テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
未来をここからプロジェクト
menu

元日本代表・柿谷曜一朗、“殺害予告”と“抑うつ状態”を乗り越え…引退までの壮絶サッカー人生を回顧

5月29日(金)の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では、元サッカー日本代表・柿谷曜一朗による授業「天才ともてはやされたファンタジスタのしくじり」後半戦を放送。

セレッソ大阪復帰後に起きた危機状況や、中堅・ベテランが犯しがちなしくじりについて授業し、現役引退の裏に隠された特別な思いを打ち明けた。

セレッソ大阪へ復帰し、“クラブの象徴”ともいえる背番号「8」を背負った柿谷。しかしその矢先、2010年南アフリカW杯得点王ディエゴ・フォルランの加入が決定する。

“ダブルエース”として注目されるなか、柿谷は「俺一人じゃあかんの?」と感じていたと当時の本音を激白。

「自分より目立つ人がいてほしくなかった」と当時の複雑な感情を打ち明け、フォルランとの関係性についても「僕は明らかに意識してた」「ほぼ喋ってないです」と語った。

その後、“セレッソに後悔させたい”という思いからスイスの名門・バーゼルへ移籍した柿谷だったが、「バーゼルでプレーしているけど、頭は『セレッソに今どう見られているんだろう』という感覚でプレーしてしまっていた」と回顧。

“セレッソへの執着”で自身のプレーに集中できていなかった柿谷はミスを連発し、ファンからブーイングが起こる事態に。「その程度の準備で行った僕が通用するレベルじゃない」と当時を振り返り、反省を口にした。

◆練習場へ向かう途中に過呼吸

そして、セレッソ大阪がJ2に降格し、フォルラン退団のタイミングで同クラブから再びオファーが届くと、柿谷は「俺をキャプテンにしてください。絶対チームを勝たせます」と直訴。

「『8番』をつけるだけでは物足りなかった」「すべてを背負う覚悟で、『このチームをJ1に上げます』と伝えた」と振り返る。

しかし、キャプテン就任後、“すべてを背負おう”とした結果、靭帯断裂&剥離骨折の大怪我を負うことに。

怪我を隠しながらプレーを続けたことでパフォーマンスは低下し、“セレッソの8番”への強すぎるプライドから周囲へ不満をぶつけるようになり、誹謗中傷も激化。「殺害予告」まで届くようになったと語った。

そんななか、「練習場に向かおうとすると過呼吸になり息ができなくなる」という状況に。

「メディカルの人に言ったら、『自分にいろんな重圧をかけて、全部自分で背負って抱え込むから、そうなっている』『1回クラブハウスから離れたほうがいい』と言われて、病院に連れていかれた」と振り返り、病院では「抑うつ状態」と診断されたことを告白。

「サッカーは辞めたほうがいい」と医師から告げられ、「俺ってこんな弱い人間なんや」「人ってこういうときに死を意識してしまうのかなと思った」と、当時の心境も明かした。

◆妻の一言に救われ引退決断

授業終盤では“現役引退”の経緯にも言及。

名古屋グランパス、徳島ヴォルティスでもプレーを続けた柿谷だったが、怪我の影響もあり、思うようなプレーはできず、徳島ヴォルティス2年目には構想外に。必死に次のチームを模索するしかない状況に追い込まれる。

そんななか、妻から「もう辞めたら?大丈夫だよ」と言われたことが、大きな転機になったと打ち明ける。

柿谷は「今までサッカーのことに口を出したことがない妻が、最後だけ背中を叩く感じで言ってくれた」といい、「その一言で救われた」と語った。

番組では、2025年12月に行われた引退試合の模様も公開された。

柿谷たっての希望で実現した“セレッソ大阪vsガンバ大阪”形式の引退試合には、香川真司、乾貴士、大久保嘉人ら、日本サッカー界を代表する選手たちが集結。スタジアムには2万人を超えるサポーターが駆けつけた。

VTRを見届けた柿谷は、涙をこらえきれず、言葉を詰まらせながら「プロ意識が足りなくて、自分勝手に行動して、色々迷惑をかけてしまった」とコメントしていた。

※番組情報:『しくじり先生 俺みたいになるな!!
ABEMA
毎月第1〜3金曜 よる9:30配信開始
第4金曜 地上波放送終了後〜
【地上波】
毎月第4週金曜 深夜0:45~深夜1:15、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

はてブ
LINE

トピックスTOPICS

おすすめ記事RECOMMEND