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年収のほとんどを奨学金に。計178人を1人で支援した日本人が、ミャンマー人留学生を応援する理由

テニスの現役を退いてから、“応援”することを生きがいにしている松岡修造。

現在は2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて頑張る人たちを、「松岡修造の2020みんなできる宣言」と題して全国各地を駆け巡って応援している。

埼玉県鶴ヶ島市には今、「ミャンマー」と書かれた旗があちこちで揺れており、市役所には立派な竪琴が置かれている。

実は、鶴ヶ島市はミャンマー選手団の2020年東京五輪事前合宿地となっているのだが、その鍵となったのが今泉清司さん(95)だった。

©テレビ朝日

今泉さんは、1989年に今泉記念ビルマ奨学会を設立し、ミャンマーから日本に留学している学生たちに奨学金を支給している。

その額なんと、年間1千万円。奨学会設立から20年間、計178人の支援をたった一人で続けてきた。

◆支援のきっかけは、『ビルマ戦線』での体験

なぜ、そこまでしてミャンマーの留学生を支援するのか。そのきっかけは、今泉さんが参加した『ビルマ戦線』での体験だった。

『ビルマ戦線』は、第二次世界大戦中のミャンマーをめぐるイギリス軍らとの戦いで、日本軍の死者は16万人以上にのぼったと言われる。今泉さんが所属していた中隊も全滅する中、今泉さんは現地の人から生涯に残る恩を受けることになったという。

「敵が一里先に来たとなると、民家へ逃げ込んでいました。ところが、戸を開けると全部見えるので、ミャンマーの人が『寝台の下に潜ってろ』と隠れさせてくれたのです」(今泉さん)

©テレビ朝日

そして戦後、開拓民として鶴ヶ島市に定住し、様々な事業を軌道にのせた今泉さんは、1974年に戦友の遺骨を弔うためミャンマーを再訪。そこで、戦没者を思い、祈る現地の人々に心を打たれた。

「いやー嬉しかったです。ここで眠る戦友たちが安らかに眠るためにも、ミャンマーが平和で繁栄してもらうことが、一番の慰霊のために大切だと思いました。

お礼に物やお金を少しくらいあげても使ってしまったらおしまいだから、なんとかいい方法はないかと考えました」(今泉さん)

©テレビ朝日

ミャンマーの人の恩に報いるため、今泉さんは奨学会を設立し、自身の年収のほとんどを奨学金として留学生に渡すことになった。今でも留学生と交流を続け、いつも“あるメッセージ”を伝えている。

「かけた情けは水に流し、受けた恩は心に刻む」(今泉さん)

©テレビ朝日

奨学会がきっかけで様々な出会いが生まれた鶴ヶ島市では、これから2020年に向けて選手団との交流が始まる。

「私なんて微力だけれど、世界中から人が集まって、日本の空気を満喫して帰ってもらえればいい」(今泉さん)

“ミャンマーと日本の平和をいつまでも”と願う今泉さんたちに、修造はエールを送った。

©テレビ朝日

※番組情報:『TOKYO応援宣言
毎週日曜あさ『サンデーLIVE!!』(午前5:50~)内で放送、「松岡修造の2020みんなできる宣言」も好評放送中、テレビ朝日系

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