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ドラマ『しあわせな結婚』おいしそうな食卓シーンにあふれる魅力。“マリッジ・サスペンス”の真骨頂

<ドラマ『しあわせな結婚』第2話レビュー 文:木俣冬>

「君は人殺しなの?」(幸太郎)
「15年前の事件のことをこの人たちはどう思ってるんだ?」(幸太郎)
「裁かれるべき人間は自ら姿を現すんですよ」(黒川)
「でも彼を破滅させたのは、わたしだと思う」(ネルラ)
「幸太郎さんに会ってもう一度しあわせになってみたいと思った」(ネルラ)
「頑張ろうネルラ」(幸太郎)

印象的なセリフで紡がれる『しあわせな結婚』第2話。

検察のありかたにいろいろ失望して弁護士になった幸太郎(阿部サダヲ)。運命的な出会いで結婚したネルラ(松たか子)は15年前、殺人事件の容疑者になっていた。当時の恋人・布施(玉置玲央)をネルラは本当に殺したのか。幸太郎は気になってならない。

夫の胸のざわつきを知ってか知らずか、ネルラは無防備な寝顔をさらして爆睡しているし、いつもの鈴木家の食卓は阿吽の呼吸で時間が流れていく。

◆昭和のホームドラマのよう。おいしそうな食事のシーンの魅力

『しあわせな結婚』には、ダーク調のサスペンスやミステリーの画の合間に、おいしそうな食事のシーンが挟まれている。いや、食事のシーンにサスペンスが挟まっているというほうが正しいか。卵が先か鶏が先か、それもまた謎だが、これこそマリッジ・サスペンスの真骨頂と言っていいだろう。

第2話では仕事から帰ってきた幸太郎がオムライスを作る。チキンライスの素を使っているとはいえ、ふわっふわの卵をチキンライスにかぶせる手際は達人級。ネルラが学校でトラブルに遭って寝ていたから夕飯を作ることができなかった。そんな正当な理由があるとはいえ、幸太郎だって仕事で疲れているであろう。にもかかわらず彼は愛情深い。ネルラは幸せ者だ。

男性が手際よく料理を作るのが鈴木家の家風らしい。いつもの食事会では孝(岡部たかし)が腕をふるう。第2話では夏の魚・鯒(こち)の天ぷらがメイン。寛(段田安則)が日本酒を所望していて、それを阿吽の呼吸で察して日本酒を出すネルラ。幸太郎が「俺も日本酒がいいな」と思う。残念ながらビールを孝に注がれてしまう。彼はまだ鈴木家の異端者なのだ。

リラックスして寛と孝が関西弁で喋りだす。京都出身の段田と和歌山出身の岡部だから関西弁が自然。この自然すぎる会話はこの兄弟の関係性の強さを物語るようでもある。ふたりの間には大事に育てられたレオ(板垣李光人)ですら入っていけない(単に昔話だったからかも)。

食事しながら寛が家長然と社会状況の話をするのも昭和のホームドラマふうだなあと思う。世代の違う家族たちが、バラバラのことを考えて、会話もあっちこっち飛びながら、食事でひとつになっている。これぞ家族の食卓である。

松たか子は食事シーンのことを過日おこなわれた合同取材会で絶賛していた。

片付けのシーンもまた素晴らしい。食後は寛と孝と幸太郎がお片付け。段田安則、阿部サダヲ、岡部たかし。舞台をやってきた3人がいい動きをしている。話しながら何かしら手を動かしていて、生活感がちゃんと見える。洗い物をしている寛。ランチョンマットを拭いている孝。まくっていたシャツの袖を戻してボタンをとめる幸太郎。地味だが自然でいい画だ。

男たちの片付け。そんな自然主義絵画のようなワンシーン。第1話でネルラはフェミニズムに言及していた。「彼女(イタリアの画家)は、股関節を開いて生きることを願って、その絵を描いたのよ」と。股関節を開いて生きることとはどういうことなのか謎ではあるが、鈴木家でネルラは自由に振る舞い、男たちがまさにお膳立てしている。

それはもしかして、「15年前の事件のことをこの人たちはどう思ってるんだ?」という幸太郎の疑問のヒントなのかもしれない。

幸太郎がピンチヒッターで朝の情報番組『ニュースホープ』のMCを引き受けている様子(レオの作った蝶ネクタイをつけて)を、家で寛と孝が見ているとき、「ネルラにはこの男が必要だよ」と孝は幸太郎を値踏みするようにテレビのなかの幸太郎を見つめる。

過去に痛い目に遭った経験があるため弁の立つ弁護士は好きではない寛も、自分の言ったことをテレビにうまく使っている幸太郎がまんざらでないようだ。

ネルラはレオに「(幸太郎にも)舞鶴に行ってもらおうと思っている」と語る。レオは「まだ信頼していない」とちょっと冷たい。衣装の蝶ネクタイを作ったりして親切なようで、まだ心を許していないのだ。一見、穏やかな鈴木家だが、ネルラの秘密を全員が守っているようである。そして幸太郎が家族の一員になる審査が続いているようでもある。

舞鶴(まいづる)には何があるのか――。このあたりはミステリー調である。舞鶴という響きに日本のトラベルミステリー感がある。

幸太郎のテレビ収録の帰り、再び黒川(杉野遥亮)が現れる。

「裁かれるべき人間は自ら姿を現すんですよ」と、第1話の「この世には裁かれなければならない人間がいるんです」に続いて重々しい口ぶり。若いのに妙に達観している黒川。このひとのシーンはひとり韓国ノワールのようである。

今後の幸太郎と黒川の対決も見どころのひとつだろう。ネルラが殺したと信じて疑わない黒川。でも幸太郎も超優秀なので刑事の手を見抜いている。

幸太郎の弁護士事務所で働く臼井(小松和重)が事件のことを爆速で調べてくる。当時の記憶の一部がネルラにないということがわかった。「早く離婚したほうがいいよ」と臼井は心配する。

臼井はいいムードメーカー。番組公式サイトによると「幸太郎の大学時代の同級生。頭は良いが本番に弱く、司法試験で10年浪人したのちに就職。しかし、一念発起してついに司法試験に合格した。弁護士としては新人だが、幸太郎に言いたいことが言える存在」とある。

外出していたネルラは長い坂を下りて自宅に戻る。鼻歌を歌っているがこの長い坂はネルラが地獄へ下っていくようにも見える。幸太郎と出会ってしあわせそうだったのに。

届いていた同窓会の案内を見もしないで捨てる。原宿で安価なかわいい服を買ったのを幸太郎に見せたりしてご機嫌なのかと思いきや、そのすぐあとに「わたしを人殺しだと思ってる?」と本題にずばっと入った。抱きつきたいときクロワッサンを出したり、自分の重い過去を語るとき原宿で買い物したり、ネルラの感情表現は謎めいている。

大学時代、布施と出会った頃の話から順に幸太郎に細密に話していくネルラ。でも肝心なところの記憶がない(ここは臼井の調べと合致していた)。ネルラに大きな裁ちばさみで髪を切ってもらうときはものすごく緊張していた幸太郎だが、いまやすっかり彼女を信じ警察の手から守ろうとぎゅっと彼女を抱きしめる。

この段階ではまだネルラが無実なのか、実はやっているのかわからない。「股関節の女」が架空の作家の架空の絵だとすれば虚言癖があるのかもと思ったら、『ニュースホープ』の倉澤プロデューサー(堀内敬子)もその作家を知っていたので、ドラマのなかでは存在しているようなのだ。

宮沢賢治やレオ・レオーニやゴッホは実在しているが、ベルリオーネという18世紀の画家は実在しない。でもこの実存か観念かわからないものを共存させることで、ネルラたちの生きている世界が深い霧に包まれる。

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※番組情報:『しあわせな結婚
毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局