テレ朝POST

次のエンタメを先回りするメディア
未来をここからプロジェクト
menu

河相我聞、伝説のドラマ『未成年』での衝撃。いしだ壱成の演技をみて「資質から違う。僕はもう辞めようと」

1991年から1999年まで放送されたドラマ『天までとどけ』(TBS系)シリーズの次男・信平役で注目を集め、アイドルとして人気を博した河相我聞さん。

歌手としても活動し、CM、ドラマに引っ張りだこの状態に。私生活では17歳のときに出会った女性と交際をはじめ、1994年、19歳のときに長男・沙羅さんが誕生。河相さんは子どもを育てるために俳優業を辞めて転職することも考えたというが、衝撃的な内容で話題を集めたドラマ『未成年』(TBS系)をはじめ、次々と人気ドラマ出演が続く。

1996年頃からはバラエティ番組への出演機会も増え、料理上手として知られることになり、さらに多忙な日々を送ることになっていく。そして、1998年にマスコミに妻子のことが発覚。スポーツ紙やワイドショーで大々的に報じられることに。

 

◆子どもができたとき、俳優は辞めようと思ったが…

17歳のときに出会った女性と付き合うようになった河相さんは、当時一人住まいをしていた家で同棲生活をはじめたという。そして翌年、彼女が妊娠。河相さんは19歳で父親に。

「好きな彼女と僕の子どもですから、若くして産むということに何も抵抗はありませんでした。19歳という若さで父親になったので、当時は子どもが子どもを作ってしまったという感じでしたね。

仕事は忙しくて休みなく働いていたんですけど、収入が多くはなかったので、このままでは子どもを育てていけないなって。子どもができてからはもう(芸能界を)辞めようと思っていたんですよね」

-俳優を辞めて何をしようと思っていたのですか?-

「地元で一緒にワイワイやっていた仲間が大工さんとか、そういうガテン系の仕事に就いていて、とてもカッコ良く見えたので、そっちに行こうかなって」

-実際には次々とお仕事が入って注目も集めていましたが、辞めようと?-

「はい。忙しくなっても1年ぐらい給料は変わらないので、もうしんどいと。

もちろん仕事は楽しいんですよ。楽しい仕事ではあるんですけど、それと同時にすごい才能がある人たちをいっぱい目の当たりにして打ちのめされたりするわけですよ。自分とは違うなあって」

しかし、仕事は次々と舞い込み、ドラマ、映画、バラエティ番組、歌手活動で多忙な日々が続く。多忙で入籍が延び延びになり、長男のことも彼女に任せきりで、長男が5歳の頃にようやく一緒に暮らすことができるようになったと話す。

「自分は忙しさにかまけて彼女と息子に全力を尽くしていなかった。『本当に未熟だったなあ』と思います。自分の未熟さゆえに離れたりくっついたり…いろんなことがありましたね」

1998年、マスコミに妻子のことが発覚。長男が5歳のときだった。スポーツ紙やワイドショーを賑(にぎ)わすことに。

-それまでよく世間に知られませんでしたね-

「多分友だちが少なかったんでしょうね(笑)。何回か(記者に)撮られたみたいなんですけど、確信がなかったみたいです。

彼女の弟が13歳下で、僕らが19歳のときにまだ6歳で小さかったんですよね。それで一緒に遊んだりしていて、弟のベビーカーがまだ置いてあったのかな? 結局蓋(ふた)を開けてみたら弟だったということが1回あって、『違ったんだ』って」

-あのときはなぜ知られることになったのですか-

「子どもが保育園とかで話すようになったので。『お父さん河相我聞なんだ。テレビに出ているあの人』って(笑)。それで『えーっ?!』ってなって、そうしたら週刊誌に即載りましたね。

事務所にも取材がきましたし、僕はそこまで隠すつもりはなかったので、しょっちゅう事務所とケンカしていたんですよ。『別に悪いことをしているわけではないんだからいいじゃん。隠す必要なんてないでしょう』って。

だけど『CMをやっているイメージがあるし、アイドルなんだから』って言われて。『でも、僕はアイドルになんてなりたくなかったわけだから』って、しょっちゅうもめていました」

-奥さまと息子さんのことが公になったとき、「ホッとしました」とおっしゃっていましたね-

「はい。子どものことを隠さなくていいことで楽になったんだと思います。事務所的には公にしたくなかったみたいですけどね。

多分、歩合制で報酬がもらえていたなら感覚が変わっていたかもしれないですけど、『何でこんなにいろいろ言われなくちゃいけないんだ?』っていうのがずっとありましたからね」

 

◆衝撃的な伝説のドラマ『未成年』で役者として成長

長男が誕生した翌年、1995年には野島伸司さんが脚本を手がけ、いじめ、暴力、未成年の犯罪など、若者たちの苦悩と葛藤を生々しく描き、過激で衝撃的な内容が話題を集めたドラマ『未成年』に出演。

いしだ壱成さん、香取慎吾さん、反町隆史さん、浜崎あゆみさん、谷原章介さんなど豪華なキャストも話題に。河相さんは、有名進学校に通う成績優秀な優等生・神谷勤役。母親からの過剰な期待と溺愛に押しつぶされそうになっている。そんなときに瞳(浜崎あゆみ)と出会い好きになるが、彼女が妊娠していることを聞いて苦悩することに。

-『未成年』はとくにすごかったですね。河相さんは東大間違いなしの優秀な生徒だったのが、途中で壊れて猟銃を撃って…どうなるんだろうってハラハラしました-

「あのドラマは脚本がすばらしいですよね。脚本と演出がすばらしかったので、演出家と脚本家に助けられました」

-『未成年』に出演することになったのは?-

「あれはオーディションではなくて指名だというふうに聞いています」

-すごいキャスティングでしたね-

「本当にすごかったです。みんなすごい人たちが出ていて、錚々(そうそう)たる顔ぶれでした。なかでも壱成くんは衝撃的でした。

お芝居をしているという感じではなく、心が動いていて、それが伝わるんです。オーラもすごかったし、資質から違っていました。初めて彼の演技を見たとき、僕はもう辞めようと思いましたもん」

-河相さんの役は東大合格間違いなしの優秀な生徒ですが、家庭教師の子どもを妊娠した女生徒を好きになって、みんなで立てこもっている最中に精神的に追い詰められて猟銃で反町隆史さんを撃ってしまうという衝撃的な展開でした-

「そうですよね。最初はもっと衝撃的な結末になる予定だったみたいなんですけど、当時オウム(真理教)の事件があったので、立てこもりとかをあまりセンセーショナルに描くのは難しいということで、結末が少し変わったと聞きました」

-それでも充分衝撃的でした。最初からある程度の展開は聞いていたのですか-

「全然聞いてなかったです。だから毎回毎回台本を読んで、『おーっ、こうなるんだ』っていう感じでした。

でも、あのときは同世代の役者が多かったので、仲間とワチャワチャやっていたという感じで、楽しんでやっていた感じがあります。

今じゃちょっと考えられないんですけど、当時は、テレビドラマにはリハーサル日というのがあったんですよ。リハーサルでちゃんと指導してもらえるんですよね。

監督がちゃんとつきっきりで、何回も何回も『違う』って言って指導してくれたんです。そういうのがあって撮影に挑んでいたので、自分で一から組み立てるということをしなくても、素直に従って演じていれば、ちゃんとしたところにいけるという感じだったんですよね」

-『未成年』で印象に残っていることは?-

「『未成年』は、僕にとっても青春だったし、大事な作品なのでいろいろありますけど、家庭教師の子どもを妊娠した瞳の子どもの父親になるというシーンのときに、『お前には子どもがいる人の気持ちなんかわからないだろう』って言われたんですよ。

でも、そのときにはもう長男が生まれていましたからね。『子どもがいるんだけどなあ』って思っていました(笑)」

 

◆事務所に「給料が払えない」と言われてはじめたラーメン店がトラブルに

2002年には次男・唯円さんが誕生。仕事はコンスタントにこなしていたが、2004年、29歳のときに当時の事務所の社長から「30歳になったら役者の仕事がなくなる」と言われ、ラーメン店の経営に乗り出すことに。「我聞ラーメン」は人気店となり、5店舗出すことになるが…。

「25、6歳のときにバラエティ番組が結構多くなり、さらに忙しくなっていたんですけど、あるときレギュラー番組がなくなって会社の売り上げが下がったんですよ。

そのときに事務所が経営不振になって、『給料が払えない』って言われたので、『じゃあ、何か事業をやりますよ』って言って。

たまたま知り合いが『ラーメン屋をやらない?』って言うから、軽いノリでとりあえずカップラーメンをプロデュースすることになったんですけど、事務所からそのギャラが支払われなかったので、今度はその知り合いとラーメン屋をやることに。これが当たっちゃったんですね(笑)」

-結構何でもできてしまうんですね-

「僕は組む人に助けられていることがすごく多くて、それはお芝居やアイドル雑誌でもそうですけど、スタイリストさんとヘアメイクさんがいらっしゃって、よく作ってもらう。お芝居であれば、監督さん、脚本家さんがいて良く見せてもらえる。

ラーメンでいえば一緒に組んだ人間が技術はあったので、そういった人たちに助けられてうまくいくというのが僕の人生というか。うまくいくときは僕の力というよりかは、僕の足りない部分を補ってくれる人たちが結構いるので、それでうまくいったかなという感じです」

-ラーメン屋さんの件では(以前の所属)事務所の社長さんともトラブルになったとか-

「ラーメン屋をやってみたらと言ったのは前の事務所なんですけどね。『我聞ラーメン』がうまくいっちゃったら『店をやれとは言ったけど、名前と顔を使うことは許可していないから使用料をよこせ。さもないと訴えるぞ』という内容証明がテナントや親族に送られてきたんですよ。

双方弁護士を立てて話をしましたが、話し合いは1年間ほど平行線。それで、僕も『周りにご迷惑をかけてしまうのでラーメン屋は辞めます』って言って辞めました。最後は痛み分けみたいな感じでしたね」

-その社長さんとは?-

「最近はお会いしていませんが、数年はよく会ってお茶をしていましたね。

ラーメン屋のことでそれだけもめたので、もう一緒に仕事をするのは難しいし、気分的にはやりたくないので辞めましょうと言っていたんですけど、決まっていた仕事のやりとりはしなくちゃいけなかったので。

僕は人とそういうトラブルになっても、しこりが残ることはあまりないですね。基本的にすぐに忘れてしまうんですね(笑)」

-トラブルがあってもちゃんと対処できるからお付き合いを続けられるのでしょうね-

「対処できているんですかね? でも、本当に周りに迷惑がかかるなと思ったら、距離をとるようにしています。関係を切るというよりかは、助けてくれと言われたら何とかしますけど、それ以外は会わないというのはありますね」

ラーメン店からは手を引いた河相さんだったが、俳優業は順調でコンスタントにドラマ、映画、舞台出演が続く。しかし、私生活では2011年に離婚。息子2人とともに暮らすシングルファーザーに。父子3人のユニークな日々をありのままに綴ったブログが人気を集め、『お父さんの日記』(宝島社)として出版された。

次回後編では、いしだ壱成さんと久しぶりの共演となったドラマ『アルジャーノンに花束を』の撮影裏話、父子共演、高卒認定試験合格、水谷豊監督作『太陽とボレロ』の撮影エピソードも紹介。(津島令子)

©2022「太陽とボレロ」製作委員会

※映画『太陽とボレロ』
2022年6月3日(金)より全国公開
配給:東映
監督:水谷豊
出演:檀れい 石丸幹二 町田啓太 森マリア 田口浩正 永岡佑 梅舟惟永 木越明 高瀬哲朗 藤吉久美子 田中要次 六平直政 山中崇史 河相我聞 原田龍二 檀ふみ 水谷豊
俳優・水谷豊さんが、『TAP -THE LAST SHOW-』(2017年)、『轢き逃げ-最高の最悪な日-』(2019年)に続いて長編映画のメガホンをとった監督第3作。ある地方都市で、18年間活動を続けてきたアマチュア交響楽団が解散することに。決断を下した主宰者・花村理子(檀れい)は、ラストコンサートを計画するが、個性豊かなメンバーに振り回され、しだいに不協和音が…。

はてブ
LINE
おすすめ記事RECOMMEND