テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
menu

大船渡の漁港、復活の裏に“海外ボランティア団体”「助けられた気持ちは永遠に消えない」

テニスの現役を退いてから、“応援”することを生きがいにしている松岡修造。

現在は2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて頑張る人たちを、「松岡修造の2020みんなできる宣言」と題して全国各地を駆け巡って応援している。

今回、修造が訪れたのは岩手県・大船渡市にある小石浜漁港。

三陸を代表する海の幸、ホタテの生産地として知られているこの地で、ホタテ漁の責任者を務めているのが佐々木淳さんだ。

©TOKYO応援宣言

陸の近くでも水深が深いコバルトブルーの海は、栄養豊富。佐々木さんは品質を守るために、生産制限をしながら自慢のホタテを育ててきた。

とれたての特大焼きホタテをさっそくいただいた修造は「もうホタテトランポリン!口の中で跳ねまくっています!」と大絶賛。

©TOKYO応援宣言

大きいだけでなく、弾力抜群の美味しいホタテ。産地の小石浜という地名にちなんで「恋し浜ホタテ」と言われている。

◆「もうホタテが作れない」救った海外ボランティア

この味を守る佐々木さんは、東京2020に向けたPR動画に参加し、こんなメッセージを添えていた。

「本当に全世界の方々、我々を復活させてくれてありがとうございます」(佐々木さん)

全世界に感謝する想いとは一体どういうことなのか。きっかけは2011年3月11日に起きた東日本大震災だった。

「大きな地震があった時、海の上で仕事していたんです。いきなりガガガガンみないな感じで、音がすごかったですね。流木が船に激突してきたような衝撃を受けました。すぐに陸に戻りましたが、もうめちゃくちゃでした」(佐々木さん)

©TOKYO応援宣言

50隻あった船は、ほとんどが消失。ホタテの養殖施設も津波で流され、骨組みだけになった。

「もうホタテが作れない」――。わずか30世帯の小さな町にある漁港だっため、行政の助けもすぐには来ず、絶望的な状況だった。

しかし、そんな佐々木さん達に“意外なところ”から救いの手がきたという。

「“オールハンズ”という海外のボランティア団体の方々が、たまたま大船渡に入ってきてくれて、瓦礫の撤去や、道路にある側溝の掃除、泥かきを全てやってくれたんです」(佐々木さん)

©TOKYO応援宣言

救いの手を差し伸べてくれたのは、海外からのボランティア。小石浜とは縁もゆかりもないにも関わらず、海外から次々と駆けつけたのだった。そして、その輪はどんどん広がり、多くの寄付金も集まった。

当時、小石浜を訪れ寄付をしたアメリカ人のライアンさんは「漁師と話すと『将来がわからない』『仕事がない』『町自体がなくなる』と非常に心配をしていました。すぐに動かないといけないと分かり、寄付をすると決めました」と語る。

海外からの寄付金が集まり、震災からわずか2年でホタテの養殖施設が復活。今では「恋し浜ホタテ」も震災前とほぼ同じ出荷量に回復した。

©TOKYO応援宣言

「東京2020をきっかけに、復活できたことを伝えられるチャンスが出てくるかもしれないという気持ちは強く思いましたね。

一言でいうと『世界は1つ』。人というのはバラバラではないんですよね。助けられたという気持ちは、永遠に消えないと思います」(佐々木さん)

©TOKYO応援宣言

佐々木さんのできる宣言は「恋し浜ホタテで世界に感謝の気持ちを伝えたい!」。世界中の人に助けられた恩を返すべく、佐々木さんは今日も漁に出る――。<制作:TOKYO応援宣言>

※番組情報:『TOKYO応援宣言
毎週日曜あさ『サンデーLIVE!!』(午前5:50~)内で放送、「松岡修造の2020みんなできる宣言」も好評放送中、テレビ朝日系

LINE はてブ Pocket
関連記事
おすすめ記事