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生田智子、夫・中山雅史と交際のきっかけは三浦りさ子の“報せ”

©テレビ朝日

1982年に映画『ウィーン物語 ジェミニ・YとS』で正式デビューした生田智子さん。高校、短大時代は学業を優先し、卒業後に本格的な芸能活動を始め、数多くのテレビドラマ、映画、舞台に出演し、正統派の美人女優として人気を博す。

1996年、当時ジュビロ磐田に所属していたサッカー元日本代表・中山雅史さんと結婚。2011年までの15年間を静岡で過ごす。近年は連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)をはじめ、ドラマ、映画、韓国ドラマの吹き替えなど幅広いジャンルで活躍中の生田智子さんにインタビュー。

20歳

◆“たのきん”映画に出演した高校時代

幼稚園に通っていた3歳からモダンバレエと日舞を習っていた生田さん。中学3年生のときに転校した学校のダンス部が全国コンクールで優勝する実力校。ダンス部の練習を見に行った生田さんは、そのレベルの高さに驚かされたという。

「先輩たちがものすごくうまくて感動しちゃって…。勧誘されたこともあって部活に入ることにしたんです。そこからはもう部活しかやっていないような学生生活でした。勉強した記憶があまりないんです(笑)。

全国コンクールの優勝を目指していたので、朝早く学校に行ってダンス、昼休みもダンス、午後もダンスという生活でした。私は中3から入りましたけど、中3のときに全国コンクールで優勝したんです」

-転校早々に優勝ですか。すごいですね。芸能活動は?-

「一応学校から許可はもらっていましたけど、学生生活を優先にという学校だったので、ほとんど仕事はせずに普通に通学していました」

-デビューされたのは高校生のときですか-

「はい。高校1年生のときでした。それが“たのきん”(田原俊彦・野村義男・近藤真彦)映画『ウィーン物語 ジェミニ・YとS』だったんですけども、学校で騒がれて先生に注意されてしまったんです。皆さん成長期の多感なときに影響しちゃうといけないっていうことで」

-大人気のたのきんトリオとのお仕事となると、嫉妬されますよね-

「そうですね。学校にも『私はトシちゃんと結婚する!』って言うような子がいっぱいいましたからね(笑)。色々なことがありました。でも、全くまわりを気にしないで学生生活を送っていました」

-本格的にお仕事をされたのはいつ頃からですか-

「20歳を過ぎてからですね。高校を卒業してから日本女子体育短期大学(現・日本女子体育大学)に入学したんですけど、舞踊科だったので実技が多く、授業に出ないと単位がもらえなかったんですよね。

それで本格的なお仕事は卒業できることが確実になった2年生のときの舞台でした。ちょうど公演と卒業の時期が重なってしまい、卒業式には出られませんでした」

※生田智子プロフィル
1967年2月13日生まれ。東京都出身。映画『ウィーン物語 ジェミニ・YとS』(1982年)でデビュー。以降、数多くのドラマ、映画、舞台に出演。2004年、韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』(NHK)ではイ・ヨンエが演じたヒロインのチャングムの吹き替えを担当。

近年は母親役を演じることが多く、現在公開中の『あまのがわ』では主人公の母親役、3月15日に公開される映画『君は月夜に光り輝く』では“不治”の病を患った娘の母親役を演じている。

©テレビ朝日

◆「ドーハの悲劇」の後、交際がスタート

※「ドーハの悲劇」=1993年10月28日、カタールの首都・ドーハで、1994FIFAワールドカップアメリカ大会のアジア地区最終予選でイラク代表と戦った日本代表。この試合に勝てばワールドカップに出場できたのだが、ロスタイムでイラクに同点ゴールを喫し、日本はワールドカップ初出場を逃した。

-中山さんとの出会いは?-

「試合の帰りだったような気がします。三浦選手(三浦知良)だけではなくて他にもいろんな方がいて、そのなかにたまたま夫もいたという感じでした」

-お付き合いするきっかけは「ドーハの悲劇」だったのですか?-

「あの試合のときにはすでに友だちだったので、出発前に連絡しようと思っていたんですけど、気がついたときにはもう出発したあとだったんです。それで『ドーハの悲劇』と言われたあの試合でしたから…。

友だちとして電話すれば良かったなあって、ずっと後悔していたんですよね。

あの試合の後、帰国してから、三浦りさ子ちゃんが『ゴンちゃん、すごい熱出しちゃって大変みたいよ』って連絡をくれたので電話をしたのを覚えています」

当時、中山さんはジュビロ磐田に所属していたため、東京と静岡の遠距離恋愛だった。そして1996年3月に結婚。そして二人は静岡で結婚生活をスタート。2004年に第1子が誕生している。

-ご結婚されたときにお仕事をやめることを考えていたそうですね-

「はい。やめなければいけないと思っていたんですよね。地方に行くということもありましたし、スポーツ選手の妻というのは、全部サポートしていかないといけないんだろうなあと思っていました」

-それが仕事を続けてもいいということになったのは?-

「最後の舞台だと思っていたので、やっぱり発散していたのでしょうね(笑)。その舞台を見て『こんなに楽しそうにやっているんだったらやめなくてもいいんじゃないか』って思ってくれたみたいです(笑)。

静岡にいた間は母に協力してもらって、雑誌のモデルや情報番組のコメンテーターなどを中心に。舞台の仕事もやらせてもらいました」

©テレビ朝日

◆嫁入り道具は料理本と料理番組の録画ビデオ

現役アスリートの妻であり、成長期の子どもを持つ母親でもある生田さん。食材にもこだわり、バランス良く何でも食べるがモットー。アスリートフードマイスター3級の資格を持ち、ブログでも彩り美しいおいしそうなお料理の数々を紹介しているが、料理を作り始めたのは結婚してからだというのだから驚く。

※アスリートフードマイスター3級=スポーツに適した体作りや競技の特性に合わせた食事の知識を学び、「何を選び、いつ、どのように食べたらよいのか」を分かりやすく伝えるのが役割。

-もともとお料理はされていたんですか-

「いえ、ずっと両親と住んでいましたので、家でお料理はやっていなかったです。結婚してからです。

たまたま母が栄養士の資格を持っていたので、私の場合は最初から母に聞いていました。あとは料理番組を録画したり、料理雑誌などをいっぱいためておいて、結婚した際に持っていきました(笑)。

最初はほうれん草のゆで方とか、その辺から雑誌で見て自分なりにやっていました。今はスマホさえあれば何でもできるので楽ですよね (笑)」

-アスリートの奥様ですから大変そうですよね-

「皆さんそうおっしゃるんですけど、そんなことないです。若いときはもっと量も食べましたけど、今は逆に体脂肪を気にするので、量が多いと怒られちゃいますしね。

いろんなものをちょこちょこと食べるという感じなので、食材の栄養バランスを考えて種類をいっぱいということです。

今は健康ブームですし、外で買ったものでももちろんおいしいですしね。便利な調味料も料理グッズもありますから、色々利用させてもらっています」

-中山さんは51歳、今も現役でということがすごいですね-

「そうですね。毎日トレーニングしていますから。やっぱり運動するってすごいなと思うんですけど、脳も若くなるんですね。それは検査してもらってわかったんですけれども、血流が良いみたいです。

ただ、ちょっと職業的にやりすぎの傾向はありますけどね。今もほぼ毎日3時間は練習していますからすごいです」

 

中山さんは週に2回は午前5時に起きて沼津に向かい、チーム(アスルクラロ沼津)に合流して練習しているそう。何もしない日は週に1日だけ。生田さんは仕事で留守にするときは家弁を作っているという。

「私が用意しないと、『何を食べているんだろう?』っていうことになっちゃうんですよ。男の人っていい加減じゃないですか(笑)。

自分でも気をつけていますけど、ある程度栄養の知識があるのであまり心配していませんが。次の日の料理を考えるためにも、一応把握したいと思っているんです。

夫は自分にも厳しいので、絶対さぼらないし、決めたことは必ずやる。嫌なことはまず先にやるタイプの人。私にはマネができないです。マネジャーさんも『頭が下がる』って言うくぐらい頑張り屋です。そうじゃないとこの年までサッカーはできないですよね」

-中山さんとかカズ(三浦知良)さんは本当にすごいですよね-

「すごいです。やっぱり好きなんでしょうね。スペシャル大好きなんだと思います、サッカーが(笑)」

おしどり夫婦として知られる二人は2011年、「第4回プラチナ夫婦アワード」を受賞。次回後編では、長澤まさみさんの芸能界入りのきっかけに生田さん夫婦が関係したこと、公開中の映画『あまのがわ』の撮影裏話、ストレス解消法を紹介。(津島令子)

ヘアメイク:室岡洋希(スリーピース)
スタイリスト:加藤 万紀子
衣装協力:セットアップ RE syu Ryu

(C)あまのがわフィルムパートナーズ

映画『あまのがわ』公開中
配給:アークエンタテインメント
監督:古新舜 出演:福地桃子/杉本彩 生田智子 水野久美 他

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