新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第15回の放送に登場したのは、油絵の具を幾層にも分厚く重ね、立体のような絵画を生み出す画家・水戸部七絵さん。絵の具を直接指ですくい取り、大胆なタッチで何度も何度も塗り重ねて描き出される「顔」。絵の具の質感とあざやかな色彩が強烈な存在感を放ち、観る人の感覚を揺さぶります。モチーフの内面と向き合いながら、絵の具を重ねていく水戸部さんが「顔」に対して抱く特別な想いとは。
◆技術ではなく、絵画の躍動感を伝えたい
―水戸部さんの作品を見たとき、絵の具がキャンパス一面に塗られていて、人物画だとはちょっと思えなかったというか…。
展覧会をしていてもそう言われることがあるんですけど、私のなかではびっくりしていて。「これを顔だと認識してくれていないんだ!」って。
―でも、なかなか顔だと認識するのは難しいような気もします。写実的に描かないのはなぜなんでしょう。
美術大学を卒業すると、ある程度のテクニックが身につくんですけど、そういう技法を使った様式美を見せる描き方をしたくなくて。むしろ絵画のタッチや手応えみたいなもの、色や質感の特徴的なところを生かして描きたいというのがあって。リアルに描けたからすごいでしょ、ではなくて、絵が本来もっている躍動感みたいなものを伝えたい。みんなが綺麗だと思うものを、写真のように描くことが本当に芸術かっていうと、それは違うのかなって思っていて。
―でも、こうした厚塗りの表現には、水戸部さんが学んできたテクニックが生かされているわけですよね。
うーん、むしろ忘れたいんです(笑)。極端に言うと、昨日描いたものも忘れていきたい。絵は新鮮な状態で描き終えることが大事だと思っているんです。一つひとつが同じような作品にならないように描いていきたいです。
―なるほど。
もちろん、観る人に伝えたいっていう気持ちはあるんです。でも、それよりも重要なものが自分のなかにあるから、顔だと解釈されなくても仕方ないかなあと。
◆“顔”へのコンプレックスが、厚塗りを生んだ
―重要なものというと?
顔を描くのが苦手なんです。自分のなかにあるコンプレックスが出てきてしまうから、ギャルのお化粧みたいに、ああでもないこうでもないって絵の具を厚く塗ってしまって。
―どんなコンプレックスがあるんでしょう。
中学生の頃、制服を着ることになってはじめてスカートを履いたときに、「ああ、自分は女性なんだ」と客観的に自分自身のことを俯瞰したんですね。そこで「なんで自分はかわいくないんだろう」という感情が生まれて。映画にもドラマにも綺麗な女性が登場するから、こういうふうにならなくちゃいけないんだと思って、お化粧をするようになって……。どんどんコンプレックスが強くなっていったんです。
―多感な時期はどうしても、外見を重視してしまいますからね。
その後ギャルになるんですけど、当時は付けまつ毛が3つ4つ付いていないと外に出られなかったんですよ(笑)。
―今の水戸部さんからは想像できないです。
テープを駆使して小顔を作って、糊をベタベタつけてまつ毛を盛って。まさかナチュラルメイクがはやる時代がくるなんてと思ってなかったので、驚がくしてるんですけど(笑)。
当時は、メイクをするうちにああでもないこうでもないってお化粧が厚くなっていきました。常に2〜3時間はかかっていたんですけど、塗り重ねていく行為ってもはや自己否定でしかないんですよね。それは現在の絵の具を重ね塗ることに通じるものを感じますね。
―そうまでして、そのコンプレックスをなぜ描くんでしょう。
憧れの対象を描くことで、自分自身が“顔”について今どう感じているかを自覚できるんだと思います。金髪の人を多く描いているなとか、鼻を高く描いているなとか、その都度、自分の感覚を自己認識しているようなところがありますね。
―それで題材にマイケル・ジャクソンを選んだり。
そうですね。マイケルのファンの人からすると嫌かもしれないですけど、私はかっこよく描き上げるわけではないし、ぐちゃぐちゃに崩してしまう。
やはり、スターの人生にも波があるわけで、スキャンダルがあったり、社会的にピンチなときが何度もあった。でも、その背景を踏まえた表情を描きたいというか。見た目の美しさとか顔が黄金比率で素晴らしい、ということを描きたいとは思わないんです。
―それは対象と対話をしながら描いていくような行為なのでしょうか。
そうともいえると思います。描くことは苦行で、負の感情で手が動いているんですけど、色を使ってどんどん開放していくような感じです。描いているうちに些細なことを気にしなくなるし、純粋に絵としていいなと思えてくる。絵に落とし込めた時点でフィニッシュというか。
―描き終えたとき、どういう感情が湧いてくるんでしょう。
乱暴かもしれないですけど、「どうだ!」っていう感じがありますね(笑)。描いている最中はどう観られるか?をほとんど気にしていないんですけど、完成した作品に関していうと、絵画というメディアだからこその純粋な色や形、タッチを観てほしい気持ちがあります。
◆ゴッホを観たときのような感動を与えたい
ーあらためて製作の行程についてお伺いします。これは絵の具をどのように使っていらっしゃるんでしょうか?
15リットルの絵の具が入っている一斗缶から直接絵の具を手ですくって、キャンパスに向かってバンと描いています。以前はおたまで絵の具をすくっていたんですけど、重すぎて折れてしまって。手で直接描くのがいちばん早いなと気づきました。
―なかなか豪快ですね。
絵の具はパレットにたんまり用意しておきたいんです。以前は自分で絵の具チューブを開けていたんですけど、1日で300本を絞り出すのが限界で……。腱鞘炎になったこともあるので、一時期は絵の具を出してもらう“絵の具絞りバイト”を雇ったことも(笑)。最近は絵の具会社さんとお付き合いができて、一斗缶で買えるようになったのでその苦労はもうなくなりました。
―実は力仕事なんですね(笑)。
そうなんですよ。絵の具を混ぜるのもドリルを使って撹拌しないとうまく混ざらないんですよ。ドリルをもつのに相当腕力がいるので、作品をひとつ作り終えるとムキムキになっています(笑)。
―ちなみに、絵の具をたくさん重ねて立体になっていくんですが、うまく乾くんですか?
絵の具は、酸素に触れると乾きます。逆にいえば、酸素に触れていない中身は生のまま。だからクレーンでの搬入時や壁にかけたときに、絵の具の塊が下に落ちてしまうこともあります。それは残念ですけどしょうがないですね。私は完成した状態を観ているので、自分では満足というか(笑)。
―その発想もおもしろいです(笑)。大体どれくらいの期間で描き上げるんですか?
勢いがついて集中したときは1日2日で数メートルの絵が描けるときもありますが、長いと2〜3年かかることもあります。やっぱり苦手な対象を描いているので、グズグズと何年も描いてしまうことがあって。
―水戸部さんは小さい頃から絵に興味があったんですよね。
小学校に入る前から、絵本に出会ってから絵の世界に進みたいと思っていました。親が厳しかったので、マンガを描くと「それは偽物の絵!」って怒られたりして。油絵を目指したきっかけは小学校5〜6年のときに美術館でゴッホの『ひまわり』を観たのが最初ですね。すごく輝いて見えて、絵のなかに入り込んだような強烈な体験をして。そんな感覚を、子どもたちに伝えたいなっていう思いが強いです。
―ゴッホも厚く塗るタイプの画家ですよね。
そうですね。とくに自由にいろんな色を使って描くスタイルに影響されているような気がします。先祖のように影響されている感覚がありますね(笑)。
―コロナ禍において、気持ちの変化はありましたか?
人と接することが少なくなった今、人を描くというのはどういうことなんだろうという疑問が出てきました。なので今は、オンライン上で見かけた世界のニュースをピックアップして絵日記みたいに描いてみようかなと。人間が社会活動を止めたことで自然界の動物が街に出てきたとか、そういった出来事を描いてみたい。そんな新しいテーマが生まれました。
<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>
水戸部七絵
画家
みとべ・ななえ|大学卒業後、2014年にアメリカで滞在制作を行い『DEPTH』シリーズを発表。2016年の愛知県美術館で個展を開催し、2020年に愛知県美術館に『I am a yellow』が収蔵される。主な個展に「APMoA, ARCH vol.18 DEPTH ‒ Dynamite Pigment -」(2016)、「I am a yellow」(2019)などがある。2020年に「VOCA展2021 」にてVOCA奨励賞を受賞。
※番組情報:『アルスくんとテクネちゃん』
毎週木曜日 深夜0時45分~50分、テレビ朝日(関東ローカル)
※テレ朝動画 では最新話・過去のアーカイブ、特別編PALOW.特集 を配信中!
※Art Sticker では、水戸部七絵の作品を詳しく紹介!
※アルスくん&テクネちゃん グッズ発売中!