俳優・奥野瑛太、最新主演映画は東日本大震災から3年後の福島が舞台。昨年撮影「震災後12年の景色が映っている」
2009年に公開され、異例のロングランとなった映画『SR サイタマノラッパー』(入江悠監督)に出演し、2012年、シリーズ3作目となる『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』で映画初主演を果たした奥野瑛太さん。
以降、映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』(大友啓史監督)、連続テレビ小説『エール』(NHK)、『最愛』(TBS系)、『JKと六法全書』(テレビ朝日系)など数えきれないほど多くの映画、ドラマに出演。
2024年は、映画『バジーノイズ』(風間太樹監督)、映画『碁盤斬り』(白石和彌監督)、映画『湖の女たち』(大森立嗣監督)が公開。8月17日(土)に主演映画『心平、』(山城達郎監督)の公開が控えている。
◆演じた役柄に自身と家族の姿がリンクして
2023年、主演映画『死体の人』(草苅勲監督)が公開。奥野さんが演じた主人公・吉田広志は、演じることに対する思いは人一倍強いのに、来る仕事は死体役ばかりの売れない俳優。要領よくテレビで活躍している後輩俳優もいるが、彼にはそれができず、リアルな死体の演じ方を探求する日々を送っている。そんなある日、デリヘル嬢の加奈(唐田えりか)と運命の出会いをする…という展開。
「いつも映像の端っこで俳優をやっている人が主人公だったので、普段やっている俳優業“あるある”も存分にあってとても共感しました」
――奥野さんは主人公と違い、わりと早くから主演作もありますが。
「そんなことないです。いわゆる、死ぬ“だけ”の役とかもたくさんやっています」
――主人公・吉田広志は、死に方や死後硬直の具合にも、ものすごくこだわっていましたね。
「台本に書かれていることを自分にできる限り現場に求められる以上に一生懸命やります」
――主演ということで、とくに意識されたことはありますか。
「とくに意識してないです。台本の構造上も、描いている物語や人物も、結局何者でもない、“死体役の人”が主人公で、そこが良さなので。監督のアイデンティティも含めてとてもピュアで。強いて言うなら主人公の吉田広志は、監督の役者経験もある草苅監督であるという風な気持ちでやりました」
――烏丸せつこさん演じるお母さんの息子に対する愛に圧倒されました。「死体役を演じるのだから、私が死にゆく姿をちゃんと見なさい」というのはすごいなと思いました。
「僕自身、吉田広志と家族構成もまったく同じなので、母親と父親が俳優をやっているひとりっ子の息子に思う気持ちはこうなんだろうなって思いました。一番応援してくれるけど一番心配でもあるという思い、家族の温かさみたいなところがすごくリンクしました」
――いいご家族でしたね。奥野さんが俳優をされていることについてご家族はどのようにおっしゃっていますか。
「最初は反対されましたけど、今は応援してくれています。広志のお母さんが息子の出ているシーンだけをビデオテープに録画しているところが出てきますが、僕が覚えてないような記事も全部とってあって、親の思いはどこも似ているなと思いました」
※映画『心平、』
2024年8月17日(土)より新宿K’s cinemaほか全国で順次公開
配給:インターフィルム
監督:山城達郎
出演:奥野瑛太 芦原優愛 下元史朗 河屋秀俊 小林リュージュ 川瀬陽太 影山祐子ほか
◆東日本大震災から12年後の福島で撮影
2024年8月17日(土)より主演映画『心平、』が新宿K’s cinemaほか全国で順次公開される。この作品は、東日本大震災から3年後、2014年の福島にある小さな村で余波のなかを生きる家族の姿を描いたもの。
奥野さん演じる主人公・心平には、軽度の知的障がいがあり、兼業農家の父(下元史朗)を手伝いながら暮らしていたが、3年前に起きた東日本大震災による原発事故によって農業ができなくなってしまった。それ以来、妹(芦原優愛)の心配をよそに職を転々としている。今は無職の心平は、立ち入りを制限された町に足を踏み入れるようになって…。
――撮影はいつ行われたのですか。
「撮影は2023年の夏、8月です。その3、4カ月ぐらい前にお話をいただいて、撮影期間は約2週間でした」
――お話を聞いたときはどう思いました?
「台本を読んで東日本大震災以降の無視できない問題を形にしようとしている脚本家と監督がいるんだなと思いました。そこに対してすごく共感しながら、経年劣化しないでちゃんと問題意識を抱えているということを真摯に受け取りました」
――軽度の知的障害がある主人公を演じるということに関してはどのように?
「知的障害にもIQ指数による段階があり、今作の主人公の心平は、捉えることが困難な個性とそのグラデーションのなかで、どこにこの心平という主人公を置きたいのかということについて、監督をはじめ全員で悩みながら考えました。
最終的に専門家の方にアドバイスをいただき心平にはどのような特徴があるのか。脳のメカニズムや心理的な部分がどのように働きやすいかを踏まえた上で、言動や行動を脚本にして、やっと踏み切ったという感じです。
脚本で描かれている心平のような方は、おそらく自分たちの周りにもすぐそばにいて、普段とくに気に留めることなくすれ違っていると思います。それぐらい曖昧な余白のなかで僕たちは何気なく生活しているんだなと。そこに対して役作り、言語的な知識とか学術的なことだけではやっぱり追いつかないところがあったように思います。
もっと言えば、これはフィクションですから、登場人物たちによってどう温かい話になるかというところも含めて監督と話し合いました。自分がこうしたいとか、こういう風に見てもらいたいというようなことは一切思わず、作っていった感じです」
――避難したまま戻ってこない人たちの家もありますが、ビー玉など自分なりに気に入った物を持ち帰るという行為は、窃盗になりますが彼自身はその意識はあるのでしょうか。
「それぞれ観てもらって感じた通りに受け取ってもらえたらいいと思います」
――演じていて一番難しいと思ったところは?
「やっぱり『今しかない!』という一瞬の感性の連続なので、難しかったです。それゆえに他人の目にはピュアに映ると言いますか。明らかに心平の個性であり魅力なので。なかなか追いつけないなと思いながらも、一番大切なところだなと思っていました」
――震災後の福島に行かれたのは、初めてですか。
「立ち寄る程度ではありましたけど、ある程度の期間を福島で過ごすというのは初めてでした」
――最初に行かれたとき、何を感じました?
「震災前にあったものが根こそぎなくなってしまったという絶望と喪失感。それが10年以上の月日が経ってもなお厳然としてそこに存在するなか、新たに生まれたであろう営みやそれに伴う景色がない交ぜになっている印象を受けました。
撮影現場になっている家屋も、貸してくれた方が実際に生活していた家を使わせてもらいました。震災前に撮ったであろう結婚式の家族写真や物干しにかけられたままの衣類など、当時のそのままの状態で残されていました。積もる埃、ある日を境に時が止まってしまった風景がまざまざとありました。
また撮影期間中、大衆浴場に行くと、『今日はどこどこの現場だった』『あそこもうやってんのか?』『やっと道路が繋がって行きやすくなったね』など、地元のおじちゃん、おじいちゃんたちの生活に根づいた会話が聞こえてきて。
湯上りに休憩所でくつろいでいると原発のパンフレットが置いてあったり。『心平、』という作品を通して2023年撮影当時の福島に居させてもらったと思っています」
――妹役の芦原優愛さんと、お父さん役の下元史朗さんとの共演はいかがでした?
「おふたりともこの映画で初めて会ったのですが、どういう空気感が生まれるのかなと楽しみにしていました。身内に対してどういう気持ちでいるかという家族間のぶつかり合いみたいなのもあっておもしろかったです」
――完成した作品をご覧になっていかがでした?
「自分ではなかなか客観的には見られないですけど、山城さん(監督)が『こんな風になりました』っておっしゃってくれて。それは、『いろいろ試行錯誤したけど、作りたかった作品になりました』という意味合いだと思いました。
心平が最後につぶやくセリフに、ずっと変わらない思いが表われています。撮影が2023年。震災後12年の景色が映っていると思います。心平の家族を通して、その景色をぜひスクリーンで見てください」
奥野さん演じる心平の駆け引きや打算が一切ない純粋なまなざしが印象的だ。原発の事故がなければ、心平はお父さんと一緒にずっと畑をやっていたのだろう。10何年経ってもこういう状況にあるということをあらためて思い起こさせる。(津島令子)
ヘアメイク:光野ひとみ
スタイリスト:清水奈緒美