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親友・佐古賢一の“言葉”で決意。バスケ界のレジェンド・折茂武彦が49歳で手に入れた戦う覚悟

6月21日(日)深夜に放送したテレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』では、バスケットボール界のレジェンド・折茂武彦について特集した。

サッカー界に三浦知良があり、スキー界に葛西紀明がある。彼らと並び立つ、現役生活27年間。

50歳に届かんとするまで歩みを続けてきたバスケットボール界のレジェンド・折茂武彦。彼にも“そのとき”が訪れた。

「本当に今シーズン、新型コロナで、シーズン途中で終わるという、難しいシーズンでしたが、27年間多くの方々に支えられて幸せでしたし、やり残したことはたくさんありますけど、いいバスケット人生だったかなと思います」

現役引退。

実は『GET SPORTS』取材班は、誰よりも先に引退の決意を知らされていた。およそ1年にわたり、極秘密着取材をつづけていたのだ。

そこにあった衝撃的な真実。シーズン半ばでの早期引退の危機。そして、無二の親友の言葉。

レバンガ北海道、選手兼代表・折茂武彦が27年かけ辿り着いた答えとは。

◆現役引退の陰で、隠された真実

日本バスケットボール界のレジェンド、折茂武彦。

突出したシュート力で得点を量産し、バスケットボール界をけん引。1993年にトヨタ自動車に入団すると、チームを3度のリーグ優勝へと導き、日本代表としても2度にわたって世界選手権に出場した。

2007年からは北海道へと拠点を移し、後にチームの社長に就任するも、40歳をこえて尚、現役にこだわり、二足のわらじで活躍しつづけた。

そして2019年、日本出身選手としては史上初となる、通算1万得点を打ち立てる。

『GET SPORTS』では2019年4月、この折茂の特集を放送。通算1万得点という偉業に隠された真実を、超絶なるシュートテクニックと、病で亡くなった母親への想いを通じて迫ったものだ。

2019年7月31日(水)。折茂に札幌市内の居酒屋へ呼び出されたことから、この話ははじまる。

放送から4か月近くを経ての再会。にこやかな歓談のなか、突然折茂がこんな話を切り出した。

「昨シーズンが終了したのが4月の終わり。それから会社の代表としての仕事をはじめたんですが、実はずっと背中が痛かったんですよ。なんで痛いのか、寝違えているのか、何なのかというのが全然わからなくて。でもずっと痛くて」

そこで主治医に診察してもらったという。診断は、間質性肺病変。

「肺に穴が開いていく病気ですね。僕の場合は右の肺。左はなんともないんですけど、右の肺の部分の3分の1程度がその病気になっていて。命に係わる病気でもあるので、正直自分では受け止めるというよりも、何が何だかわからなくて

間質性肺病変とは、肺のなかで酸素を血液に送り込むフィルター役をする「間質」という器官が壊れる病気。

幸い早期発見でスポーツするのに支障はないが、進行すると呼吸困難が進行し、死に至る病となる。ちょっとした風邪がもとで命の危険につながる可能性すらあった。

折茂は定期的に診断を受け、病気の進行度合いを確認。2019年9月25日(水)の診断にお邪魔したが、そこでは進行がないことが確認されている。

ホッとしたものの、いつ悪くなるかわからない。この段階から折茂は、マスクを手放さなくなった。

「風邪をこじらせると、急性増悪になって、そうすると6か月です。6か月しか生きられないってことです」

レジェンドが直面した選手生命、いや生命そのものの危機。心が揺れる。定期健診後に、札幌の自宅を訪ねると…。

なかなか受け入れられない現実はあるんですけど。今季限りでユニホームを脱ぐってことを自分自身、今のこの時点で決めたと

現役引退の決断。

「病気のことが引き金になった部分がもしかしたらあるのかもしれないですけど、ちょっとドッと力が抜けたというか、何かが切れてしまった部分があったので。なんとなく役目は終わったのかなと」

区切りとなる、通算1万点も達成した。昨シーズン途中には、ずっと応援し続けてくれた母の死もあった。自身が先頭になってけん引してきた日本バスケットボール界も期待の若手が躍動し、引っ張ってくれるようになった。

今年5月で満50歳を迎える。それに加え、浮上した健康への不安。

折茂はこの直後、今シーズン限りでの引退を公式に発表する。病気のことは一切明かさず、チームメート、スタッフにも隠し通すことを決めた。プロとしては、必要のない情報であると。

◆ラストシーズン開幕。待っていた屈辱の日々

こうして、折茂にとっての現役ラストシーズンが幕を開けた。

しかし、開幕から3試合を経ても折茂に出場機会はなく、コートに立てない日々が続く。レジェンドは、ただただベンチの端で見守るだけ。

2019年10月12日(土)。本拠地・札幌で行われたBリーグ第2節、島根スサノオマジック戦。

この日はレバンガ北海道の攻撃が冴えわたり、残り5分で22点リード。勝利はほぼ見えている状況。

そんななか、ベンチで座っていた折茂の腕をヘッドコーチが引っ張る。会場に響き渡る「オリモ タケヒコ」のアナウンス。大歓声を浴びながら、今シーズン初出場の機会が訪れた。

だが、折茂の表情は明らかに曇っていた。大量リードでの投入は、ほとんどのケースで経験のない若手へ機会を与えるもの。その機会がレジェンドに回ってきたわけである

さらには、選手から折茂へパスが集まるが、ことごとくシュートを外してしまう。

この日は得点ゼロ。チームは勝利を飾ったものの、折茂は歓喜の円陣に加わらなかった。

翌日、折茂が自宅でその心情を明かしてくれた。

「何しろ一番イヤだったのは気をつかわれることでしたね。プロ選手として気をつかわれてコートに立って、気をつかわれてパスを回されて、そこでシュートを放たなければいけないという。そこは何とも言えない感じ」

十分勝負できる自信はあった。だが今のままでは、引退をネタにされた、客寄せパンダではないか。

自分自身が思いを殺しながら今シーズン、チームのためにやっていくのか。自分の気持ちを押し殺さずに途中で去るのか

シーズン終了を待たずしての引退まで、考えるようになっていた。

◆無二の親友からの“言葉”

そんな悩めるレジェンドを闇から救ったのは、唯一無二の親友だった。

男子バスケットボール日本代表アシスタントコーチ・佐古賢一。日本屈指の司令塔として、チームを33回もの優勝に導いた、折茂と並び称されるレジェンドである。

同い年の2人は、高校のときに知り合ってすぐに意気投合。ライバルチームでシノギを削る一方、日本代表やプライベートでは濃密な付き合いをつづけてきた。

佐古:「バスケット以外でも日本代表の合宿はずっと一緒にいたからね。部屋でもそうだし、どこ行くんでもそうだし、なにやるのも常にずっと一緒」
折茂:「コンビニ行くのも一緒。全部一緒。しまいには風呂も一緒っていう。ひとりずつシャワー浴びるの面倒くさいから2人で浴びちゃおうかみたいなさ(笑)」
佐古:「俺なんか何回体洗ってもらったかわからない(笑)」

2020年1月23日(木)、リーグ戦の合間に、札幌にある馴染みのジンギスカン店での再会。2人っきりで話したいときには、決まってここだそうだ。

折茂:「ほぼ相談すよ。僕の場合は。ケン(佐古)が来たらほぼ相談」
佐古:「ここって僕らが誘わなければ2人だから。込み入った話はここ。いつもここ」

折茂:「本当に自分が順調なときや、うまくいっているとか、人に答えを求めなくていいときにはケンって浮かんてこない。でも自分が本当にギリギリのところになってしまったときや、誰かに何か答えを言ってもらいたいときには必ずケンが浮かんでくる。本当に昔から信頼もしているし、頼りにもしているし、もちろんライバルではあったけど、そういう面ではすごく素直に聞けるっていうか」

実は最初に引退の意志を伝えたのは、佐古だった。

佐古:「まず思ったことは、よくがんばったと。これはね、同級生にしか言えない言葉。だって自分は体力の限界で9年も前に引退しているんだもん。だから本当に頭のなかに浮かんだ。よくがんばったなって…」
折茂:「自分がいろいろ悩んで導き出した答えが引退となったときに、何となく迷っていたわけではなかったけれど、『これでいいんだ』っていうのはほしかった。だからケンに電話して、『そうなんだ、よくがんばったな』と言われたときに、『これで終わりにしていいんだな』というのが少しあった」

2人は1990年代後半から日本バスケットボールを両輪で引っ張り、世界選手権出場をはたすなど快挙を演出してきた。その一方、悲願だった五輪出場がかなわなかったという残念な過去もあった。

楽しいことも、おもしろいことも、ツライことも、すべてわかりあえる2人。

だからこそ開幕以降、ベンチで過ごすなか、シーズン途中で引退すべきか相談したのも、佐古だった。

折茂:「正直キツイよね、試合に出られないってことは。もう戦力と思われていないんじゃないかとか、こういう状況になるといろいろ考えちゃう。だから正直誰にも相談できなくて、自分でもどうしたらいいかわからなくて、気持ちのコントロールもつかないときに、ケンに電話した。またいつもの如くケンの答えが欲しかった」

佐古:「俺はそのときにすごく素直な気持ちで、俺の気持ちを伝えただけ。『やめるのはいつでもできるよ』って言ったと思う。俺も3年間、(試合時間の)40分のうち5分のために2週間準備したんだよ。『それってお前見ててかっこ悪かったか?』って聞いたの」

世代交代の波のなか、レジェンド佐古であっても、現役晩年にはフル出場はおろか、5分程度しか出場できないこともあった。それでも黙々と、出場への準備を重ねていた。

佐古:「やっぱり折茂を見ている人間は、こんなことを見ているんじゃないぞ。お前がどこにいてもベンチにいても、折茂を見ているんだ。俺も同じ。試合に出なくたって折茂は折茂なんだから。それは今のレバンガの若い選手含めて、会場に足を運んでくれているレバンガのファン含めて

佐古の話の途中から、折茂の目に光るものがあった。

佐古:「試合に出るうえで戦う覚悟というのはすごく大事だと思う。でもお前が今シーズンつづけることは責任だって。俺も折茂ファンとして、レバンガのファンとして折茂を見に行く。俺だけじゃないと思うよ。日本のなかに折茂応援している人間、気になっている人間は。別に試合に出なくたって折茂は折茂だよって。それは本当に俺の気持ち。

やっぱり責任あるよって。レジェンドはレジェンドの責任があるよって。そういうものを背負っているから、俺はレジェンドなんだと思う。カッコいい所だけじゃなくて。だって存在感があるじゃん、折茂には。だから、本当に俺の気持ちだけ。特別なことじゃない、本当に俺の気持ちだけ伝えた。ダメだよって。やる責任あるよって」

折茂は目からこぼれ落ちそうになるものを押しとどめて、こう答えた。

折茂:「ケンにあの言葉をかけてもらわなかったら俺はやめていたと思う。途中で」
佐古:「俺しか言えないじゃん、このレジェンドに。俺しか文句言えないんだよ『つまんなそうなバスケして何だよ』って」

たとえ客寄せパンダであったとしても、最後までレジェンドとして全うしてほしい。それもひとつの幕の閉じ方であると。

無二の親友の言葉が背中を押し、折茂は最後のシーズンを戦い抜くことを決めた。

そしてもうひとつ、彼の背中を押したのが、ファンの存在。折茂武彦特集の後編では、バスケットボールの本当の楽しさを気付かせてくれた、あるファンとの出会いに迫る。

番組情報:『Get Sports

毎週日曜日夜25時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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