板谷由夏、ホームレスに転落する女性を演じた17年ぶり主演作「助けを求めてもいいんだ、と感じてほしい」
女優としてだけでなく、『NEWS ZERO』(日本テレビ系)では11年間キャスターをつとめ、『映画工房』(WOWOW)の司会、さらに自身のアパレルブランド「SINME(シンメ)」の展開など、さまざまな挑戦を続けてきた板谷由夏さん。
2010年には念願だった北野武監督の映画『アウトレイジ』に出演。2018年に映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(大根仁監督)、2019年にはドラマ『やすらぎの刻~道』(テレビ朝日系)など次々と話題作に出演することに。
◆北野武監督の映画『アウトレイジ』に
『アウトレイジ』は、欲望と裏切り渦巻くヤクザ社会を舞台に、男たちの生き残りを懸けた下克上と報復の連鎖の中で繰り広げられる血で血を洗う潰し合いの内部抗争を描いたもの。板谷さんは、(ビート)たけしさん演じる主人公・大友組組長の愛人役で出演。
「『アウトレイジ』もオーディションを受けに行ったんですよ。最終的にたけしさんが決められるということで、会いに行った記憶があります」
-たけしさん演じる大友の愛人という設定でしたね。現場ではいかがでした?-
「たけしさんが大好きなのですごく緊張しました。たけしさんが監督で、その愛人役ですからね。私があの映画の中でしゃべった相手はたけしさんだけだったんです。芝居をする相手がたけしさんだけなので、ちょっとビビりあがりました(笑)。
神戸で撮影だったんですけど、上の子が生まれていて、どうしても連れていかなきゃダメだったので、福岡からうちの母を呼んで撮影中は神戸で母に子どもを見てもらっていました」
-かなり過激なバイオレンスシーンもありましたが、あの撮影現場にお子さんが?-
「そうです。母ちゃん殺されていたけど、いました。殺されるシーンの現場では、監督に『足首にパンツ巻いておけ』って言われて。そういうシーンはなかったんですけど、それで殺される前に何があったのかわかるようにということなんですよね」
-とにかく片っ端から殺されていきましたよね-
「そうなんです。殺され方もすごかったですしね。『怖い、怖い』って思っていましたけど、念願のたけしさんの映画に出られてうれしかったです」
2015年、板谷さんは、自身のアパレルブランド「SINME(シンメ)」を立ち上げ、デザイナー&ディレクターとしても活動している。
「自分の人生で新たなことをやらなきゃなあと思っていた時期だったので、やっぱり自分が一番好きなことをやろうと思ってはじめたんですけど、大変でした。結構大変です(笑)。でも、時期的にも良かったなあと思っています」
-ご自身でデザインもされているのですか-
「はい、やっています。打ち合わせをするときにアイデアをパパパッと出して、少しずつ形にしていくんですけど、私はデザイン画の勉強をしていないので、だいたいこんな感じでとか、あんな感じでというのを自分が描ける簡単な画を描いて伝えて。
それで、これは好きだけど、これはいらないとか、ここはもっとこうしたいとか言って、パタンナーさんとちょっとずつ作っていくという感じです」
-コロナ禍ですが、順調ですか-
「実店舗を持っていないこともプラスに働いて、ありがたいことになんとかやっていけています。このまま長く続けていけたらいいなあと思っています」
◆断食で5kg減量して役作り
2018年、板谷さんは、映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』に出演。これは韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)のリメイク作。90年代、青春の真っ只中にあった女子高生グループ「サニー」のメンバーの6人は、20年以上という歳月を経て、それぞれが問題を抱えた大人に。
ある日、かつて「サニー」の仲間だった専業主婦の奈美(篠原涼子)と芹香(板谷)が偶然再会。末期がんに侵された芹香の「死ぬ前にもう一度だけみんなに会いたい」という願いから、彼女たちの時間が再び動きはじめる…という展開。
「オリジナルの韓国版も大好きでした。不思議なご縁があって演じさせていただくことが決まったので、喜びと同時に驚きもしましたね」
-そうだったのですか。「サニー」のリーダー的存在で成功しているバリバリのキャリアウーマン。まさにあの役は板谷さんにピッタリという感じでしたが、お話が来たときはいかがでした?-
「うれしかったです。『やらねば!』と思いました。やるとしたらあの役だと思っていて、その役が来たのでこれはやるしかないなあって」
-もともとスマートなのに病気で亡くなるという設定なので、かなり減量もされて-
「はい。断食して5kgくらい体重を落としました。でも、もう少し手首のカリッとした感じとかを出したかったんですけど、画面に映るとあまりわからなくて。
急に出ることが決まったので、ダンスの練習はしなきゃいけないし、痩せなきゃいけないということで結構大変でした」
-断食していてあのダンスの練習はきつかったでしょうね-
「そうですね。私は本当にどんくさいので、『ダンスだけはやめてくれ』って思ったんですけど、幸い本編中では踊ることはなくて。最後の大変なダンスのシーンでは、私の役はもう死んじゃっていたんですよね。遺影でニコニコしていて(笑)。
みんなすごい練習を重ねたと思いますよ。みんな踊れるんですよ。(渡辺)直美ちゃんも、(小池)栄子ちゃんも、(篠原)涼子さんも、ともさか(りえ)さんも、みんな踊れるので、すごいな~って思って」
-完成した映画をご覧になっていかがでした?-
「大好きな1本です。すごく大根監督らしい作品だし、あの映画が大好きですと言ってくれる人が多いのでうれしいです」
-とてもいい感じでしたよね。「かつて仲が良かった友だちはどうしているんだろう?」って思いました-
「そうそう。そういうきっかけになったと言ってくれる人も多かったし、女同士で観に行く人が多かったみたいです。ギャン泣きして帰ってきたとか、そういう話をよく聞きました。クライマックスのダンスシーンだけでも泣ける映画になっているので」
※映画『夜明けまでバス停で』
2022年10月8日(土)より新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開
配給:渋谷プロダクション
監督:高橋伴明
出演:板谷由夏 大西礼芳 三浦貴大 松浦祐也 ルビーモレノ 片岡礼子 土居志央梨 柄本佑 下元史朗 筒井真理子 根岸季衣 柄本明
◆コロナ禍における社会的孤立の増加「助けてほしいと言える世の中に…」
板谷さんは、2022年10月8日(土)に公開される高橋伴明監督の映画『夜明けまでバス停で』に主演。
この映画は、2020年に起きた幡ヶ谷のバス停で寝泊まりするホームレスの女性殺人事件をモチーフに、コロナ貧困・社会的孤立を描く問題作。
板谷さん演じる主人公・三知子は、焼き鳥屋で住み込みのアルバイトとして働いていたが、突然のコロナ禍によって仕事と住む場所を失ってしまう。新しい仕事も見つからず、ファミレスや漫画喫茶、ネットカフェも閉まっているため、居場所がなくなりホームレスに。
板谷さんの映画主演は、『欲望』(篠原哲雄監督)以来17年ぶり。高橋伴明監督とタッグを組むのは、連合赤軍事件の映画化に挑むスタッフとキャストたちの姿を描いた映画『光の雨』以来、約20年ぶりとなった。
-『光の雨』でご一緒されたときはいかがでした?-
「あのときは、まだ映画の現場を数えるほどしかしていなかったので、監督が怖かったです。実際には全然怖くないんですよ。こっちが勝手に怖いというイメージを作り上げちゃっていただけで、本当は心優しい方なんですけど、厳しい感じはありました」
-伴明監督と再タッグとなっていかがでした?-
「この映画を撮ることになったときに、『板谷、やるぞ!』と言ってくださったので、仕事を続けてきて本当に良かったと思いました。伴明監督がやるんだったら、行かないわけにいかないなという感じでした」
-最初に台本を読んだときは?-
「実際にあった事件がモチーフにはなっているけど、監督は亡くなった女性の実話を描くわけじゃなく、エンターテインメントとして1本の作品にしようとしているんだということがわかりました。完成した作品を観て、伴明監督色のエンターテインメント作品だと思いました」
-社会に対する怒りという伴明監督らしさがとてもよく表れていると思いました。コロナ禍の今、この映画が作られた意義は大きいですね-
「そうですよね。監督が言いたかったことがよくわかると思いました。11月にこの映画を撮って、半年以上過ぎた今まだこの状況が続いているので」
-コロナ禍でとくに若い女性が大変な状況で、生理用品が買えないということが言われていますが、そのへんもリアルに描かれていますね-
「ニュースになっていましたものね。生々しいですよね。生理用品を根岸季衣さん演じるホームレスのおばあちゃんがくれるのが切ないなあと思いました」
-撮影で苦労されたことは?-
「きついなあと思っていたかもしれないけど、苦労ということはなかったかな。三知子のことを知りたいということ自体は2週間、根を詰めてやりました。
やれることはすべてやりましたけど、どちらかというと三知子と同じように私も映画の中で経験していくという感じで、経験したことで生まれた感情をそのまま大事に出していきました」
-監督から何か言われたことはありますか-
「あまり言わないんですよね。『やってみて』という感じで、やってみて良ければ、『はい、本番』って、本番一発やって『はい、解散』って終わるんです。
だから、そういう意味では、一回しかやらせてもらえないという緊張感がありました。ここでちゃんと決めないといけないというプレッシャーはありましたね」
-三知子像は、板谷さんが考えていたイメージ通りでした?-
「はい。監督は『この女のことはお前が一番わかっているから、俺が言うことじゃない』というスタンスでいらして、『もっとこうして』というようなことはありましたけど、全体的に信頼をしてまかせてくださっていたような気がします」
-この映画の主人公に対してはどのように思いました?-
「撮影から半年以上経って、俯瞰(ふかん)して板谷として感じることが多々あるんですけど、『助けて』と言えないこの世の中というか、自分が苦しいと言えない社会に監督は怒っているんだと思うんです。『もっと助けてって言える世の中じゃなきゃいけないし、弱い者が救われる世の中じゃなきゃいけない。それをみんな何で声に出さないの?』って。
でも、実際にこういう女性が多いのは確かで、その女性たちも人に助けてもらうことを知らないというか、人に言ってはいけない、自分のことだから自分自身で解決しなきゃいけない、人に頼っちゃいけない、人さまに迷惑をかけちゃいけないという教育を受けてきている私たちにとってはやっぱり言いづらい。だけど、監督は『もっと言っていいんだよ。助けを求めていいんだ。もっと怒れよ、お前ら』と言いたいんだろうなと」
-アクセサリーのお店のオーナーさんや焼き鳥屋の店長さんなど、彼女がもし「助けて」と言っていたら助けてもらえたかもしれないですからね-
「そうですよね。この映画を観て、『自分一人で苦しまなくていいんだ。助けを求めてもいいんだ』と感じてくれたらいいなあと思います。
とくに40オーバーの女性は私を含め、そういう教育をされてきたから『助けて』ってなかなか言えないんですよね。私たちの世代はそういうことを言ってはいけないと思っていた世代じゃないですか。
でも、そうではなくて、もっと言っていいし、そういう人に気づいたら、こっちがちゃんと手を差し伸べないといけないなって。本当に困っている人は映画を観る余裕なんてないかもしれないので、周りの人がそういうことに気づくきっかけになってくれたらいいなあと思います」
-今後はどのように?-
「これまでと同じように、いただいたお仕事を1本ずつ大事に大事にやっていこうと思っています。基本そこしかないですよね。でも、多分何でも楽しむと思います」
-プライベートではいかがですか-
「子どもたちがネクストステージになってきているので、それを見るのはすごく楽しいです。でも、あっという間に子育てが終わりそうで最近ちょっと怖いんですけどね。
『あと5年くらいしたら、長男は家にいないのかな?』とか。そういうことを思うとちょっと寂しいなあと思ったりもします。だから、毎日今を大事に楽しむのが一番かなと思っています」
-ご家族の皆さんは、板谷さんのお仕事に関してはどのように?-
「うちの男たちは『いってらっしゃい』という感じで応援してくれています(笑)。子どもたちが夏休みのときは、男たち3人なので、仕事が終わって帰ると『家が荒れてきたなあ』とか、『猫に毛玉ができているなあ』とか、そういうのがちょっと自分のストレスになるんですけどね(笑)。でも、男たち3人が楽しくやっているので、大丈夫かなって思っています」
ご家族のお話になるとクールなルックスが柔らかくなるのが印象的。代表作の1本となること間違いなしの主演作の公開も控え、公私ともに絶好調。多方面で才能を発揮し、挑戦を続けているところがカッコいい。(津島令子)
ヘアメイク:結城春香
スタイリスト:古田ひろひこ
衣装:SINME