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2011年アジア杯決勝の伝説の一瞬。その時生まれた「支離滅裂」な名実況を本人が振り返る【サッカー】

2011年1月29日にカタールの首都・ドーハのハリーファ国際スタジアムで行われたAFCアジアカップ2011の決勝「日本vsオーストラリア」の一戦は、日本のサッカーファンにとって最も特別な試合のひとつです。

実に延長後半4分まで0対0のスコアレスで進んだこの試合は、同時刻に途中出場の李忠成選手が放った劇的な左足のボレーシュートが決勝点となり、日本代表が1対0で勝利。見事優勝を成し遂げ、日本中に歓喜をもたらしました。

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

その“伝説”ともいえる試合で実況を担当していたのが、「サッカー実況をしたい、W杯の舞台に実況アナウンサーとして立ちたい」と夢見てテレビ朝日に入社したという進藤潤耶アナウンサーです。

進藤アナは、この李選手による劇的なゴールの瞬間、「シュート!」や「ゴール!」ではなく、「入ってきた!フリーだー!」と実況していました。サッカーファンにとっては有名な実況のひとつとなっているこの言葉ですが、このとき進藤アナの頭の中はどんな思考がめぐっていたのでしょうか?

これまで多くのサッカーの代表戦を実況してきた進藤アナに、“サッカー実況”に対する信念などもあわせて話を聞いてみました。

 

◆資料作りから始まる戦い!「相手国をリスペクト」を意識

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

まず見せてもらったのは、これまで代表戦の実況の際に使ってきた進藤アナ作成の“資料”です。

進藤アナは「僕はかなり特殊なほうだと思います」と話しますが、その資料の特徴は、“とにかく細かくあらゆる情報が載っている”ということ。

1チームの資料は1枚か2枚にまとまっているものの、小さな文字で選手やチームの情報、そして各代表チームの“歴史”などが事細かに載っています。

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

これについて、進藤アナは次のように語ります。

進藤アナ:「僕は、“小心者”なんですよ。だから、これだけ書いておかないと気が済まないんです。

たとえば解説の方から何か突発的に質問をされても、これだけ多くのことを書いておけば乗り切れる。そういう状態にしておきたいんですね。先輩アナにも後輩アナにも、“そんなにいっぱい書いてどうするの?”ってよく言われます(笑)

あと、代表戦のときは特に、“相手国をリスペクトする”ということを意識して資料をつくります。やはりスポーツは相手がいないと成り立たないもので、また相手が強ければ強いほど、勝ったときには嬉しいもの。

だから、辞書片手に外国語のサイトなどを見ながら、“相手国がどれだけ強いのか?”という情報をできる限り日本代表と同じくらい調べ上げて、相手国がその試合にかける思いなどもチームの歴史を紐解きながら理解したうえで、実況のときにはなるべく公平に両国のことを話すようにしています。

そうすることで、ことさらに日本代表に偏らなくても、“日本代表が大事な試合を戦っている”ということは自然と引き立つのではないかと考えています

このように話す進藤アナ。実は、これだけ細かい資料をつくるのには他にも大きな理由があるのですが、それは後述します。

 

◆松木安太郎ら解説陣との関係

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

進藤アナが初めて放送で代表戦の実況を担当したのは、2008年3月に行われた南アフリカW杯予選(3次予選)の「日本vsバーレーン」の一戦でした。

進藤アナはこの試合を振り返りながら、テレビ朝日のサッカー中継の“布陣”について話します。

進藤アナ:「この試合、日本代表は負けてしまったんですよね。そして、みなさんも聞いたことがあるフレーズかもしれませんが、解説の松木安太郎さんが『ハンド!ハンドだろ!』って言う試合でした(笑)

実況と解説の方々との関係を考えると、やっぱりサッカーと一緒で“ポジション”というものがあって、何度も一緒にやっているうちにお互いのプレースタイルがわかってくるものなんですよね。

現在のテレビ朝日の解説陣でいうと、ディフェンスと思いきや“サイドバック”として選手に強く感情移入しながらガンガン攻撃していく松木さんがいて、感情移入しがちなんだけど実は冷静に戦況を見ているフォワードの中山雅史さんがいて、そのふたりのバランスをとるボランチの中田浩二さんがいる。本当に最高の布陣で、これはテレビ朝日のサッカー中継の強みだと思います

そして僕は、すごく偉そうな言い方になってしまいますが、どうすれば解説のみなさんがより活きるかを考える“パサー”(パスをさばく選手)でしょうか。実況アナウンサーは、MCと一緒かもしれません。サッカーでいえば、2時間近い中継を組み立てていくMCです。

ただ、松木さんが『ハンドだろ!あれは!』と言ってくるときは、正直、『今は言わないで!』と思うことはあります(笑)なにせ松木さんは、試合中でもこちらの目を見ながら言ってくるので(笑)」

そして進藤アナは、そんな解説陣のみなさんと一緒に1カ月間カタールに滞在した前出のAFCアジアカップ2011を、代表戦の実況として最も思い出深い体験として挙げました。

 

◆なぜ「入ってきた」と実況したのか?

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

進藤アナは、6年前のこの大会を次のように振り返ります。

進藤アナ:「あのときは、僕らも合宿のような日々だったんです。当時の解説陣は松木さん、セルジオ(越後)さん、名波(浩)さんでしたが、1月のはじめに出国して、帰国したのが1月30日の日曜日。帰国してすぐに空港からみんなで『やべっちF.C.』の生放送に向かったのも思い出深いです。

大会中、試合の前日にはゲンを担いで毎回同じレストランで食事をとったりもしていて、そういう試合以外のことも忘れられないですね」

もちろん、進藤アナは同大会の“試合”の記憶も鮮明で、日本代表が戦った6試合すべての流れを何も見ずに振り返られるほどでした。

そして、冒頭に出た“あの決勝ゴール”について。

進藤アナはまず、ゴールシーンでの実況のこだわりから話します。

進藤アナ:「僕はゴールシーンのとき、たとえば『シュート!入ったー!ゴール』というような表現はあまりしないようにしているんです。

得点のときも失点のときも、ゴールが決まったときには一拍置いて、場内の歓声を聞いたり選手たちの表情を見たり、そうした目の前の光景に身を委ねて、そこで自分が感じた一言を言うようにしています。ただ描写するよりも、そこで出る一言に凝縮されるんじゃないかと思っているんです。

だからこそ、資料をとにかく細かくつくる

実際のところ試合中に資料を見る余裕なんてほとんどないんですけど、ではなぜ資料をつくるのかといえば、情報を積み重ねながらアップデートしていって、チームやそれぞれの選手のことを自分の頭の中で整理するためなんです。

『そんな情報量で、本当にお前は試合に身を委ねた咄嗟の一言が言えるのか?』って自問自答しながら資料をつくっていって、そうすることで資料はある意味“お守り”のような存在になります。これだけ準備してきたんだから、もう大丈夫だろうと。そうしてあとは、もう試合の流れに身を委ねる。そうするようになってから、実況が本当に楽しくなりました」

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

では、李忠成選手の決勝ゴールのときは、どのように“身を委ねた”のでしょうか?

進藤アナ:「あの1点は、遠藤選手から長友選手にパスが渡って、長友選手が絶妙なセンタリングをあげて、李選手が左足のダイレクトボレーで決めたゴールでした。

このとき僕は、『長友、長友!入ってきた!フリーだー!』と実況して、そこでゴールが決まって、その後は李選手の名前を言って、一拍置いてから『全員で奪ったニッポンのゴール!』と言ってるんです。

いま冷静に思えば、実況としては支離滅裂ですね(笑)特に、『入ってきた!』はおかしい。本当なら、(長友がクロスボールを)『入れた』でしょう。で、シュートのときには当然、『李忠成ボレー!』などと続くのがセオリーだと思います。

でもあのとき僕は、李選手が中央でフリーになっているのが見えて、少し李選手の気持ちになっていたんです

長友選手に対する『早くボールを“入れてくれ”』という実況アナというかサポーターとしての気持ちと、延長戦から投入された李選手の『今だ!ボール“入ってきてくれ”』という気持ちの両方が自分の中にあって、あのセンタリングがあがった瞬間、李選手の気持ちが強くなった。

そして、『フリーだー!』というのも、“フリーだ!決めてくれ!”という気持ちと、李選手の“フリーだ!決めるぞ!”という気持ちの両方があったんだと思います」

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

このような思考回路のもとに生まれた、「シュート」も「ゴール」も、決めた選手の名前も言っていない“歴史的スーパーゴール”の名実況

ただし、進藤アナには少し反省もあったようです。

進藤アナ:「でも、実は一瞬こわさもあったんです。あのシュートは、李選手は簡単そうにやってのけたけど、実際は非常に難しいものだったので、『フリーだー!』と言ってしまうのはどうかなと…。

この言葉は、もし外したときに“何やってんだよ!”と思わせてしまう可能性のある一言なので、後からいろんな人に『あの言葉で打たせるって、なかなかないですよね』と言われました(笑)ただ、あのときはもう身を委ねてしまったというわけです。

あのゴールも、そして大会の結果も良かったので、やっぱり2011年のアジアカップは特別印象に残ってますね」

©テレ朝POST/撮影:長谷英史

進藤アナは最後、「実況アナとして冷静さを保ちながらも、事前に情報を積み重ねてアップデートしておいて、ここぞというときには自分の身を委ねてしまって一言を出す。そこで出る言葉が、観ている人にとっても、実際にプレーしている選手たちに後から聞いたとしても、いちばん違和感がないというか、いちばん寄り添っている言葉なのではないかと思います」と話していました。

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