が頭をもたげてきた。
最終回では、ネルラのもうひとつの秘密が明かされるらしい。まだまだ引っ張るとは、大石静、すごい。
まさかやっぱりネルラが犯人だったってことがあるのか、ないのか。最後まで楽しみたい。
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※番組情報:『しあわせな結婚』
毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局