
高所が苦手な小泉孝太郎、VRで上空8mの川越えを体験→大騒ぎする事態「すっげぇ汗かいた」
本日9月29日(火)、親戚コンビの石原良純と小泉孝太郎がMCを務め、日本のさまざまな名所を訪ねてその素晴らしさを探求する『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』が放送される。
今回の舞台は、富山県&岐阜県・飛騨高山。
ローカル番組を持つなど富山を愛してやまない男・良純と、富山はまだまだ初心者だという孝太郎の2人が、今年7月に新名称が決まったばかりの“富山高山すし空港”から旅をスタートする。
富山県の空港であるにもかかわらず、なぜ隣県である岐阜県の“高山”がその名に入り、さらに“すし”が冠されているのか? その謎を探るため、2人は富山湾の海産物を飛騨へと運んだ飛騨街道、別名“ブリ街道”をたどる大冒険へと出発。
命がけの街道の歴史から、外国人観光客で賑わう飛騨高山の現在、そして2つの地域を結ぶ独自の食文化をひも解いていく。
◆富山から高山へ命がけの“ブリ街道”
富山高山すし空港は日本で唯一、河川敷に滑走路を設置した空港。到着早々、2人は神通川のすぐ横に滑走路が走る独特な景観に大興奮する。
その後、新名称の謎を追い、富山湾の海産物を飛騨へ運んだ飛騨街道、別名“ブリ街道”をたどってみることに。
このブリ街道は、鉄道も整備された道路もなかった時代、海のない高山、ひいては信州に塩蔵したブリなどの海産物を届ける重要な流通ルートだった。
“歩荷(ぼっか)”とよばれる人々が塩ブリを4〜5匹、約40〜60キロも背負い、何日間もかけて峠や川を越え、富山から高山まで86キロにもおよぶ道のりを運んでいたのだ。
当時、川に橋を架けることができない渓谷では、綱に吊るした籠で人や荷物を運ぶ“籠(かご)の渡し”が使われていた。
そんな“籠の渡し”の恐怖を、VRでリアルに体験できる関所の資料館“猪谷関所館”を訪れた2人。
高いところが苦手な孝太郎はVRで上空8メートルの川越えを体験し、「下を見るとキツイですね!なんかすっげぇ汗かいた…!」と大騒ぎする。
続いて2人は、廃線となった旧神岡鉄道の線路を自転車で走る大人気アクティビティに挑戦。
深い渓谷や鉄橋などの雄大な絶景が広がるだけでなく、真っ暗なトンネルを疾走するスピード感も味わい、「楽しい」「気持ちいい」を連発。険しい山道に挑んだ先人たちに思いを馳せながら、ブリ街道の終着地のひとつ、飛騨高山へ向かう。
◆江戸時代の風情漂う高山
飛騨高山に到着した2人は、全国で唯一、主要建物が現存する代官・郡代所跡“高山陣屋”から、江戸の風情を残す古い町並みへと繰りだす。
高山は戦国武将・金森長近が京都を意識して碁盤の目状に設計した城下町で、“飛騨の小京都”と称されている。
現在は“世界で最も居心地の良い都市10選”にも選ばれ、外国人観光客も急増。街を歩く彼らに聞いたところ、高山は、大都市はもとより白川郷、金沢、松本、上高地など周辺の観光地を結ぶバス網が充実しており、アクセス抜群の観光拠点として人気があることが明らかに。
そんな高山の街で、2人は“五平餅”や“みたらし団子”を仲良く食べ歩き。飛騨牛の握り寿司を口にした孝太郎は「とろけるとろける! 大トロだ!」と絶賛する。
さらに2人は、江戸時代に海産物の独占的な取引を行なっていた高山の有力商人の痕跡や、富山と高山の関わりを示す360年以上前の絵馬などをたどり、両地域の長く深い関係を解き明かしていくことに――。
はたして、2人の大冒険から浮かび上がってきた、富山×高山の知られざる絆とは。
旅のしめくくりには、良純が以前訪れたことのある高山の老舗寿司店へ。
高山で大晦日に食べられてきた伝統の“焼き塩ブリ”や、ホタルイカ、甘エビ、ヒラメの昆布締めなど、今も富山湾から届く海の恵みを堪能。
なかでも2人は、焼き塩ブリのおいしさに「皮もバリバリでジューシー!」(孝太郎)、「食べたことあるようでない不思議な感覚!」(良純)と大感激。ブリがつないだ“縁”にあらためて感動する。
※番組情報:『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』
良純孝太郎が富山・飛騨高山を大冒険!
2026年9月29日(火)よる7:00~8:15、テレビ朝日系24局(※一部地域を除く)
※『火曜の良純孝太郎』は、TVerにて無料配信!(期間限定)
※動画配信プラットフォーム「TELASA(テラサ)」では過去回を配信中!







