ドラマ『しあわせな結婚』第4話、終盤のセリフ「いたぶりたいの?」の衝撃。ネルラ(松たか子)の魔性の魅力
<ドラマ『しあわせな結婚』第4話レビュー 文:木俣冬>
【映像】緊迫のラスト170秒…ネルラ(松たか子)が衝撃発言「布勢夕人を殺したのは…」
「好きなの? だからいたぶりたいの?」
ネルラのセリフに驚いた。このセリフによって『しあわせな結婚』は思っていたものと違う方向に進み始めた気がする。
15年前の事件の意外な事実が判明した第4話。どうやらネルラ(松たか子)は犯人ではなさそうで……。けれど、彼女は苦しみから逃れられそうにない。幸太郎(阿部サダヲ)も巻き込まれた形だ。これから鈴木家はどうなる? ともあれ順に第4話を振り返っていこう。
事件に関してネルラとのコミュニケーションがうまくとれず「もう無理だ」と家を出ていった幸太郎。独身時代に住んでいたマンションに戻る。
「残しておいて、正解だった」「ハウスキーピングも契約したまままで正解」とひとりごちる幸太郎の富裕層感。まったく使用していないやたらと広いマンションにハウスキーピングまで定期的に頼んでいてチリひとつなく、急に来ても快適になっている。人気弁護士は違う。
寝室に入るとベッドはダブルベッド。ここに注目。
ひとり暮らしのときにダブルベッドだった幸太郎だが、結婚後はシングルベッドを2つ並べて寝ているのだ。しかもそれぞれベッドのヘッドボードが違う。なぜ?と思ったら、スピンオフドラマでシングルベッドをふたつ並べたエピソードが描かれていた。
このスピンオフドラマ、おすすめである。ネルラが幸太郎の退院の日に迎えに来て「うち行きませんか」と誘ってからスピード結婚に至るまでがおもしろおかしく描かれている。大石静の脚本なので番外編というより本編のようでもある。
話を戻そう。奔放に恋愛を楽しむ独身男性だった幸太郎はダブルベッドで羽根を伸ばし、朝起きると、手際よく朝ご飯をつくる。ポーチドエッグとトーストとコーヒー。阿部サダヲはほんとうに手つきが軽やかだ。
カーテンを開けるとそこは広いテラス。広い洗面所でワイシャツに着替える。そうしているとトーストが出来上がり、ダイニングテーブルで食パンの香りをうーんと吸い込み、そっとちょっと待っててね、みたいな仕草をして、キッチンにポーチドエッグを取りに行く。じつに優雅な朝。“俺はひとりが好きだ”と噛みしめる幸太郎。「でも今のネルラをほっぽり出すことは出来ない」とネルラを見限ったわけではなさそうだ。
◆度を越して誠実なネルラ、ほんとうにいい人な幸太郎
その頃、ネルラは思い詰めた顔で病院に行って脳の検査を受けている。検査のあとネルラは幸太郎の事務所にやって来る。幸太郎の弁護士名は漢字をひらいて「原田こうたろう」になっている。『しあわせな結婚』のしあわせも幸太郎(こうたろう)も平仮名であることがポイント。
病院に行ってきたとネルラが幸太郎に報告するのを聞いて、同僚の今泉(金田哲)と臼井(小松和重)は驚愕。「奥さん、いくつでしたっけ?」「世界の自然妊娠最高齢は57歳」ふたりはネルラが妊娠の報告に来たと勘違いしていた。ネルラは45歳。57歳にはまだ間がある。
いや、ネルラは妊娠の報告をしに来たわけではない。脳の検査によって、脳に異常がないことがわかったこと。また、精神的ショックによって記憶が思い出せなくなる場合があると医者から聞いてきて、幸太郎に伝える。ネルラはネルラで、自分が事件の記憶がないことを医学的な見地から幸太郎に示すことで誠意を見せたのだろう。
ネルラ「わたし達、どうするの?」
幸太郎「少しの間、別々に暮らそう。だって俺、立ち入らないでと言われても立ち入っちゃう性分なんだよね」
ネルラ「法律家の幸太郎さんを、こんなことに巻き込んでしまってすみませんでした。これ以上あなたに迷惑はかけられません。幸太郎さんと出会えて、一瞬わたしの暮らしにも光がさして、夢のようにしあわせでした。ありがとうございます」
ネルラの誠実さは度を越して、幸太郎のことを慮るあまり、別れることを覚悟していた。話が早い、として「もう少しお互いに考えてみようって言ってるんだから」と制する幸太郎。第3話では彼の話(決断)が早過ぎて「もう無理」と出ていったが、法律家だけに早計なことはしない。的確な判断を下すために検証を続けるタイプなのだろう。
それになんだかんだいって幸太郎はネルラが好き。出会いからこれまでもネルラを幸太郎が思い返していく。謎めいた口元、謎めいた哀願するような瞳……その都度印象的な不思議な表情をしている。ネルラはまるでモナリザのようだ。
いわゆる冷却期間をとることで合意して、ネルラは帰宅する。テーブルの上には叔父・孝(岡部たかし)の手製のおにぎり。今日はパンでなくおにぎり。とうもろこしが炊き込んであるおにぎり。夏はこれに限る。食べたくなった視聴者も少なくないだろう。ホームドラマパートは第4話も絶好調だ。
ネルラが洗濯物を部屋干ししていると、そこにパンツも干してある。女性のパンツをこんなにもあっけらかんと映すこのドラマ、すごい。しかもそれを孝が平気で見ている。母親代わりみたいなものだからだろうけれど。それがとても自然でいやな感じがしなかった。
孝はいつもの家族の食事会に幸太郎が来ないことを知るが、気を利かせて幸太郎の分も作っておくと、案の定、幸太郎は食事会にやって来る。冷却期間中であることを家族に知られて余計な波風を立てない気配り。ほんとうにいい人である。持つべき伴侶はこのように冷静かつ思いやりのある人だ。孝もいい人だ。いい人たちばかりなのが若干不気味でもあるのだが。
◆冷却期間のすきまにぐいぐい入ってくる人たち
幸太郎とネルラの冷却期間のすきまにぐいぐいと入ってくる人たちがいる。
まずひとりめは、内藤つばさ(小雪)。小雪は第1話のみのゲスト出演ではなかった。幸太郎が結婚しているのに、気にせず攻めてくる強気なつばさ。倉澤プロデューサー(堀内敬子)といい彼女といい、幸太郎は圧強めのシゴデキ女性が好きなのか。「面白い女だ」と言っていたから面白い女(何か際立っているひと)が好みなのかもしれない。
一筋縄ではいかなそうな人物・つばさは、ネルラの父・寛(段田安則)の不倫訴訟の件でいきなり鈴木家を訪ねて来る。寛の不倫問題が突如浮上してきて、その思いがけない生々しさにネルラもレオ(板垣李光人)も孝も眉を潜める。ただ寛は相手が既婚者だとは知らずに交際していて……。
寛の意外な一面に畳み掛けるようにさらなる驚愕の一面が明らかになる急展開の第4話。ネルラの事件が複雑な様相を呈してくる。
マリッジ・サスペンスパートについては後述するとして、冷却期間のすきまにぐいぐいと入って来るもうひとりについて語ろう。
ひとり韓国ノワールふうの黒川(杉野遥亮)だ。彼のシーンは暴力描写こそないが画面が青みのかかった黒っぽい色調になってサスペンス感が増す。
幸太郎の別宅を突き止め張っていた黒川。執拗に15年前の事件を追う彼を「闇が深そうだなぁ」と面白がる幸太郎。男女問わず、幸太郎は面白い人物に惹かれてしまうらしい。
幸太郎は黒川を部屋にあげる。一見友好的に振る舞いながら「裏取引でもあるのかと思ってしまいますよ」と黒川がこの事件に執着する理由を探り出そうと弁護士の本能を発揮する。
「奥さんがいないと、俄然強気ですね」と黒川もまだ若いにもかかわらず負けていない。「奥さんは、この世のどこにもいないようなタイプだとは思います。だからあなたも結婚しちゃったんですよね」どうやら黒川もネルラに惹かれているのではないかという気配を見せはじめる。
◆「好きなの? だからいたぶりたいの?」の衝撃
15年前、布勢(玉置玲央)が階段から落ちて死亡していた現場を最初に見たのは当時交番勤務だった黒川だった。
階段に目を潤ませ怯えているネルラを見つめる黒川。いったい黒川はネルラのどこを見て犯人だと思い込んだのだろうか。「奥さんは嘘つきですよ」と幸太郎に言うときの確信に満ちた黒川はやばい人にしか見えない。淡々としているから余計にこわい。こういう思い込みの激しい人につかまってしまうと、冤罪が生まれてしまうのではないか。そう思うとゾッとした。
ネルラは何かを観念したかのように黒川ともう一度会う。そのときのネルラもちょっとおかしい。「15年前からずっと忘れられなかったのね、わたしのことが」と言い出すのだ。
「好きなの? だからいたぶりたいの?」なんだこのセリフは。急に車が違う角を曲がり、見知らぬ道を進みはじめたような不安が立ち上ってくる。
黒川も黒川で「いたぶりたいわけではありません。真実を明らかにしたいだけです」と真面目に答える。シリアスな場面なのになんだか奇妙で目が離せない。
ここでネルラを単に「面白い女」で片付けることはできない。この謎展開を解き明かしたい。そして筆者がたどりついた結論は、真実を追求することと恋愛は似ているということであった。相手をとことん深く知りたいと思う気持ちはどちらにも共通する。
有名なのはつり橋効果で、同じドキドキ体験をすると脳が恋と勘違いしてしまう。脳と心の因果関係は不思議なものなのだ。
おそらく黒川の中で罪と恋が交じり合っている。それは幸太郎も同じだ。「法を犯した者が誰なのか、それを冷静に突き止めるのが正義であり、警察の仕事」という信念のもと、幸太郎自身もまた真実を突き止めたい思いとネルラというミステリアスな女性の心の底を知りたいという想いが混じり合い、いっそう心が昂っていくのだろう。
布勢もまたネルラの底しれない魅力にハマって人生を棒に振ってしまったのかもしれない。そんなつもりがなくても男性を虜にしてしまうネルラの魔性の魅力。
ネルラは鉛筆で何かを描き壁に貼ったあと、寛を訪ね、事件のことを問い詰める。幸太郎が見つけたネルラの絵は彼女の自画像で、その瞳は鋭く何かを見据えているようだった。
何度も繰り返される、布勢の死体に近寄る何者かの足元の回想シーン。15年前のこの足は寛のものなのか。でもまだこの時点では足元のカットしか出ていないため、早急な判断は禁物かも。幸太郎がネルラに「もう少しお互いに考えてみようって言ってるんだから」と制していたように、これから第5話放送までの数日間、もう少しいろいろ考えてみよう。
事件の真相も気になるが、「好きなの? だからいたぶりたいの?」とネルラにふいに突きつけられた黒川のことが気になって仕方ない。
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※配信情報:『しあわせな結婚』スピンオフドラマ
※番組情報:『しあわせな結婚』
毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局