テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
menu

田中美里、死を覚悟した『ゴジラ』の撮影「ああ、私ここで…」

©テレビ朝日

1997年、NHK朝の連続テレビ小説『あぐり』に抜てきされ芸能界デビュー。その後、ドラマ、映画、舞台に多数出演。韓流ドラマ『冬のソナタ』でチェ・ジウの吹き替えを務めたことでも知られ、吹き替えやナレーションでも活躍。現在公開中の映画『二宮金次郎』では金次郎の妻・なみを演じている田中美里さんにインタビュー。

©テレビ朝日

◆上京準備中に朝ドラオーディションの話が…

夢を模索中だったという田中さんの運命が変わったのは「第4回東宝シンデレラオーディション」(1996年)。田中さんは審査員特別賞を受賞し、芸能界デビューすることに。

-オーディションにはお兄様が応募されたと聞きました-

「はい。東京にいた兄が応募してくれました。私はすごい引っ込み思案だったんですけど、小さいときに舞台に立つ機会があって、違う人物を演じたときにすごくいきいきしていたみたいです。

私はあまり覚えていないんですけど、家族はそのときの様子を見てこういう世界がいいんじゃないかって思っていたみたいで。自分の中ではこれが最後かなと思って受けました」

-海外留学しようと思っていたとか-

「そうなんです。具体的に何をしたいのかまだ自分でも分からなかったので、当時友人が住んでいた海外に行くつもりでいたんです。だからシンデレラのオーディションは気負いなくというか、あまり緊張しないで受けられた気がします。

本当はすごく緊張するほうなんですけれども、そのときは楽しんでできたので、それが良かったのかなと思います」

-欲がない分、気負いなく自然にできたということでしょうね-

「絶対に受からないと思っていたので、髪型もすごいベリーショートにしていたんですよ。オーディションに出した写真はすごいロングヘアの写真だったみたいなので、私が呼ばれて会場に入ったときには、皆さんびっくりされていました。『違う人が来た』みたいな感じで(笑)」

-審査員特別賞を受賞されて、すぐに朝ドラ『あぐり』で主演デビューすることに-

「本当に見えない風でぐいぐい背中を押されているような感じでした。不思議な感覚でしたね」

-ヒロインに決まる自信とか予感はありました?-

「ないです(笑)。全くなかったです。まさか自分が受かるとは思ってなかったです。シンデレラっていうオーディションに受かったので、事務所(東宝芸能)に入って、上京する準備を金沢でしているときに『朝ドラのオーディションに書類を出しておくね』って言われたんです。だから、まだ東京にも住んでないときだったので、とても不思議な感じがしました」

-『あぐり』のオーディションはいかがでした?-

「自分の中では全然ダメでした。本格的に演技をしたこともなかったので、うまくできなくて、落ち込んでいたんですが、『あぐりをありのままの美里さんでやって下さい』と言って下さって…。合格したのは、あぐりというキャラクターと重なって、運が良かったのだと思います」

※田中美里プロフィル
1977年2月9日生まれ。石川県金沢市出身。1997年、NHK連続テレビ小説『あぐり』のヒロインに抜てきされデビュー。その後、ドラマ・映画・舞台に多数出演。主な出演作に、映画『みすゞ』、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』、『能登の花ヨメ』、テレビドラマ『WITH LOVE』、大河ドラマ『利家とまつ~加賀百万石物語~』、舞台では『かもめ』、『梅咲きぬ』、『高き彼物』、『熱血!ブラバン少女。』などに出演。

また、韓流ドラマ『冬のソナタ』でチェ・ジウ演じるユジンの吹き替えを務めたほか、柔らかく印象的な声を生かしてナレーターやラジオのパーソナリティーとしても活躍している。さらに今年から自身がプロデュースする帽子ブランド「Jin no beat shite cassie」を立ち上げた。

©テレビ朝日

◆『あぐり』は夫役の野村萬斎さんのアイデアが満載

『あぐり』では15歳から49歳までを演じた田中さん。すべてが初めての撮影現場は何もかもが新たな発見の日々だったという。

「毎日がもういっぱいいっぱいの状態でした。星由里子さん、名取裕子さん、草笛光子さん、松原智恵子さん…そうそうたるメンバーの中で、右も左もわからない状態で演じていました。

すてきな女優さんたちの演技を最初に間近で見させていただきましたし、女優としてだけでなく、女性としてもとても尊敬できるようなところがたくさんある方たちに囲まれていたので、とてもすばらしい経験をさせていただいた幸せな時間でした」

-結構アドリブで、鍛えられたと聞きましたが-

「夫役の野村萬斎さんがすごくアイデアを出される方だったので、脚本をもっと面白くできるんだということを学ばせていただきました。

ト書きがちょっとしか書いてないのに、小道具だったり、ちょっとしたしぐさや言葉遣いとかをちょっとプラスされたりして、さらに面白いシーンに変わっていくところを見ていたので、こういう風に役者さんは肉付けしていくんだなっていう風に思った瞬間でもありましたね」

-いきなり生活が変わって、連日撮影という生活はいかがでした?-

「睡眠をとるか、セリフを覚えるのをとるかみたいな感じでした(笑)。あと、どういう風に演技をしたらいいかも分からないし、『バミリ』(立つ位置がわかるようにテープ類で付けた印)があっても、『どうやって見ないでそこに止まるの?』という感じで、その感覚もわからなかったですね。

業界用語もわからなかったので、『ちょっとわらって』って言われたので一生懸命笑っていたら、『いやいや、それはどけっていうことだよ』って言われたりしていました(笑)。でも、あまりにも知らなすぎたので乗り越えられたのかなとも思いますね」

-女優を一生の仕事にと決めたのはいつですか-

「『あぐり』の後半ぐらいですね。お芝居を経験する前は、私は本が好きなので、本に勝るものはないと思っていたんですね。本の中は想像の世界なので、お芝居は勝てないと思っていたんですけど、萬斎さんとのアドリブの掛け合いだったり、限られたものの中で最高のものを作ることができるという楽しみを経験することができたので、本を読む楽しさとはまた別なんだなって。

演じるという中でベストの状態をさぐっていくということがすごく楽しい作業だったので、女優だったらずっと続けていけるかもしれないって思うようになりました」

©テレビ朝日

◆ゴジラ映画の撮影で死ぬかと…

『あぐり』で一躍お茶の間の人気者になった田中さんは、テレビだけでなく、映画、舞台と活躍の場を広げていく。映画では1998年、『一本の手』(森谷晁育監督)で映画初出演にして初主演を果たし、『黒い家』(1999年・森田芳光監督)、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』(2000年・手塚昌明監督)と話題作が続いた。

「次から次という感じで撮影に入っていました。メインとしてやらせていただけて本当に恵まれているんですけど、実力がともなわず、無我夢中でやっていました。知らないことがいっぱいあったんですけど、見た目が大人っぽかったので、すごく長くやっていると思われることが多かったんですね。

『黒い家』で森田監督とご一緒したときに、アテレコをしなければいけなくなったんですけど、そういうのも知らなくて。でも、『できない』って言うことができずにやっていたので、そのときに『えっ?やったことないの?この世界に10何年もいると思っていた』って言われて(笑)。だから、皆さん当然できると思って、『これやって、あれやって』っておっしゃっていたんだってわかりました。

でも、そのときは言えなかったんですよね。『頑張らなきゃ。ちゃんとやらなきゃご迷惑をかけてしまう!』ということでいっぱいいっぱいになって空回ってしまう時期だったので葛藤の日々でしたね」

-いつも凛と背筋を伸ばして、物事に真正面から取り組んでるというイメージがありますが-

「本当に自信がなくて、『そんなに自信がないんだったら、しっかり見られるように黒い服を着て外見から挑んだら?』ってメイクさんがおっしゃってくださったりするくらい、ずっと自信がない状態で過ごしていました。いろんなものを与えていただいているのに、その理想像に追いつこうと頑張っても全然追いつけないみたいな感じの日々だったような気がします」

-2000年には、映画『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』にも主演されました-

「運動音痴で、泳げない、走れない、筋肉ないみたいな感じだったので、『なぜ隊長の役が来たんだろう?』って不思議な感じでした(笑)。ジムに行って筋肉をつけようと頑張ったんですけど、今よりもっと全然細かったですし、結構大変でした」

-ゴジラの背びれにつかまって…というシーンもありましたね-

「そうです。泳げないので立ち泳ぎして、船に囲まれて本当の海で撮影したんですね。『何かあったら、こんなにいるからすぐ助けるからね』って言ってたんですけど、引きの絵だったので、『もっと船どかせ、どかせ』ってなって、『よーい、スタート』ってなったときには船が全然見えなくなっちゃったんですよ。『ああ、私ここで死んじゃうかもしれない』って思いながら『ゴジラめ!』って言った記憶があります(笑)」

-あのときに泳げるようになって今も泳いだりすることはありますか?-

「お仕事だと本当にちゃんとやらせていただける機会があるんですけど、ギューっと凝縮してやるので、嫌いになるぐらいまでやるんですよ。だから、『こんなにやったんだから続けないと』という気持ちがあっても、撮影が終わって解放された途端に、『もうやらなくていいか』みたいになっちゃって(笑)。多分もう泳げないと思うんですけど、立ち泳ぎだけは出来ると思います」

運動は決して得意ではないが、年齢を重ねるに従い、鍛えなければいけないと思うようになったという田中さん。現在は体幹を鍛える全身運動、ストレッチ、カーヴィーダンスをしているそう。若いときより今のほうが疲れにくく、体調も良いという。次回後編では、公開中の映画『二宮金次郎』の撮影裏話、帽子デザイナーとしての顔についても紹介。(津島令子)

ヘアメイク:根津しずえ

(C)映画「二宮金次郎」製作委員会

※映画『二宮金次郎』
東京都写真美術館ホールにて公開中
全国各地の市民会館・公民館などで順次上映中
600以上の村の復興に命を懸けた二宮金次郎の生き様を描く感動作。
配給:株式会社映画二宮金次郎製作委員会
監督:五十嵐匠 出演:合田雅吏 田中美里 成田浬 榎木孝明(特別出演) 柳沢慎吾 田中泯

LINE はてブ Pocket
関連記事
おすすめ記事