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内藤理沙、現場で頭が真っ白に。彼女を救った尊敬する米倉涼子の“ひとこと”

2002年の「全日本国民的美少女コンテスト」のファイナリストになり、芸能界デビューした内藤理沙さん(29)。

一年間のレッスンなどを経て、各種CMやドラマに出演。現在はテレビ朝日系木曜ドラマ『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』で、主演の米倉涼子が通う鉄道バーの店員を演じている内藤さんに芝居への思いなどを聞いた。

©テレビ朝日

◆「尊敬する女優」は米倉涼子さん

「尊敬する女優」として、同じ事務所の米倉涼子さんの名前を挙げている。どんな思いからか。

「実は私、2014年に放送された『ドクターX~外科医・大門未知子~』第3シリーズでは、部長秘書役として出演していたんです。『ドクターX』と言えば、もちろん米倉涼子さん。とはいえ、ドラマの中で私と米倉さんが絡むシーンはあまりなかったのですが、遠くから見ていていろいろ勉強させていただいたし、クランクアップのときに、その後の“女優人生”を変えるような、ありがたい言葉をいただいたんです」

なかなか興味深い話。もっと詳しくうかがおう。

「『ドクターX』に出演させていただいたのは、私がドラマに出るようになってから7年目ぐらい。それまでお芝居をしていて怒られたことがなかったので、『こうやって演じていればいいのかな?』なんて思っていた頃なのですが、『ドクターX』で初めて監督さんに怒られたんです。『そんな動きを考えてきたのか!つまんない。もっと遊べ』って。

具体的なセリフは忘れました。いっぺんで頭が真っ白になっちゃったから。でも、シーンは覚えています。私が盗聴をするシーン。病院内のライバルの会話を盗聴していて、私が独り言をつぶやくことで、ストーリーが展開していくという重要な場面です。

しかも、画面に盗聴器が映るわけではないので、見ている方からすると“この子、何やってるんだろう?あ、そうか。盗聴してるのか”と納得していただかなければいけません。

重要なセリフであることは分かっていましたが、そこへ監督さんの怒鳴り声でしょ。覚えてきたことがすべて吹っ飛びました。その場で泣きはしませんでしたが、間がいいというか悪いというか、たまたまその日は朝と夕方の撮影で、昼間、一度、自宅に帰る時間があったんです。

自宅からお母さんに電話して、『今日、こういうことがあったの』と話しているうちに涙が止まらなくなっちゃった。『やだ、もう(撮影に)行きたくな~い』って。そんなことを思ったのは、このお仕事をしてから初めての経験でした」

米倉さんはどうやって助けてくれたのか。

「その場に米倉さんはいらっしゃらなかったので、直接、指導していただいたわけじゃありません。その場をどう切り抜けたのかも、もう忘れました。ただ現場で覚えているのは、米倉さんが大きく自由に動いていたこと。セリフのないシーンでも、広い現場全体を使って自由に動いているんです。

それに比べて当時の私の動きはガチガチ。監督さんに『ここで』って言われたら、一歩も動けない状態。当時の映像を見て思うのですが、例えば上司役だった遠藤憲一さんに後ろからコートを羽織らせるシーンで、監督さんに『ここに立って』と指示された場所から一歩も動かないから、動きが不自然なんですよ。

遠藤さんは帰り際だから、どんどん動いていっちゃうのに、私は元の位置にいるので、“それはありえないでしょ”みたいな距離感でコートを羽織らせているんです。“米倉さんってなんて自由なんだろう”。漠然とそんなことを考え、不自然な位置を変えて、その場をなんとか切り抜けたんだと思います」

そして、いよいよクランクアップの日。

「米倉さんも“同じ事務所の後輩”ということで、普段から気遣ってくださっていたようで、最後の日に『どうだった?』って聞かれたんです。私は『実は監督さんに怒られちゃって』といって、その日の話をしました。

すると米倉さんが一言。『怒られるってことは教えがいがあると思われたということよ。ホントにダメな子にはなんにも言わないから。また頑張りましょ』って。この言葉ですべてが救われました」

◆『リーガルV』でも同じ監督に!?

この話にはまだ続きがある。内藤さんは現在『リーガルV』に出演中。その監督が『ドクターX』のときに怒られた監督と同じなのだ。さぞや、やりづらいのでは?

「あの頃よりハートはずっと強くなりました。今は『気持ちは負けないぞ』という感じです。『怒られてもいいや』『指導してもらったら、ちゃんとできるようにしよう』ぐらいの気持ち。

今度は秘書じゃなくて、鉄道オタク役の米倉さんが通い詰める鉄道バーの店員さんの役で、米倉さんとの“距離”が近くなりました。たまには高橋英樹さんや勝村政信さんもいらっしゃる。そうしたベテランの方々の演技を、私はお店のカウンターの中から目の前で見させていただいている。

非常に勉強になりますね。みなさん、やっぱり動きが大きくて自由なんですよね。私も“大き過ぎて怒られるぐらい自由にやろう”って。あ、今のところまだ怒られてません。褒められてもいませんけど(笑)」

※プロフィール
1989年1月10日、群馬県生まれ。父親はかつて三洋電機ラグビー部(現・パナソニックワイルドナイツ)で活躍した美徳さん。02年、「第8回全日本国民的美少女コンテスト」でファイナリストに選出され、芸能界デビュー。アイドルグループ「美少女クラブ31」の活動を経て、現在は女優としてドラマ、CMなどで活躍中。

©テレビ朝日

◆日焼けでかえって目立った(?)美少女コンテスト

――美少女コンテストを受けたということは、子供の頃から女優志望だったのですか?

「いえいえ、全然。むしろ、父親の影響からか“スポーツ少女”でした。得意科目は体育。短距離は一番じゃないと嫌だったし、マラソン大会も10番以内じゃないと納得できないタイプでした。中学からは一学年で20人ぐらい部員のいるソフトテニス部に入って、2年からレギュラー。

『美少女コンテスト』を受けたのは、たまたま父が新聞で募集広告を見て『受けてみたら』って言ってくれたから。当時、中学2年でしたが、私も3年になったら、受験勉強しなきゃいけないし、高校に入ったら、それこそ1年から大学受験を意識しないといけないので、やるなら今かなって。むしろ、“ワーイ、東京に行ける。原宿に行こう”という気持ちのほうが強かったですね」

――実際に受けてみていかがでしたか?

「周囲はみんな色白のキレイな子ばっかりで、日焼けしているのは私だけ。コンテストでは白いワンピースを着させてもらうんですが、腕はTシャツ焼け、脚も半ズボン焼けで真っ黒で、そんな私がどうしてファイナリストになれたんだろうと自分でも不思議でした。日焼けしてたのがかえって目立ってたのかなぁって」

事務所に所属した頃。日焼けの後はまだクッキリ

――趣味は「ラグビー観戦」だそうですが、これはお父さんの影響ですか?

「もちろんそうです。先日も味の素スタジアムで行われた日本対オールブラックス(ニュージーランド代表)戦を観戦してきました。前から見たかったオールブラックスの『ハカ』(ニュージーランドの民族舞踊)を目の前で見ることが出来て大感激でした」

――来年はラグビーW杯が日本で開催されます。楽しみですね

「みなさん、ラグビーというと“肉体と肉体のぶつかり合い”というイメージが強いと思います。もちろん、その部分もだいご味ではありますが、基本は“紳士のスポーツ”。例えば、相手が倒れたら手を差し伸べて助け起こしてあげるという側面もあるんです。いくら戦っていても、気持ちは一緒というか、そういう部分にも注目していただきたいですね」

――どなたか注目の選手はいますか?

「日本代表には父が所属していたパナソニックの選手が多く選ばれていますが、中でも私が注目しているのはバックスの福岡堅樹選手。体は小柄ですが、足がすごく速いんです。試合が始まったら、いつも“ボールが福岡くんに渡らないかな~”なんて思ってます。私の推しメンですね」

◆「日本一の暑さを楽しんで下さ~い」

群馬県出身ということで、2017年1月から群馬の魅力を全国に発信する「ぐんま特使」に任命されている。

群馬県庁で行われた任命式で

――群馬と言えば「下仁田ネギ」と「こんにゃく」は今さら宣伝するまでもなく有名ですね。内藤さんだからこそ知っている群馬の魅力を教えてください

「まっ先にお勧めしたいのは『焼きまんじゅう』です。まんじゅうとは言っても中には何も入ってなくて皮だけなんですが、それが三つか四つ串に刺さっていて甘い味噌ダレがかかっている。他県の方から見ると、はじめは『何も入ってないじゃん』と思われるかもしれませんが、食べてみてください。癖になる味ですよ」

――観光地のお勧めスポットは?

「私が育った大泉町。人口4万人の小さな町ですが、そのうち7000人以上がブラジルの方なんです。“ブラジルの街”として教科書にも載っているぐらい。“シュラスコ”などのブラジル・グルメは一年を通して楽しめますし、夏祭りには本場・ブラジルからサンバのダンサーたちが来られてカーニバルも開催されます。

大泉町は熊谷市と館林市のちょうど真ん中ぐらいで、夏の暑さは“日本一クラス”ですが、カーニバルにはあの暑さがうってつけ。夏こそぜひ、あの暑さを楽しんでいただきたいと思っています」

インタビューのスタート時はどこか“引っ込み思案”な印象を受けたが、終盤ではかつての“スポーツ少女”そのまま、目をキラキラと輝かせながら質問に答えてくれた。