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名古屋・栄でJKライフを送っていた少女が再びアイドルに戻るまで<大森莉緒>

現在、どれだけのアイドルが日本に存在するのかを断定するのは難しいが、“売れているアイドル“と定義できる存在となると、その数はぐっと減る。

例えば、武道館での単独コンサート開催を目標とするアイドルは少なくないが、実際にその地に立てた女性アイドルは、AKB48やももいろクローバーZをはじめとして、これまで30グループに満たない。

さらに近年の傾向として、HKT48からデビューした宮脇咲良(※現在はIZ*ONEに専念)に代表される「アイドルの掛け持ち」や「アイドルの転職」、「アイドルの再チャレンジ」も活発化しており、一口でアイドルと言ってもそのキャリアは多様化を極めている。

©テレビ朝日/テレ朝POST LoveCocchiのメンバー、大森莉緒

テレビ番組『ラストアイドル』から生まれたグループ、「Love Cocchi」のメンバー・大森莉緒は、3歳からキッズモデルを始め、小学校6年生のときに、ピンク・レディーの楽曲を歌い継ぐ「ピンク・ベイビーズ」のメンバーとして活動を開始した。

アイドルフェスへの出演や海外でのライブなど、精力的に活動するも、2017年にまさかのグループが活動休止。

地元名古屋へ戻り、一時は“フツウの女子高生”としてJKライフを謳歌するが、ステージが恋しい気持ちが消えることはなかった。

そして、当時イチ視聴者として見ていた『ラストアイドル』への挑戦を決意したのだった。

 

◆3歳からキッズモデルを始め、あの二人組をカバーするグループに加入

2001年12月、愛知県で生まれた大森莉緒。

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時2歳

小さなころからカメラが大好きで、家族がカメラを持っていると、「撮って〜」と映りに行く。そんな姿を撮影した動画が、実家に数多く残っているという。

「カメラに撮られるのが大好きで、歌うのも大好きでした。カラオケでは、プリキュアのかわいい衣装を着て、カラオケでアンパンマンとかプリキュアの歌をよく歌ってましたね」

3歳からはキッズモデルを始め、5歳から事務所に所属。小学5年生まで、モデル業をこなしていた。

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時3歳。子供服屋で初めてモデル撮影をしたとき

「『すくすくぽん!』(東海テレビ)っていう、子ども向けの番組に、お父さんと一緒に出たり。いろんな撮影がすごく楽しくて、こういうお仕事をずっと続けていきたいなって、ぼんやり思ってましたね」

小学生になっても、歌うことが大好き。学校でも友達と一緒に歌うことが多かった。

©テレビ朝日/テレ朝POST

「当時は少女時代さんが好きで、友達と一緒に歌詞を覚えて歌ったり。あと、AKB48さんはみんなが歌ってたので、私も歌ってました。駄菓子屋さんで、大島優子さんのカードを集めたこともありましたね」

小学6年生になったある日のこと。

いつものように、母とカラオケに行くと、とあるオーディション情報を目にした。

ピンク・レディーの楽曲を歌い踊るボーカルユニット“ピンク・ベイビーズ”のメンバー募集だった。

「カラオケで歌うだけで応募ができるオーディションでした。もともと、お母さんの影響で、ピンク・レディーやキャンディーズなど昔の曲もよく聞いてたので、すぐに歌えたんです。歌も好きだったし、軽い気持ちで受けてみたら、合格しちゃいました」

 

◆インドネシアのステージに立ったことも

最年少でグループに加入した大森だが、ピンク・レディーの楽曲の多くを知っていたので、歌詞を覚えることに苦はなかったという。

「『ペッパー警部』とか『UFO』をすぐに練習して。最初に撮影したMVは、『ウォンテッド(指名手配)』です。お母さんがクルマのなかでよく聞いてたので、一緒に口ずさむようになっていたんです」

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時12歳

その一方で、ダンスでは苦戦。小5からダンスのレッスンを始めていたが、周囲は年上ばかりで、ついていくだけで必死だった。

「お姉さんたちみんなダンスが上手で、自分がいちばん下手くそでした。振り付けを覚えるのも遅いし、レッスンに行きたくないと思って、いやいや行ってた時期もありました」

しかし、いざステージに立ちはじめると、楽しくて仕方がない。

「たぶん、最初はそんなに大きくないライブハウスだったと思うんですけど、初めてステージに立ったときは、すごく楽しかったんです。早く次のライブがやりたいって思ったくらい。学校のスピーチとかでは緊張するのに、なぜかライブはぜんぜん緊張しないんですよ」

©テレビ朝日/テレ朝POST

ピンク・ベイビーズ時代に、印象に残っていることが2つあるという。ひとつは、海外でもライブをやったこと。

「インドネシアとフランスでライブをやったことがあって、私はインドネシアに2回行きました。私たちのことを知ってる人がいるのかな…って不安だったんですけど…会場では思った以上にたくさんの方たちが暖かく迎えてくれて、ライブ中も名前を呼んでくれて。すごく嬉しかったです」

もうひとつは、競争を勝ち抜いて大きなアイドルフェスに出演したことだ。

「グループから代表がひとり、アプリで動画を生配信して、期間中にポイントが多かった上位3グループが、『@JAM EXPO』というフェスに出られる企画があって。私はその代表になって、ファンの方たちのおかげで出演できたことが嬉しかったのを覚えています」

©テレビ朝日/テレ朝POST

 

◆「ある日突然、『グループは活動休止、メンバー全員が卒業』って…」

そんなワンマンライブやフェス出演など、地道に活動を続けていた矢先、2017年に突然の活動休止発表がなされた。

©テレビ朝日/テレ朝POST

「ある日突然、『グループは活動休止、メンバー全員が卒業』って言われて、聞かされた時は、息ができないくらい泣いちゃいました。悲しくて、悔しくて、ずっとやってきたものがいきなりなくなって。これからどうしたらいいんだろうって感じでしたね。武道館とか、もっと大きい舞台でライブをしたい、歌番組にも出たいねって、みんなで言ってたのに、なにも達成できないまま、終わってしまったんです」

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時16歳。のちにアイドルグループは活動休止に。

ピンク・ベイビーズ卒業後は地元の名古屋で、アイドル時代にはできなかった、普通の女子高生ライフを楽しむしかなかった大森。

 

◆名古屋・栄で普通の女子高生ライフを送るも満たされない日々

「中3まではずっとピンク・ベイビーズの活動で忙しかったから友達と遊ぶことはぜんぜんなかったので、そのぶんを取り戻すくらい、たくさん遊びました。栄に行って、ショッピングをしたり、プリクラを撮ったり。それ自体は楽しかったはずなんですけど、心のどこかで『またステージに立ちたい』って思っていて…」

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時16歳。名古屋で普通の女子高生ライフを送っていた

『ラストアイドル』の放送開始後も、一人の視聴者として番組を見ていたという。

「あ、こんなのやってるんだって、普通に見てました。まさか、自分が出ることになるとは思ってなかったですね(笑)。でも、もし出れたらいろんな人に見てもらえるチャンスだなって、ぼんやり思ってたので。出れることになったときは、いままで悔しい思いをしたぶん、絶対に勝ちたいって気持ちでした」

©テレビ朝日/テレ朝POST

バトルでは残念ながら、敗退。しかし、セカンドユニットの「Love Cocchi」として、活動することとなった。

 

◆つんく♂の外見プロデュースで自分が変わった

これまでピンク・レディーの曲を歌い継いできた彼女にとって、自分のために曲が作られることは初めての出来事だった。

「ピンク・レディーさんの曲も大好きだったんですけど、自分たちの曲ではない、という意識が強かったです。だから、Love Cocchiのメンバーになって、自分たちのために曲を作ってもらえるということは、本当に嬉しかったですね」

©テレビ朝日/テレ朝POST

ユニットごとのバトルが繰り広げられた2ndシーズンのはじめで、Love Cocchiはつんく♂のプロデュースを受けることに。

「他のみんなとよく話してたんですけど、つんく♂さんの『“みんな”に歌うんじゃなくて、“私からあなたに”歌ってね』って言葉が、すごく刺さりました。ライブでお客さんがたくさんいると、みんなに向けて歌ってるつもりだったけど、この言葉を聞いてからは、一人ひとりを意識するようになりました」

また、外見についてのプロデュースもあり、自分のあらたな一面を発見できたという。

「『青春シンフォニー』のMVでは、外見をいろいろ変えることになりました。(石川)夏海ちゃんは、ずっと伸ばしてた髪の毛をショートカットにしろって言われて、すっごく嫌がってて(笑)。でも、実際ショートにしたら、そのほうがすごく似合ってるんです。私も髪型にはこだわりがあったんですけど、『耳の形が特徴的でいいね』『耳を出して』って言われてやってみたら、これもアリかもって思えて。新しい自分に気づいた気がしました」

 

◆ステージに立って知ったテレビに出る影響力

ラストアイドルに入ってからは、ワンマンライブやフェスの出演も続々と決まった。かつて、ピンク・ベイビーズ時代には、競争を勝ち抜いてなんとか出ることができた「@JAM EXPO」でも、最初からメインステージに立つことができたのだ。

©テレビ朝日/テレ朝POST 大森はアイドルとして戻ってきた

「ピンク・ベイビーズで出たときは小さなステージだったので、夢のようでした。こんなに大きいステージに立てると思ってなかったので…。うちわやタオルを持ってくれていると、嬉しいですし、やっぱりお客さんが多いと気合が入ります」

ステージの規模は変わったが、やっていること自体は当時となにも変わっていないという。

「ピンク・ベイビーズのときも、一生懸命頑張っていたと思うんですけど。やっぱり、テレビで何回も放送されて、沢山の人に知ってもらえることって、大きいことなんだってあらためて思います」

©テレビ朝日/テレ朝POST

この「ラストアイドル」は、他グループとの兼任が認められているのが大きな特徴だ。大森も、Love Cocchiでの活動の傍ら、ダンスボーカルユニット「eyes」での活動を続けている。

「地元でふつうに女子高生として過ごしてたとき、eyesを作るから入らないかって声をかけられて。まだラストアイドル挑戦も考えてなかったときです。当時からステージに復帰したいという気持ちもあったし、ピンク・ベイビーズで一緒だったメンバーもいたので、やってみようと思いました」

©テレビ朝日/テレ朝POST

現在も掛け持ちは続けているが、その忙しさはまったく苦にならず、むしろ幸せを感じているという。

「女子高生として毎日楽しく遊んでた時は、いま振り返ってみると、ちょっと時間を持て余していた気がして。いまは忙しいのは大変ですけど、活動は楽しいし、自分が求められている感じがして、すごく幸せです。今後は女優さんやモデルの仕事にも挑戦してみたくて、東京ガールズコレクションのランウェイを歩くのが夢です!」

<撮影:スギゾー、取材・文:森祐介>

©テレビ朝日/テレ朝POST

※大森莉緒(おおもり・りお)プロフィール

2001年12月、愛知県生まれ。3歳でキッズモデルとなり、小学6年生時に、ピンク・ベイビーズに加入。有名アイドルフェスや海外でのライブも経験。「ミスiD2017 フォトジェニック賞」受賞。虫歯になった経験がないため、歯並びに自信を持つ。

※リリース情報

2019.4.17 Release 6th Single『大人サバイバー』

表題曲は、メンバー52人全員が歌唱。初回限定盤Type-A~Cそれぞれには、1期生・2期生・2期生アンダーの楽曲が収録される。

※番組情報:ラストアイドル4thシーズン『ラスアイ、よろしく!
【毎週土曜】深夜0:10~0:35、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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