実力派女優・渡辺真起子、TVドラマに出ることで伝えたかった“母への感謝”
18歳のときにモデル業をはじめ、1988年、映画『バカヤロー!私、怒ってます』で女優デビュー。1999年に出演した諏訪敦彦監督の『M/OTHER』は第52回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。
以降『殯の森』(07年:河瀨直美監督)、『愛の予感』(07年:小林政広監督)、『チチを撮りに』(13年:中野量太監督)など、名だたる監督が手掛ける海外の映画祭でも賞を受賞する作品に参加し実力派女優として広く認知される。
近年は、『最後から二番目の恋』『99.9-刑事専門弁護士-』など人気テレビドラマでの活躍も増え活躍の場を広げている。
◆テレビドラマ出演が増えた理由は…
―ここ数年はテレビドラマにも多く出てらっしゃいますね-
「そうですね。母が末期のガンになって、父もその4年前に亡くしていたので、育ててくれた家族にわかりやすい形で、『私はこれから大丈夫』というところを見せて安心してほしいと思って。
親子の葛藤はずっと続きましたし、なかなか厳しい母だったので、それまで恨み言ばかりぶつけていたんですけど、母に私というこどもを持ったことを少しでも喜んでほしかったんです。私は生まれてきて幸せだったということを何かの形で伝えないといけないと思って。
だいぶ経済的にも援助してもらいましたし、大人になるまで。『大丈夫か?大丈夫か?』って心配かけてましたし、最終的には、本当に手放しで応援をしてくれていたので、全国放送のテレビに出演したら安心するかな、認めてもらえるんじゃないかなって思ったんです。もう映画館には行けませんでしたし」
―ドラマでの渡辺さんが新鮮でした-
「ドラマはやらないと言っていたわけじゃないんです。苦手なのは苦手でした。スピードが速くてついていけないなあって。
自分が知っている範疇(はんちゅう)では追いつかないような、すべてのことに関して新しい場所みたいな雰囲気、アウェイみたいな気持ちが最初はありましたね。映画でも新しい組に行けばあるんですけど、まずテレビ局に行くことに気が引けてしまうというか…(笑)。そのようなことがたくさんありましたけど、おかげさまで最近は楽しめるようになりました」
―「ドラマに出るんですか?」と言われたりしませんでした?―
「最初の頃は言われました。私が1人で決めているわけじゃないんですけど、どうやら自分の意思ですべてを決定しているみたいに見られているみたいで。意外とそうでもないんですよ。もちろん、そういう部分もありますけど、お話が来ることをきっかけに、その流れに行くだけで、基本的には何でもやりたいんです。
でも、『何でもやります』って言っても成り立たないなっていうのがモデルを始めた頃にわかって、いくら私がピンクハウスのパフスリーブを着たりしても似合わないんだからしょうがないなとか。世間のイメージとの戦いですよね。そのなかで生きていく息苦しさみたいなのは今でもありますね」
―渡辺さんをテレビで見られてお母さまは喜んでらしたでしょうね-
「少しは安心してくれたみたいです。で、それと同じ時期に中野量太監督の映画『チチを撮りに』(13年)という映画でお母さんの役でたくさん賞をいただいたり、映画祭への招待などでいろんなところに行かせてもらったときも、すごく喜んで見てくれていました」
―『チチを撮りに』では本当にたくさん賞を受賞されて、ヨコハマ映画祭でも助演女優賞を受賞されました-
「うれしかったです。どちらかというと、商業映画、エンターテインメント性のあるものをしっかりと選んでいる映画祭だという印象が強くて、なかなかご縁はないのかなぁって思っていたので、本当にうれしかったです。
授賞式のときにはまだ母が生きていたので、家族総出で行っちゃいました(笑)。外国だったらなかなかそんな機会をつくるのも難しいので。主演男優賞の福山雅治さんをはじめ、活躍されている方々と壇上で並んでいる娘を見て、母はすごく喜んで帰っていきました。
ドラマも続きましたし、舞台も蜷川(幸雄)さんのところですてきな役をいただいたり、映画出演も続いて、すごく忙しくなっちゃったんですけど、その忙しさも含めて、とてもありがたかったです。まあ、どうにか精一杯母を見送ることができたんじゃないかなと思っています」
※『チチを撮りに』
母(渡辺真起子)に頼まれて、14年前に家を出て行った父をカメラで撮りに行くことになった姉妹2人が思わぬ修羅場に巻き込まれていく様を描くヒューマンドラマ。
渡辺さんにとって女優としての転機となった作品は、第52回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞した諏訪敦彦監督の『M/OTHER』(99年)だという。
渡辺さんも高崎映画祭で主演女優賞を受賞。監督と俳優の綿密なディスカッションの下に作成された構成台本があるのみで、脚本はなく、セリフも演技も即興という実験的な作品だった。
◆女優としての転機…悩んだ末にたどり着いた実験的映画
―女優としての転機となった作品は?―
「諏訪監督の『M/OTHER』です。小学生のときにした芝居は自由ですごく楽しかったのに、女優業をやっていくにつれて、人を楽しませなきゃとか、売れなくちゃとか思って、すごく窮屈になっていったんですけど、そんな窮屈さから解放された感じでした。俳優たちが即興でセリフを作り上げていくスタイル。
若いときにCMとかセリフのないシチュエーションなどいろいろ求められたこともあり、こういう形が良いんじゃないか、可能性があるんじゃないかというのをすごくすごく悩んだり、考えたりしていたので、即興劇には役にたちました。
だから、最初、諏訪さんたちに会ったときは、『よし!もうこの人たちにとにかく食らいついていきたいな』っていう風に思いました。20代の私にとってはベストフォームというか、本当にラッキーでした」
―普通、映画は脚本がありますが、『M/OTHER』は、構成台本のみで、セリフや動きに関しては俳優にまかせるという形でしたけど、どんな感じでした?―
「そうですね。モデルの仕事というのはいわゆる台本がないんですけど、詳細に時代の雰囲気だったり、シチュエーションを持っていることが求められていたように思います。多分、オーディションで、私が持っていた、そのときの『今』みたいな部分を見つけてもらえたんだと思います。
すごくたくさんやったんですよ。いろんな演出家の方がいました。そのなかには決まった通りにやりたい人もいるし、コマ撮りもしたことあるし、台本やコンテがまったくなくて、とにかく好きにしてくれと言うのもあったし。『それってサボってない?』って感じですけど(笑)。一応、色々な経験はあったので、驚きはしませんでした」
―でも、CMとは違って尺が長いじゃないですか-
「そうですね。2時間半近くあるわけですから、諏訪さんに『インプロ(即興)になるのであれば、これは私の言葉だと思われる。これは物語の言葉なのに、それを言ったことで、私が愚か者だとか色々なことを言われたときに、あなたは責任を取ってくれるんですか。私はきっと傷つきます』って言って、ディスカッションした記憶はあります」
―監督は何ておっしゃったんですか?―
「『これは僕の作品なので、僕が責任を取ります』って明快に答えられたので、それならのびのびやれば良いなあって。自分のなかでも、関わりたいという意識のほうが強かったので、どう見せたいとか、どう見られたいということよりも、この人とだったら面白いとか、こんなことって面白い、関わっていたいという思いのほうが強かったですね」
―インデペンデント映画(自主制作映画)の作品も多いですが―
「そうですね。ただ、とりあえず作ってみたということではイヤだということは言っています。必ず、作ったものを観客に届けて、そこに自分が関わることができたことをちゃんと確認したいという思いが強いので」
◇
「自分にフィットする形があるのではないか。身軽に遠くまで飛びたい」という思いが明確にあったという渡辺さん。数々の映画、ドラマ、舞台に出演しながら、低予算映画や新人監督の作品にも積極的に参加。『湯を沸かすほどの熱い愛』で賞レースを席巻した中野量太監督の長編監督デビュー作『チチを撮りに』(13年)では第55回アジア太平洋映画祭・最優秀助演女優賞、第7回アジアン・フィルムアワード最優秀助演女優賞、ヨコハマ映画祭・最優秀助演女優賞を受賞。
※『M/OTHER』
前妻との子どもを預かることになった同棲カップル(三浦友和&渡辺真起子)の揺れ動く心情を描く。自由な関係を謳歌していた2人の同棲生活に9歳の息子が加わったことで変化が生じていく…。
◆「胃が痛い…」映画祭の審査委員をつとめて
2009年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」をはじめ、「東京フィルメックス」「東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門」「サハリン国際映画祭」「マカオ国際映画祭&アワード」「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018」では国際審査委員長など、国内外の映画祭で審査員をつとめている。
―「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」で今年は国際審査委員長されましたが、いかがでした?―
「穏やかというか見やすくて良質の作品が多いので、そんなに苦労もありませんでした。とても楽しませてもらいました。『チチを撮りに』が、最初に認められて賞を受賞した映画祭でもあるので、感慨深いですね」
―最初に審査員をされたのは「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」だそうですが、いかがでした?―
「そのときは、自分が諏訪監督の『M/OTHER』という映画をやらせていただいたりして、やっと自分がやりたかったことにたどり着いた頃に知り合った映画評論家や制作だけではない方たちと会う機会があって、映画を作るということには、こんなに色んな人が関わって、やっと劇場に届いて、お客さんに見てもらえるんだなあって知って、いつか、俳優としての役割だけじゃなくて、もっと映画作品に関わること、色んなことを知りたい、学びたいと思っていたので、『そろそろ良い機会だと思うんだよね』って映画祭の方からお話をいただきお引き受けすることにしました。少し怖くもあったんですけどね。
まず順番をつけるというのがつらかったです。それでもグランプリを決めなければいけないし、それに対して良し悪しではないですけれど、なにがしかの感想をパブリックな場所で、自分の言葉で発言しなければいけなかったので、責任は大きいですよね。その作品の未来に関わるわけですから。私の感性、知性、教養とかで、きちんと汲みとれるのだろうか、語れるのだろうかっていう不安もあって、結構胃が痛かったです」
―その後もいろいろな映画祭で審査委員をされていますね-
「1回目が終わったときは、もう二度とやらないと思ったんですよ。やっぱり寂しい。一等賞を決めるみたいなことがね。みんな頑張って作っているし、自分もどちらかというと、作る側にいるわけだから、その気持ちみたいなことを感じ入ってしまって。それは今でも大いにあります。
私自身が関わっている作品の多くが、映画祭という場所で、まず最初の観客に出会っていましたし。それこそ、それをきっかけに、自分のものの見方が変わったり、より先に向かって頑張れたりしたことも事実なので、そういうことに恩返しができたら良いなあって。ちょっと偉そうですけど、何か私でできることがあるのであればって、また思っちゃったんですよね(笑)。毎回そんな感じです」
◇
若手新人監督の低予算映画にも積極的に参加している渡辺さんは、新人監督たちにとって憧れのミューズ。いつか自分の映画に出てほしい…と話す監督やスタッフが実に多い。映画祭の審査を終えて、少し燃え尽き症候群状態になったという渡辺さんだが、映画、テレビの撮影に加え、主演をつとめる舞台『レディ・オルガの人生』の公演も控え、多忙な日々が続く。(津島令子)
※『レディ・オルガの人生』
9月29日(土)~10月8日(月・祝)東京・吉祥寺シアター
演出:川村毅 出演:渡辺真起子、笠木誠、岡田あがさ他