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顧客満足度100%があり得ない”特殊な仕事”。サッカー審判員の知られざる世界

『サッカーAFCアジアカップ2019』でアジア王座奪還を目指す日本代表の戦いは、明日2月1日(金)の夜、ついに決勝を迎える。

大迫勇也選手の”半端ないゴール”は見られるのか?吉田麻也選手や冨安健洋選手を中心にした守備陣がカタールの攻撃をどう止めるか?など選手たちへの期待と注目が高まっているが、その試合をジャッジする審判に目を向ける人は少ないだろう。

写真提供:©アフロ

だが、審判は言うまでもなく試合の勝敗を左右する重要な存在。話題のVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)をコントロールするのも審判だ。そんな彼らについて考えてみると、さまざまな疑問が浮かんでこないだろうか。

「彼らはなぜ審判を志したのか?」

「審判は組織に所属している会社員なのか?プロなのか?」

「選手と違い、”勝敗もつかない仕事”にやりがいはあるのか?」

「普段どのように生活しているのか?」

今回はそんな審判に関するあらゆる疑問について、日本サッカー協会(JFA)の小川佳実審判委員長、2010年南アフリカと2014年ブラジルワールドカップの審判を務めた西村雄一審判員に話を伺った。

◆顧客満足度100%がありえない仕事

「レフェリーは正しいジャッジをするのが役割です。現在開かれているアジアカップのように、VARが導入されているならばなおさらです」

そう語るのは、審判員として、また審判員をマネージメントする役割を担って30年以上の日本サッカー協会審判委員長の小川氏。まず、小川氏は審判という役割の特殊性を以下のように語ってくれた。

「多くの職業では顧客満足度を高めることが目標とされています。その点で言えば、審判という職業はすべての人を満足させることが絶対にできない特殊な仕事です。試合には勝敗がつき、我々がその判定に携わるわけですから、たとえ判定が正しかったとしても、敗退したチームが満足できないことも出てくるはずです。そのため、審判は両チームの選手やサポーターなど全員に満足を提供することができないのです」

顧客満足度100%を達成できない――。

言われてみれば納得だが、それを聞いただけで特殊な仕事であることがわかる。

ならば、自ずとこんな疑問が浮かび上がるだろう。

なぜ彼らは審判を目指したのか? なぜ審判を続けるのだろうか?

◆人はいつ審判になるのか

小川氏に審判のキャリアについて聞いてみた。

「かつてはコーチや監督など、指導者が審判を務めるのが一般的でした。私もそのキャリアです」

小川氏は、静岡の強豪校として知られる藤枝東高校から筑波大学へ進学。教師としてサッカーの指導者となったが、程なくして審判に転向したという。

2010年南アフリカ、2014年ブラジルワールドカップの主審を務めた西村雄一審判員もその例外ではない。

「私は元々少年サッカーの指導者でした。指導者をしながら会社員として営業職に就いていましたが、2004年にプロの審判員に転職し、現在に至ります」

西村氏が審判を務めた”デビュー戦”は今でも忘れはしない。会社員をしながら東京都の少年サッカーチームのコーチをしていた時のことだ。

「大切な都大会のトーナメントで、レフェリーの残念なジャッジがありまして。得点にかかわる大事なジャッジでしたので、結果としてチームが敗退してしまったんです。そこで子どもたちにとって満足のいく判定をしなければならないと思い、審判員の資格を取ろうと思ったのです」

こうして審判員としてのキャリアをスタートさせた西村氏。とは言え、最初はあくまで本業ではなく趣味・ボランティアとして携わっていた。

西村氏によれば、現在も会社員や公務員をやりながら「趣味・副業」として審判を務めている人が大半だそうだ。

「海外を見ても、本業をしながら審判をこなしている人がほとんどです。具体的な職業で言えば、教員が多かったですね。かつては6割以上が教員でした。いまは4割くらいでしょうか」(西村氏)

◆Jリーグは1試合12万円。海外は……

では、審判だけでは生活していくことは困難なのだろうか?

「試合の規模によってギャランティーはさまざまです。日当という時もあれば交通費だけ支給という時もある。多くのみなさんが審判員の立場でサッカーというスポーツを応援したいという気持ちで取り組んでいるので、お金が目的ではありません。少年サッカーの試合ですと、大会参加費の予算から500円だけいただくという時もあります」(西村氏)

だが、Jリーグなどのプロとなると話は別。小川氏によればJ1リーグの主審は一試合12万円、副審は6万円が支払われるという。

「海外に目を向ければ、その額はさらに増えます。スペインのリーガエスパニョーラならば主審で一試合80万円、ドイツのブンデスリーガは60万円と言われています。Jリーグの審判員の報酬と大きな差がありますが、世界屈指の選手がプレーするリーグであるからこそ、このような報酬が支払われているのでしょう」(小川氏)

そんな中で、西村氏は審判界では稀な”プロ”の審判員だ。

「私は協会と契約した個人事業主です。現在、国内には約30万人の審判員がいますが、プロの審判員は14人(2019年1月31日現在)と少数です」(西村氏)

西村氏がプロの審判員になったのは、日本サッカー協会がプロ審判員をつくってから3年後のこと。当時は、日本サッカーの発展のために、若手のプロ審判員を育てようという動きがあったそう。その時に西村氏は声をかけられたそうだ。

◆審判は普段何をしているのか?

試合でしか見かけることのない審判員だが、普段なにをしているのか?

「本業のある方が大半なので、本業をこなしつつ、試合に向けてトレーニングをしています」(西村氏)

90分の試合を戦う選手同様、審判も彼らと同じレベルで動き回る。当然かなりの体力が求められるそうだ。西村氏によれば、審判は「1試合で12〜13km走るケースも珍しくない」という。ちなみに選手の平均は10km前後。これを考えれば、かなりの運動量であることがわかる。

「ウォーキングやジョギングはもちろん、15秒の短いダッシュを50回繰り返すスプリントトレーニングをこなし、試合当日が万全の体調になるようにして臨みます。また、審判員同士で合同トレーニングをすることもありますね」(西村氏)

サッカーの審判員は、基本的に各都道府県の所属になる。彼らは都道府県単位でトレーニングセンターの合同練習に参加し、フィジカルトレーニングのほか、実践力も磨くのだ。

「実際に選手に協力してもらい、試合の状況を想定したテクニカルトレーニングを行うこともあります。そこでは、正しく選手やボールの動きを見れているか、効率的な動き方ができているかなどをレフェリーインストラクターにフィードバックしてもらいます」(西村氏)

ちなみに、審判同士でサッカーすることはあるのか?

「なくはないです。が、けっこう怪我をしますので避けています(笑)。審判は走ることが原則で、ボールを扱いません。走りながら蹴る、といった慣れないことをすると怪我をして試合を務められなくなりますので、なるべくやりませんね」(西村氏)

他にも、試合全体を見るために周辺の視野角を広げるトレーニングをこなすという。

「ボールだけに目がいかないように、自分の視界の中に入った選手や副審の動きを把握する必要があるのです。たとえば、渋谷駅のスクランブル交差点では、行き交う人の動きを見ながらあの人とあの人がぶつかりそう、とか、自分の歩くスピードを意識して斜め前から来る人とぶつからないようにしよう、など色々なことを考えながら通過したりしますね(笑)」(西村氏)

◆審判に”やりがい”はあるのか?

最後にこんなことを聞いてみた。

Jリーガーのようなプロサッカー選手ならば、チームの優勝や強豪チームから声がかかることに”やりがい”を感じるもの。会社員で営業職ならば契約を取れた時や、成績トップになったときにやりがいを感じるだろう。

では、審判という職業のやりがいはどこにあるのだろうか?

写真提供:©アフロ 西村雄一審判員(左)

「審判という立場はサッカーの楽しみ方のひとつなんです。選手も、サポーターも、コーチも、審判もサッカーに携わるフットボールファミリーである点で一緒。サッカーにかかわれるということだけでやりがいを感じますし、選手が輝く瞬間に携われるということはとても楽しいですよ」(西村氏)

その例として、西村氏は昨年のJリーグの話をしてくれた。

「昨年のJリーグでは川崎フロンターレ・大島僚太選手のゴールがベストゴールに選ばれましたが、あの試合で主審を務めていたのは私です。目の前で大島選手がシュートする瞬間を見ていましたが、あれは本当に素晴らしいシュートでした。主審は、スタジアムのどの席よりも近い場所で一流の選手の動きを見られることに醍醐味を感じますね」(西村氏)

ピッチ上空から撮影するスパイダーカメラよりも、スタジアムの高額有料席よりも迫力あるシーンを目のあたりにできるのは、審判の”特権”とも言えるかもしれない。

加えて、試合の裏側を支えるのも審判の仕事だ。

小川氏は、アジアサッカー連盟の審判ダイレクターだったときに国際的なルールの取り決めの協議に携わっている。サッカーの競技規則を定める唯一の組織である国際サッカー評議会のもとに設置された諮問機関に6大陸サッカー連盟の代表者の1人として参加したのだ。

「サッカーというスポーツがより魅力的になるようルールを改定し、それを伝えていくのも我々の仕事です。たとえば、反則のなかでも判断が難しいと言われるハンド。今年3月の会議ではそのハンドの定義がさらに詳しく示されるなど、いまルールが大きく変わろうとしています。国内において改定をわかりやすくお伝えするのも我々の役割です」(小川氏)

サッカーを輝かせるのは、選手だけではない。審判もまた、サッカーファンを増やすことに貢献しているのだ。

普段、選手よりもフォーカスの当たりにくい審判員。だが、彼らのリアルな声を聞くことで、普段熱中しているサッカーの試合に、新たな視点が加わることは間違いないだろう。

※放送情報:「テレビ朝日開局60周年記念 AFCアジアカップ2019
・決勝 対カタール戦 2月1日(金)よる11時~
テレビ朝日系列、地上波にて生中継