「大谷の盗塁の何がすごいって…」敵軍キャッチャーが驚いた盗塁成功の秘密「止めるのは不可能に近いよ」
テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、歴史的偉業から紐解く「大谷翔平の進化」を特集。
2024年に大谷がカメラの前で発した数々の言葉を振り返りながら、ドジャース首脳陣や対戦相手、手術を担当した医師など総勢14名の関係者へ独自取材し、「54本塁打・59盗塁」の裏にあった独自の思考と大胆な改革を解き明かした
テレ朝POSTでは、その内容を全4回に分けて紹介。今回は、飛躍的な盗塁成功率向上の秘密に迫る。
◆「あれだけ走れるって、ちょっと想像ができない」
2024年、大谷は盗塁についてある言葉をよく口にしていた。
「成功するかしないかが一番大事だと思う」
「高い成功率の方がいいんじゃないかなと思っています」
「盗塁に関しては失敗しないことをまず第一に」
盗塁を失敗しない。その言葉通り、2024年の盗塁成功率を見てみると、メジャー全体の平均が79%に対して、大谷はじつに93.7%。63回走り、失敗したのはわずか4回のみだ。
この数字について、日米通算465盗塁、メジャーでの盗塁成功率85%を誇る松井稼頭央氏はこう語る。
「成功率って、走る選手が一番求めているところなんです。盗塁って紙一重なところがあって、勝敗を大きくわけることもあります。あれだけ走れるって、ちょっと僕らでは想像ができないです」
なぜ高い盗塁成功率を残すことができたのか。その秘密を探るべく、ドジャースのトラヴィス・スミス コンディショニングコーチに話を聞いた。
「最初にショウヘイに会った時、我々がどんなトレーニングをするかを伝えたよ。ドジャースに来る前から足が速かったけど、体のブレが少ない走りでよりスピードアップできると思ったんだ」
高い盗塁成功率を残せたひとつ目の理由は、スピード強化。シーズン開幕前のキャンプで、スミスコーチは大谷にこんな提案をしていた。
「速く走るテクニックを磨くために、短距離走のトレーニングマシン“1080(テン・エイティ)スプリント”を勧めたよ。ショウヘイがやってみたいと言ったからトレーニングを始めたんだ」
1080スプリントとは、腰にワイヤーを取り付け、負荷をかけた状態で走るトレーニング器具。スピードや体の左右のバランスなど、さまざまな数値が測定できる。パリオリンピック陸上100mに出場したサニブラウンなど、世界のトップスプリンターも使用している。
大谷はこの器具を使いながら、何度もフォームの確認をしていた。
そして、もうひとつ重点的に取り組んでいたのが、重量のある“メディシンボール”を使ったトレーニング。体幹や瞬発力などの強化に取り組んでいた。松井氏が話す。
「(ボールを)瞬発的に投げて瞬発的にスタートする、たぶんこれをずっと繰り返していたと思うんですよね。軸を保っていい位置でボールを投げて、いい位置で戻って来ないと、爆発力のあるスタートは切れない。やっぱり走るときの軸は大きいと思います。ブレるとロスになりますし、あれだけ短い距離ですから、一気にスピードに乗って一気にベースに到達しないといけないので。ズレてしまうと直進性がなくなってしまう」
体のブレが減ることで、よりスピードに乗りやすくなるという。シーズン前から取り組んだスピード強化が、高い盗塁成功率を残せた理由のひとつだった。
◆「やっぱりスタートがすべて」
さらに、大谷はこんな言葉も残していた。
「やっぱりスタートがすべてじゃないかなと思うので、あとはそのスタートを切るタイミングと勇気が一番かなと思います」
スタートがすべて。2024年の大谷のスタートを見た松井氏は、その良さをこう称賛した。
「メジャーのキャッチャーも慌てて投げるから送球がブレていますよね。あんなにブレるケースはそんなに見たことない。キャッチャーも絶対(ランナーが)見えているんですよ。良いスタートを切られると焦るので。それぐらい良いスタートだと思います」
良いスタートが切れているからこそ、キャッチャーの送球も乱れてしまう。さらに間に合わないと判断し、送球すらも諦めてしまう場面が多く見られていた。
なぜこれほど良いスタートが切れていたのか。その理由を教えてくれたのは、大谷と頭をぶつけるパフォーマンスでお馴染みだったクレイトン・マッカロー元1塁コーチ(現・マーリンズ監督)。
「キャンプでは一歩目への準備を磨いてきたんだ。できるだけ早くトップスピードに乗せるために、スタートの構えを改良した。右足を開いた構え方にしたんだ」
エンゼルス時代のスタートと比べてみると、改良後はわずかだが右足を開いている。そのため、体が2塁方向へと開く構え方になっていた。
この違いについて松井氏に解説してもらった。
「スタートはラインに対してどう入っていくか。(スタート前は)ラインの後ろ側にいると思うんですけど、一歩目がラインの内側に入るとブレるので、短い時間でスピードにのれない。3歩ぐらいでトップスピードに持っていくのであれば、自分のバランスも含めていい位置に持っていかないと体がラインに入ってこない」
松井氏の言うラインとは、1塁と2塁を結んだ直線上のこと。改良前の両足が揃った構えだと、一歩目がラインからブレてしまう。一方、改良後の右足を開いた構えだと、ラインに平行にロスなく進めている。
なぜ、右足の違いだけでこれほどの差ができてしまうのか。
松井氏によると、両足を揃えた構えだと空間がないため、1歩目を踏み出す時に体を回転したり、空間をつくるために外に開いたりしなければならない。一方、スタート前から右足を開くことで、ラインの横に空間が生まれるため、1歩目をラインと平行に置くことができ、より効率的なスタートが可能になるという。
構えを改良した成果はデータにも表れており、塁間3分の1までのタイムは、自己最速の1.71秒を記録。スタートの改良もまた、高い盗塁成功率を残せた要因だった。
◆「ピッチャーだからピッチャーの動きの違いもわかる」
さらに、盗塁増加の秘訣には、二刀流だからこそのポイントがあった。
「試合前にもちろん予習もします。ゲームの中で自分が見て感じたことをみんなでシェアしながら」(大谷)
高い盗塁成功率を残せた3つ目の理由は、洞察力。大谷の盗塁をもっとも近くで見てきたマッカロー元1塁コーチはこう語る。
「ショウヘイは試合前に映像を見て研究している。彼が『ここ見て』と言うポイントは私と全然違うよ。ショウヘイはピッチャーだからピッチャーの動きの違いもわかるんだ」
試合前、入念に相手ピッチャーの動画を確認、さらに試合中も観察を怠らない。大谷自身がピッチャーだからこそ、鋭い洞察力でホームへ投げるのか、それとも牽制されるのか、わずかな違いを見抜いてスタートを切っていた。松井氏が話す。
「成功率を求めるのであれば、相手・イニングすべての状況を頭に入れておかないとスタートは切れない。どういう配球をするのか、それもすべて読みに入れていると思います」
ピッチャーとしての洞察力を活かし、実は新たな試みも行っていた。それを話してくれたのは、2024年、大谷に3盗塁を許したキャッチャー、ジェイコブ・スターリングズ(ロッキーズ)。
「大谷の盗塁の何がすごいって、リードが大きいことさ。1塁へ戻るのも上手いから牽制で刺せない。盗塁を止めるのは不可能に近いよ」
ライバルも驚くほどのリード幅。エンゼルス時代と比較してみると、2023年が3m47cmなのに対し、2024年が3m93cm。およそ50cmも大きくなっていた。松井氏が解説する。
「2023年のリード幅から見えるピッチャーの角度と、2024年のリード幅から見える角度は違う。(牽制されたら)戻らないといけないので、『あれ?こんなに遠いのか』って思うケースも出てくると思います。でも盗塁数を増やすにあたって、二塁までの距離は短くなるから、この差は非常に大きいと思います」
牽制でアウトになるリスクも伴うリード幅の拡大。それは、ピッチャーでもある大谷だからこそできた試みだった。この洞察力もまた、高い盗塁成功率を残せた理由だ。
◆ドジャースの強力打線の影響
さらにそれだけではない。2024年のインタビューで大谷は、「後ろにいいバッターが多いですし、早いカウント、早い段階で二塁にいれば、それはそれでいいんじゃないかと思います」と語っていた。
強力なドジャース打線。1番・大谷の後を打つ2番のムーキー・ベッツ、さらに3番のフレディ・フリーマンはみなMVPを獲得した強打者。この打線での盗塁について、大谷が6年在籍したエンゼルスのジョー・マドン元監督は次のように語る。
「ショウヘイの後ろに控えている手強いバッター、ベッツやフリーマンの影響が大きい。ピッチャーは強打者が相手なので、簡単にはストレートを投げられない。変化球も必要になってショウヘイへの警戒が弱まり、盗塁がしやすくなるんだ」
強打者を抑えるために、相手ピッチャーはバッターに集中し、多くの変化球を交えた配球で勝負をしてくる。ランナーの大谷にとっては盗塁しやすい状況になるのだ。
松井氏もドジャースの強力打線が与えた影響を指摘する。
「後ろのバッターの援護やお互いの助け合いがなければ、あそこまで盗塁数は伸びていない。右バッターが2番にいると、あれだけの選手なので視野も広いでしょうし、走ったスタートもわかるので、いいスタートだったら見送れる。見送っても1球あればいいぐらいの技術の高さがあるんですよ。スタートが悪いと思ったらファウルすればいい。ベッツ選手がいることによって、大谷選手も思い切ってスタートを切れる」
大谷の後を打つ2番バッター・ベッツは右打者。そのため、ランナー大谷のスタートを視界に入れることができる。大谷の後を打つバッターたちの高い技術が盗塁成功に影響を与えていた。
「(盗塁が)得点に繋がってるのが、やっぱり自分の中で自信になってくるのかなとは思う。チームの勝ちのためにしっかり走るところは走っていきたいなと思っています」(大谷)
大谷の盗塁は、スピード強化・スタートの改良、そしてピッチャーならではの洞察力や打線の影響。これらの要因があったからこそ、成功率93.7%という驚異的な数字を残せたのだ。
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大谷翔平特集、次回の記事では大谷の手術を担当した医師に独占取材。二刀流復活の秘訣を聞く。
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