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監督ではなく、選手が采配を振るう。高校野球、異色のチームの“挑戦”

今年も夏の甲子園で熱い戦いが繰り広げられている高校野球。各地の地方大会では、聖地を目指す球児たちがさまざまなドラマをつくった。

長野市にある公立高校・長野吉田は、高校野球では珍しい「選手主体の野球」に取り組むチーム。

日々の練習メニューや試合での打順、さらには選手交代や状況を見極めたサインまで、すべて選手たち自身が考えて行う。

異例の挑戦を続けた彼らはこの夏、彼らにしかできない野球で劇的な試合を見せてくれた――。

テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、そんな長野吉田高校をスポーツキャスターの長島三奈が取材。球児たちの成長に追った。

◆「選手主体の野球」意外な狙い

長野吉田の新チームが始動したのは、2021年7月のこと。指導する松田一典監督が選手たちを集め、こう宣言した。

「これから新チームが立ち上がるから、吉田高校のスタイルを進化・成長させる。それは選手主体の取り組みをさらに充実させたり、高いものを求めていくということです」

長野吉田のスタイルとは、選手たちが“自ら考え取り組む野球”。

例えば、毎日の練習メニューはキャプテンの堀内翔太が中心となり、3年生が決めている。

堀内:「やらされている練習にならない。自分たちで課題を出したからこそやる気もあるし、自分たちでやっているからこそ、練習の意図がわかっている。すごく効率的

試合になれば、一般的には監督が決めるポジションや打順も選手同士で話し合う。さらには、試合中の選手交代までも自分たちで決めている。

この選手主体の野球を取り入れたのは松田監督だ。選手には、采配の選択肢の提案や技術的なアドバイスに徹しているという。

長島三奈:「自主性というスタンスをお持ちなんですけど、(選手に)つい言いかけてしまったときはありませんでしたか?」

松田監督:「できるだけ言わないようにはしています。ミスを恐れないようにどうやってチャレンジさせるか(を考えてやっている)。チャレンジしないで現状維持というのは、成長につながらないと思っているので」

きっかけは、松田監督が長野工業高校で指揮を執っていた2003年、長野大会の決勝戦。

長野工業が1点を追いかける4回。ノーアウト1・2塁の場面で、打席には4番の花井弘樹が入った。この大会、打撃不振に陥っていた花井に、松田監督は初球・送りバントのサインを出すが…。

松田監督:「近くにいた副キャプテンの若林くんが、『4番だからそろそろ打てるだろう』という話をポロっと言ったんですよね。仲間がそうやって言っているんだからまぁそうかなぁと思って、そこからヒッティング(のサイン)に切り替えました

指示を受けた花井は、センターを大きく超えるタイムリーヒット。これが決勝点となり、長野工業は初の甲子園出場を決めた。

選手自身がもつ可能性を強く実感した松田監督は、それ以降選手の考えを一番大切にしてきた。この姿勢には、「社会に出たあと、自ら考え率先して行動できる大人になってほしい」という想いも込められている。

◆「決断する難しさ」と「自分たちで考える楽しさ」

しかし、新チームが始動した当初は戸惑いもあったという。

北原遥大(3年):「中学校の時は指導者に言われた練習とかをやっていたんですけど、ここに入ったら自分たちで練習とか考えていて…」

松原俊太(3年):「やっぱり自分たちだと引っ張ったりするのがちょっと苦手というか、不安な感じが強かったです」

一方で、こんな声も。

桐山幸大(3年):「自分たちで考えて野球できることなんてなかったし、納得できるまで言い合える、プレーでもしっかりそういうところができていると思うので、今はめっちゃ楽しいです」

山本陽太(3年):「打順とか守備位置とかを決めている時に、やっぱり指導者の方ではわからない、自分たちだからこそ仲間の性格やプレースタイルや強みがわかることはある。『この選手をこのポジションで使ってあげたい』とか『この選手はこの打順で使ってあげたい』というのはなかなかできない体験だと思うので、やっていて楽しいなと感じます」

決断する難しさがある反面、自分たちで考える楽しさもあるという。

はじめは戸惑いがあった選手たちも、徐々に自分の意見をぶつけ合うようになり、この1年さまざまな試行錯誤を重ねながらチーム全員で成長を続けた。

そして迎えた3年生にとって最後の夏。

長野大会・初戦の前日、大事な試合のメンバーももちろん選手だけで決める。

堀内:「新チームになって1年間やってきていろいろ大変でしたけど、少しでも長くこのチームで野球を楽しめたらいいかなと思うので、明日は野球をしっかり楽しんで、まずは初戦・下伊那農業戦を勝とう!」

◆集大成の舞台で、3年生たちが驚きの決断

翌日、いよいよ初戦がはじまった。

長野吉田高校は、初回でいきなり3点を失ってしまう。その後1点差まで迫った7回表、2アウト3塁1塁の場面で伝令の羽片俊稀(3年)がグラウンドへ走り、2人のランナーに声をかける。

すると、キャプテンの堀内が盗塁に成功。さらに、バッター・桐山の打ったボールをサードがはじき、3塁ランナーと2塁ランナーがホームに生還。勝ち越しに成功する。

その後、8回に同点に追いつかれ、試合は延長戦へ。11回裏には守備の乱れが出て、2アウト・ランナー2塁に追い込まれる。一打出ればサヨナラ負けの大ピンチだ。

ここで、再び伝令の羽片がマウンドへ。

羽片:「松田監督からは『後のバッターがよかったら、申告敬遠して次のバッターと対戦してもいい』という指示がありました」

しかし、ピッチャー・小林倭人とキャッチャー・山本陽太の判断は“勝負”だった。

山本:「ピッチャーの(小林)倭人とほかの内野手から見て、意見が合ったらそれは間違いないし、勝負することになったので、その意志があるなら打ち取れるだろうと安心して向かいました

勝負を挑んだ長野吉田のバッテリーは、バッターをライトフライに抑える。

直後の12回表、先頭バッターが出塁すると、3年生たちが動いた。起爆剤として1年生の坂口史仁を代打に送ったのだ。

長島三奈:「坂口くんと一緒に練習してまだ数カ月じゃないですか?」

山本:「最初の頃から練習試合に出て活躍もしていたし、そういう場面に出しても打ってくれるかなと思って」

これが公式戦初打席となった坂口は、期待に応えて1・2塁間を破るヒットを放つ。1年生の起用がチームに勢いを与えた。

坂口が2塁に進み、今度は2年生の矢口敬大を代打に送ると、センター前ヒットで3塁1塁に。選手たちが決めた代打がことごとく成功する。

そして続くバッター・三上は、走者一掃の2点タイムリーヒット。代打の下級生2人の生還を大喜びのベンチが迎えた。

やがて試合開始から3時間が経過。実は長野吉田にとって、延長戦は初めての経験だった。

疲労の色が表れた上級生たちを見て、ベンチの下級生たちもキャッチボールをはじめるなど自ら考え動く。

勝利まで、あとアウト1つ。長野吉田は最後のバッターをショートゴロに抑え、見事8対6で勝利をつかんだ。

◆「自分自身の選択で行動していく力がついた」

“自ら考え取り組む野球”で劇的な試合を見せてくれた長野吉田。続く3回戦では敗れたものの、最後の夏に取り組んできた野球を精一杯表現できた。

堀内:「春・秋と公式戦はどちらも思い切った選手起用というのができなくて、夏になって思い切ってやってみた結果、すごい結果が出てうれしかったです。(代打の)あの2人が結果を残してくれたのは本当に感謝しかないです」

長島三奈:「自分たちが野球を通して何を得たと思いますか?」

小林倭人:「やっぱり周りを見る力が付いたなと思います。指示を待つんじゃなくて、自分自身の選択で行動していく力がついたんだなと思います

小林優希:「自分で考えて行動することで、より野球がおもしろかったなと思うし、考えて動くことの楽しさがわかったのかなと思います

山本:「教員を目指していて、必然的に野球の指導者もやりたいと思っています。自分たちで決めて自分たちでプレーするのは新鮮でした。やっぱり大きな自信や喜びも得られると思うし、この野球のスタイルを広めていけたらなと思います

この夏、野球が彼らにくれたもの。それは、3年生9人のこの先の人生に必ず活きるだろう。

番組情報:『GET SPORTS
毎週日曜日夜25時25分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)