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内田慈、20年来の親友を亡くし「まるで実感がなくて」 最新主演作で気づかされた喪失感「これをやることが私自身のためになる」

新進気鋭の作家・演出家の舞台に数多く出演し、『ぐるりのこと。』(橋口亮輔監督)でスクリーンデビューした内田慈(うちだちか)さん。

圧倒的な存在感と演技力は映画界でも注目を集め、2018年には『ピンカートンに会いにいく』(坂下雄一郎監督)で映画初主演を果たし、2020年には『レディ・トゥ・レディ』(藤澤浩和監督)に大塚千弘さんとW主演。

現在公開中の主演映画『あの子の夢を水に流して』(遠山昇司監督)は、ブラジルで開催された第12回バウネアーリオ・コンボリウー国際映画祭の長編コンペティション部門をはじめ、イタリア、メキシコ、インドなど多くの海外の映画祭に出品され話題に。

 

◆藤澤浩和監督との出会い

2020年には大塚千弘さんとW主演を務めた映画『レディ・トゥ・レディ』が公開。この映画は、高校時代に競技ダンスで脚光を浴びたふたりの女性が社交ダンスを通じて青春を取り戻していく姿を描いたもの。

内田さんは売れない崖っぷち状態のアラフォー女優・城島一華役。生活に追われ日々に疲弊している主婦・鈴木真子(大塚千弘)と同窓会で再会し競技ダンスのカップルを組むことになるが、競技ダンスは男女のペアが前提。女性同士のペアで競技会に参加することができるのか、さまざまな困難が立ちはだかる。

「あの映画はコロナ禍で公開が一回ずれてしまって、それでもやっぱりコロナ禍での公開ということになったんです」

-ダンスシーンも多くてかなり大変そうでしたね-

「あれもオーディションなんです。メインキャストはほとんどオーディションでした。藤澤監督がそうしたかったみたいで。

ハリウッドとかだとオーディションが普通にあるじゃないですか。知名度とかではなくオーディションをして俳優を選んでいく。そういうふうに、自分があまり先入観にとらわれず、役に合った人を選びたいということでオーディションをしたらしいです。私も、その考えに賛同の想いがあって。

私は専業主婦の真子という役が珍しくてオーディションを受けたんですけど、なぜかやっぱり売れない女優の役を振られて『何なの?』って最初は思いました(笑)」

-一華はちょっとイタいけど、業界のいやらしいパワハラやセクハラにも屈せず、カッコ良くてとても合っていました-

「的確でしたよね。的確だし、笑えるし、コメディーだけど社会派とも言えるのかなって。仕事をくれる代わりに体を求められてキッパリと断るんですけど『私は黙りません』という、あのセリフ良かったですよね。

この脚本ができたのが、ちょうど(ハーヴェイ)ワインスタインのセクハラ問題が出たすぐ後だったんです。だから、それは直で『私は黙りません』というセリフを使っていました」

-競技ダンスなので、踊りの稽古も大変だったと思いますが-

「1カ月ぐらいやりましたけど、ハイヒールだし大変でした。血豆ができて、身体中がバキバキ(笑)。でも、私より大塚千弘ちゃんのほうが男性のリードという役割だったので大変だったと思います。

男性は基本ハイヒールを履きませんよね。それが女性でハイヒールを履いて女性を支えるというのは、ダンス業界ではありえないことへの挑戦だったので、彼女の筋力のとらえ方、軸の作り方とかは、すごい努力だったと思います」

-おふたりがドレスを着てペアを組んで踊る大会のシーンがとてもきれいでした-

「ありがとうございます。赤と青のドレスいいですよね。あのシーンの撮影は深夜までかかってしまって、遠方だったのでエキストラさんも帰る人も出てきちゃっていて。エキストラさんがたくさんいれば踊りに合わせてカメラも振れるんですけど、どんどんいなくなるから撮れる範囲が限られていくんですよね。

そんななかでカメラマンの(伊藤)麻樹さんが、私たちふたりがクルクル回って踊るシーンは絶対に上から撮りたい、そのためにはどうするかというようなことをすごい考えて進めてくれて。深夜でもうみんなヘトヘトだったんですけど、すごくいい時間が流れながら撮影できたと思います」

-先行き不透明で日々の生活に疲れきっていたふたりがダンスの練習を始めたことによって変わっていく。真子の娘も頑張っている母親の姿を見て変化が。後味がすごく良くて元気が出ます-

「ありがとうございます。それは何よりもうれしいです。ドラマとして王道なところを堂々とやるというのがおもしろいですよね」

 

◆坂下雄一郎監督の作品に再び出演

2022年は、主演映画『ピンカートンに会いにいく』の坂下雄一郎監督の映画『決戦は日曜日』に出演。撮影は2020年12月に行われたという。

この映画は、ある地方都市を舞台に、衆議院議員・川島昌平の私設秘書を務めてきた谷村勉(窪田正孝)をはじめとする事なかれ主義でクセモノ揃いの秘書軍団が、病で倒れた川島に代わり、立候補することになった娘の有美(宮沢りえ)を当選させるべく奔走する様を描いたもの。

内田さんは、秘書軍団のひとり、田中菜々を演じた。世間知らずで政界には疎(うと)いが熱意だけはある有美に振り回されることに。

-熱意が空回りしてばかりの新人二世議員候補を支えるクセ者秘書軍団のおひとりで-

「はい。コメディーテイストながら、俳優がコメディーっぽい演技をすることを坂下監督は好まないので、本当にずっとゆるく見たり、そっとリアクションを取ったりしていました。

秘書軍団の音尾(琢真)さんが、『僕たちは映画の撮影に行っていたのかな?あの期間は本当に不思議だったよね?』って何かのインタビューでおっしゃっていたんですけど、本当に独特な空気感の現場でした(笑)」

-それだけスムーズに撮影が進んだということですね-

「メチャクチャ早かったです。決断も早かったですし、的確で出す指示が早いから、実行までも早いので、(撮影は)だいたい巻いて終わっていました。

もともとスケジュールも2週間ないくらいだったんですけど、さらに毎日撮影が巻いて終わっていたので、窪田正孝さんが驚いていました。『長編映画ってこんなスケジュールで撮れるんだ』って(笑)」

©「あの子の夢を水に流して」製作委員会

※映画『あの子の夢を水に流して』
下北沢K2にて公開中
配給:ベンチ
監督:遠山昇司
出演:内田慈 玉置玲央 山崎皓司 加藤笑平 中原丈雄

◆“死”と向き合った難役に挑戦

現在公開中の主演映画『あの子の夢を水に流して』は、令和2年7月の豪雨災害の傷跡が残る熊本県球磨川を舞台に、生と死に向き合う人たちの姿を描いたもの。

内田さんが演じたのは、生後10カ月の息子を亡くして失意の底にいる主人公・瑞波。10年ぶりに故郷の熊本県八代市に帰省し、幼なじみの恵介(玉置玲央)や良太(山崎皓司)と再会。豪雨災害の傷跡が残る球磨川で語り合う3人は、やがて不思議な現象に遭遇することに。

-この映画に出演されることになったきっかけは?-

「それまで演劇の世界でお世話になっていた武田知也プロデューサーから、今度映画を撮るんだけど主演で出てもらえないかとご連絡いただいて。武田さんのお人柄や作品をつくることへの想いはとても信頼していて、ぜひやりたいですと即答しました。

お話をいただいときは、遠山監督の作品を観たことがなかったので、そこから遠山監督の作品を観たんですけど、すごくおもしろくて。でも、演じるのは一筋縄ではいかないなとも思いました。

台本がすごく薄くて、予想はしていたけど言葉で説明がされていく作品ではないので、どういう肉付けをすればいいのか、もしくは肉付けをしないほうがいいのか、わからなくて最初は戸惑いました」

-これまでの内田さんのイメージとは違う役柄ですね。役作りはどのように?-

「この映画は2021年の10月に撮影だったんですけど、その年の4月に高校のときから20年間ずっと親友だった子が病気で亡くなったんです。でも、亡くなった直後はまるで実感がなくて、違和感とか喪失感がすぐに来なかったんですよね。

それが、この映画の準備をしている段階でいろいろ感じるようになって。だから大切な人を亡くしたときの気持ちや喪失感が自分の中にあったというか…。大切なものを失ってしまった感覚とか、それと向き合わなければいけない感覚、離れたい感覚…おそらくこれをやることが私自身のためになるという思いで取り組んでいました」

-監督とはどのようなお話をされました?-

「クランクイン前に監督から哲学書や詩集、小説、絵画など難しい本を勧められて読みました。その中から、言葉にならないモノ、カタチのないモノをキャッチしていきました。

玉置玲央くんや山崎皓司くんも、同世代でもともと不思議な演劇表現をやってきた同志でもあるので、キャッチする側もその土台ができていて。みんなで共通項をもつまでに時間はかかりませんでした。

印象的だったのは瑞波が散骨すると決めたシーン。ススキを持ってフラフラと川沿いを歩くんですけど、それはト書きにはなくて、『散骨に向かうまでの時間というのは、どういう時間なんだろうね?』という話を現場でして。

私は多分お散歩をしているみたいな感じなんじゃないかと思ったんです。胸側に息子の遺灰が入ったリュックを抱いて。本当のお別れがわかっているときというのは、何か妙に穏やかな時間が流れたりすることがある。そういう風に本当に丁寧にそこに流れている空気、風とかに溶け込むように存在して、それを撮っていくという感じでした」

-映像がとても優しくて美しいですね-

「カメラマンの森(賢一)さんがすばらしくて。遠山監督が絶大な信頼を置いているカメラマンなんですけどすごく美しいですよね」

-愛する子どもを亡くしたことを忘れることはないけど、瑞波の表情を見ていると前に進めるだろうという救いを感じました-

「ありがとうございます。私も本当にあの撮影に入るちょっと前まで寝込んでソファーから一歩も動けないみたいな日があったので、あのシーンを撮っているときにはそれと遠くない感覚でした。

あの映画は、ラストシーンだけは初日に撮っているんです。もちろんラストシーンはパーッという笑顔ではないですけど、前を向くみたいな表情。だからあの日は、どん底から前に進んだり…忙しい一日でした(笑)。

今回の場合はもはや人間に軸があるわけでもないというか、人間も自然、風も川の流れも風景すべて、地上界に存在するすべてのものがわりと同等に描かれたドキュメンタリーみたいな作品だと思うので、とにかくそこに“居る”ことを目標にしていました。

だからその時間を一緒にロードムービーのように体験していただけたらなと。身をゆだねて自分の心と向き合う機会になる映画体験、観劇体験にしていただけるとうれしいなと思っています」

-今後は、どのように?-

「だんだんとあまり恥ずかしいこともなくなってきたので、とにかくいろいろやってみたいです。もちろん表現すること自体は恥ずかしいことだと私は思っているんですけど、失敗することに対しての恥ずかしさというのはなくなってきたので、いろいろなことに挑戦したいと思っています。

演劇で、映画で、ドラマで、速さ・大きさ・正確さでは計れないものの魅力を伝える一端を担(にな)っていけたらと思っています」

公開中の主演映画『あの子の夢を水に流して』に加え、主演舞台の木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』の地方公演も間もなく始まる。映像に舞台に引っ張りだこ。勢いが止まらない。(津島令子)

ヘアメイク:山﨑沙央里
スタイリスト:長谷川杏花(山田かつら)