オートバイのエンジンが生きものに見えてくる 画家・牧田愛が描きだす”不気味の境界線”
新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第14回の放送に登場したのは、バイクのエンジンや楽器といった無機質な人工物を、デジタルとアナログを組み合わせた独特の手法で描きだす美術家・牧田愛さん。遠近感のずれや歪みをともなった曲線は、艶めかしくうごめく生き物のようにも見え、観る人を驚きとともに、絵の世界に引き込んでいく。牧田さんが有機と無機の境界に見出す「不気味」の正体とは?
◆写真を組み合わせたイメージを油絵に
―牧田さんの絵は、何をモチーフにしているんでしょうか?
オートバイとか車のエンジン部分や、サックスとかトランペットといった楽器類ですね。金属が反射するようなものが多いです。
―どうやって制作されているんでしょう。
何を撮るか決めずに街に出て、おもしろいなと思うものを撮っていきます。その写真をパソコンに取り込んで、まずはフォトショップで一枚の写真に合成します。1作品につき大体20枚くらいの写真を使うことが多いですね。
―たとえばバイクをモチーフにした場合は……。
そうですね、まず、いろんな視点から撮ります。バイクの正面、真横、背面など、さまざまなアングルをマクロな視点で接写したり引きで撮ったりして、パソコンに取り込んで継ぎ目のないデジタルイメージを作ります。完成したイメージをキャンバスに転写して、その上から油絵の具で着彩していく。複雑な図柄でなければ転写せず、モニターに映したイメージを見ながら一から手描きすることもあります。
―20枚の写真を繋げると、どうしても継ぎ目が出てしまうというか、ちぐはぐな感じになりそうですが……。
今はフォトショップの機能も優れているので、かなり綺麗なイメージが出来上がるんです。でも、視点の違う写真を繋げているから不思議な遠近感が生まれる。それが鑑賞者の視点の誘導を起こすというか。普段私たちが自然に見ている世界にはない違和感が生まれるんです。
―なるほど、そこに醍醐味があると。さらにそれを油絵で描くのにはどんな意味があるのでしょうか。
デジタルイメージは、あくまでパソコンの液晶画面のなかにある仮想的なイメージなので、それを現実の身体性へもう一度引き戻したいんですね。デジタルな作品として送り出すよりも、自らの手で時間を費やして描くことで、作品がぐっと鑑賞者に肉薄する。「なんだこれは」という肉体的な驚きとともに、観た人を引き込むことができると思っています。
-作品の色彩もメタリックでかっこいいです。
私の絵は10色で描いているんです。決まった色しか使わないんですよ。
-えっ、そうなんですか? どんな色ですか?
チタニウムホワイト、レモンイエロー、カドミウムイエロー、オーロラピンク、クリムゾンレーキ、コバルトブルー、ウルトラマリン、インディゴ、ゴールド、シルバーです。
この基本10色で描いていて。よく、「どんな絵の具使ってるの?」って聞かれるんですけど、特別な絵の具は使っていません。この10色を混合することで絶妙なトーンを作っています。
―モチーフはバイクや楽器類と仰っていましたが、流線的な形を切り取ることが多いように見えます。
そうですね。人間が作った無機物のなかに、血の通った生き物のような痕跡を見つけるのが好きなんです。たとえばバイクのエンジンは、管がうねっていて、どこか人間の臓器みたいに見える。街に撮影に行く際は、そういった有機的で曲線的な形を探しています。
―機械的なんだけど、生きているようなものに惹かれると。
私の絵はリアルだけどすごく抽象的で、何を描いているのかわからないような絵柄が多いと思うんですね。遠近感がぐにゃっと歪んでいたり、不気味なアングルだったり、普通じゃないイメージがキャンパスのなかにあって。でもそれは、不気味な瞬間を視覚的にとらえて欲しいという思いがあるんです。
―“不気味な瞬間”というと?
デジタルがアナログに近づきすぎると生じる違和感を“不気味の谷”と呼びますけど、無機的なものと有機的なものの間にも同様の不気味さがあると思うんです。無機物を描いているけど、眺めているうちに自然の風景や動物の形、人の顔に見えてくる。その境界に私は不気味さを感じていて、絵画のなかで表現したいと思っています。
―不気味さを表現したい、というその真意はどういうところにあるのでしょう。
何事も「境目」がおもしろいと思うんです。人工と自然の境目、無機と有機の境目、デジタルとアナログの境目。境目には広がりや奥行きがあり、はっきりとわからない。私は、観た人が「うわっ、なんだこれは」と思うような絵画を描きたいんです。そのために立ち止まって考えてもらえるような視覚的な誘導をしたいし、認識の歪みを作りたくて。
◆芸術家一家に育って
―牧田さんが美術の道を目指したのはいつ頃からなんですか?
もう、物心つく前からです。うちは家族、親族がみんな芸術家や研究者ばかりなんです。祖父も父も叔父も芸術家で、まったく会社員がいない家系で。父はほっこりした木調の彫刻を作る人で、私は幼い頃から父のアトリエで遊んでいました。そのときから絵を描いていて。
―もう自然な流れだったわけですね。
そうですね。最初は父と同じ彫刻をやろうと思ったんですけど、「手を切るからやめたほうがいいぞ」「彫刻は売れないぞ」というアドバイスをもらって(笑)。
―(笑)。お父さん、現実的ですね(笑)。
空間デザインにも興味はあったんですけど、本格的に絵でいこうと決めました。まだ小学生くらいだったのかな。
―小学生で将来の話をしていたわけですね。
会社に勤めるっていう状況を想像できなくて、芸術の道に進むしかなかったという感じですね。ちなみに空間デザインは、今も制作や展示のときに意識しています。鑑賞者と作品までの距離や、部屋全体でどうやって作品を表現するか、というのはすごく大事なことだと思っていて。
―そうやって幼少期を過ごして、やはり大学は芸術系に進むわけですよね。
生まれたのは千葉なんですけど、高校生のときに長野に住んでいた関係で、藝大受験の予備校に通うのが難しかったこともあって、筑波大学の美術系の学科に進学しました。
―筑波大ってバイク通学する人が多いと聞いたことがあるんですが、もしかしてそこでバイクに出合ったとか……?
そうなんですよ! 憧れの先輩がバイクに乗っていました(笑)。でも、もとから一般的に男性が興味をもつものに惹かれる部分はあったんですよね。バイクに乗るのが好きというよりも、複雑な形をしたメカっぽいものが全般的に好きでした。
―大学時代に無機物を描く制作スタイルが固まってきた?
はい。ただ、制作をしっかり、というよりは仲間たちと遊んでばかりいましたけどね。その後は藝大の大学院に進みました。
◆コロナ禍のニューヨークで感じた思い
―藝大を出たあと、少ししてからアメリカに留学されますよね。
そうなんです。ずっと海外に行きたかったんです。卒業後に台湾で展示をしたことはあったんですけど、アジアではなくてアメリカ、とくにニューヨークに行きたいなという思いがありました。アメリカ人は大きい作品が好きだから、私の作品は合うだろうなと。それでポーラ芸術振興財団の助成制度を使って留学しました。
―手応えはいかがでしたか?
ニューヨーク市内は狭いから、アート活動をしている日本人同士がすぐ仲よくなるんです。そこでコネクションができたこともあって、日本大使館で展覧会をやれることになって。どんどん繋がっていきました。滞在期間の6か月で、展覧会を2回もできたことは自分にとっても驚きでした。
―日本とは全然違うわけですね。
ニューヨークってやっぱりアートの街なんですよね。毎日、必ずどこかで新しいアートが目撃できるし、おもしろいことが起こっているのが刺激になって。東京だとなんとなくキュッと縮こまっちゃうんですけど、ニューヨークだって決して広いわけではないのに、なんでもできるような気がしてくる。そんな磁場がある街です。
―2020年、日本より早くニューヨークで新型コロナウイルスが流行したとき、牧田さんは現地にいらしたんですよね。
はい。パンデミックがいちばんひどい時期でした。
―どんなことを考えられましたか?
街は閑散として、人々はパニックに陥っているけれど、青空はものすごく綺麗だし、鳥はさえずっているし、春が来て草木が芽吹き出していた。ああ、人間とは関係ないところで世界は動いているんだなというのを目の当たりにしたんです。私たちが認識できるのはものすごく小さな範囲なんだなって。そのコロナ禍の風景に、前々から制作してきた不気味の境界線のようなものが重なって。
だからこそ、これからも自分の表現を続けていこうと思ったんです。より、自分の表現に対して向き合おうというか。
私たちが住む社会というのは、「言葉できちんと説明する」という構造に支えられていますよね。わからないものを人間は嫌うから、根拠を調べて、原因をはっきりさせる。でも、今回新型コロナウィルスの流行によって、人間には関知できない世界が認知の外側に広大に広がっているとわかった。人間の社会はものすごく小さくて、言葉では説明し尽くせないことがまだまだあるんだよと。
―そうですね、まったく別のレイヤーがあることにあらためて気付かされましたよね。
未知の世界は自分のすぐそばにある。そこに触れるのは恐怖だけれど、人間がどう生きるかを考えるのに必要なことでもあると思うんです。今の時代を生きる現代アーティストとして、そういったことをコンセプトに表現していきたいなという想いで描いています。
<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>
牧田愛
画家
まきた・あい|1985年、千葉県生まれ。2013年東京藝術大学大学院芸術学専攻美術教育研究科修了。2017年にポーラ美術振興海外派遣助成を受け、ニューヨークでアーティスト・イン・レジデンスに参加。現在は、日本とニューヨークの二拠点で活動を行っている。2015年に千葉市芸術文化新人賞受賞、2016年に第18回岡本太郎現代芸術賞入選。主な個展に「Artifact」(2020)、「Reflect on 10 years」(2018)、「Gradation」(2017)など。
※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん』
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)
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