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ドラマ『しあわせな結婚』第5話、冒頭にやられラストにやられ…俳優たちの至極の表情をひたすら愛でる回に

ドラマ『しあわせな結婚』第5話、冒頭にやられラストにやられ…俳優たちの至極の表情をひたすら愛でる回に

<ドラマ『しあわせな結婚』第5話レビュー 文:木俣冬>

やられた。

犯人は寛(段田安則)……だったら第5話で最終回になってしまう。そんなわけはなかった。

布勢(玉置玲央)を殺したのは「お父さんでしょ?」とネルラ(松たか子)が問い詰めると、突如寛は腹痛を訴え倒れ込む。まだまだドラマはこれからだ。

寛を病院に運ぶまでが一騒動。考(岡部たかし)もレオ(板垣李光人)も電話に出なくて、救急車もいやだというのでネルラが頼ったのは――まさかの黒川(杉野遥亮)だった。

彼はずっと車を鈴木家のそばに止めたまま、ネルラに言われたことを反芻していた。そうしたら、ネルラが血相を変えて戻ってきたものだから、相当ドキドキしたことだろう。

その頃、幸太郎はネルラの怖い自画像を見て呆然としていた。その顔にタイトル「しあわせな結婚」。なんだかサスペンスというよりも面白い話になってきたような気がする。これがマリッジサスペンスの妙味だろうか。

第5話は予想外のことばかり。そういう意味では極上のエンターテインメントである。順を追って振り返ろう。

◆俳優たちの表情をひたすら愛でる回

ネルラの自画像に慄然としている幸太郎に、ネルラから寛が緊急入院したとメッセージが来て、幸太郎も急ぎ病院へ(幸太郎とネルラが出会った運命の病院)。するとそこには――黒川。

幸太郎「何をしてるんですか」
黒川「奥さんに頼まれました」

幸太郎は当然ながら訝しそうな顔になる。身内の病室になぜか刑事、それもネルラの罪を暴こうとしている人物だ。

そこへネルラが入ってくる。手前下手(左)幸太郎、中央奥・ネルラ、手前上手(右)黒川と、構図的にかっちり三角関係。

でもさすがにお呼びでないので黒川はひとり病室から出て、自販機で水を買って飲む。その顔は今までになく弛緩していて、目が潤んでいるようにも見える。唇にも水滴がついたままだ。彼は違うフェーズに入ってしまった気がする。

幸太郎とネルラは帰宅し話し合う。

ネルラのあの黒ぐろした自画像が「自分の心と向き合うための作業です」と聞いて幸太郎は、「どういう心と向き合ってるの? さっき、俺がここに戻って来た時、刑事の車から出て来る君を見たんだけど、どういう心であいつの車に乗ったの?」と畳み掛ける。

ギスギスしたシーンに不似合いなピアノの軽やかで優雅な劇伴が流れる。それは救いでもあり、違和感でもあり、本当に不思議なバランスのうえに成り立っている、ピカソの抽象画のようなドラマだ。そこがいい。

「どうしてもあなたと生きていきたいと思ったからです」と真剣なネルラ。そのため「本当のことを言わないといけないと思ったから」と言い出すネルラに、「まだ隠していることがあるのか」と幸太郎は苛立つ。嫉妬と苛立ちをなんとか爆発させないように努めながらも心がはやる。

話せないというネルラに、「それでも話せ」ときつく言う幸太郎。そこから「わかった」と諦めるまで20秒以上の長い沈黙がある。見つめ合っているだけでも間が持つ演技巧者・阿部サダヲと松たか子。第5話は、俳優たちの表情をひたすら愛でる回であった。

とりわけ阿部サダヲ。

これまでにおぼえたことのない感情に戸惑う幸太郎。翌日の『ニュースホープ』出演前のメイク室で、美顔器を使ってフェイスラインをあげてもらっている。余談だが、このヘアメイク・曽我(辻凪子)はかなりうざキャラに設計されていて、実際にいたら絶対、好まれなさそうなところが逆に愛らしい。辻凪子がそんな癒されないヘアメイクを好演している。

美顔器によってフェイスラインを上げた幸太郎はスタジオに入るとき、ちょっと頬を抑えてその効果を指先で感じているようだ。絶対続けて撮影してないと思うのに、場面と場面のつながりを考えている阿部サダヲの芸が細かい。

「朝から泣ける日本の名曲コーナー」で、松崎しげる(本人)が『愛のメモリー』を熱唱。第3話のカラオケシーンに続いて歌がやけに長い。松崎しげるを堪能した。

幸太郎は歌を聞いて泣いてしまう。それをカメラがぐーっと寄ってアップで撮り、ネットニュースを賑わせることになる。

幸太郎の次第にうるうるしてくる表情の変化。寄っているカメラに気づいて、映りたくなくて顔をずらすが、画角から出ることはできず、へんな姿勢になってしまう動作も絶妙だった。

50年、家族との縁も薄かった幸太郎が、すっかりネルラに夢中になり、なくてはならない存在になったにもかかわらず、彼女が秘密をもっているは、若いイケメン刑事との関係も気になるはで、抱えきれず思わず心のダムが決壊してしまう。恋をすると人は弱くなることを鮮やかに表現していた。

なんだかんだ言いながら幸太郎を心配する倉澤プロデューサー(堀内敬子)からストロングな栄養ドリンクをもらい、事務所でそれを飲む。すると急になんか元気が内側から漲ってくる、そういう再現度も高い。

ネルラから事務所の傍に来ていて話したいというメッセージが届いて、幸太郎は彼女のもとへ向かう。

待っているネルラとやって来た幸太郎の間に街路樹が1本。そこにまた素敵なピアノ曲がかかり、幸太郎はネルラへの愛を再認識。ふたりの間の木を越えてネルラの傍に近づく。ここはアングルに凝った演出力で見せる。

そしてふたりは寛の部屋へ向かい、ネルラがまだ隠していたことが明かされる。

それはレオの狂言誘拐事件だった。摺りガラス越しの寛の影にミステリー感があふれる。ここからは段田安則劇場にバトンタッチ。

15年前、レオを誘拐したという脅迫電話があり、1000万の札束を紙袋に詰め込んで指定の場所に走ったが、誘拐犯は現れず。帰宅するとレオがいた。切迫感ある段田の芝居は「誘拐」を題材にした良質な日本映画のようだった。

この狂言誘拐の犯人は布勢。画家としてスランプに陥っていた布勢は、飲食店をやりたいからと寛に借金を頼み込むが、聞いてもらえない。オリジナルが描けない間は贋作でもやったらどうかと言われ、逆恨みしたうえでの犯行だった。

これもまた不幸なすれ違いで、寛は悪気なく言ってしまったのだと思う。

それまで、寛はわりと布勢を気に入っているようでもあった。回想の家族の食事会シーンでは、さりげなく布勢が参加していて、とても馴染んでいるのだ(これまた余談だが、洋食のようなのにみんな箸で食べているのも興味深かった)。

話しを戻そう。単に質実剛健な実業をやってきた寛と芸術家の布勢では、感覚が違うのだろう。それが不幸な事件を引き起こすことになる。

段田安則と玉置玲央は昨年、本作の脚本・大石静が書いた大河ドラマ『光る君へ』(NHK)では実の父子役だった。そこでも父は厳しく冷酷で、息子はそれに苦悩していた。今回は父子ではないが、役割はなんとなく似ている。玉置玲央、2年連続、不憫な役。

布勢がレオを狂言誘拐したと知ったネルラは、布勢と別れる決意をする。それが元で事件が起きた。だからネルラは父がやったと思っていた。寛はネルラがやったと思っている。

「15年間、私たちはお互いを疑い合ってきたんだ」

疑い合うのと同時に思い合ってかばい合っていたわけで。そんな父娘の愛にじんとなる。

だが、「15年ぶりにほっとしたよ」と言う寛に陽光が差したとき、それは清明な光ではなく、どこか滲んだ色味をしている。寛もネルラも決して晴れやかではなく複雑な表情をしている。まだ事件は解決していないのだ。

あのときの足は誰? 15年前とはいえ、寛の足にしては少し若いように見える。

とりあえず、ネルラと寛の容疑は家族間では晴れた。寛は弟・考(岡部たかし)とふたり、年代物の高級ワインをしんみり飲む。

ネルラと幸太郎は自室に戻ってお茶漬けを食べながら語り合う。けっこう重ための話をお茶漬けを食べながらできるのが家族や夫婦なのかもしれない。

「だけど大変だな。家族って」と幸太郎はしみじみ。家族というものをよく知らずに生きてきた幸太郎が、少しずつ家族を知っていくという話にもなっている。

◆剛腕すぎる展開。洒落たドラマの誕生を祝いたい

幸太郎も真相解明に動き出す。黒川と会い、第三者の線を洗うべきでありませんかと提案。

幸太郎は旧知の新聞記者に頼み、黒川がネルラに執着する理由を探り出していた。さすが敏腕弁護士。

黒川は仕事でミスをして捜査一課から所轄への異動をほのめかされていた。ネルラの事件の再捜査は、異動を覆すための起死回生の策であろうと、幸太郎は怜悧に詰め寄る。

指摘された黒川が何を思ったのか、そこでは描かれない。場面は変わって、唐突に町中華店。オアシスによる主題歌が流れるなか、黒川は中華料理をモリモリ食べている。

食べながら、「好きなの? いたぶりたいの?」とネルラの言葉が蘇る。オアシス、中華、ネルラ、「好きなの? いたぶりたいの?」。水をがぶがぶ。黒川の葛藤がこんなふうに表現されるなんて。

松崎しげるで泣く幸太郎、中華をむさぼり食う黒川、第5話の2大感情表現の名場面であった。

ここでもまだ黒川が何を思っているかは明示されない。ただ、ものすごく心が激しく動いていることだけが伝わってくる。

やがて、ネルラが鼻歌を歌いながら歩いている前に黒川が現れる。

ネルラ「わたしを待ってたの?」
黒川「真犯人は、自分が見つけます。あなたのために」

ここでオアシスのボリュームがぐっと上がる。主題歌が場面を盛り上げる手法はよくあるが、黒川とネルラの謎の関係性でそれをやるのはなかなか冒険的だ。

ネルラ「そうしてください」
黒川「はい」

どうやら黒川はネルラの下僕化したようだ。「わたしを待ってたの?」「そうしてください」と、黒川の自分への好意を確信して堂々としているネルラは女王様の風格だ。

ネルラと黒川の関係が近づきはじめたその頃、幸太郎は険しい顔で足早に歩いている。

そして、どどーん!次回予告。「第二部開幕」。

やられた。冒頭にもやられたし、ラストにもやられた。

ネルラと黒川と幸太郎が手を組んで真相に挑むサスペンス&三角関係のはじまり? この展開、剛腕すぎる。

理屈を超えてぶっ飛んだドラマはあるけれど、上品で洗練された画面なのに、展開がぶっ飛んでいるのはなんだかとても新鮮だ。大人や見巧者の鑑賞にも耐えうるクオリティーでしれっとおもしろいことをする。洒落たドラマの誕生を祝いたい。

庶民の筆者は、寛と考のようにお高いワインは開けられないけれど。

※ドラマ『しあわせな結婚』は、TVerにて無料配信中!(期間限定)

※動画配信プラットフォーム「TELASA(テラサ)」では過去回も含めて配信中!

※番組情報:『しあわせな結婚
毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局

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