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「リアルとバーチャルの境界線を行き来したい」 花譜 総合プロデューサー PIEDPIPER インタビュー

みなさんは「花譜(かふ)」というアーティストをご存じだろうか?

彼女を「VTuber」と呼ぶ人もいる。しかし、アニメのように誰かがキャラクターを演じることの多い「VTuber」とは違い、花譜は日本のどこかに暮らす実在する16歳の少女である。彼女は生身の姿を「晒す」ことはせず、女子高校生を模した3Dモデルの姿でファンの前に現れる。

花譜の活動の拠点は「YouTube」。

YouTube上の自身のチャンネルに彼女のミュージックビデオが多数公開されているのだが、そのクオリティの高さは常軌を逸している。これまでに聴いたことのないような「震え」や「叫び」、「ささやき」をすべて内包したような歌声と、その声にぴったりの歌詞とメロディ。それをビジュアル化する独創的な映像表現。

花譜はYouTube以外に大きな露出の場を持たないにもかかわらず、10代を中心に絶大な支持を得ており、昨年8月の初のソロライブの際にはクラウドファンディングで4000万円を超える破格のサポート資金を集めた。

このバーチャルシンガー、花譜をプロデュースしているのが、KAMITSUBAKI STUDIOの「PIEDPIPER(パイドパイパー)」という人物だ。

このたび、3月のワンマンライブ「不可解(再)」の開催を前に、「エンタメの未来」をテーマにPIEDPIPER氏に話を聞いた。

◆花譜 カンザキイオリ 二人の才能との出逢い。そこから全ては始まった

———PIEDPIPERさんはどういった経緯で、KAMITSUBAKI STUDIOのプロデューサーになったのですか?

カンザキイオリと花譜という二人の才能に出逢ったからですね。そこから全ては始まったのだと思います。

その後今スタジオに所属するクリエイター、アーティストに一人一人出会い、徐々にKAMITSUBAKI STUDIO構想が輪郭を帯びてきました。

私自身はこれまでクライアントから頼まれてデザインワークをやったり、映像をプロデュースしたり幅広いジャンルでクリエイティブディレクターのような仕事をしていました。でもそんな中で2011年くらいからどうしても自らで考えた自発的なプロジェクトをやりたいという想いが強くなっていきました。

また花譜のデビュー以前にも、いくつかのアーティストをプロデュースしたり、試行錯誤をしてきましたが元々は音楽業界の人間ではなかったので、正直にいうとアーティスト関連の仕事は手探りにやってきた感じですね。

現在は花譜、理芽、カンザキイオリのプロデュースを中心としながら「KAMITSUBAKI STUDIO」全体のプロデュースワークをしています。

◆可能性を拡張する バーチャルアーティストの魅力

———PIEDPIPERさんがアーティストを発掘する時になにか決め手となることはありますか?

直感としか言いようが無い部分もありますが、完璧じゃ無い人達に魅力を感じますね。

僕らはチームワークで物づくりをしている意識も強いので、足りない部分があっても、むしろ強化できると考えているので何が足りないかが分かるとそれがポイントになったりします。

———KAMITSUBAKI STUDIOのアーティストは、リアルな姿や素性を明かしていない方が多いですね

バーチャルアーティストに関してはアバターがあることで「できることを増やす、可能性を拡張する」というコンセプトを持っているのでもちろんそうなのですが、ボカロPなどのネット発のアーティスト達で顔出しをしてない所属アーティストは多いです。それが今の時代の潮流なのかもしれませんね。

敢えてそういった顔出ししていないアーティスト達を集めた訳ではなかったんです。

◆リアルとバーチャルの境界線を行き来する

———KAMITSUBAKI STUDIOのコンテンツには、既存のカテゴリーにあてはまらないアーティスト像や音楽・映像表現へのこだわりを感じます。どんなことにこだわりを持って創作されていますか?

そうですね。細かいこだわりは沢山あるのですが、バーチャル領域でのアーティスト活動に留まらないように気を付けているかもしれませんね。まだ全然僕らがやっているシーンを知らない人達が沢山いると思っていて、なるべく外側を向いていこうと考えています。

※「私論理」

※「過去を喰らう」

VTuberシーンのファン層は若くて熱量がある方々が多く、アーティストにとっても好ましいなと思う反面、内輪感が出過ぎないようにVTuberに興味が無いJ-POPなどが好きな人達にも私達の音楽を聴いて欲しいなと考えています。

なのでリアルとバーチャルの境界を行き来することは一番重要な事だと考えています。

———リアルなアーティストと、バーチャルなアーティスト、どんな違いを感じますか?

いくつかポイントがあるのですが、まずバーチャルアーティストはキャラクターや映像を活用して足りない部分を補強し才能を最大化できるため、今までアーティストになろうと思わなかった「隠れた才能」を持つ人でもアーティストになれるということです。

バーチャルなアーティストは音楽とアニメの中間のような拡張性のある表現ができるところが面白いと思っています。それと同時にやはりキャラクターの先にある中身はあくまでも「人間」なので、フィジカルのアーティストとも基本的に大事なこと、やるべきことは変わらないとも感じます。

ただフィジカルのアーティストよりもプロデュースにかかるコストが大きいので、5倍の速度であらゆることを判断していかなければいけません。成功のスピードも5倍だし、失敗する時も5倍です。結果事業としての判断にもスピード感を求めざるを得ないので、運営体制をシンプルにしていかないと継続していくのが非常に難しいです。フィジカルのアーティストなら3年間挑戦出来るのに、バーチャルアーティストは半年で結果を出さないと継続が難しくなる、そういう仕事をしているのだと運営サイドも自覚しなきゃいけない。非常にシビアなのですがそういう側面もあります。

音楽業界で毎年日々アーティストがデビューしていく中で、スケールせずに辞めていく人達は沢山いるので構造としては同じなのですが、バーチャルアーティストはそこに加えて通常のアーティストより運営コストがとてもかかるのはひとつの事実です。なので運営の手腕が否応なく問われてしまいます。それが醍醐味であり面白いところでもあるのですが、事業の効率性の追求は、結果的にアーティストの持続可能性を拡げる、試行錯誤する期間を延長できる、ということになります。

事業の効率性の追求をしない、運営の能力的にできないということはアーティストにとってはただの不幸でもあります。 もちろん僕らも複数のアーティストをマネジメントする以上、大なり小なりどこかでなんらかの失敗は訪れると思います。でもその時にアーティストへ人間的なケアをしてあげる余裕を持った体制を作ることが、今は急務なのかなと考えています。

なので大きくなくても良いのですが、強固な運営体制を作れるかが命運を左右すると考えています。

◆ユーザーに直接届けて一般流通はあえて通さない

———アーティスト活動の発信の場を主にYouTubeに置かれていると思いますが、これはどういった狙いからでしょうか?

大前提としての一番の魅力は自分達でメディア的な影響力を持てるということですね。発信力を持つことでよりアーティストコミュニティを強化していけることは今後のアーティストにとっては必須だと感じています。

KAMITSUBAKI STUDIOとしての初期構想としては、ボカロPなどのネット発アーティスト&クリエイター&バーチャルアーティストによる例えば「88rising」のようなYouTubeベースのクリエイティブレーベルを自分達なりに解釈して日本発で創りたい、というイメージがありました。僕らがリリースするプロダクトも基本D2C(Direct to Consumer)的な考え方で「ユーザーに直接届けて一般流通はあえて通さない」という方針です。もちろん今後例外も出てくるとは思いますが、スタートしてから現在もD2C的な発想は変わっていません。その方がプロダクトの利益率も上がり、結果として音楽制作や映像制作、宣伝にメジャーレーベル以上に予算をかけられる可能性がありますし、アーティスト自身にも大きく還元ができます。やや大袈裟に聞こえるかもしれませんがKAMITSUBAKI STUDIOを通じて音楽業界の固定概念を変えたいなと思っています。

———PIEDPIPERさんは今のVTuber市場をどのようにとらえていらっしゃいますか?

VTuberというフレームで考えると事業としては過渡期というか、現状では上手くいっているところの方が少ないのではと思います。特に「インフルエンサータイプ」のVTuberは相当なノウハウがないと、会社の事業として成立させるには困難だと感じます。僕らとは全然ジャンルや方向性も違いますが「にじさんじ」さんはすごく可能性のある、面白い事業を展開されてるな、と思いますね。

一方で僕らは「アーティスト」をメインでやっていてファンコミュニティに支えてもらっているので、クライアントから広告費をいただくインフルエンサータイプのビジネスモデルとは違います。そしてD2C的に流通を通さないビジネスも追求しています。このやり方はまだまだやりようがあるのではと感じています。

辛い時だからこそ新しい何かが産まれてくる予感を同時に感じています。

なので2020年は淘汰と共に新しいフェーズを迎えると期待しています。 

———花譜さんは昨年8月にライブを開催。開催にあたっては4000万円を超えるサポート資金がクラウドファンディングで集まりました。この状況をPIEDPIPERさんはどのように感じましたか?

ファンの方々の熱意に非常に驚きましたし、非常に感動しました。金額の大きさもそうなのですが、頂いたお金以上のものを絶対に返したいと思いました。

花譜のファーストワンマンライブ「不可解」は実はクラウドファンディングだけでは制作コストを賄えなかったのですが、逆を言うとクラウドファンディングの4000万円があったからなんとか成立できたとも言えます。クラウドファンディングがなかったらライブは実施すらできていなかった。そのくらい「不可解」はつくり上げる為のコストも高かった。もちろん、やってみてわかった事もたくさんあって反省点もあります。結果として製作費が高騰してしまいました。

まさしくファンがいたから出来たしファンと一緒に作れたライブだったんです。

3月23日に「不可解」の再演というちょっと特殊な形で「不可解(再)」というライブを行うのですが再演という事もあり、あくまでもファーストライブの延長だと考えているのでこのライブでは敢えてクラウドファンディングを行わない形で実施します。

なかなか本当に大変なのですが色々な工夫をして何とか成立させようと今回は頑張っていますが、将来的にまたクラウドファンディングを絡めた企画をやってみたいなとも思っています。

———渋谷PARCOのGALLERY X跡地に開設したKAMITSUBAKI STUDIOのリアルスペース「3.5D by KAMITSUBAKI STUDIO × PARCO」も賑わいをみせています。

僕らは現状として自分達のCDやグッズなどのプロダクトをD2C的に自分達で流通させることを実験していて、それにはメリットもデメリットもあります。メリットとしてはファンの顔が直接見えるということと、流通を通さない分の利益が増えることによって新しいチャレンジに投資していけるということです。

デメリットとしては大型レコード店などに流通しないことでプロモーション的な機会損失をしているということです。知ってもらうということは非常に大事だと理解しています。この辺は色々悩みながらトライしている感じです。

その上で立地の非常に良い場所に自分達のリアルなフラッグシップスペース「3.5D」を持つことでKAMITSUBAKI STUDIOを知らない人達にもダイレクトに僕らの作品を届けたいなと考えています。

3.5Dはアーティストプロモーションの場でありコンテンツ制作における思考実験の場にもしていけると考えています。

◆フィジカルなアーティストもバーチャルなアーティストも同じように活躍出来る未来を作りたい 

———今後、KAMITSUBAKI STUDIOがどこに向かっていくのか?教えてください。

今迄以上に色々な音楽を通じた実験を行なっていくつもりです。その中の取り組みとして音楽派生の物語、IP作りに現在取り組んでいます。中長期では国内に留まらない展開を目指していきたいと思っていますが、一番大事にしていきたいのはとてもシンプルで、「良い音楽を産み出し、より沢山の人達に届けること」です。そのためにもなるべく360°全ての事が自己完結出来る組織体制を強化していきたいですね。

———今後日本の音楽や動画のマーケットはどうなっていってほしいですか?

あくまで自分達の立場からの考え方なのですが、フィジカルなアーティストもバーチャルなアーティストも同じように活躍できる未来を作りたいです。バーチャルシンガーは複数の選択肢のひとつになって、目新しいものでは無い特別じゃない世界になれば良いなと。「バーチャルシンガー」だから特別なのではなくて、「音楽的な才能で評価される個人」がバーチャルシンガーをやっていると思われたら一つの到達点なのかなと。

そんな才能の創出のサポートをしていきたいなと考えています。

そのためにもKAMITSUBAKI STUDIOが先陣を切って切り拓いていきたいです。

【PIEDPIPERプロフィール】

YouTube発のクリエイティブレーベル「KAMITSUBAKI STUDIO」の統括プロデューサー。 バーチャルシンガー「花譜」、「理芽」、次世代ボカロP「カンザキイオリ」のプロデュースなどを手掛け、他KAMITSUBAKI STUDIO全所属アーティストの監修も。”音楽から物語へ”つながる様々な企画開発に日々挑戦している。