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西岡德馬、“乳首ドリル”で覚醒!「お笑いも芝居もパフォーマンス」

劇団文学座時代からつかこうへいや蜷川幸雄など、名だたる演出家の舞台に出演。文学座退座後はドラマや映画など数多くの映像作品に出演し、コワモテの極道からモテモテのプレーボーイまで幅広い役柄を演じ分ける実力派二枚目俳優として知られる西岡德馬さん。

4年前からはバラエティー番組にもチャレンジ。一昨年末に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』では、吉本新喜劇の“すっちー&吉田”の「乳首ドリル」を披露して話題を集めた西岡さんにインタビュー。

◆西岡德馬が赤いブラジャーと赤いパンティー?

-ここ数年はバラエティー番組にも出演されて注目を集めていますが-
「バラエティーはね、色々オファーがあったんだけど、スケジュールやなんかでできなかったんだよね。『ガキ使』(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!)は3、4年前からかな。前は『できないから』って言ってたんだけど、4年前に1回やって、2年目やって、3年目もやって…。やったら、話題になっちゃったから(笑)

前は『お笑いだろう?』っていう風に思ってたんだけど、最近はあまりそういう風に思わなくて、お笑いも芝居もパフォーマンス。舞台の芝居も、どんな芸術的なことをやっていても、しょせんはパフォーマンスじゃない?『パフォーマーだから、面白がってやることをいっぱいやってみない?』って言われたら、やったらどうかなっていう風に思って。そういうシーズンになったんだね。

人間生きているうちには春夏秋冬じゃないけどさ、色んなシーズンがあると思うの。自分がそういうシーズンになったんだと思って、『よし、じゃあ来たやつを断らずに全部やってみよう』って。もう先がそんなに長くないしさ(笑)」

-そんなことはないと思いますけど、抵抗感はなかったですか?“乳首ドリル”はかなり強烈でしたが-
「あれはつかこうへいの『幕末純情伝』をやっていたら、『そんなことは俺、舞台でやっていたじゃん』って。40歳の頃、やっていたからね。立錐(りっすい)の余地もない客席にお客さんをかき分けて、真っ白いバスローブを着て歌を歌いながら出て来てさ、『あれは誰?あれは誰だ?』ってワーッてサーチライトを当てられながら舞台に上がって、『わしが土佐の坂本龍馬じゃー』ってね。赤いブラジャーに赤いパンティーに赤いガードルをつけてさ、網タイツをはいてたら『お前バカじゃないか』って沖田総司に言われてさ(笑)」

-でも、舞台でやるのとテレビでやるのでは違いませんか-
「一緒だね。やるほうは一緒。見てる人は違うだろうね。それがテレビに映っているかどうかは別だけど、やるほうとしてはパフォーマンスを人前でやるのは一緒だって。映像のカメラがあるかないかだからさ」

-バラエティー番組に出て何か変化はありました?-
「“乳首ドリル”の反響はすごいね。いやあ、あれはすごい。大阪に行ったら、全然違うね。小学生から見てるからね。小学生から指さされるもん。『すみません。芸能人ですか』って(笑)」

-あれはすごく難しかったんじゃないですか-
「難しい。“乳首ドリル”を撮ったのは、俺が2人芝居をやっている稽古中だったのよ。

イギリスの芝居だから、膨大なセリフがあるわけ。しかも相手役が公演期間の前半と後半で変わるの。一人と稽古した後、またもう一人と稽古しないといけないわけ。相手役は変わるんだけど、俺は変わらない。

それで、2人に『違うようにやって良いよ』って言っちゃったから、相手役の動き方が同じじゃないし、やり方も違うわけ。全然違う動きをするから、本番中も前半の相手役と舞台が終わると、後半の相手役と稽古をするという最中の“乳首ドリル”。とにかく一人になる時間には彼らのDVDを見てさ、必死で覚えたんだよね。一回も合わせてないのに、一発本番でやらないといけないから。」

-すごいですよね-
「俺もあのときは、結構必死になってやったんだね、面白がって(笑)失敗しちゃいけないなって思うから、すごい緊張感のなかでやったよ、一発勝負のぶっつけ本番を。もう栄養ドリンクをガンガン飲んで本番に臨んだからね(笑)

どうなるかわからないじゃない? 一回もやったことがないんだから。それで、途中で止まったら、そこで終わりなんだもん。あれは撮り直しがきかないからね。ダウンタウンやココリコ、月亭方正の5人が笑うまでやるわけじゃない?俺も『どこまでいけるかわからないなあ、でも行ったれやーっ』てやったからね」

-見事に全員笑わせることができました-
「やることになったときに、本家のすっちー&吉田裕が俺に一回だけ見せてくれたのね。毎日吉本の舞台に出ていて暇がないからって言うけど、終わって最終で東京に来てくれて、俺の目の前でやってくれたのよ。『えっ?これをやるのか』って思ったんだけど、2ヵ所からビデオで撮って、それを見ながら2週間ぐらいで覚えて…。

すっちーが『どのくらい叩いたら良いですか』って聞くから『思いっきり叩いてくれ。思いっきりやらないと面白くないから』って言って、やってもらったの」

-痛かったでしょう?-
「いや、ちょっと覚醒しているからね、痛いとかかゆいとかあまり感じなかったね」

これまで「なんでだろう」(テツandトモ)、「そんなの関係ねぇ!」(小島よしお)、「ウンチョコチョコチョコピー」(GO!皆川)など、さまざまなネタを完コピして披露してきた西岡さん。ダンディーでセクシーな魅力を封印し、体当たりでチャレンジする姿には毎回驚かされる。

-それにしてもチャレンジ精神が旺盛ですね-
「『ガキ使』のネタは俺が選んでいるわけじゃないから困っちゃうんだよね。テレビ局から『これをやって下さい』って言われるの。『乳首ドリル』なんて知らなかったもん。去年やった『ウンチョコチョコチョコピー』(GO!皆川)も知らなかった。あれをうちで覚えていたら孫が覚えちゃってさ、『ウンチョコチョコチョコピー』ってやってたよ(笑)」

-可愛いですね。これからも新しいネタにチャレンジをされるんですか-
「どうしようかと思って。もういいかと。シーズン終わったかなって。オリンピックと同じように4年周期でやったし、もういいかなって事務所の社長と2人で話していたんだけど、あまりに反響があって、そのあとの認知のされ方が違うからね。俳優としては、やはり大勢の人に認知してもらったほうが良いんじゃないの?」

-プロポーションもすごい。お腹も出てないし、海パン一丁になっても絵になります。70代になったとは思えませんね-
「体幹トレーニングとストレッチは毎日やっているし、あまり食べないというのもあるかもしれない。太れないんだよね。お酒はだいたい毎晩飲むけど、そんなにガブ飲みするわけじゃないし、俺はご飯粒を食べないんだよね。おかずを食べて、お酒を飲んでれば、夜はもうそれでおなかいっぱいになっちゃう。だってさ、ご飯でおなかがいっぱいになっちゃうと、苦しくて寝られなくなっちゃうもん。

おなかがでっぷりしてネタをやっていたら、それはそれで面白いかもしれないけどね(笑)」

※西岡德馬プロフィール
1946年10月5日生まれ。71歳。神奈川県横浜市出身。小学校1年生から3年生まで子役として活動。玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒業後、文学座に入団。10年間在籍後、退団。ドラマ『東京ラブストーリー』で主人公・赤名リカ(鈴木保奈美)の上司役を演じて人気を集める。舞台、映画、テレビに多数出演。2012年には、自身が主宰の俳優養成所「ドラマスクールレッドホースヒルズ」を開校。若手俳優の育成にも力を入れている。

◆“東大より倍率が高い”文学座に入ったが…

-そもそもは子役からスタートされたんですね-
「小学校1年生から3年だけ頼まれて子役をやったんだけど、途中で嫌になって辞めた。嫌になったのは、小学校を休んで1ヶ月間長野県にロケに行ったんだけど、小児喘息(ぜんそく)になっちゃって、俺のシーンが撮れなくて撮休みたいになったんだよね。それで子ども心にも皆さんにご迷惑をかけているのがわかったら、もう嫌だって言って辞めたの」

-小学生のときにもう周りに迷惑をかけちゃいけないって思っていたんですか-
「うん。それで、そんなことをやっていたこともすっかり忘れていたんだけど、俺が高校2年から3年に進むときに落第みたいになって、『何でうちの息子が落第しなくちゃいけないんだ』って親父が先生とけんかになってね。

うちに帰ったら『お前、学校辞めて良いよ。お前にはうちの会社を継がせられないから弟にやる。お前はここへ行け』って東宝芸能学校のパンフレットを出してきて、1年間行ったんだよね」

-そのときには役者になるという考えはなかったんですか-
「最初はそんなつもりはなかったけど、芸能学校で俺、ほめられたんだよね。みんなすごい勢いで怒られているのに、俺ひとりだけ先生に『あんた良い役者になるよ』って言われたの。

それで、良い役者になるならもっと勉強しなきゃダメだと思って、高校に入り直して、大学に行ったの。それで、大学に行ったら芝居ばかりやっていたから、『俳優になるしかないだろう』みたいなことを先生にも言われて、文学座に入ったわけ」

-でも、すごい倍率ですよね-
「そうだよ。俺が入った年には1000人ぐらいいたからね。そのなかから養成所に入るのが60人くらい。そこからまた5、6人に選ばれて、そこから座員になれるのは1人か2人。結局、残っているのは、その年で言えば、1000人のなかから1人か2人ってことになるから、東大よりも難しいって感じ。倍率的にはね」

-入ってみてどうでした?-
「最初はすごい違和感があった。それまでやっていたのとは真逆みたいなことを言うから。大学時代のアマチュアとプロってこんなに違うのかっていうくらい違っていたの。だけど、今から思うと文学座は良かった。文学座にいたから、俺は今、こういう風になってるんだなって思う。あの10年間で」

-文学座時代、すでにファンクラブができるくらい人気があったと聞いてます-
「そうでもないけどさ。でも、同じ劇団に10年いるとね、やっぱりなあなあになって来ちゃって、危機感がなくなっちゃうんだよね。劇団にいるから、必ずこの公演が終わったら、また次の公演でもキャスティングされていくというようになっているじゃない。だけど、俺はよそのところからオファーがきて、外部出演というのが多くなっちゃったの。

蜷川さんとやったり、つかさんとやったりしてると、もっと外に行ってやりたいと思うわけ。外に行ってやっているほうが面白いからね。

初めてやる人は、この人どういう芝居をするかなって緊張感があって面白いから。劇団にいると、配役を見れば出来上がりが見えちゃうから、だんだん面白さがなくなってくる。

外部出演だと一回失敗したら、もう二度とそのプロデューサーは呼ばないだろうな、この演出家は俺を呼ばないだろうなって思うと、すごい緊張感がある。そっちのほうが面白いんだよね。

でも、俺なんか怠けものだから、何もしなかったら本当に何もしないからさ、自分で自分をここに立たせなきゃダメなんだよ。もう後ろはないっていうところに立たせなきゃね。

それには外部出演をいっぱいやって、もうこれトチったり、面白くない芝居をしたら、『別に西岡じゃなくてもいいや』ってなるだろうと思うから、結構一生懸命仕事、芝居するわけですよ。

そういうところを蜷川(幸雄)さんなんかは好いてくれたから、何回も呼んでくれたりしたわけで。もうそこでいいなって思っちゃうとダメだね、人間は(笑)まだやらなきゃな、もうちょっとできたかなって思ってないと」

-文学座からは外部出演に関して何か言われませんでした?-
「年間3本以上はダメって言われたの。外部出演は3本以上ダメって。だけどオファーが来たから言ったら、『もう3本やったからダメ』って言われて、『じゃあ文学座で何か芝居があるの?』って聞いたら『今のところない』っていうわけ。だけど、規約でそうなっているからダメだって言うから辞めることにしたんだよね。

当時、杉村(春子)さんが『絶対に辞めさせちゃダメ』って言ったんだけど、ちょうどその年に親父が死んだの。それで『実は親父が死んでね、会社を弟と一緒にやって行かなきゃいけないから、辞めさせて下さい』っていう風に言って、それで違うプロダクションに入っちゃったの。

そんなこと誰も信じてないよ、向こうだって。『お前、俳優を辞めるわけないだろう。バカ野郎』って言われたんだけど『俳優辞めます』って言って文学座を辞めちゃった(笑)」

33歳で文学座を辞めてプロダクションに移籍。舞台だけでなく、テレビ、映画など映像の仕事を本格的にスタートさせた西岡さん。次回後編では全編の半分以上がセックスシーンという衝撃作『娼年』の撮影裏話も紹介。(津島令子)