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ドラマ『しあわせな結婚』第1話。1時間でこんな所まで連れてこられた…見ていてあふれる多幸感と喜び

<ドラマ『しあわせな結婚』第1話レビュー 文:木俣冬>

やばいやばい。7月17日(木)にスタートしたドラマ『しあわせな結婚』がやばい。

どこかやばいか、第1話における7つの「しあわせ」ポイントとして言語化していこうと思う。

◆1:導入部のテンポがよくて一気に引き込まれる。

「幸(せ)」の文字を名前にもった主人公・原田幸太郎(阿部サダヲ)はヤメ検の弁護士。本業の傍ら、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍し、人気を博している。番組プロデューサーをはじめ複数の女性が彼を狙っているなかで独身主義を貫いていたが、入院をきっかけに、結婚する。

お相手は、鈴木ネルラ(松たか子)。病院で独り身の孤独と不便を感じていたときの運命的な出会いだった。

退院の日、ネルラは幸太郎を迎えに来て「うち 行きませんか」と誘(いざな)う。

ネルラの家に向かってふたりが並んで歩いていく後ろ姿に、「しあわせな結婚」とタイトルが出る。

ここまでの流れがじつに滑らか。劇伴のピアノ曲のように軽やかな進行だった。

こんな急な出会いやこんな急に恋に落ちて結婚するなんてありえないと思う間を与えない速度。大石静さんの脚本の妙とそれを見事に演じる阿部サダヲさんと松たか子さんのちからだ。

◆2:ネルラと幸太郎の出会いは名優勝負。

幸太郎とネルラの出会いは病院のエレベーター。その前に、幸太郎が孤独をしみじみ感じているときの阿部さんの涙目がまず印象的だった。

阿部さんは目に特徴がある俳優だ。目尻が鋭く、黒目が大きく、いい人をやっても悪い人をやっても常に敏捷なケモノのように目が燃えている。だが、このときばかりは、その瞳が涙でうるうるして、ほんとうに心細そうに見えた。

こんな阿部さん、貴重!と思っていると、エレベーターでネルラが登場。今度は、背中を向けていたネルラが振り返ったときの松さんのミステリアスな表情に釘付けになる。演技派と演技派が密室空間で出会う緊張感。エレベーターが酸欠になりそうだ。

ネルラは「どうぞ あげます」と持っていた紙袋を幸太郎に渡し、去っていく。その透け感ある袖と裾の揺らぎもミステリアス感を高めている。衣裳も考え抜かれていた。

渡された袋の中には医師への贈り物とお札が入っていて、それを返却するため、ふたりはもう一度顔を合わせる。ネルラのお父さん(段田安則)が入院していたとか、幸太郎がテレビの有名人だからとか理由はあるとはいえ、ネルラの言動がなんだか怪しく映る。

阿部さんも謎めいた雰囲気を醸すことに定評がある俳優だが、松さんも勝るとも劣らない。ふたりが人狼ゲームとかやったら絶対接戦だと思うのだ。

松さんの表情の凄さの最たるものは、幸太郎を迎えに来たときのネルラの表情である。

「あの…うち行きませんか」

松さんの瞳はときとして黒々と光を吸収したようなプチブラックホールのようになることが魅惑的だが、そのときの瞳には、光がたくさん入っている。そして、何かを訴えかけるような、哀願するように見える。鳴っているピアノの劇伴の音の波のように、意思が強烈に伝わってくる。

阿部さんも松さんも、いかにもいい人とかいかにも悪い人とかを顔の輪郭で見せるのではなく、心情の揺れを、生命の躍動を、黒眼で表現している。光を吸収するような松さんと、強烈な光を放つような阿部さんの黒眼勝負。出会いの時点では引き分けといったところか。

◆3:ネルラの股関節がやばい。

あれよあれよという間に結婚したネルラと幸太郎。

ネルラの寝相がちょっと変だと幸太郎が思った朝。起きてきたネルラの股関節が外れたような歩き方がやばい。コンテンポラリーダンスのような松さんの身体表現は衝撃的、かつ芸術的でさえある。そこでネルラが語るのは、フェミニズム。

「ベルリオーネっていう18世紀の画家が、“股関節の女”という絵を描いているの」
「(イタリア語)donna alla moda(ドンナアラモーダ“股関節の女”)、いい響きでしょ」
「彼女は、股関節を開いて生きることを願って、その絵を描いたのよ。絵画におけるフェミニズムの原点とも言われているの。技術的には未熟だけど、意志のある絵で、わたしは好きなんだ」

ネルラの話を聞いて幸太郎は「そういう話してると、誇り高くてステキだな」と満足そう。

「今夜は何食べたい?」というようなドメスティックな話が幸太郎は嫌い。家族で集まって食事会みたいなことも好きでないと言及される。

知性的なネルラとの日々は幸太郎には心地よいようで、幸太郎が出かけるときのふたりのポーズの掛け合いも最高だった。

なお、歩き方については、メイキング映像を見たら、黒崎博監督が「左足だけチャップリンみたいな」とオーダーしていた。松さんの対応の速さが凄い。

◆4:クロワッサンがやばい。

「あの…うち行きませんか」と「股関節」だけでも十分すぎる第1話だが、最大の見せ場はこれからだ。それは――クロワッサン。

幸太郎がはじめてネルラの家に誘われたとき、ネルラの叔父(岡部たかし)が作ったクロワッサンをふるまわれる。パン屑がこぼれないように気遣いながら食べる幸太郎に対して、豪快にこぼしまくるネルラ。口にもたくさんパン屑がつく。

このクロワッサン、単におもしろシーンではなく、ネルラの愛情や欲望の表現であるところが文学的だ。

演出は、元NHKのディレクターで、大石さんと組んだ『セカンドバージン』をはじめ、連続テレビ小説『ひよっこ』、大河ドラマ『青天を衝け』、映画にもなった『太陽の子』など優れたドラマを多数手がけた黒崎博さん。NHK退局後は、Netflix『さよならのつづき』を撮り、今後の活躍が期待されている。その演出手腕は折り紙付きだ。

◆5:ネルラの家族も濃い。

ネルラの家は、ネルラの父・寛(段田安則)が持っているマンションで、1階に弟・レオ(板垣李光人)、2階にネルラ、3階に叔父・考(岡部たかし)、4階に寛が住んでいる。ワンフロア1住戸の高級マンションということだろうか。二世帯住宅ならぬ四世帯住宅。こういうのもこれからの大家族の形として興味深い。

ネルラの家族は結束が固く、週に1回、食事会をしている。ここがまさに芸達者が集まった「しあわせな食卓」シーン。

段田さんは、大石静さん作品の常連で、朝ドラから大河ドラマまで重要な役を担って信頼も厚い。

板垣さんは、映画『ババンババンバンバンパイア』では限りなくピュアな高校生を好演している。黒崎さんが演出した『青天を衝け』では高貴な民部公子を演じていた。

岡部さんは、『エルピス—希望、あるいは災い—』(関西テレビ)や連続テレビ小説『虎に翼』でブレイクした個性派で、それまでは舞台を主戦場に活躍してきた。

それぞれの役の属性も凝っていて、今後、それぞれの物語もあるといいなあと期待が膨らむ。

家族のシーンでの注目ポイントは仏壇。位牌がふたつある。ひとつはネルラの亡くなった母親のもの。ネルラとレオの名前は、母親が宮沢賢治と絵本作家のレオ・レオーニからとったものだった。

もうひとつの位牌は誰のものか不明で、幸太郎が聞こうとするも、ネルラはスルー。家族の物語にこの謎も関係してくるのかもしれない。

◆6:ネルラの罪が気になる。

「この世には裁かれなければならない人間がいるんです」

ネルラの事件を追う刑事・黒川(杉野遥亮)の台詞は重々しい。

15年前、ネルラはある殺人事件の容疑者だった。でも、彼女はほんとうに殺人犯なのか。第1話の終わりのほうでネルラは寝言で「Sono innocente!(わたしは無実です!)」と言っているが……。

ネルラの仕事は高校の美術教師。あるとき、生徒たちに自分たちの手のデッサンをさせる。「神は細部に宿る」「芸術はしばしば変態ぽい」と言うネルラ。生徒たちに己の手をじっと観察して何かを発見させようとする。自分の手をじっと見る生徒たち。手、指、瞳とカットが移り変わっていく。

それはまるでこの物語を象徴しているかのようだ。事件の真相をあぶりだしていく者は、誰もがこのような行為を修行のように積み重ねているのかもしれない。

ネルラが自宅で生徒たちの作品を広げて見ているのを、幸太郎が見かけて、ぞくりとなっている。たくさんの手はどれもタッチが違う。五本指の手という表層は同じでも、人それぞれ違うところがあるし、その描き方も人それぞれまったく違うのだ。

◆7:小ネタのサービスも。

マリッジ・サスペンスという新鮮なジャンルで、ネルラと幸太郎の結婚生活とネルラの疑惑とをスイートかつスリリングに描きつつ、小ネタのサービスも忘れない。いくつか挙げておこう。

幸太郎が人気弁護士として『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』に出演し、クイズに答えていた場面。問題となった白居易が民衆の声を詩の形式で書いた「新楽府(しんがふ)」は、『光る君へ』のファンならすぐにわかるだろう。白居易の詩は頻繁に引用されていた。

結婚生活を維持するには一点突破のところを見つけるという幸太郎。例えば、荒れたかかとにクリームを塗っているところが“萌え”らしい。「芸術はときとして変態」というネルラと気が合うフェチズムである。

かかとに言及して秀逸だったのは向田邦子の『阿修羅のごとく』で、その後、三谷幸喜が大河ドラマ『真田丸』で「淋しさが募るとかかとが荒れるっていうわよ」というガールズトークを書いて話題になった。かかとに言及する作家は一流である(私調べ)。

以上、『しあわせな結婚』第1話の“やばいほどしあわせ”なポイントを7つ挙げてみた。

見ていてこんなに多幸感にあふれるドラマもなかなかない。

最初、ふたりが歩き出した背中に「しあわせな結婚」とタイトルが出たときと、最後にオアシスの主題歌が流れふたりが背を向けて寝ているカットに「しあわせな結婚」の文字が乗ったときに受ける印象の激しい相違に、1時間のあいだにこんなところまで連れてこられてしまった喜びがあった。今夏、木曜日はしあわせな日になりそうだ。

※ドラマ『しあわせな結婚』は、TVerにて無料配信中!(期間限定)

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※番組情報:『しあわせな結婚
毎週木曜よる9:00~、テレビ朝日系24局

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