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ひし美ゆり子、アンヌ隊員のセリフが「一行だけのことがあった」その時の心境は…

©テレビ朝日

1967年に放映された『ウルトラセブン』でウルトラ警備隊の友里アンヌ隊員を演じ、50年以上経った今もなお熱烈なファンを多く持つひし美ゆり子さん。端正な美貌とグレーの隊員服に包まれたグラマラスなボディで魅了し、ウルトラシリーズのヒロインのなかでも圧倒的な人気を誇っている。

1972年には個人的に好意で撮らせたヌード写真が流出し、「アンヌ隊員が脱いだ!」と話題になった。それを機に映画『不良番長』シリーズや映画『好色元禄秘物語』(秘はマル秘)などに出演。美しい裸身で多くの男性を虜にした。

2007年には押井守監督の映画『真・女立喰師列伝』の一編『金魚姫 鼈甲飴の有理』に主演し、妖艶なヌードを披露。2020年1月9日(木)には映画批評家の樋口尚文氏と共著の『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』の文庫版が発売されるひし美ゆり子さんにインタビュー。

20代

◆女優になったきっかけはコンテストの参加賞?

人前でしゃべることが苦手で心臓がドキドキするというひし美さんは、「若い頃から今までずっとそんな傾向なので、女優という仕事には全く不向きだった」と語る。そんな彼女が芸能界に入るきっかけになったのは、1964年、高校2年生のときに東宝が開催した「ミス東京セニョリータ」というコンテストだったという。

「高校で隣の席だった友だちが『一緒に応募しようよ』って言って、彼女の家で写真を撮って出してくれたの。まさか選ばれるなんて思ってなくて。

だって、私は授業中に教科書を読ませられても足がガタガタ震えて、1行読んだだけで先生が『つらそうだから座っていいよ』って言うぐらい、人前で何かをすることがダメだったの。

それなのにコンテストではセリフの紙を渡されたんですよ。セリフなんて言えるわけないじゃないですか。だから、もういいやと思って。水着審査もあったから水着を着ていたんだけど、その上に制服を着て帰ろうと思ってロビーまで行ったら、参加賞が山のように並べられていてね。

それを見たら、『もうちょっと我慢してやり終えたら、これをもらって帰れるんだ』って思い直して戻ったんです(笑)。

-そして準ミスに選ばれて豪華な賞品を受け取ることに-

「準ミスに選ばれたので、結構賞品が良かったんですよ。観音開きのステレオだとか電気ミシンとか。私は偶然のいたずらみたいなもので準ミスに選ばれたんだけど、あれは最初からグランプリが決まっていたんですって。それで一応セレモニー的な感じでコンテストをやったみたい」

-それがきっかけで東宝のニューフェイスに?-

「それもまさかと思ったけど、仕事をしなくても毎月お給料をくれるって言うからね(笑)。毎月8000円ずつくれるっていうの。こうして高校2年の三学期だから1965年に東宝に入ったんです。

それで兄が国立大学に行っていたんだけど、その授業料が安かったから出してあげたりしました。人にそういうことをするのは好きなんですけど、自分が表立ってみんなの前でしゃべるとかいうのは苦手なんですよね」

-ご両親は芸能活動をされることについては何かおっしゃっていました?-

「大反対でした。だから私が出ているものは見ないですよ。『ウルトラセブン』とかの話も一切しないですよ」

-お兄様の授業料の支払いや家計を助けていても反対されていたのですか?-

「そんなのたいしたことないと思っていたんじゃないですか。少しは助かったと思うんですけどね。4人も子どもがいて、私は末っ子で勉強が1番できなかったの。みんなは結構成績良かったんですけどね。

だから『早く働きたい。早く学校を卒業したい』と思っていたから、高校2年のおしまいから高校3年の1年間は養成所、東宝からお給料もらって。そっちの方が良かった。

勉強っていうと頭が痛くなるんですよ。机の上で教科書を広げていると頭が痛くなるの。それほど嫌いでしたね。兄は私と正反対で、机の上に向かっているところしか見たことがないんですよ。兄妹でも正反対。授業中も時計を見ながら『あと10分の辛抱だよ』とかね(笑)」

-セリフ覚えなどはどうだったんですか-

「悪い。全然ダメ。なぜかっていうと嘘だから。自分が知らない言葉を一生懸命調べれば良いものを、何かよくわからないまま演じていたわね。全然ハートがなかったの。ただ、地でやっていたという感じでしたね」

※ひし美ゆり子プロフィル
1947年6月10日生まれ。東京都出身。1966年、映画『パンチ野郎』でデビュー。翌年、『ウルトラセブン』(TBS系)のアンヌ隊員役で知られ、映画『不良番長』シリーズ、映画『高校生無頼控 突きのムラマサ』、ドラマ『37階の男』(日本テレビ系)、ドラマ『プレイガール』(東京12チャンネル)など数多くの映画、テレビに出演。写真集も多数出版。さまざまな「ウルトラ」シリーズのイベントにも出演している。

©テレビ朝日

◆アンヌの隊員服の胸がきつくて…

アンヌ隊員として絶大な人気を誇るひし美さんだが、実は、この役を演じる予定だったのは東宝でひし美さんより4歳上の先輩である豊浦美子さん。しかし、豊浦さんが映画『クレージーの怪盗ジバコ』に出演することになったため、ひし美さんがアンヌ隊員を演じることに。

「豊浦美子さんが映画とスケジュールが重なってしまったので、東宝の演技課のスタッフから、『明日、円谷プロに行くように』と言われて行きました。

私は『ウルトラマン』を見たことがなかったから、1本見せられて、それからカメラテストの撮影。

それでやることに決まったんだけど、アンヌの隊員服は豊浦さんのサイズで作られていたから、上着のバストがきつくてね。

でも、それが幸いしましたね(笑)。あまりに胸がきついから、こっそりわきの下の黒いジャバラのところを切って隙間を作ったりしていました」

-ボディラインがくっきり出てすごく色っぽかったです-

「そうですか。自分では全然そんなこと思いもしなかったです(笑)」

-美人でプロポーション抜群、世の男性たちは憧れの眼差しで見ていましたが-

「全然あのときなんて全くそんなことは知らなかった。サイン会とかでメンバーみんなが隊員服を着ていると大変でしたけどね。『あまりにも人が押し寄せてガラスが割れるから』ってサイン会が中止になったこともあったわね。

でも、みんなが着替えて普通の格好になったら、ファンの人たちの前を通っても誰も気がつかないの。そういうものなんですよ(笑)」

-当時はメイクや髪型もご自身でやられていたそうですね-

「そうです。あのときは自分でやっていました。昔は、メイクさんがドーランとパフを持って来て、『これとこれでやって』って言われて自分でやるんですよ」

-そうすると、放映時に自分でチェックをしてメイクの工夫をするわけですか-

「『ウルトラセブン』のメイン監督の満田さんが、『眉は小鼻から目尻の延長線のところまで描くんだよ』とかね。監督がそうやって教えてくれました(笑)。

私は絵を描くのも下手だし、メイクも下手で、スタッフに『メイクをしないほうがきれいじゃないか』って言われたぐらい。本当に何の取り柄もない人間なんですよ」

-いえいえ、美人でプロポーションも抜群で、きれいなお姉さんだと思って見ていました-

「本当ですか? 特にアンヌのときは、一番恥ずかしいっていう感じでした。だからよく『再放送やっている』とか、『見たわよ』とか言われても、自分では見る気にならなかった。逃げていたの。ニキビ面だったしね(笑)」

-出番を減らされたこともあったとか-

「ありました。あれは顔に吹き出物を作っちゃって、『不摂生だったから、吹き出物が出たんだろう』って注意されたんですけど、私が無視して飲みに行ったりしていたので。

若いから深夜まで成城学園とか祖師ヶ谷大蔵のスナックみたいなところで付き合っちゃったりしてね、みんなで。それでアンヌの出番を大幅に減らされてしまったの」

-結構たくさん飲まれたんですか-

「飲んだっていうか、みんなといるのが楽しかった。でも、これで撮影になるとすごくおとなしいの(笑)。ということはね、お酒の力がないとみんなと仲良くなれないの」

-あれだけ目立つ役で人気も出ると、もっと出たいという欲は出ませんでした?-

「全然ない。干されてセリフが一行だけのことがあったんですよ。そのときも私は『やったー、良かった。一行だけだ』って喜んでいましたからね(笑)。満田さんはガックリしていました(笑)」

-出番を減らされて喜ぶ女優さんなんていないですからね-

「いないと思う(笑)。だから本当にOL女優だったの(笑)」

1972年、東宝との専属契約が切れたひし美さんは女優業をやめるつもりだったという。ところが、好意で個人的に撮らせたヌード写真を勝手に男性週刊誌に売られてしまい、それをきっかけに新たな女優人生を送ることになる。

次回後編ではヌード写真流出の真相、映画『真・女立喰師列伝』(2007年)の幻想的なヌードシーンの裏話、『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』(樋口尚文氏と共著)について紹介。(津島令子)

※『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』
1月9日(木)発売
ひし美ゆり子著 樋口尚文著
文庫版(ちくま文庫)

『ウルトラセブン』のアンヌ隊員からセクシー映画女優、そしてネットアイドルへ。鮮烈な裸体を銀幕にさらした1970年代から現在まで、映像メディアの変遷に流された女優人生のすべてが明かされる。

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