工藤夕貴、末期がんの父と過ごした最期の時間。言えなかった「誕生日おめでとう」の一言
12月20日(木)に放送された『徹子の部屋』に、工藤夕貴が登場。亡くなった父との思い出を語った。
10代でデビューし、今年デビュー40年を迎えた工藤。
かつては米国へ移住し、ハリウッドを拠点に海外作品にも多数出演していたが、30代前半で帰国。現在は俳優として活躍する傍ら、富士山の麓で農業にも取り組んでいる。
米国でもまだまだ活躍できる状況の中で帰国を決意した理由は、2005年に父が末期がんの余命宣告を受けたことだった。
演歌歌手だった父・井沢八郎さんは、工藤が10代の頃に妻と離婚。
「子どものときは問題のある父だったんですけど、よく地方の巡業に連れて行ってくれた」と振り返る。
「舞台に立っている父は別人みたいで、観ているみなさんは父の歌を聴いて涙していました。自分にとっては自慢の父だった」(工藤)
そんな父が亡くなったのは2007年、工藤の誕生日だった。
「本当に不思議なんですけど、なんでこの日に?と思った」と正直な思いを明かした工藤。
その日、病床に伏せっていた父は、いつ亡くなってもおかしくない状態だったという。
「それでも父に会いたくて、誕生日に(会いに)行ったんですけど、父の口がずっとパクパクしているんです。何を言っているんだろうなとずっと謎だったんです。うなされているのかなと」(工藤)
結局父が何を言っているのか、そのときはわからなかった。
しかし、それから2~3時間もしないうちに「父が息を引き取った」という連絡が。工藤は父が何を言いたかったか、後になってようやく気付いたという。
「父の口がパクパクしていたのは、おそらく『誕生日おめでとう』って言いたかったんだなということがわかったんです。なんで私の誕生日に(亡くなったのか)って思ったんだけど、よく考えると最後の誕生日を祝ってあげたいってきっと思ってくれていたんだな」(工藤)
当時を思い出し、涙ながらに父への思いを語った工藤。自分の誕生日に亡くなったことで、いまでは毎年誕生日の度に、父の供養ができると話していた。
そして最近では、父の名曲『あゝ上野駅』を工藤自身が歌っているという。父への思いを込めてスタジオで生歌を披露している。
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※番組情報:『徹子の部屋』
毎週月曜~金曜 午後1:00~午後1:30、テレビ朝日系列