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看護師の夢を諦めて入ったアイドルグループが1年半で解散。社会人からアイドル再挑戦した少女<池松愛理>

現在、どれだけのアイドルが日本に存在するのかを断定するのは難しいが、“売れているアイドル“と定義できる存在となると、その数はぐっと減る。

例えば、武道館での単独コンサート開催を目標とするアイドルは少なくないが、実際にその地に立てた女性アイドルは、AKB48やももいろクローバーZをはじめとして、これまで30グループに満たない。

さらに近年の傾向として、HKT48からデビューした宮脇咲良(※現在はIZ*ONEに専念)に代表される「アイドルの掛け持ち」や「アイドルの転職」、「アイドルの再チャレンジ」も活発化しており、一口でアイドルと言ってもそのキャリアは多様化を極めている。

©テレビ朝日/テレ朝POST Good_tearsのメンバー、池松愛理

テレビ番組『ラストアイドル』から生まれたグループ、「Good Tears」のメンバー・池松愛理は、中学3年生の頃にダンスコンテストで九州3位に輝き、福岡を拠点に活動するアイドルグループ「Rev. from DVL」の一員として活動していた。

Zepp Fukuokaなど、日本各地の大きなステージに立ちパフォーマンスをしていた池松だったが、2017年にグループが解散。一時は芸能界を諦め、社会人として働く日々を送っていたが、アイドルとして不完全燃焼な気持ちが消えなかったという。

そんな中、応援してくれたファンの気持ちに応えられなかったという、自身が抱いた不甲斐ない気持ちを拭うべく、「ラストアイドル」へ挑戦することを決意したのだった。

なぜ、彼女は社会人からアイドルに復活したのか。“出戻りアイドル”、池松愛理の半生をご覧いただこう。

 

◆「芸能事務所に入れば礼儀を教えてくれる」

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時4歳。この後、ダンスに夢中になる

1996年8月、福岡県久留米市で生まれた池松愛理。

3歳から近所のダンススタジオでヒップホップダンスを始め、小学生になる頃には、よりいっそうダンスにのめり込んでいった。

「当時はモーニング娘。さんやミニモニ。さんが好きでした。4年生になった頃からは、福岡市内の少し遠い本格的なダンススタジオに通うようになりました」

同じ時期から、芸能事務所にも所属。CM出演などの仕事もこなすことに。

「もともと芸能界に興味があったわけではないんです。田舎育ちで礼儀がなってないことを心配した父が、友人から『芸能事務所に入れば礼儀を教えてくれる』って聞いて、今も所属している事務所に入ることになりました」

ダンスに熱中するあまり、小学生のうちから大きな大会にも出場。当時目指していたのは、九州全土の頂点を決める大会のナンバーワンだった。

 

◆看護師になるため、ダンスを引退

©テレビ朝日/テレ朝POST

「九州で一番大きい、『OXY DANCE BATTLE』というダンスの大会があるんです。ダンスをやってる子たちはみんな、そこを目指して1年間毎日練習する、大きな大会です。私も毎日踊ってましたね」

その努力がみのり、中学3年生のときには大会で3位に輝いた。

「同じスクールで一緒にダンスを習ってたのも、すごく上手な子たち。Flower、E-girlsのメンバーになった市來杏香(現在は芸能界を引退)とか、いろんな子たちから刺激を受けながら頑張ったことで、3位になることができました」

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時14歳。ダンスに夢中だったころ

だが、ダンスで好成績を修め満足したこともあり、池松は中三からは受験勉強に専念することとなった。

「ちょうどその頃に、大好きだったひいおじいちゃんが病気で亡くなったんです。亡くなる直前まで病院に通い続けたことがきっかけで、看護師さんに憧れるようになって。死が近づいた人たちを看取る、ホスピスで働く精神科の看護師さんになるために、進学校に通いたい。そう思って、ダンスも芸能活動もすべて辞めて、勉強に専念しました」

ダンスの猛特訓で培った根性もあってか、受験前の追い込みで、池松は難関の進学校に見事合格。

「1日に9時間は勉強する、スパルタな進学校に通っていました。国公立に進学する子が多い学校のいちばん上のクラスで、勉強漬けの毎日を送ってましたね。朝は7時半から授業があるので、朝ごはんは食べずに学校に持って行くんです」

◆黒木瞳、松雪泰子、田中麗奈も受賞したミスコンでグランプリに

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時17歳

勉強漬けの毎日を送る中、高校2年生になった頃、ある一報が届いた。

久留米市で毎年行われている「いちご姫コンテスト」に池松がノミネートされたのだ。

このミスコン、過去には黒木瞳、松雪泰子、田中麗奈らを輩出した伝統あるコンテスト。審査員が独自の情報をもとに、当該地域の高校を視察し、候補者を決めるという仕組みになっている。

「心の片隅には芸能活動への未練も残ってたみたいで…。悩んだ末、コンテストに出る決心をしました。もしグランプリを獲れたら芸能活動を続けて、準グランプリ以下だったら、すっぱり諦めよう。そう思ったんです」

ここで池松の人生は変わった。

結果は、見事グランプリ獲得。

©テレビ朝日/テレ朝POST 当時18歳。いちご姫コンテストでグランプリを獲得

教師に引き止められながらも、芸能活動を再開した。この機会で、池松はRev. from DVLへ加入したのだった。

◆アイドルグループに加入するも…まさかの解散

©テレビ朝日/テレ朝POST

「中3からしばらく踊っていなかったので、大丈夫かな?と思ったこともあったんですけど、ステージに立つのはすごく楽しかった。自分を一番表現できる実感がありました。やっぱり、踊ることは大好きだな、やめられないな、と思いました」

Rev. from DVL は、2003年に結成、福岡を拠点に長らく活動してきたグループだ。これまでに厳しいダンスの練習や、猛勉強をしてきた自負が少なからずあった池松だが、このグループのストイックさには驚いたという。

©テレビ朝日/テレ朝POST Rev. from DVL時代。当時20歳

「毎週土日はイベントに出演、平日は毎日何時間もレッスンをして。活動歴が長いから曲数も多いし、セットリストも毎回変わるので、本当に必死でした。みんなの夢は、紅白歌合戦に出ること。その夢のために、毎日必死で練習していたんです」

懸命にくらいつき、加入から約1年半。

Zepp FukuokaやZepp DiverCity、赤坂BLITZなど、大きな舞台でのライブも増え、自身のファンも徐々に増えてきた頃、なんとグループの解散が決まってしまう。

「正直、自分のなかでぜんぜん消化できなかった。せっかく看護師になるって夢を諦めたのに、こんなところで終わっちゃうのかって」

2017年3月に解散ライブを行った後、不完全燃焼な気持ちを抱えながら、立ち止まることだけはしたくないと、社会人となった池松。

©テレビ朝日/テレ朝POST

「Rev.の活動がストイック過ぎたこともあって、いったん芸能活動はお休みしようと思って。4月から社会人になりました」

◆社会人として好成績を残すも、アイドルに再挑戦

そんな社会人として慣れ始めたある日、「ラストアイドル」の話が舞い込んだ。

©テレビ朝日/テレ朝POST

「事務所の方が、名前だけは残してくれていたんです。これはチャンスだと思ったのですが、当時はすぐには辞めれなくて。でも、Rev.で私を支えてくれた人たちにまだ恩返しができてないという気持ち、まだアイドルの世界へ戻りたいという気持ちもあったから、挑戦することに決めました」

その結果、Rev.の解散からわずか半年後には、『ラストアイドル』のセカンドユニット、「Good Tears」のメンバーとして活動することが決まったのだった。

◆「Rev.時代のファンも来てくれてるのに、メンバーだけがいない」

『ラストアイドル』の一員となった池松は、活動開始からすぐに、大きな舞台に立つことになっていく。

©テレビ朝日/テレ朝POST 21歳。池松はアイドルとして戻ってきた

「『TOKYO IDOL FESTIVAL』ではメインステージに立たせていただいて、Rev.時代も同じステージに出ていたので、懐かしいな…って。Rev.のレッスンは本当に大変だったので、それを思い出すと、ほぼ未経験の子でも大きな舞台に立てちゃうのは、ちょっと複雑な気持ちもあります(笑)」

さらに、他グループとの兼任が可能な、ラストアイドルならではの気持ちを抱いたことも。

「1stコンサートで、兼任グループのメンバーを呼べるコーナーがあったんです。その大きなステージで、私もRev.のみんなを呼びたかったな…とさみしい気持ちになりました。Rev.時代のファンも来てくれてるのに、メンバーだけがいない。一緒に頑張ってきたメンバーたちを、多くの人に見てもらいたかったです」

2018年には「ミスマガジン」で読者特別賞を獲得。グラビアの仕事もこなすなど、活動の幅を広げている。

「最初はグラビアをやることになるとは全然思ってなかったんです。ミスマガジンのオーディションも、たぶん受からないから、とりあえず応募してみただけだったので。『いちご姫コンテスト』の時もそうだったけど、いつもそんな感じなんです(笑)」

何度も芸能活動から離れようとしてきたが、そのたびに、何度も戻ってきた池松。

高校生だった頃、看護師の夢を諦めてまでアイドルになったことを後悔していないのだろうか。

「後悔してないです。テレビや雑誌に出たり、徐々にできることが広がっていてすごく楽しいので。何より、Rev.時代からのファンの人たちが、新しいファンの人たちと一緒に、今も支えてくれているんです。ファンの人達と一緒に喜べることを増やすためにも、もっと活躍できるように頑張りたいです」

©テレビ朝日/テレ朝POST

番組に挑戦したことで、トップクラスのクリエイターの指導を受けられたことも、励みになっていると池松。

特に印象に残っているのは、2ndシーズンのパフォーマンスバトルでGood Tearsのプロデュースを担当した織田哲郎だという。過去にはZARDなどの楽曲提供をてがけ、1990年代にミリオンセラーを連発。近年はAKB48などの楽曲制作も担当しているヒットメーカーだ。

「本当にイチから指導をしていただきました。たとえば、私の歌い方には癖があるらしくて、歌い出しが0.5秒遅いって言われたんです。でも、私には何度聞き直してもわからないくらい。スゴい方たちに指導してただけるたびに、これまで続けてきてよかったと思います」

様々な経験を経て、池松はこの先、何を目指すのだろうか。

「紅白歌合戦のステージは1回でいいから踏んでみたい。もう、紅白に出れたら死んでもいい! そのくらいの気持ちです。高校を辞めた時も、先生にすごく引き止められたんです。学校の歴史で、進学しなかったのは、私ひとりだけだったから。紅白に出れないと、あの先生にも顔向けできないですね(笑)」

<撮影:スギゾー、取材・文:森祐介>

©テレビ朝日/テレ朝POST

※池松愛理(いけまつ・あいり)プロフィール

1996年8月、福岡県生まれ。中学3年生時に九州全土のダンス大会で3位となる。2014年、田中麗奈らを輩出した「いちご姫コンテスト」でグランプリを獲得。2018年、「ミスマガジン」読者特別賞を獲得し、グラビアの仕事もこなしている。高校時代には、学校で朝のお弁当としてカレーやチゲ鍋を食べていたなど、胃袋が強い。

※リリース情報

2019.4.17 Release 6th Single『大人サバイバー』

表題曲は、メンバー52人全員が歌唱。初回限定版Type A~Cには、昨年12月に行われたデビュー1周年記念コンサートの模様が、メンバーのオーディオコメンタリーと共に前編、中編、後編に分けて収録される。

※番組情報:ラストアイドル4thシーズン『ラスアイ、よろしく!
【毎週土曜】深夜0:10~0:35、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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