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野原しんのすけは「珍しいタイプの主人公」 『クレヨンしんちゃん』の“笑い”の作り方

1992年4月にテレビアニメ放送がスタートした国民的アニメ『クレヨンしんちゃん』

映画シリーズも毎年大ヒットを記録し続けており、2020年9月11日(金)にはシリーズ28作目の最新作『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』も公開される。

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2020

同作の放送第1回から30年近くにわたり作品に携わり続けているスタッフのひとりが、アニメ制作会社・シンエイ動画の金井浩さんだ。金井さんは第1回から現在まで、アニメ『クレヨンしんちゃん』のシナリオを監修している。

「金井さんは、『クレヨンしんちゃん』においてどんな仕事をしているんですか?」

そう聞くと、最初に返ってきたのは「クレヨンしんちゃんを面白くすること。それに尽きます」という極めてシンプルな言葉。「面白くする」とは、一体どういうことなのか?

まず、『クレヨンしんちゃん』のシナリオが出来るまでの過程から説明してもらった。

<構成:宇佐美 連三>

◆『クレヨンしんちゃん』のシナリオが出来るまで

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

金井さんによれば、現在『クレヨンしんちゃん』を書いているレギュラーのシナリオライターは8人。シナリオ作りの前にまず、ライター陣が考えてきたストーリーをもとに“プロット作り”から取り組むという。

――その際に金井さんが気を付けていることは?

金井さん:「過去に3000話くらい作ってきているので、以前放送したものと同じような話が出てきてしまうこともあります。その話と“同じ”にならないよう、新しい切り口にしたり、ギャグを変えたり、出て来るキャラクターを変えたりします」

――約3000話、その内容をすべて覚えているということですか?

金井さん:「そうですね。読んだ段階で“ん?”となるんですよ。『あれ、この話、前にもやったな…』って。調べてみると、やっぱりあるんですよね。自分でもよく覚えてるなあと思うんですけど。で、同じ話をやったらリメイクみたいになってしまうので、それは避けたいなと。だから別の方向性はないかと皆さんと考えます」

そうして作られたプロットから、今度はシナリオ作り。

ライター陣には、この道30年以上のベテランからアニメを書くのは初めてという新人までさまざまな人がいるが、シナリオ作りは多くの場合難航するという

金井さん:「毎回皆さんに苦労しながら書いていただいてます。アイディアにつまっていたら一緒に考えたり、過去のシナリオや原作、その他資料などを用意して読んでもらったりしながら、何とか締め切りに間に合うようシナリオを書いてもらっています」

金井さんはそうした自身の役割について、「漫画の編集者に近い仕事」とも表現する。

◆シナリオを“読む”作業は「脳みそフル回転」

ライターからシナリオが上がってきたら、次は“読む”作業に入る。

金井さん:「この読む作業が結構大変で、8人いるからシナリオが8本あるわけです。8本読むというのはなかなかのエネルギーが必要で、ただ読むだけならいいのですが、『このシナリオはどうしたらもっと面白くなるのか』と考えながら読まなければいけない。

でも時間が無限にあるわけではないから、いいアイディアが浮かばなくても次のシナリオを読んでいかなければならない。そのシナリオを読みながら、同時にさっき読んだシナリオの問題のあった箇所をどうしようかと考えていたりもするんです。もう、“脳みそフル回転”ですね」

そして一通り読んだ後、今度は“シナリオ会議”が開かれる。

監督・プロデューサー・ライターらが集まり、シナリオを1本ずつ会議にかけてアイディアを出し合う。それを元にライターが修正する。そうした作業が2~3回行われ、最後に金井さんが細かい台詞やギャグなどの修正を入れてようやく“決定稿”となる。

金井さんの仕事は、「シナリオを決定稿にしていくこと」。こうした一連の仕事を放送開始から約30年間担当し続けているというわけだ。

◆野原しんのすけは「珍しいタイプの主人公」

『クレヨンしんちゃん』はギャグ作品。多くの人たちに笑って楽しんでもらうというのが、作品の使命だ。では、その“笑い”はどのように作られているのか?

金井さんはまず、『クレヨンしんちゃん』という作品のユニーク(独特)な点について説明してくれた。

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

金井さん:「主人公の野原しんのすけは、基本的にはストーリーを引っ張っていくキャラクターじゃないんですよ。ストーリーを“脱線させていく”キャラなんです。これは、主人公では珍しいタイプなんですよね。しんのすけがボケるから、話が先に進んでいかない。

たとえば家族でどこかに出かけようとするんだけど、その準備の段階でしんのすけがボケて、なんだかんだあって結局行けませんでした…というオチ。これは、お話にはなっていないんだけど、面白いんですよね。コントのようなところがあります。

そうしたユニークで新しい構造を作った臼井儀人さんの原作のスゴさを今も感じます」

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

また金井さんは、『クレヨンしんちゃん』の笑いの原点について、次のように分析する。

金井さん:「一番大切なのは、しんのすけとみさえのやり取りだと思うんですよ。この2人の会話の面白さが、『クレヨンしんちゃん』の笑いの原点です。日常生活で繰り広げられるこの母と子のギャグは、誰にでもわかりやすく、共感をもって受け入れられる。それが30年に渡って長く続いている秘密だと思います。個人的にも、この2人の話がいちばん好きですね」

誰もがよく知り親しみを持っている、しんのすけとみさえのやり取り。多くの日本人が2人の会話やボケ・ツッコミの様子を頭に思い浮かべることができるだろう。

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

しかし、金井さんにはひとつ、“笑い”を作るうえで強く意識していることがあるという。

金井さん:「シナリオ作りで特に意識していることがあって、それは、ギャグものはルーティンワークになってはダメだということです。ワンパターンになっちゃダメなんですよ。見ている人に、次のセリフや行動を読まれてはいけない。もし視聴者の思っている通りになってしまったら、もうつまらなくなってしまいます。

だから、いかに見ている人の予想を外し意表をつくか。そこが重要なんです。そして、そのためには常に新しいアイディアを生み出し、工夫をしていくことが必要です。そこは惜しんじゃダメだと思います」

◆「臼井儀人さんのギャグをしっかりと踏襲していきたい」

見ている人に読まれない、意表をつく笑い。それがよく表れるポイントのひとつが、“言葉遊び”のギャグだ。

金井さん:「シナリオにしんのすけのボケやギャグが足りない場合は、私のほうで付け足しています。もう隙あらばギャグを入れるという感じで。その際は、臼井さんのような面白いギャグになるよう心掛けています。

たとえば、2020年3月14日放送の『こりずにダイエットだゾ』では…

しんのすけ―『母ちゃんに少しでも運動してもらおうという“親中学校”なんだゾ』
みさえ  ―『(ジトッと)“親中学校”じゃなくて“親孝行”でしょ』

とか、こんなやり取りですね」

しんのすけから発せられる耳慣れない音の言葉に視聴者も無意識に戸惑うが、その刹那、みさえのツッコミを聞いて「なるほど」と納得できる構造だ。馴染みある2人のキャラクターのやり取りでも、“ひねられた言葉遊び”によって新鮮な驚きと笑いがもたらされる。

こうした言葉遊びのギャグ、金井さんにはこんな“お気に入り”もあるそうだ。

金井さん:「2018年2月9日放映『ありがた~いアレを取りに行くゾ』。この話は孫悟空のパロディーなのですが、その中で“金のぶりぶりざえもん”と“銀のぶりぶりざえもん”が、しんのすけとぶりぶりざえもんにお金を要求するシーンがあるんですよ。

その時しんのすけは、『おわっ、トンカツだ!』って叫ぶんです。で、ぶりぶりざえもんが『違う、カツアゲだ!』ってツッコむという。すごく自分でも気に入ってるギャグですね(笑)。ぶりぶりざえもんたちはブタなので、“よし、うまくハマったな”と。自画自賛になって恥ずかしいですが」

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

金井さんはさらに、このような言葉遊びのギャグは「原作者の臼井儀人さんのギャグでもあるんですよ」という。常にさまざまな言葉遊びを考え、それらをスマートフォンにメモしているそうで、「自分としては、臼井さんのギャグをしっかりと踏襲していきたい。だから、そういうギャグが出来たとき、すごく嬉しいんです」と話していた。

◆“絵を描く人”の発想に「負けた!」

そして、金井さんがさらに追及している『クレヨンしんちゃん』の笑いが、“絵的な面白さ”だ。

金井さん:「シナリオの中に“絵的な面白さ”を組み込めたらいいなと思ってるんです。たとえば、野原家の愛犬シロが段ボール箱に入る話(2019年4月5日放映『シロと箱だゾ』)があるんですけど、『箱を取ったらシロが四角くなってたというオチはどうですか?』とシナリオ会議で提案したら大爆笑されて、“よし、これはイケる!”と思ったことがありました。そういう、絵的な見せ場、絵的な面白さを作りたいんです」

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

そんな“絵的な面白さ”について金井さんは、絵ではなく文字から展開やギャグを考えるシナリオライターからは「なかなか出てこない」と話す。その一方で、“絵を描く人”の発想に思わず舌を巻いた経験もあるそうだ。

金井さん:「名物キャラの“地獄のセールスレディ”売間久里代(うりま・くりよ)がしんのすけの幼稚園にやってくる話(2019年6月28日放映『幼稚園にきた地獄のセールスレディだゾ』)のクライマックスです。

シナリオでは、しんのすけはドローンのリモコンを持って売間から走って逃げるシーンになっていたのですが、絵コンテではそれが変わっていて、しんのすけがドローンに自分を引っ掛けて、宙を飛んで売間から逃げていたんです。それがすごく面白いシーンになっていて、コンテを見て『ああ、負けた!』って本気で思いました。

クライマックスに絵的な見せ場を作りたいと思いながら、なぜこの発想に至らなかった…と悔しかったんですよ。絵を描ける、絵を面白く動かせる人の発想には敵わないなと思うと同時に、そういう発想を自分も持たなきゃいけないと感じました」

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

◆「365日、しんちゃんのことを考えている」

このように、非常にストイックに作品と向き合っている金井さん。日常生活では、四六時中『クレヨンしんちゃん』のことを考えているという。

金井さん:「キャラクターたちが、いつも頭の中にいるという感じです。頭の中の一部になってますね。常にもっと面白くならないかなあという思いがあって、『シナリオのあのシーンがイマイチなんだけどどうしよう』とか、『あそこでしんのすけをボケさせたいんだけどどうしよう』とか、そういうことの解決策が日常の中でふっと浮かんだりするんです。

ニュースを見たり本を読んだり、映画を見たりしている時、何かがヒントになって、しんちゃんのギャグにつながっていくんです。だから、しんちゃんのことを考えない日は365日、1日たりともないですね

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK

金井さんは、さらに次のように続けて締めた。

金井さん:「ただ、それは特別なことじゃなくて、職人やプロフェッショルな人たちは、そういった部分は必ずあると思います。本当に、特別なことじゃないんですよ。私の場合は、それがしんちゃんだったということで。

もう30年近くやっているのに、この仕事は今だに楽しいし、全然飽きないですね。あのキャラクター、普段はああだけど、本当はこういうこと考えてるんじゃないかとか、今だに新しい発見があるんです。

実は、自分の中で“ギャグアニメ3年説”というのがあるんです。ギャグアニメは、3年を過ぎると作るほうも見るほうもだんだん飽きてしまって、そこから衰退して終わっていくという説。過去のギャグアニメの多くは、そうなってしまっていたと思います。

でも、『クレヨンしんちゃん』はギャグアニメなのに30年近く続いている。これはすごいことだなと自分でもびっくりしています。今だに新しいギャグが出てきているし、新しいアイディアだって次々生まれてきている。まだまだ話は尽きないですね。

これからも、小さいお子さん、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、みんなが笑ってもらえる作品を作っていきたいと思います」

※テレビアニメ放送情報:『クレヨンしんちゃん
毎週土曜午後4時30分~5時00分、テレビ朝日系24局

※映画情報:『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』
9月11日(金)より全国東宝系にて公開!

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