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大島優子の“ガチオタ”からアイドルへ。応募締切10分前の決断で人生を変えた少女<鈴木遥夏>

秋元康プロデュースによる『ラストアイドル』(テレビ朝日系、2017年8月に放送開始)から生まれたグループ、「LaLuce(ラルーチェ)」の鈴木遥夏は、6歳からAKB48に憧れダンススクールに通い始め、ライブや握手会にも頻繁に通う“ガチオタク”からアイドルになった少女だ。

©テレビ朝日 「LaLuce(ラルーチェ)」の鈴木遥夏

アイドルに憧れながらも、その気持ちは誰にも言えないまま何年も過ごした彼女だったが、中学2年の夏、たまたま父が見せてきたネットニュースの記事に『ラストアイドル』の募集が載っていた。

なんと、彼女がそれを読んだのは、応募締切のわずか10分前。鈴木は思い切って応募し、初めてのオーディションに挑む。

そして、その10分前の決断で人生は一変する。

彼女はなぜ、アイドルを目指したのか。アイドルになって、望んでいたものを得ることはできたのかーー。『ラストアイドル』に賭けた少女たちの、ビフォーアフターに迫る。

◆AKBが踊りたくてダンス教室に通う

2003年6月、千葉県で生まれた鈴木遥夏。

©テレビ朝日 生後6ヶ月のころ

生まれて10ヶ月で歩けるようになり、1歳になる頃には踊ることが大好きになっていたという。

©テレビ朝日 当時2歳。踊ることが大好きな子供だった

「3歳上のお姉ちゃんが、実写版のセーラームーンにハマっていて、踊りの真似をしていたんです。そんな子どもだったみたいです」

小学校に上がる頃には、父の買ってきたCDがきっかけで、AKB48にどハマり。ダンスへの興味を持ち始める。

©テレビ朝日 幼稚園時代

「6歳のとき、お父さんがたまたま買ってきたCDが、AKB48さんの『涙サプライズ』でした。そこからすごくハマって、ビデオを見て真似しようとするんですけど、なかなか難しくて。なんとか同じダンスを踊りたいと思って、近くのダンススクールに通い始めたんです」

©テレビ朝日 カメラを向けるとポーズをとる癖があった

スクールに通い始めるも、それでは飽き足らず、家でも毎日踊り続ける日々。

「毎日2時間以上、いろんなライブ映像を流しがら一緒に踊ってました。特にお気に入りだったDVDはAKB48さんの『満席祭り希望 賛否両論』。繰り返し見すぎたせいで、セットリストの曲順は今でも完全に憶えてます。水色の衣装だったら自分の水色のスカートを履いたり、自分なりに曲に合わせた衣装に早着替えして。自分なりにライブを再現している様子を、おかあさんがビデオに撮ってくれてましたね。恥ずかしいから見返したことはないんですけど(笑)」

©テレビ朝日 当時小学2年生

これだけ熱心に真似をする少女がライブDVDを見るだけでは満足できるはずもなく、憧れの存在に会いに行くようになるまで、そう時間はかからなかった。

©テレビ朝日 姉とAKB48のダンスにハマっていたころ

「姉妹揃ってAKB48さんの大ファンだったので、握手会やライブ、劇場公演にもしょっちゅう連れて行ってもらってました。自分でいうのもなんですけど、ガチオタクだったと思います(笑)。特に好きだったのは大島優子さん。ダンスがすごく上手でカッコいいんです。お姉ちゃんは板野友美さんのファンで、ふたりともチームKのメンバーだったので、チームKのライブや公演によく行ってました」

◆「アイドルは大好きだけど、自分がなれるわけない」

これだけ強くAKB48に憧れながら、自身がアイドルになりたいという気持ちはまったくなかったという。

©テレビ朝日 ダンスを始めたころ。AKB48の劇場公演にも足を運んでいた

「当時は、アイドルは大好きだけど、自分がなれるわけないって思い込んでいたと思います。そんなときに、大島さんや板野さんがモデルの仕事もやっていたので、モデルに少し興味が出たんです。自分と同じ世代の女の子が出ている雑誌『JSガール』の読者モデルに応募して、少しずつ雑誌に出れるようになっていきました」

©テレビ朝日

ファッションの仕事を続けるうち、人前に立つことの楽しさを感じ始めた。しかし、それが自分が本当にやりたいことなのかという疑問も浮かぶ。

「一度雑誌に掲載してもらった後、『次も来て欲しい』と声がかかって、何回も載せてもらえるようになって。たくさんページがある中の1ページに載っただけなのに、Twitterで『鈴木遥夏ちゃんがかわいい』『ファンです』っていうコメントを見て、こんな自分を応援してくれる人がいるんだってすごく嬉しかったんです。でも、自分はスタイルが良いわけじゃないし、やっていくうちにどんどん不安になってしまって。本当にモデルを続けたいのかって考えたとき、自分らしさが出るのは歌って踊ってるときなんじゃないかと考えました」

©テレビ朝日 おしゃれが大好きでモデルに挑戦

ここまで考えながらも、自分がアイドルになりたい気持ちを表明することは難しかった。

「周りにアイドルが好きな子がいなくって、モデルに憧れる子ばっかりだったんです。『アイドルが好き』と言ったら、『…え?』って変な子みたいに扱われちゃうみたいな。だから、アイドルになりたい気持ちを誰にも言えなかった。親に話したこともなかったんです。どうせ反対されると思っていたから」

◆締め切り10分前に決断したアイドル挑戦

自分の気持を心の奥に押し込めたまま時間が過ぎるが、中学2年生の夏、彼女にとって大きなターニングポイントが訪れた。

©テレビ朝日

「お父さんがたまたま、『ラストアイドル』のオーディション情報が載った記事を持ってきたんですよ。『こんなのがやってるみたいだよ』って言うので読んでみたら、締切の10分前だったんです。大好きなAKB48さんをプロデュースした秋元康さんのグループだし、あと10分しかないし、よくわかんないけど、挑戦してみるしかない! そう思って慌てて応募しました。これが初めてのアイドルのオーディションでした」

結果、初めて挑戦したオーディションは見事合格。鈴木は『ラストアイドル』1stシーズンのパフォーマンスバトルに挑戦し、見事7名のメンバーのひとりとして勝ち残り、メジャーデビューを果たすこととなったのだった。

読者モデルの撮影を除いて、芸能活動の経験はゼロ。そんな少女が、地上波テレビ番組の撮影に挑む。パフォーマンス中、何台ものカメラに映るのは自分のみ。そんな過酷な環境に挑んだ当時、どんな心境だったのか。

「色んなことがありすぎて、あんまり記憶がないんです。初めてのオーディションなのにテレビに出れるということで、せっかくのチャンスだから楽しもうと思ってたのかな」

『ラストアイドル』1stシーズンは、暫定メンバー7名のうちひとりを指名してパフォーマンスバトルを挑む。挑戦者が勝利した場合は、暫定メンバーとして入れ替わる。そして、番組のシーズン終了まで勝ち残ったメンバーでデビューをするという企画だった。

◆家でAKBを真似してた自分が、いまアイドルの衣装を着ている

彼女はパフォーマンスバトルで見事勝利を収める。暫定メンバーと入れ替わり、その直後に7名でパフォーマンスをしたのだが、その中で印象に残った出来事とは。

©テレビ朝日

「勝った後は、淡々と『着替えてください』『では踊ってもらいます』と30分くらいの間にいろんなことが進んでいきました。お母さんの顔を見る暇もなかったくらいで、記憶もあんまり残ってないんですけど。唯一憶えてるのは、本番前に、衣装を着た自分を鏡で見たこと。昔は家でAKB48さんの真似をしてたのに、自分だけの衣装を着てるんだって感じました」

©テレビ朝日 デビュー当日の貴重な写真

アイドルに憧れ、オーディションに初挑戦した結果、最終的にシーズン終了まで勝ち残り、見事メジャーデビューを果たした彼女。夢を叶えたと実感したのはいつだったのか。

©テレビ朝日

「まだデビューをする前に、暫定メンバー7人でお台場でハロウィンのイベントに出たんです。テレビ以外でパフォーマンスをするのは初めてだったんですけど、衣装を着てマイクを持ってステージに立った瞬間、『ああ、アイドルになったんだ』って感じました。まだラストアイドルを知ってる人はほとんどいない時期だったのに、自己紹介で『“はるるん”こと鈴木遥夏です』って言ったら、『はるるーん!』って大声で呼んでくれたのが本当に嬉しくて。もう一生ステージに立ち続けたいなって感じました」

その後も様々なイベントやライブに出演し続けた中、特に印象に残っているのは、グループの1周年記念ワンマンライブだったという。

©テレビ朝日

「自分が初めてテレビに出たときに挑戦者として歌った『バンドワゴン』は、緊張で震えちゃって、納得いく出来じゃなかったんです。だから、またあらためて同じ7人でパフォーマンスすることができたのが嬉しかったです。自分たちだけがステージに立っていて、観客席の全員の目が自分に向いている。そんな光景が、今まで大勢でステージに立ったときと、見え方が全然違ったんです」

そのステージを含め、ファンの声援や後押しが、自分に自信を与えてくれたと語る。

「ずっと自分に自信がないので、私なんかがソロでステージに出たときに、コールがぜんぜんなかったらどうしよう、とか。いつもそんなことばっかり考えてるので、ステージに出た瞬間から声援がすごかったことで少し不安が消えて。握手会に来てくださる方が少しずつ増えていることで、もっと頑張ろうって思えます。応援してくださるみなさんのおかげで、少しずつ自身がついてきたぶん、昔に比べてステージに立つ自分の姿が変わってきている気がします」

◆「レスをもらえたときは、帰り道のテンションがぜんぜん違う」

憧れから本物のアイドルへ。いま、彼女がアイドルになってよかったと感じる瞬間とは。

©テレビ朝日

「曲中に、自分の名前をコールに入れてもらえるときは、本当に嬉しいです。何人かで歌ってる部分でも、自分の名前が聞こえると、ああ、アイドルになってよかったって感じます。自分がAKB48さんのライブに行ってたときは、もう必死に大島優子さんのコールをしてたんですよ。そのときの気持を思い出して、同じような気持ちで私の名前を呼んでくれてるのかなって思うと、本当に嬉しくなりますね。握手会でも、自分がファンとして通っていたので、自分の名前が印刷されてる握手会のチケットを見ると、今でも信じられない気持ちがあります」

さらに、ファンだった時代に憧れていた数々の舞台に、自分が立つこともある。

©テレビ朝日 夢が叶い、アイドルとなった現在

「1周年記念ライブをやったTOKYO DOME CITY HALLは、AKB48さんが何度もライブをやってる会場で。リハーサルでも、ああ、ここはAKB48さんのメイキング映像で見たことがある場所だ…とか。ラストアイドルって、小澤愛実とか間島和奏みたいなAKB48さんのファンだった子が多いので、みんなでよく話してます。『ミュージックステーション』に出られたときも、AKB48さんが降りてた階段よね、とか。このステージはあの公演で使ってた場所だよね、とか。そういうところは、ひとりのファンだった時代とぜんぜん変わらないんです(笑)」

自身がファンだったからこそ、応援してくれる人の気持ちに報いたい。そんな思いを人一倍強く持っている。

「自分がライブに通っていたときも、レス(視線)を送ってもらえると、すごく嬉しかったんです。たとえそれが勘違いだとしても、レスをもらえたときと、そうでないときは帰り道のテンションがぜんぜん違う。だから、ライブ中にたくさんの方と目を合わせることはすごく大切にしようと思ってます。もちろん、客席の前のほうだけじゃなくて、後ろのほうまで。意外と遠くまで見えてるんですよ?」

憧れていたアイドルになりたいーー。その夢はすでに叶ってしまったわけだが、この先彼女は何を目指して歩んでいくのか。

「これからは、個人としての武器を見つけて行きたいと思ってます。『青春トレイン』のダンスオーディション企画が始まる前に、振り付けのakane先生と面談する機会があったんです。みんなは武道館に立ちたいとか、そういう目標を語っていたみたいなんですけど、とっさに私の口から出たのは、今回の曲を通して、ダンスを自分の武器にしたい、という言葉でした。昔から自分が続けてきたのはダンスだけだし、それしかないと思ったんです」

©テレビ朝日

それに対し、ダンス講師のakane氏は「期待してるよ」と鈴木に伝えたという。

「A、B、Cのクラス分けでもAに入れてもらって、前回のシングルより良いポジションをもらえたんです。岡村茉奈ちゃん、山本愛梨ちゃん、米田みいなちゃんといった、ダンスがすごく上手なメンバーがいるなかで、akane先生に少しは認めてもらえた気がして、すごく自信になりました。これからは、ファンの方から『遥夏ちゃんのダンスを見ると元気になる』って言ってもらえるような表現ができるようになりたい。ダンスが自分の武器だって胸を張れる様になりたいと思っています」

そして、いつかは憧れの人との対面ができる日が来ることを願っている。

「死ぬまでに叶えたい夢は、ずっと憧れていた大島優子さんにお会いすることです。今は女優さんをされているので、会える機会がぜんぜん無いんですけど…。いつか将来、なにかのお仕事でお会いできる可能性を、0.01%くらいは信じています」

<撮影:スギゾー、取材・文:森ユースケ>

©テレビ朝日

※鈴木遥夏(すずき・はるか)プロフィール

2003年6月、千葉県生まれ。ファッション雑誌『JSガール』で読者モデルを経て、中1の夏に『ラストアイドル』に挑戦。通っていたAKB48の握手会で特に印象に残っているのは小嶋陽菜の優しさだという。「小学校低学年の頃、初めて行ったのは全国握手会で、大島さんがいないレーンだったんです。小嶋さんが『ちっちゃいね、かわいいね〜』ってすごく優しかったのを覚えてます」

※番組情報:ラストアイドル『ラスアイ、よろしく!
【毎週水曜】深夜1:56~2:21、テレビ朝日(※一部地域を除く)

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