「200勝を見せてあげられなかった」ヤクルト石川雅規、妻の後悔に涙…家族とともに駆け抜けた25年分の感謝
今年10月3日、現役最後のマウンドに立った石川雅規(46歳)。
ヤクルト一筋25年。167センチの身体で188勝を積み上げ、「小さな大投手」として長きにわたりファンに愛されてきた。

テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、石川とかつてバッテリーを組むなど師弟関係にあった古田敦也が対談。長年そばで見てきた仲間たち、そして家族へのインタビューも交え、激動の25年間を紐解いた。(全3回の3回目)
◆後輩に伝えた「キャッチボール」の大切さ
仲間から愛されてきた石川へ、今回チームメイトたちから温かいメッセージが届いた。
1人目は17歳下の後輩・高橋奎二投手。入団後、度重なる怪我に苦しんでいた高橋に手を差し伸べたのが大先輩・石川だった。
「3年目のオフに石川さんが当時行っていたジムを紹介していただいて、僕もトレーニングに目覚めたというか。今でも怪我はしますけど少なくなってきたと思うので、いろいろな引き出しを教えてくれてすごく感謝しています。(石川さんには)『キャッチボールは本当に大切にした方がいいよ』とずっと言われました。キャッチボールを大切にしていけば技術的なことも上がっていくと言われて、ここ最近になって褒められたのですごく嬉しかったです」(高橋)
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古田:「キャッチボールの大切さも含めて、奎二に対して何かアドバイスしてあげてください」
石川:「何事も基本が大事なので、キャッチボールが大事なのはみんなが知っていると思うんですけども、やっぱり1球1球『自分の体がこう動いてるからこういうボールがいく』と想像力を持ちながらやってほしいという気持ちがあります。
平地だったら胸に強い球とか、1球1球どこを狙ったらどこにいくか。毎日の積み重ね、継続は大事なので、そこの意識は奎二だけじゃなく、若い選手と話す時には『大切にしているよ』と伝えてきたつもりです。
奎二は本当に真面目で練習もすごく一生懸命やるので、もう少しだけ遊び心を持ってほしいというか。基本は大事ですけど、グッと入り込みすぎるより、少し遊び心を持ちながらやってくれたらなと。なので、本当に頑張ってほしいですね」
◆「野球の悔しさは野球でしか返せない」
続いてのメッセージは10歳下の後輩、小川泰弘投手から。
「2015年くらいからですかね。キャッチボールをして過ごしてきた時間も大切な思い出です。本当に体を丁寧に扱われて、ボール1球1球を大切にキャッチボールされていたので、石川さんから沢山のことを吸収したいという思いが強かったです」(小川)
そんな小川には36歳の今、石川に聞きたいことがあるという。
「歳を重ねていくにつれて登板数が減ってきたり、いろんな難しさがプロ野球にはあると感じています。石川さんは25年間も続けてこられたので、弱い自分が出てしまった時とかの対処法というか、切り替え方を聞いてみたいです」(小川)
長く野球を続けるための気持ちの切り替え方について、小川からの切実な問いかけだ。
古田:「小川さんからは、ちょっと切実な問いかけになってきてますね」
石川:「チーム事情や年齢などいろんな理由で登板機会が少なくなるという状況が、たぶん小川にも来ていると思うんです。自分も最初は野球選手として受け入れるのがすごく難しかったです。自分の中で譲れない気持ちと、受け入れなきゃいけない気持ちがすごくあるので。
でもそこからのトレーニングで『受け入れる』ということができたら、ちょっと視界が開けたといいますか。野球の悔しさは野球でしか返せないので、試合に出るためには何が最短ルートかを自分で考えてやるしかない。そういう意味でも、まず一旦飲み込んで受け入れることが大事なのかなと思いますね」
古田:「チャンスは少ないかもしれないけど、チャンスがある間はまだダメじゃないってことだから」
石川:「そうですね。結局勝ったら使ってくれるので。それがシンプルにいちばんかなと思います」
◆「緩急をすごく大事に思っている」
3人目のメッセージは、同い年の五十嵐亮太。
「僕は同級生だし、石川よりも長く野球をやりたいと思っていました。『負けないぞ』みたいな。結果的に彼よりも先に引退することになったんですけど、やっぱり彼が現役であり続けられることが僕にとっての刺激だし、石川の登板日が楽しみでしたね」(五十嵐)
速球派の五十嵐と技巧派の石川。自身と異なるタイプだからこそ、石川のすごさを次のように語った。
「バッターを抑えるイメージの仕方がまず違うと思います。彼の場合、力でまともに勝負にいくタイプではない。でもストレートを大事にしている。ストレートを使うための変化球の見せ方や使い方を常に考えてきた投手なので。高低・両サイド・緩急いろんなものを使って打者のタイミングを外しながら、“来た”っていうところで打ち損じを狙うとか、そういうイメージで投げていると思うので、抑えるイメージから違いました」(五十嵐)
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古田:「亮太、同い年だよね。同い年だけど、スタイルは全然違う。亮太も一応わかってるんだね、両サイド・高低・緩急使わないといけないって。全然使ってなかったけどね(笑)」
石川:「そうですね(笑)。タイプが全然違います。古田さんは僕(の球)を受けてわかってらっしゃると思うんですが、そんなにビタビタにくるコントロールがあるわけではなくて、前後の緩急、ストライクゾーンのところで抑えられたらいちばんいいなって思っていたので、そういう意味では緩急をすごく大事に思っているというか」
古田:「ただ、その緩急が難しいよね。両サイドや高低はできるけど、緩急が難しいというピッチャーは多いので。逆に言うと、そこを強みにしていたからこそ勝てた。これは勉強になりますね」
◆「自分自身が実験台なので、とりあえずやってみる」
最後は2歳下の後輩・青木宣親からのメッセージ。
「現役時代、ロッカーも隣でよく話をしていましたね。お互い野球が好きなのでいろんな話をした記憶がありますけど、年齢とともに選手の話になったり後輩の話だったり、スワローズの話になったり、いろいろ話しましたね。
(石川さんは)いつも向上心を持ってやっていましたし、上手くなりたいって気持ちがすごく強かったように感じます。プロ野球選手ってある程度ルーティンが決まってくるんです。石川さんも当然大枠は決まっていたと思うんですが、少しの部分でいつも変化が見られた。細かいルーティンは少し変えているような気がしましたし、いつもアンテナを張って毎日毎日調整したり試合に臨んだりしていたと思います」(青木)
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古田:「いろいろ変化させていたのは、意識しながらやっていました?」
石川:「人間なので身体の状態は毎日違いますし、『昨日良かったのに今日ダメだな』っていう日ももちろんあります。そのなかで『これじゃなきゃ抑えられない』っていうより、『今日の投げ方はこれがいいかな』と(日々変化させていました)。キャンプ中でもそうですし、『今年の投げ方の大枠はこれかな』と毎日考えていたつもりですね」
古田:「探究心といいますか、とりあえずやってみようという感じですか?」
石川:「自分自身が実験台なので、とりあえずやってみる。今必要なくても『5年後にあれが活きればいいな』という引き出しを増やしたい思いでいろんなことにチャレンジしていました」
古田:「具体的に、晩年になってから新しく始めたことはありますか?」
石川:「結局、僕は走るのが大事だなと思いましたね。1周してランニングの重要性を実感したといいますか。もちろんがむしゃらに走るわけではなく、結局自分の足で自分の身体を扱えないとうまくいかないのかなというのは思いました」
古田:「それは速く走るとかじゃなくて、体の連動性を意識できるような走り方をするというか、走っているとそれがつながっていくということ?」
石川:「つながっていくという感じですね。やはり自分の身体で自分の身体を扱うのには、走るのがすごく大事だなと、自分でやりながら体感があったみたいです。重いのだけじゃなく、走るのと自重トレーニングがすごく重要だなと思っています」
◆「みんなから愛されるような選手に」
10月2日に行われた引退会見で、「悔いはないです。本当にめちゃくちゃ楽しい25年間でした」と笑顔で語った石川。
そんな石川には、25年間胸に刻んだ言葉がある。
石川:「ずっと心にあるのが、古田さんにキャンプの時におっしゃっていただいた『みんなから愛されるような選手になりなさい』という言葉です」
その言葉を胸に歩み続けた石川へ、仲間やファン、そして家族から感謝の言葉が贈られた。
「25年間お疲れ様でした。たくさんキャッチボールさせていただいて、本当に勉強になりましたし、これからは教えていただいたことを僕自身もヤクルトの後輩たちに還元できるように、石川さんのように心の柱になれるように僕自身も成長していきたいと思います」(小川)
「プロに入った時から声をかけてもらったり世話をしてもらったり、今の自分があるのは石川さんのおかげだと思っています」(高橋)
「実際に(引退の)話を聞いた時は非常に悲しく…。石川の野球人生なんだけど俺の野球人生も終わったような寂しい気持ちになりました。これからは生きたい生き方を真っすぐしてもらえたら嬉しいと思います」(五十嵐)
「僕が現役引退した時にやりたかったことが野球観戦をしながらビールを飲むことでした。たぶんやったことないだろうしやりたいことだと思うので、ぜひ一緒に観戦しながらビール飲みましょう」(青木)
ファンからも、石川の引退を惜しむ声が多く聞かれた。
「引退試合は絶対行くんですけど泣きそう。悔いのないように」
「25年間ありがとうございました。本当はまだまだ見たかったんですけど、今まで感動をいただいて本当に嬉しいです」
そして、誰よりも近くで支えたいちばんの「応援団」である家族からも、温かいメッセージが贈られた。
「もう(マウンドに立つ姿が)見られなくなるんだと思いましたけど、父が決めたことなので、『本当にお疲れさま』と言葉をかけました。ちょっと泣きましたね」(長男・大耀さん)
「ずっと見てきたので、ここで辞めるのかってちょっと悲しさはあったんですけど、何していても自分のパパはパパなので」(次男・栄寿さん)
妻・聡子さんは、引退を告げられた日の様子と、夫への思いをこう明かした。
「8月27日でしたね。あの日『しっかり見ててほしい。勝ってくる』って言って出ていって。これで最後だなって思ったので、どんな顔して帰ってくるかと思ったら、『ただいま』ってすごい笑顔で。『辞めるわ』って言われたので、『うん、そっか。もうわかってる、わかってる』って言いながら…。
パパ、25年一緒に戦ってきてくれて本当にありがとうございます。ひとつ、あなたは悔いがないかもしれないけども、私が後悔しているのは、あなたに200勝の景色を見せられなかったことです。見せてあげたかった。でも、これからの人生で一緒に新しい目標に向かっていきたいと思うので、本当に25年間ありがとう。これからもよろしくね」
家族と歩み続けた25年――石川は長い年月を振り返り、目頭を押さえた。
石川:「引退会見でも泣かなかったんすけど…25年間一生懸命野球を頑張ってきて、本当に良かったなと思います。ファンのみなさまはどんな時も温かい声援をくださいましたし、しんどい時にあと一歩背中を押してくれる大切な存在でした。ファンがいなかったら25年間も野球をできなかったので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
家族に関しては、本当にいちばん近くで見守ってくれた、いちばん大きなビッグファンでした。妻の200勝を見せてあげられなくて寂しいという思いは…本当に僕も見せてあげたかったという思いはありますけども、25年間本当に全力で家族とともに駆け抜けたと思うので、そこに悔いはありません。今後一緒にいろんなことに挑戦しながら、感謝の気持ちを持ちつつ、ともに歩んでいきたいと思っています」
古田:「25年間振り返って。自分の野球人生いかがでしたか?」
石川:「本当にキラキラした幸せな時間だったな。そして全力で駆け抜けることができたと思うので、野球人生に悔いはないと改めて思います。ありがとうございました」
小さな大投手、25年間ありがとう――。
※番組情報:『GET SPORTS』
毎週日曜 深夜1:55より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)