王者オジェ、5連覇に近づく!優勝のクリス・ミークは会見で…【世界ラリー(WRC)第11戦】
2017年のFIA世界ラリー選手権(WRC)、第11戦となる「ラリー・エスパーニャ」が10月6~8日に開催された。
ここラリー・エスパーニャは、全13戦で唯一のターマック(舗装路)とグラベル(未舗装路)の両方を使用する“ミックスサーフェイスラリー”である。とくに、今年の初日はターマック(舗装路)とグラベル(未舗装路)の両方を走るステージがあり、最初からひとつの路面状態にマシンのセットアップを詰めることができない。チームの総合力と、ドライバーの経験が問われるラリーだ。
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このラリーを前にラリーファンから大いに注目を集めたのは、ヒュンダイだった。なんと、アンドレアス・ミケルセンが残り3戦をヒュンダイで走ることを発表。さらに、その直後に2018年と2019年の2年間のドライバー契約を締結したことも発表したのだ。
ミケルセンは、昨シーズンのVW撤退決定後、WRCチームと契約交渉をしていたもののシーズン開幕までにチームが決まることはなく、ひとつ下のカテゴリーであるWRC2を古巣のシュコダからスポット参戦していた。
その後シトロエンと契約を結び、ラリー・イタリアからWRCに復帰。前回のラリー・ドイチェランドでは2位表彰台を獲得した。そのままシトロエンと2018年シーズン以降の契約交渉をしていると思われていたが、今回突然のヒュンダイとの契約締結発表だっただけに、世界中のファンが驚いたのだった。
また、ヒュンダイにはミケルセンと同年代のエースドライバー、ティエリー・ヌービルがいるが、ヌービルは安定性という部分において欠ける部分が目立ち、今シーズンはチャンピオン争いを大きくリードしていてもおかしくなかった状況だけに、同年代のミケルセンを加入させることで互いに切磋琢磨し速さと安定性を確保する相乗効果を狙ったものと考えられる。
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そして、今回のラリー・エスパーニャで本命視されていたのは、王者セバスチャン・オジェ(フォード)。
過去3度ラリー・エスパーニャを制しており、残り3戦となったチャンピオンシップを優位に展開させるためにも、このラリー・エスパーニャではライバルのヌービルを上回る成績で走りきることが絶対条件だったからだ。そこに、経験豊富なトヨタのヤリ‐マティ・ラトバラや、2015年に勝利しているミケルセンがどう絡んでくるかが注目された。
そうして始まったラリー・エスパーニャだが、初日に大きくつまずいてしまったのはトヨタだった。
セットアップが決まらず、エースのラトバラとヤリスWRC(日本名:ヴィッツ)の開発を担当したユホ・ハンニネンはなかなかタイムが出ない。第3ドライバーのエサペッカ・ラッピに至っては、ターマック(舗装路)での経験が十分ではなく、ラリー出場自体が経験を積むための作業となってしまっていた。
その後徐々にペースを掴んでいったトヨタだったが、初日最終ステージのSS6がスタートする前にラトバラのマシンにトラブルが発生。エンジンが掛からずスタートできないというものだ。
残念ながらデイリタイアを選択することになったのだが、悲劇はそれだけではなかった。サービスパークに戻り修繕にあたると、オイル漏れ起因の深刻なトラブルが判明し、ラトバラは初日でリタイアとなってしまったのだ。
結局、初日トップに立ったのは、新チームに移籍したばかりのミケルセン(ヒュンダイ)。
SS1・SS2はグラベル(未舗装路)、SS3はグラベル(未舗装路)とターマック(舗装路)の両方、そしてSS4からSS6までは、同じルートの繰り返しというステージ構成。グラベル(未舗装路)に基本的なセッティングを合わせつつも、ターマック(舗装路)も考慮する必要がある難しい初日を制した。
そして、2日目からのターマック(舗装路)でのラリーへと変化するため、ヒュンダイを含め各チームは金曜日の夜、75分間のサービス時間を利用してマシンに追加のエアロパーツを加えるなどターマック(舗装路)での走りを向上させるためのセッティング変更を行う。
2位にはオジェ(フォード)、3位にはクリス・ミーク(シトロエン)が続いた。
2日目、サーキットを思わせるほどのキレイな状態のターマック(舗装路)でラリーはスタート。SS7からSS13までを競った。この日は、ヒュンダイに不運が付きまとう。
まずエースのヌービルにはSS8終盤に油圧系のトラブルが生じ、SS9のスタートに3分遅れてしまい30秒のペナルティを受ける。SS10ではステージ優勝を果たすなど潜在的な速さはあったものの、結果的にチャンピオンを争う王者オジェ(フォード)に対して40秒2差(トップからは53秒2差)の遅れが生じてしまった。
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次に、母国ラリーで地元スペインっ子たちから圧倒的な声援を受けていたダニ・ソルドは、順調にラリーを消化し、SS11終了時点では2位表彰台の位置につけていた。トップのクリス・ミーク(シトロエン)からは14秒1差だったが、状況によっては3日目に逆転も可能な絶好のポジションだった。しかし…。
ソルドは、SS12で右コーナーを曲がるとき、どのトップドライバーもやっていたように、アスファルトより内側の土の部分に右前輪を落としてよりクイックにコーナーを曲がる技を使っていた。ただ、全員がこのラインを取っているため土の部分は大きくえぐれてしまい、アスファルトから内側の部分はすり鉢状に30~40cmも下に削れた状態になっていたのだ。
通常であれば、マシンの右側が落ち込む荷重変化でコーナーを速く立ち上がるための技なのだが、ソルドのマシンはより内側にマシンを寄せすぎたため、土の部分にあった岩に右前輪がヒット。その勢いで軽くマシンが浮きあがり、右前輪のホイール内側をアスファルトの側面に引っ掛けるようにしてぶつけて、右前輪が90度外側を向いてしまうという最悪のクラッシュをしてしまった。
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さらに最悪だったのは、後から走行してきた初日トップのミケルセンも、ソルドとまったく同じコーナーをまったく同じように内側にラインを取りすぎて岩にヒット。同じようにマシンが軽く浮いて、右前輪内側をアスファルトの側面にぶつけて走行不能に陥ってしまったのだ。
この2台のデイリタイアによって、ヒュンダイは表彰台とオジェ(フォード)を上回る絶好のチャンスを失った。
ヒュンダイのチーム代表は「まだまだ諦めない」と強気の姿勢を見せていたが、その発言は乾いた状態で周囲に伝わっていたことは間違いない。
2日目を終えて、トップはミーク(シトロエン)、オジェ(フォード)、オット・タナク(フォード)と続いた。
こうなると、王者オジェ(フォード)は当然ながら無理せずに表彰台を狙っていくドライビングへと変更。チームメートのタナクとは勝負しなければならないが、発言も「同じ表彰台なら3位より2位がいいね」と、13秒差離れたトップのミークを追い上げる発言はなかった。
そして最終日の3日目。ステージはSS14からSS19。この日圧倒的な力を見せつけたのは、トップでスタートしたミーク(シトロエン)だった。SS14からSS18まで5本連続でステージ勝利。最後のパワーステージでも2位となり、優勝の25ポイントとパワーステージ2位の4ポイントと合わせて、一気に29ポイントを荒稼ぎした。
2位にはオジェ(フォード)、3位にはタナク(フォード)が入って、王者オジェはチャンピオンシップ争いでヌービル(ヒュンダイ)を突き放した。さらに、タナクは1ポイント差ながらヌービルを上回り、チャンピオンシップ争いで2位に浮上した。
優勝したミークは、勝利を喜んだものの、じつは彼自身のチームとの関係は現在微妙な状態にあり、それはラリー後の会見でも表面化した。
「もちろん勝利は嬉しい。とくに、現在のチームと僕の困難な状況下で得られた勝利だからね。
ここまで僕にもチームにも色々な批判や非難が飛び交った。ただ、僕たちはどうすればマシンを速くできるかの術は知っていたし、それをやってきた。以前のように自信を持って取り組むことはとても難しい。ただ、このラリーにおいてはそれができた。だから、自信を感じられるようにはなってきた。
チームと再び一体となっているか? そういう質問にはどう答えればいいのかわからない。この勝利後も特別大きな変化があったわけじゃない。メディアはそこを囃し立てているが、僕たちがやるべきことはマシンを速くし、チャンピオンシップを戦うことだ」
このように語ったミーク。シトロエンのエースドライバーだったはずが、テストでは元王者のセバスチャン・ローブが起用されたり、スポット参戦ながらアンドレアス・ミケルセンが起用されたりと、そのプライドを傷つけられ、チームとの関係が決して良好とは言えない状態であることが垣間見えた会見だった。
一方、2位に入った王者オジェは終始笑顔で、ラリー後の会見も饒舌だった。
「この2位はまるで勝利のようだよ。よく2位は最初の敗者とは言うけれど、僕にとってはチャンピオンシップ争いがいちばんの重要ごとであって、結果は満足だよ。
チームにとっても、多くのポイントを加算することができた。僕がチームに参加したシーズン前の状況を考えれば、チームもマニュファクチュアラーランキングでトップというのは望外の結果だね。
そろそろ来季に向けて周囲がうるさい時期だけど、僕自身は目先のラリーに集中しているから気にならない。僕自身としては、最終戦のラリー・オーストラリアでポイント差が小さく、本気で戦わなければならない状況は避けたい。だから、次のラリー・グレートブリテンではしっかりポイントを稼ぐつもりだ。正直、今週末のクリス(ミーク)は、別リーグを走っているような速さだった。素晴らしかったと称えるしかない」
トヨタは、ハンニネンが2戦連続の4位。表彰台こそ逃したが、ヤリスWRC(日本名:ヴィッツ)のポテンシャルは、ターマック(舗装路)でも速さを秘めていることを証明した。事実上初参戦といえるチームにとっては、まだまだ信頼性を確保できない問題は残っているが、速さにおいては予想以上の状態でライバルたちと戦えている。
WRCは第11戦を終えて、ドライバーズランキングはセバスチャン・オジェ(フォード)が198ポイントでトップ。2位はチームメートのオット・タナク(フォード)で161ポイント。ノーポイントに終わってしまったヒュンダイのティエリー・ヌービルが3位へとひとつ順位を落として160ポイントで続く。
チーム同士が争うマニュファラクチャーズランキングは、フォードが358ポイントと、いよいよマニュファクチュアラーズタイトルが見えてきた。2位はヒュンダイで275ポイント。3位はトヨタで225ポイント。そして今回35ポイントを稼いだ4位のシトロエンが一気に198ポイントまで上昇し、トヨタの背中をとらえた。
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次戦は英国に舞台を移して、ラリー・グレートブリテン(ウェールズラリーGB)となる(10月26~29日)。
ラリー・モンテカルロに続く歴史を持つ伝統のラリーだ。残り2戦となり、王者オジェとフォードはチャンピオンシップに王手を掛けた状態で挑む。ここも非常に風景が美しいラリーだけに、ぜひとも注目してもらいたいところだ。
<文/田口浩次(モータージャーナリスト)>